鮮明な月

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第七章

61.

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電話の呼び出し音に何気なく受話器を取り上げ耳に押し当てる。久々に直に耳にする録音ではない受話器の向こうの声に、ふっと仁聖は目を細め少し苦笑いを浮かべた。電話の向こう側は何処の国なのか、何故か受話器から微かな熱気を伝えてくるような気がする。話してみれば案の定、赤道を越えてはいるが赤道に近い国にいるという。いつの間にか叔父との会話は、全て日本語に変わっていた。話すつもりなら英語で会話をするのは容易いが、父と似た声の叔父と英語で会話をするのは辛かったのだ。今なら英語でも可能な気はするが、馴染んでしまった会話を切り替えるのも面倒だった。叔父はどうやら既に一ヶ月も前の都市停電の件を心配している風だ。近況を会話しながらまるで目の前にその相手が居るように、仁聖は頭をポリポリと掻きながら答えを返す。

「うん…俺?なんともない、変わりないよ。…おじさんは…?…そうか…相変わらず忙しいんだね。」

以前より少し穏やかに大人びた口調で話す声の先で、ふっと相手がそれに気がついた。指摘する言葉を放たれ、仁聖はそれ微かに驚いたように目を見張りながら言葉を繋いでいた。きっと自分の変化など気づきもしないと何処かで高をくくっていたはずの相手の言葉は、今までとは違ったものに聞こえる。それが実は自分自身の変化だと、仁聖はほろ苦い思いで気がつく。実兄の子供とはいえ、兄である自分の父親とは叔父は十も歳の離れていた。当時も結婚の相手すら居なかった叔父は、独身なのに幼児を育てなくてはならなかったのだ。まだ三十歳にもなっていなかった叔父にしてみたら、突然四歳の子供を育てるのはかなり無理があっただろう。そう考えてみると様々なものが、また違った視点で見えてくる気がする。

「あぁ、そう…、うん…前から言ってた話だけどさ…、俺…。」

そんな風に今までと違う視点で思考を巡らせながらも仁聖はゆっくりと室内に目を向け、自分の考えを穏やかに言葉に変えて紡ぎ出そうとしていた。



※※※


十二月に入っただけなのに、だいぶ気温が下がり始めた空気の中ふっと視線上げる。町並みは既にクリスマスの色を付け始めていて仁聖は、思案気に視線を投げる。

十二月にはいってしまえばクリスマスまでは後ほんの僅かだ。

付き合い始めて初めてのクリスマスを二人で過ごしたいと心から願ってはいるが、実は彼の綺麗でかっこいい恋人にはまだその予定の話しすらしていない。あまり早く持ちかけると絶対呆れられてしまうと思っているし、同時に今はきっと何時言葉にしても彼は受け入れてくれると確信してもいる。
洗いざらしたジーンズにセンスのいいヴィンテージのスカジャン姿でふっと街の並木につけ始められているイルミネーションに目をやる姿に、先を歩いていたそのシンプルなラインを翻して白いガーゼロングジャケットを羽織っただけなのに人目を引く姿が気遣わしげに足を止めて滑らかな動作で振り返った。

「……仁聖?」

以前よりはるかに柔らかい甘さを漂わせるその声に、仁聖は気がついた様に視線を落としパタパタと足音を立てて駆け寄る。当たり前のように横に並び連れ立って歩く二人の姿は、最近近隣でも少し目立っているような気もしないでもない。少し自重しなきゃなと恭平は、苦笑を浮かべ歩み寄る仁聖の姿を眺めた。ただ普通に並んで歩くだけならなんともないだろうが、どうしても強請る様にじゃれ付く仁聖の仕草は仲がいいだけでは済まないのがあからさまだ。そして、それを諌めるべき自分もつい絆されてしまっている上にその行為が内心では嬉しいとすら思うことがある。

「ン?どしたの?恭平。」

こうして二人でいられる事を喜ぶ気持ちがないわけではないが、相手はまだどうしても未成年の高校生なのだ。自分が責任をとっていかないといけない部分があると染々思いながら、その魅力的な微笑を浮かべ自分を覗き込む視線が嬉しそうに揺れるのを見ると負けてしまう。今までだったら付き合っている相手のそんな視線など気にも留めなかったのに、どうしても仁聖にはそう出来ない自分がいる。
冷えた空気の中もう夜の気配が兆し始めているのに仁聖が、手を取ってくるのに気がつく。

「どうしたの?ボーっとして?俺に見惚れてる?」
「馬鹿、そんな事ない……、いくぞ?」

さっさと歩き出そうとする恭平が何気なく指を外そうとしたのに、仁聖が逆にスルンと指先を余計絡ませてくる。まるで最初からそうしようとしていた様に指先が組み合わさるように繋がれる。少し戸惑う視線を気にもしないで嬉しそうに微笑む顔が、恭平の顔を覗き込みながらフワリとイルミネーションが透ける様な髪を揺らす。

「恭平、手凄く冷たくなってるよ?」

夕暮れも過ぎて夜の闇が降りているとはいえイルミネーションのおかげでまだ人の気配もある。街並みの暗がりには女子高生位に見える小柄な女の子に口づける仁聖に似た栗色の髪をした青年の姿。クリスマス前とはいえこの時期の恋人同士らしい姿に、思わず視線をそらすと仁聖が不思議そうに恭平の顔を覗きこむ。当たり前のように手を繋がれてそのままグイと引き込まれる様に仁聖のジャケットのポケットに連れ込まれる。流石にその仕草には面食らったように恭平が制止の声を小さくあげた。

「こ、こら…なにやって…離せって。」
「暖かぁい。…ね?こうしてると暖かくない?」

一瞬批難しようとしたのに先にある暖かな体温と指先の感触に、恭平は思わず黙り込んで仕方ないとでも言いたげに視線を緩ませた。自分の行為を受け入れながらホンノリと嬉しそうにすら見える気配を浮かばせるその様子に、仁聖は心から嬉しそうに微笑みながら歩き出す。その笑顔を浮かべる仁聖と歩調を合わせるようにしてゆっくりと二人並んで手を繋いだまま帰途を辿り始めていた。

「早いよね。もう十二月だもん。」
「そうだな……。」

飾り始めたイルミネーションを見上げながら嬉しそうに瞳をキラキラとさせて言う仁聖に、一瞬何かを言いたそうにしながらも恭平はそれを口にする事はせずに言葉を飲み込む。その気配に気がつかないまま、仁聖はただその指を大事そうにポケットに入れて綺麗に輝く街路樹を眺めていた。



※※※



数日後の午後、何気なく視線を上げた窓の外の色合いに思わず恭平は驚きに満ちた視線を向ける。書斎の窓は北向だが、それでも窓の外が異様な深紅に染まっているのが分かった。こんな風な夕暮れ空は滅多に見ないと、何気なくリビングに向かった恭平は扉を開けた途端部屋全部を赤く染めた色合いに息を飲む。

地震の前兆とか言う話もあるな、真っ赤な夕焼け空は。

大きな地震の前には深紅に夕暮れが染まるとかいう話題が上ったことが、うっすらと記憶にある。しかし、それが本当のことかどうか迄は分からない。ただ、何となく気持ちが騒ぐ色合いに、何気なく気をそらそうとテレビのリモコンを操作する。

『現在、校内にはまだ多数の生徒が残っており。』

一瞬そのニュースが何の事なのか分からないが、その校舎には見覚えがあった。何しろ自分も通っていたし、今まさに仁聖が通学している校舎なのだ。字幕テロップには校内に不審者、爆弾所持とおぞましい程映画じみた文字が踊っていて、その意味が理解できた瞬間恭平は呆然とする。思わず時計を見てまだ今日は来訪していない仁聖に、咄嗟にスマホを手にした恭平は震える指で仁聖の電話番号を呼び出す。

『現在回線が混みあっております、暫く…。』

思わず舌打ちをしてもう一度かけ直すが、恐らくニュースを見て同じ行動に出ている人間は山のようにいるのだ。何度かけても通話どころか、呼び出しすらも出来ない状態に恭平はテレビ画面をもう一度睨み付けるように見据えた。昔から通用口と呼ばれる裏門の玄関の方から少しずつ生徒が外に出されているのが、ヘリか何かで宙から撮影しているらしい。画面に微かに見えるだけで微か過ぎて仁聖の姿があるかどうかなんて判別できないのが、そう気がつくと忌々しくて鋭い舌打ちが溢れる。

もう学校を出ていてくれれば…

そう考えても、最近の仁聖だったら真っ直ぐここによる筈だ。つまりはまだ学校内か学校の近郊に居るに違いない。そう考えた自分が家を飛び出すの迄は、どうしても止められなかった。たかだか走って十分もない距離に、同じように生徒を心配して学校に向かっているのだと分かる人影が幾つも駆けていく。こんなことが自分の目の前で起きるなんて思ってもいなかった。遠目に照らされた校舎が見えた途端、何人もの警察官が規制線を張っていて近寄ることを遮られてしまう。

「家の子、まだ学校の中に居る筈なんです!!」
「家の子、連絡がとれないんです!!」
「分かってますが、今避難しているのでここからは入らないでください!」

殺気ばしった声が四方から飛び交う中で、不意に地響きがしたのに何人かの母親の悲鳴がとんだ。思わず警察を押し退けて駆け出そうとする母親や恭平達の目の前で、突然校舎の端で地面から逆に稲光のような閃光が走り一瞬視界が奪われる。

爆発?これじゃまるで落雷みたいじゃないか

そう感じたと同時にドンッと轟音が足元を揺らすのに、恭平は背筋が凍りつくのを感じていた。あの場所は今も変わらなければ生徒指導室になっている筈で、その上は仁聖の学年の教室。それが分かっているからこそ、気持ちの悪い汗が全身から滲む。立て続けに響いた轟音によろめいた沢山の母親の悲鳴が重なって、誰もが近寄ることを遮られ青ざめた顔で校舎を見つめる。裏門から数人ずつ吐き出される生徒の姿に、我が子を見つけようとする親の悲鳴が更に混乱を深めていくのが分かった。
自分の子供を抱き寄せて泣きながら踵を返し立ち去る親子と、未だに我が子を見つけられずに鬼気迫る声で我が子を呼ぶ親。まるで地獄絵図のようなその場所の中で、恭平は現実味が薄れていくのを感じていた。

なんで、こんなことが起きるんだ?何で仁聖はいないんだ?まだ中に居るのか?

勝手に最悪の事態を考えて失う恐怖で血の気が引いていく自分が、酷く忌々しくて声をあげて泣き出したくなる。校舎から出てくる生徒の姿は途切れることもなくて、何でこんな時間までこんなに校内に残っていたのかと声高に叫ぶ声が聞こえた。十二月の日暮れの早さのせいで既に辺りは闇になりつつあるが、本来ならまだ部活や何かしら校内に生徒が残っているのは当然の時間なのだ。それを正論として指摘したくても、本当は恭平も同じように感じている。

「麻希子!!」

聞き覚えのある若い声が耳に入ったが、恭平の視線は少しずつ裏門から出てくる生徒を見つめたままだった。声を出すことも出来ず阿鼻叫喚の中に立ち尽くしたまま、今にも恐怖で倒れそうになっている。そんな最中人波の中に頭一つ飛び出して見えた栗色の髪の毛が、視界に入ったのが分かった。

「仁聖!!」

思わず咄嗟に名前を叫んだ声に、藍色に照明灯の光を反射する瞳が迷わず真っ直ぐに自分を見つける。人波を掻き分けるようにして真っ直ぐに自分に向かってくる仁聖の姿に、普段と違い周りの人の目の事なんて完全に恭平の頭にはなかった。咄嗟に手を伸ばして歩み寄った仁聖の事を、有無を言わせずに腕の中に引き寄せ力一杯抱き締める。

「きょ、恭平?」

驚きに戸惑う仁聖の自分を呼ぶ声に、安堵のあまり震えが起きて眩暈がした。正直人の目なんてどうでもいいし、周囲の人間だって他人の事など目に入る気配なんてない筈だ。ただ仁聖が無事で腕の中に居るのだけが、恭平にとって重要な事で安堵に涙が溢れる。

「よかっ……、無事でっ……。」
「恭平、心配して来てくれたんだ?」

ホッとしたような声に当たり前だろと言いたいのに、嗚咽が溢れて言葉にならない。そんな恭平の姿に驚いたように抱き締められていた仁聖が、やがて耳元で小さな声で囁く。

「恭平…、家に帰ろ。ね?家帰って、一緒にいよ?」

あやすような声に促され恭平が頷くのを、仁聖が疲労感を滲ませながらも微笑むのが分かる。人波を抜け出て帰途につきながら、恭平の手がまだ冷たく震えているのを仁聖が労るように包み込む。その背後ではまだ我が子を探す悲鳴のような怒号が、闇夜の中で飛び交い続けていた。



※※※



家に辿り着いてから蛍光灯の光の下で、初めて恭平が全く血の気のない顔色なのに気が付いて仁聖は目を丸くする。慌てたように座らせようとしても、恭平は頭をふって仁聖の手を離そうとしない。きつく握られた恭平の手は氷のようで全く血の気を取り戻す気配もないのに、仁聖は彼の顔を覗きこむ。

「恭平、俺の事見て。沢山触っていいよ、ちゃんとここに居るって安心するまで好きにしていいから、ね?」

その言葉に血の気のない真っ白な顔をした恭平が、揺らめく視線を不安げに上げる。

「仁…聖…。」
「うん、迎えに来てくれてありがとう、正直ちょっと俺も怖かった。」

そう言う仁聖の手を握ったままの恭平が、空いた手で仁聖の頬を撫で確かめるように触れていく。怖かったと素直に告げる仁聖の言葉に、目の前で恭平の瞳がまた揺れて涙を溢す。

「仁聖。」
「うん。」

やっと自分の手がきつく仁聖の手を握りしめているのに視線を下ろした恭平は、その手を離そうとしても強ばって動かない自分の手に気がつく。戸惑うその顔に仁聖は柔らかく微笑んで、手を持ち上げると恭平の指にゆっくり口づける。

「仁聖…。」
「ん、恭平、コートも着ないでいたのに。ごめん、気がつかなくて。」

俺もパニックだったんだねと苦笑いする仁聖の口づけに、次第に指が緩んでいくのが分かった。冷えた指先に触れる唇は仄かに熱を感じさせて、ユルユルと力が抜けていく。

「そうだ!恭平、一緒にお風呂入ろう?」

悪戯っ子のような口調でそう言う仁聖は、半分その言葉が受け入れられないと思って口にしている。そう思っていたのに恭平が素直にうんと頷いたのに、目を丸くして彼を見つめた。気が変わる前にと慌ただしく恭平の手を引いて、バスルームに向かう仁聖に恭平が素直に従う。

「脱がしていい?恭平。」

湯を張りながら問いかける言葉に再び恭平が素直にうんと頷き、仁聖は戸惑ったように彼の顔を覗きこむ。行為を承諾してくれるのは嬉しいが、こんな風に恭平の様子がおかしいのはいただけない。それでも服を手早く脱がして手を引いて浴室の中に連れ込んでも、恭平は普段と違って拒否する気配もないのだ。体を流して一緒に浴槽に浸かって、初めて恭平を真正面から覗きこんで仁聖は彼に問いかける。

「恭平、俺本当に大丈夫だよ、ここにいるよ?ね?分かってるよね?」

温かい湯に浸かって向かい合って緩み始めた緊張に、不意に恭平が手を伸ばして仁聖にすがるようにして抱きついた。驚きながらその体を抱き上げると、腰に跨がるようにして恭平が身を寄せるのを感じる。何か言おうとした瞬間、恭平が子供のように嗚咽を上げて泣き出したのが浴室内に響く。

「恭平…?」
「仁聖…っ…いなくなっ……かと……、怖くて……、お前が…居なくなったら………。」

震えながら仁聖を抱き締め泣きじゃくる恭平に、仁聖は思わず唇を噛んで強く胸が疼くのを感じる。改めて自分をこんなに必要としてくれてるのを、こんな風に自覚させられるなんて思ってもみなかった。湯に温まっていく体にそのすがり付く感触は酷く悩ましく、恐らくまだ終息もしていないだろう現場には申し訳ないが。

「恭平、愛してる…、俺、傍にいるって約束しただろ?」
「ん、分かっ…て、る。」

泣きじゃくる恭平の唇を舐めるようにして奪うと、湯でほんのりと桜色の肌が甘く香る。擦りつけられた肉茎が芯を持って硬くなるのを、頬を染めた恭平の体が少し浮いて今直ぐに体内に欲しがっていると仕種だけで訴えかけた。湯の中の仁聖の手が腰を支えるのを感じながら、ユックリと後孔に肉茎を押し当てる。

「ん、ふぅ……んん。」

艶かしい吐息と一緒に熱い体内に絡みとられ、ユックリと飲み込まれていく感触。湯が体の動きに揺れて音をたてるのを聞きながら、仁聖は甘い肌に口づけ薔薇色の花弁を刻む。

「熱……い、…んん、…あ……ん、んぅ…っ」

溜め息のような声で囁く恭平を見上げ、密着した肌とうねるような体内に快感で腰が蕩けそうになる。ユックリ揺するだけで甘い声が溢れ落ちて、普段とは違うもっととねだる声が反響した。擦りたてる動きに湯が激しく音をたて、必死に腕を絡めしがみつく恭平の声が耳元で歓喜の声を上げる。

「仁…聖っもっと、もっと深く、もっと欲し…。」
「うん、沢山あげるよ?恭平…愛してるっ。」

風呂場からでて縺れるようにしてベットに転がりこみ、何もかも考えられなくなる迄何度も何度も愛し合う。やがて気を失うように二人は、抱き合ったまま深い眠りに落ちていた。


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