鮮明な月

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間章 アンノウン

間話32.おまけ スキンシップは大事!

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「ちょ、宏太?」

あの一件のせいからなのか、目下とみにスキンシップ過多。
そんなことは外崎宏太にだって了にだって分かっているのだが、可能な限りというよりも四六時中といった方が正しいくらい宏太は了の事を腕に引き寄せている。当然仕事中や他人がいる時は宏太だってあからさまに抱き締めてきたりはしないけれど、その日仕事を終えて晴が帰宅して人気がなくなり二人きりになった途端これだ。突然背後からニュッと腕が延びてきて、夕食の支度にキッチンに向かおうとしていた了を絡めとる。ほんの少し前までは少し離れたところに立っていた筈の宏太が、気がつくと了に直ぐ後ろにいて唐突に背後から腕が延びてくるのだ。

「こ、ぉた、こら!」
「ん。」

一応素直に返事はするのだが、了がそれ以上何か言う前に背後から軽々と抱えあげられてしまう。そのまま宏太はスタスタと歩き出したかと思うと、リビングのソファーにどっかりと座り了はその膝の間に座らされてしまった。

「こ、こぉた?こら、離せってば。」

その言葉を宏太はまるっきり聞き流して、宏太はガッチリ抱き締めたまま了の項に顔を背後から押し付けてくる。しかも以前のように宏太はここから激しい性行為に雪崩れ込むわけではなくて、じっと身動ぎもせずに了を宝物みたいに抱き締めたままなのだ。それでも項に触れる唇の感触と背中の体温が肌に心地よいのに、了は思わず頬を染めてしまう。

「こ、宏太ってば…………。離せ、よ。」

そう何度言っても宏太は確りと了を抱き締めたまま、了がどんなにもがこうにも腕はびくともしない。まるで確かめるみたいにそうやって了の体温を確認している宏太に了は戸惑いもするし、何故再三のようにこんな風にしているかも分からないでいる。何しろもう了の記憶はほぼ元通りに戻ったのだし、セックスで了が背後から抱かれるのがまだ怖いと言うのもお互いに分かっているし、後は全て元通りの了になった筈なのだ。

「宏太ぁ…………?な、んで?」
「ん………………、気に、すんな…………。」

これを気にするなという方が無理な話で、抱き締められ引き寄せられスッポリ腕の中に納められているこの状況。何とかジタバタしようにも手足がでないように抱き締められて、ここにいるのを確かめるみたいに肌に触れられている。

「気にするなって……そんな…………無理……いうなって、ばぁ、宏太……ぁ。」

何でだよと了が問いかけても、宏太は答えないまま項に唇をじっと押し付けてくる。口付けているわけでもなくて、舌を項に這わされるわけでもない。それなのに柔らかくて肉感的な唇の触れる感触にモジモジと腰を揺らしてしまう了に、宏太も気がついたようにピクリと頭を動かす。それでもまだただ抱き締められ唇を押し当てられているだけで、了だけが落ち着かない気持ちになってしまう。

「じっと……してろ…………、了。」
「そ、んなこと、言ったって…………こぉた。」

懇願めいた声をだす了にそれでも宏太は確りと抱き締める手を緩めようとしないし、顔を押し付けるのもやめる様子もない。

「なん、でだよぉ…………?こぉた……離せって……ば。」
「あと少し…………。」

そう強請るように呟いて、ただ抱き締めるだけ。甘やかす訳でもなくて愛撫で蕩けさせるわけでもなくて、ただじっと身動きもせずに腕の中に納めておくだけなんて宏太らしくなくて了の方が混乱してしまう。これが既に何日か続いているのだから、了だって我慢の限界なのだ。

「もぉ!!こぉた!」

グイグイと腕を押し退けてもがく了に、流石に今は諦めたように宏太はスルリと腕の力を緩めた。その隙をついて了は体を翻すとその膝に跨がって、宏太の顔をガシッと両手で掴んで真正面から見据える。

「なんなんだよ!何かあるなら、言えってば!」
「あ?」

抱き締めるだけなんてなんなんだと了から顔を押さえ込まれて怒鳴り付けられたのに、方や宏太の方も了が何で怒鳴っているのか理解できない風に眉を潜めた。その様子に了は思わず両手で押さえ込んだ唇を奪い取って、宏太の唇をチロリと淫靡に舌でなぞる。それに想定外と言いたげに頬を染める宏太に、了は更に唇を重ねていく。

「ん…………く、ふ………………っ…………こ、ぉた…………んっ。」

チュル……チュクと唇をねぶり吸い立てて、何度も何度も唇を重ねる。その腰を力を緩めていた腕がそっと引き寄せてくるのに、了は再び真正面から宏太の顔を両手で押さえ込んだまま覗き込む。

「も、……言いたいこと、あるなら、いえ、ってば。」

トロリと甘い声で了にそう囁かれて、顔を押さえ込まれたままの宏太の方が僅かに困惑する様子を滲ませていた。
実際のところ宏太自身何でこんな風になっているのか、自分でも分からないというのが本音なのだ。出来ることなら人がいない時なんて制約なしで、常に了の事を腕の中に確りと抱き締めていたい。傍にいるだけじゃ物足りなくて、体温を感じるほど肌をふれあわせていたいと考えてしまう自分がいる。だがこうして了にそれを言葉にしていえと言われても、自分でも理由をハッキリとした言葉にできないのだ。

「…………よく、わからん…………から、説明出来ねぇ…………。」

何故かそんなことを唐突に萎れて口にして来た宏太に、了は驚いて目を丸くしてしまう。何しろ外崎宏太という男は何時も俺様で自分勝手で、上から目線で、自己中心的に了を振り回す筈の男なのだ。

「分かんないで…………こんな、ことしてんのかよ?こぉた。」

そう唖然として口にする了に宏太の方が尚更シュンと萎れて困惑の顔を浮かべ、スッと頬を押さえ込む了の片手に手を重ねて口付けて来る。そっと手に頬を擦り寄せ甘えるように、しかも愛しげに親指の付け根に柔らかな唇を押し付けてきていて、そんな仕草をする宏太なんて見たことがなくて了はカッと頬が熱くなってしまう。

「な、んだよ、何時も自分勝手で、俺様で、上から目線で…………っ。」

そう口にしても宏太は何度も愛しそうに了の掌に口付けを繰り返して、熱くて甘い吐息を溢しながら了に顔を向けてくる。柔らかに唇が何度も音を立てて肌に触れて、その掌を重ねられたまま親指の先端を唇で挟み込む。それにチカチカするような官能の兆しを腹の底で感じとりながら、了は自分の喉が無意識になるのを感じていた。

「じ、自己中で…………、変態の鬼畜の癖に…………。」
「了…………。」

低くて甘くて痺れるような囁き声。それなのに今の宏太はそれを何一つ意識していなくて、ただ無意識に了が拒絶してはいないかと様子を確かめるために名前を呼んだだけなのだと了も気がついてしまう。そして何度も親指に口付けて名前を繰り返す宏太の姿に、見ているだけの了の頭の芯が熱く蕩け始めている。

「わかんねぇ…………けど、お前のこと、触っていたい…………了……。」

弱くソッと強請るような宏太の声に、そんなの狡いと不意に泣き出したくなってしまう。そんな風に強請られて触れていたいなんて宏太が言ってくるなんて了にだって対処しようが無さすぎて困ってしまうから、了は思わずその首筋に手を回して宏太に自分からしがみついていた。

「了…………悪い……。」

その体温にホッとしたような宏太の声に胸の奥が揺れて、宏太が自分では分からなくても本当は何を欲しがっているのか了には感じ取れてしまう。あの時に記憶を失った了が宏太を拒絶したことで、今までと同じものを今まで通りに求めてもいいのか宏太には分からなくなってしまったのだ。そんな不安に揺れる宏太がそこにはいて、了が抱き締めてくれるのに安堵するのにすら戸惑う宏太がそこにいる。

「…………さみし、なら、そう言えよ……ばかぁ…………。」

首筋に抱きつき顔を押し付けて囁く了に、宏太は少し驚いたようにソッと了の腰に手を回すと改めて抱き締めた。

「寂しい…………のか?こういうの…………。」

セックスも何もいらなくて、ただ相手の体温が欲しくて。そんなものがなんと言う感情なのか宏太にとっては産まれて始めての経験で、しかもそれを満たせるのが了ただ一人なのも分かっている。指先、唇、触れる肌のどんな場所でも、宏太が触れていて安堵できるのは了だけなのだ。了の体を抱き締めて驚いたように呟く宏太に、了は半分泣きそうになりながら笑い出してしまう。何時だか恭平に仁聖は自分のことには疎いから口に出して言わないと気がつかないぞと忠告したのは宏太なのに、その宏太自身が孤独感に気がつかずにいる。

「ほんと、宏太…………、自分のことに疎いんだな…………。」

思わず抱きついた手で宏太の後頭部を撫でると宏太はそれに戸惑いながらも、じっと了がすることを感じ取ろうとするように大人しくされるままになる。誰かに頭を撫でられるなんて多分された経験がない宏太は、なすがまま艶やかな黒髪に触れる了の指先に黙り込む。

誰かを欲しいとか、誰かにいてとか、そんな感情が始めてだから…………

人肌恋しいなんてことが現実に起こることとは一つも思ってもいなかったから、実際にそれが自分に起きているのだとやっと宏太も今になって知った。心が冷えて了の体温がないと凍えてしまいそうな気がしたのが、『寂しさ』なのだとやっと理解出来たのだ。

「了…………?」
「何?」

自分を必要としてくれる唯一の人間に、拒絶されるのがこれほどまでに苦しいなんて知らなかった。今までは誰にもそんな感覚を持ったことがなくて、自分一人だけ何とか生きていればよかっただけだったからだ。友人でもなんでも宏太が生きていくのに必要な糧でありさえすれば、深く関わる必要もない。そんな関係だけで生きていたと思っていたのに、了に拒絶され必要とされないだけで全てが氷に閉ざされてしまう。

「…………こんなのは………………、二度と感じたくない…………。」

そう小さく呟く。了に拒絶されるのだけは二度と経験したくないし、同じようなことは堪えられないと正直に思うからそのまま言葉にする宏太に了はうんと優しく囁く。それに心底安堵した様子で宏太はホッと息をついて、了の事をもう一度抱き締めていた。



※※※



仕事はまずまず。
宏太の能力に了と晴の実績なんかのお陰でコンサルティング業としては割合コンスタントに仕事が舞い込んで、『耳』も必要とする仕事も幾つかあるが利益としては充分潤沢。それに今後の噂の中には某近郊のお化け屋敷跡地やら、都市部に北西の竹林跡地周辺の再開発に関係して幾つか仕事が舞い込みそうな予定もあるとかないとか。そんなわけで仕事はまずまず忙しく、日常は元通りに戻りつつある。

「了。」

不意にかけられた声に書類整理中の了がモニターから視線をあげると、パソコンから顔をこちらに向けた宏太がこっちに来いと手招きしている。何事?と了の横のデスクで書類をまとめていた晴も不思議そうに一緒になって首を傾げているが、手招きに立ち上がった了は宏太に素直に歩み寄る。

「どうした?珈琲?」

しかし手元のお気に入り2号になった宏太専用マグカップには、まだ微かに湯気のたつ珈琲が半分程も残っている。それに気がついて後何があるかなと思案する了を延びてきた宏太の手がいきなり腰を引き寄せて抱き締めてくるのに、了は目を丸くして声をあげた。

「何?!何やってんだよ?もぉ!」
「…………足りねぇから、充電。」

不意にそんなことを言い出した宏太に真っ赤になった了は晴の前だからとポコポコとその体を叩くが、まぁ宏太は気にするでもないし、晴の方も何故か呑気に仲が良くてよろしいことでと呆れ顔でモニターに視線を戻す有り様。

「ちょっ!こらっ!」

ジタバタしようにも腕が了の動きをいなして、しかも意図も容易く宏太は膝の上に乗せてしまう。それに了はいつぞやもこんな風に誰かの目の前で、膝にのせられたことがあると既視感すら覚える。あれは確か『茶樹』のカウンターで、松理や惣一だけでなく、恭平と仁聖もいたような。

「こぉた!」
「………………寂しい…………から、…………駄目か?ん?」

唐突に抱き締めてきて見上げる体勢をとりながら強請る声で宏太にそう囁かれて、思わず了は今以上に頬が熱くなってしまう。そう、宏太は新たなスキンシップのツボを身に付けたらしくて、これを言われると実は了か弱いのを知っててやりだした。強請られ甘えさせろと言われているのに、惚れた弱味で了だって断固拒否にはならないのだ。
そんな二人に晴が呑気に仲がいいのは分かったから向こうでやってーと呆れ顔でバケツ一杯にもなりそうな水をザブリと差してくる。お陰でハッと我に帰った了が、抱き締めてくる宏太の腕の中で何とか自由になろうとジタバタと暴れ始めたていた。
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