鮮明な月

文字の大きさ
上 下
20 / 693
第二章

17.

しおりを挟む
「恭平ーぇ、ねぇいい加減機嫌なおしてよ?」

様子を伺う様に響く仁聖の声に、ソファの上に子供の様に膝を抱えて座り顔を伏せたままの恭平は返事を返そうともしない。勝手知ったるなんとやらで、キッチンに立つ仁聖の声が、先程から何度も同じことを繰り返していた。苦笑交じりに簡単な食事を乗せたトレイを片手にキッチンから滑り出た仁聖は、初めて見るそんな彼の子供のように拗ねる仕草を眺める。



※※※



金曜の夕方から既に、今は日曜の昼。
ほぼ丸1日以上、気がつけば何度となく肌を重ねていた。行為の後の甘い気だるさに一緒に絡みつくようにして眠り、目が覚めると再び肌を重ねる。それこそ生理的な問題以外は、恭平を意図してベットから降りる事もさせないまま。
何度も何度も声が掠れるほどに恭平を喘がせて、文字通り抱き続けた。二人でベットの上で過ごした、うっとりする様な蜜月にも似た時間の痕跡。
流石にもう駄目と恭平に言われて、渋々グショグショのシーツを何気なく引き剥がしながらそれぞれにシャワーを浴びようとしたのだが。

「危なっ!!」

ガクンと目の前で脱力する体を咄嗟に抱き止めると、当人も何が起きたか分からない様子で仁聖の腕の中におさまっている。一人では体を支えられない状態なのだが、恭平自身何故そうなっているのか理解できていない。

「恭平、無理だよ、俺が連れていく。」
「大丈夫…。」
「腰砕けてる、大人しくして。」

それは誰のせいだと不満顔をした恭平を軽々と抱き上げ、仁聖は風呂場に向かう。仁聖は何ともなさそうなのに、自分は立とうとしても全く力の入らない足腰に恭平が戸惑う。それを他所に仁聖の手は、その体を抱きかかえたままだ。

「は、離せって。」
「何言ってんの、立てない癖に。ほら、捕まって。」

唖然としている恭平の腕を首に回させ、シャワーの蛇口を捻る仁聖に恭平は頬を染めて抵抗する。抵抗しようにも恭平は殆ど自力で動ける状態じゃないのだから、抵抗らしい抵抗とは言えないのだが。思い出したように仁聖はその耳元に口を寄せて、耳元に囁きかける。

「ね。恭平、後ろ洗ってあげる。」
「なっ?!」
「中に俺の入ってるんだよ?出さないと、後で大変だよ。」
「何でそんなこと知ってるんだ?!お前!」
「えー、と、常識?」

嘘つけと抵抗する恭平を抱き上げ風呂の縁に腰を掛けさせ、仁聖の手が彼の白い足を軽々と肩に上げてしまう。それからの行動はどう考えても中を洗うというよりは、淫らな行為をしたとしか思えなかった。音をたてて中を掻き回される快感に、風呂の縁に手を突っ張らせて足を宙に震わせながら恭平は声を耐えるので必死になる。

「んうっ、うっ!ふぁっ、あっ!」

ヒクヒクと足が吊りそうになるのに、思わずその体を足で挟むような体勢になってしまう。しかも仁聖ときたら尚更音を反響するように中を探り、時に足の付け根に口づけたりするのだ。

「やめ…あっ!ああっ!…くぅっ!うっ!」
「もぉ、恭平ってば可愛い声あげて、たまんないなぁ。」

誰のせいだと言いたいのに、絶え絶えに喘ぐしか出来ない恭平の朦朧とする腰を抱き寄せる。折角綺麗に掻き出した筈のそこに、再び熱い昂った肉茎の先を捩じ込まれ恭平は体を仰け反らせた。殆ど耐えられずに風呂場に響く甘い喘ぎ声を、仁聖がたっぷり堪能したのは言うまでもない。



※※※



その後恭平を半ば無理やり抱きかかえて一緒に汗を流し、シャワーを浴び終えたのはほんの1時間前の話だった。

「もう…だって、ホントに自分じゃ洗えなかったでしょ?」

トレイをテーブルに置いた後、スルリとソファーと恭平の背中の間に身を滑り込ませる。ピクリと僅かに動いた髪の動きの向こうに、自己嫌悪なのか伏せたままの顔は見えなくても頬が染まっているのが分かる。後ろから自分の膝の間にその体をおさめながら抱きかかえる様に座り込み、まだ少し濡れた感触の残る甘い香りのする項に仁聖は顔を埋めてうっとりと微笑む。自分の腕の中で膝に埋めた顔が、必死に考えを巡らせているのが分かる。
行為の後を一人では洗えないからと無理やり風呂の縁に座らされ、仁聖に恥ずかしい場所の全てを露にして洗われる。しかも体内まで探られ掻き出されるという、恥辱としか言えない様な羽目になってしまったのに、更にそのままもう一度してしまったのだ。しかも、それはもう一度中から掻き出させるということで。
それよりも何より、今更だが最初の余りにも妖艶と言える態度で自分が仁聖を誘ってしまった行為は、実際には未だ酔いが残っていたせいなんだし。2回目のだって未だ酔っていたし感情が高ぶっていたから…3回目のは…いや、それはさておき…

まだ自分の中で処理しきれない様々な感情に翻弄されて、必死にそれに理由をつけようとする恭平の姿は普段よりも幼く見えて可愛い。その項に思わず口づけ、仁聖が囁きかける。

「……恭平、凄いエッチで可愛かったよ?」
「い!言うなよ!そういう事っ!!!」

項は色っぽく赤く色づいて、キスだけでは物足りない位だ。白い肌に残された沢山の薔薇色の花弁のような痕に、目を走らせるだけで仁聖は思わず頬が緩む。

「ホント、恭平って常識人だよね。恋人同士なんだから別に≪したかった≫でいいと思うんだけど。」

うっと言葉に詰まってしまったその表情に仁聖はクスクスと笑みを溢す。そして機嫌が悪いのでは無く結局は恥ずかしくてそうしていると分かって、ふと気がついた様にその顔を肩越しに抱き締めたまま覗きこむ。

「あのさ?恭平、聞きたかったんだけど。」
「ん?何だ?」

再び項に顔を埋めながら伺う様に甘えた仕草で体を摺り寄せる仁聖に、恭平はこそばゆいとでも言う様に少し身を捩る。

「鍵…さ?俺…持ってても………いいの…かな?」
「………なんで?」

その質問は予想外だったという風にキョトンとした表情で肩ごしの顔を振りかえった。仁聖はその恭平に少し緊張した様な視線を投げて身を固くする。そんな仁聖の様子に恭平は暫し逡巡した様にしていたが、やがてその理由に見当をつけた様子で恭平はすっと視線を前に返す。何か言葉が直ぐ返ってくるかと思ったのに全くその気配がないことに仁聖は躊躇いがちに口を開いた。

「あ…あのさ?恭平、鍵貰ったのってさ?…あの。」

腕の中に収まったままの恭平が、その問いかけに小さな溜め息をつく。そうして少しだけ拗ねたように聞こえる声で恭平は呟いた。

「……嫌なら返せ。」
「や!やじゃない!嫌な訳ないじゃん!!」

慌てた様に言い訳めいた声をあげて抱き締める力を強くして必死に声を上げる。腕の中で柔らかく甘い香りがフワリとして、慌てる仁聖に小さく笑いを溢すのが聞こえる。もうと小さく言葉を溢してその体を抱きなおし、甘いその空気に心が疼くのを感じながらまた項に顔を摺り寄せた。そんな仕草をする仁聖に、されるままにしながら恭平が小さく呟く。

「お前じゃなきゃ……渡さない…。」

何気ない、そんなたった一言。それがもたらす泣きたくなるほどの歓喜に心に満ちる想いに、仁聖は自分の声が微かに震えるのを感じる。

「あんまり優しい事言うと…俺、調子に乗るよ?毎日顔に見きちゃうかもしれないんだから。」

そう告げると予想もしない程、恭平はスルッと口を開く。

「仕事中はちょっかい出しても構ってやらないからな?」
「それって仕事中も傍にいてもいいってことだと思うよ?俺、いい方にしかとらないし。」

仁聖が冗談ではない節で告げているのに、相手はそれに迷うこともなく腕の中で様子で小さく呟く。

「そうだな、そう思っても別にいい……。」

思わずその恭平の柔らかな声に、胸が潰れそうな位に甘い感覚で締め付けられる。その感覚を正直に自分の腕に伝えると、無意識に抱き締める腕の力が強まって恭平がより腕の中にいることを感じられた。溜め息混じりに思わず耳元で囁くと、擽ったそうに彼が肩を竦めるのが感じられる。

「………恭平って常識でがちがちのくせに、…時々すっごく悩殺するよね。」

好きだと言う感情の強さに比例して、どんどん膨らむ様々な想い。それを示すような甘い蜜月の睦言に似た響きで腕の中で交わされる会話。そんな二人の間に漂う、うっとりするような甘い時間。
恭平にとっても自分を抱き寄せる者の存在に月が満ちる様に心が満たされて、もっとその存在を傍に引き寄せたくなる。それが恭平のいう常識では過ちだとしっかり理解できているのに、既に正す事も止める事も出来ない。そしてその押し止められない事を喜ぶ自分と、目の前の優しい存在に鋭く心が揺れる。
これからその先に何が起きるか分からないのにと夜の空に呟くように心に過ぎった思いに、少しだけ月に落ちる染みの様な黒く滲む不安がその心には浮かんでいた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:988pt お気に入り:33

三原色の世界で

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:735

巨乳です。おっぱい星人です。あれこれお話BOX

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:9

処理中です...