鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話13.VERSUS

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……お前とやり過ぎて、ぶっ倒れたからゲストルームで寝かせてんだ、少しは加減しろよ?痩せてきてんじゃねぇか?受けの方が体力的に消耗が激しいんだぞ?

そう、外崎宏太に言われたのは、まだ結城晴と交際が始まったばかりの頃。狭山明良は加減が分からずに晴を散々抱きまくっていて、晴が仕事中に倒れたと聞かされた時だった。あの時は何も分からず無我夢中で毎日寝る暇も無いくらい晴の事を抱きまくっていたのは事実で、晴が急激に痩せていっているのにも気がつけなかったのだ。でも、流石に今の明良はそこの分別はつけているつもりだし、無理に何度も捩じ込み晴の身体にだけ負担をかけているつもりはない。眠らせないなんて事はしてないし、エッチだって最後までしないこともある筈だ。それなのに何故かこうして宏太に全身から鳥肌の立つような威圧感を放たれて、明良は思わずまた数歩後退る。

「どういう…………意味ですか?」
「…………お前、本気でそれ俺に聞いてんのか?あ?」

低く足元を掠めるような夜風に滲む冷えた声に、何かが起きたのは明良だって理解する。何故急にこんなことを言われるのか答えは恐らくは一つしかないのに気がついた瞬間、明良は全身から血の気が引いて思わず開かないと分かっているのに咄嗟にドアに向かって駆け寄ろうとしていた。それを更にあえて遮ったのは言う迄もなく宏太自身の身体で、矛盾していそうでしていない宏太の行動に明良は頭に血が昇るのを感じてしまう。

「晴に会わせてください。」

宏太の言葉と行動は言う迄もなく晴が元になっていて、しかもこういう行動に出たのは晴がまた倒れてしまったから。そして宏太は晴の倒れた原因が明良なのだと言っているし、倒れた晴に会いたい明良がその倒れた原因でもあるから明良には会わせないと威嚇しているのだ。

「…………嫌だと答えたら?」
「…………力ずくで通ります。」
「へぇ?」

目の前の相手が例えどんなに特殊な技能を身に付けているとしても、実際には盲目でしかも身体に大きな怪我を負い酷い後遺症の残る自分よりも二十も年上の男。しかも明良は子供の頃から実家が道場ということもあって、空手を習い続けて仕事を始める数年前まではほぼほぼ現役の鍛練を重ねている。そんなある意味ではサラブレッドで若い自分と、目の前の男の能力のどちらが勝るのか。流石に威圧感だけで技量まで推し量るのは正直いうと歳月のなせる面もある筈だから正解は見えないけれど、でもここで引くわけにはいかない。

大事な晴と会わせない気なら、幾ら友人でも……幾ら晴の勤め先の社長でも……

高橋至の手から助けてくれた恩のある相手だし、晴との出会いの切っ掛けでもある。それでもここで引いて晴を奪われる訳にはいかない。だが、流石に明良としても友人としての関わりもあるのだし、流石に寸止めくらいはするつもりで正拳を突き出していた。ところが瞬間的に何かが羽根のようにフワリと掠めた感覚がして瞬間、手が自分の思うのとは違う方向に向かって流れたのに気がついてしまう。

「っ?!」

目の前の男はその場で何一つ身動きしていないように明良には見えているのに、繰り出しても明良の拳も蹴りすらよく分からないままに宏太にいなされていく。今まで一度もこんな得体の知れない状況に陥ったことの無い明良は、背筋が一気に凍りつくのを感じていた。
拳どころか蹴りが一つも当たらない。
どんなに真正面に攻撃を向けても当たる前に柳のように流され、側面を狙っても体に当たるどころか気がつくと方向が完全にズレて空を切っていく。まるで映像か幽霊でも相手にしているみたいな、とらえどころの全く無い不確かな感覚。

これは…………

意図して攻撃を反らされている。直線的な攻撃は確実に軌道をずらされて、まるで宏太に当たりもしないどころか宏太自身は何事もないような涼しい顔。同じ空手ではないし相手の技能のそこもちゃんとは知らないが、これは恐らく本気の打撃で叩き伏せるつもりで打たないと寸止めなんて気持ちでやっていては掠りもしない。

「……力ずく……ねぇ。」

それを見透かすような声に、カッと頭に血が昇る。人が流石に友人だからと手加減しているのも知らずに、これが本気かと呆れたように口にされるのは明良だって不本意だ。舌打ち混じりに纏わりつくコートを瞬時に脱いで、それを一瞬の死角にして脚をしならせていた。マトモに自分の一撃が入ったら、流石に骨にヒビはやむを得ない。ところがコートの立てる音で脚を動かす気配は消した筈なのに、宏太は脚に顔を向けたわけでもないのだが、スッと撫でるような仕草でまた軌道を変えられていた。

「……っ?!」

その動きで宏太が自分とは相性の一番悪い、相手の動きを反動に利用するタイプだと理解する。しかも音だけでなく、攻撃の軌道をまるで目で見ているみたいに宏太が確実に読み取っている上に明良が普段とは違い案外熱くなる系統なのも見越して宏太は態度でも挑発にかかっていた。

ムカ…………つく!

最初の威圧にしても、言動や行動も、明良を苛立たせ焦らせるための布石。熱くなった明良が単調な攻撃になっているのを宏太は完璧に見透かして、先を読んで攻撃を仕掛けさせている。



※※※



安心…………

フカフカでヌクヌクしてて、安心してくるまって。後少し。もうちょっとだけ眠らせて。モニャモニャとそんなことを一人訴えるけれど実質それは誰か起きろとかなんとかを言われた訳ではなく、ただ単に一人ベットの心地よさに独り言を呟き続けているだけだったりする。

うう……後……五分………………って…………あれ?

探った指の感じる何時もと僅かに違う質感。普段なら誰かと共にする筈の広さ。それに端と気がついた瞬間、結城晴はパッチリと目を開けていた。冬場の夕暮れは早く、既に周囲は夜の闇。つまりは夕暮れをこして月の出る時間に変わっていて、自分が思っているよりも完璧に熟睡してしまっていたのに気がつく。ほんの十分とか三十分のつもりでいたけど、どう考えても何時間の単位で寝てしまっていて。その室内は言う迄もなく自宅ではなく外崎邸のゲストルームで、慌ててベットから這い出した晴はバタバタと階段を駆け下りていく。

明良、まだ迎えに来てないのかな。それとも下で待ってたらヤバイかも。

正直いうと自分が倒れた事は、余り明良には知られたくない。前回の時はまだ一緒に暮らしていなくて明良が迎えに来なかったから良かったが、今回は確実に来たら明良にもバレてしまう。そう考えながら慌てて階下に駆け降りた晴は、想定外の光景に思わず目を瞬かせる。何時もなら宏太と了がいそうなリビングではなく階段の真正面・玄関先のドアにもたれて立っていた外崎了が、降りてきた晴に向かって顔をあげるとニッコリと笑顔を浮かべたのだ。

「…………え?…………さ、とる?何してんの?」

大体にして今何時?とつい気になったことをそのまま聞くと了は午後8時とにこやかに口にしてきて、しかもこのままもう少し待ってろなんて噛み合わないことを晴に言う。えっと何で了はドア前に陣取ってるの?何なの?っていうか、午後8時?!絶対明良にバレてるよね?なんていう晴の狼狽に関しては別段気にするでもなく了はそこから一歩も動こうとしないし、晴の方は何でかそのドアの向こう側の外に広がる剣呑な気配を肌から察してしまった。

「さ、とる、もしかして…………明良来てる?」
「ん?」
「しゃちょーと明良、なんかしてる?」

オズオズといった感じで晴は了に問いかけるが、そんな事態になる理由が実は晴にもよく分からない。明良が来ていて晴が卒倒したのを知られてしまったったのは兎も角、なんで格闘技とか武術はてんで素人の晴にすら感じ取れるようなこの剣呑な空気感?一体何が起こったの?これはどういう事態なの?それを問いかける言葉が見つからなくて、仕方なく出たのは目の前の青年の名前だけ。

「了?」
「んー…………後五分?」

いや、それはさっきまでベットの上で眠気に対して晴が考えたことで、外はそう言う問題じゃないよね?っていうか、何で誰も通さないって感じで扉の前に陣取っているの?と晴が問いかけても、何故か了は答えを返さずにこやかに微笑むばかりなのだった。



※※※



数分なのか、それとももっと長い時間なのか。

ヒュと呼吸が甲高い音を立てて、白く煙のように鋭く吐き出される。あっという間に決着をつける筈だったのに一向に攻撃が当たらないどころか、白く吐く息が自分のものしか見えていないのに明良は唖然としてしまっていた。相手は盲目、しかも歩行にも杖の必要な障害者。それなのに呼吸を荒げた息をして打ちかかっているのは健常者である明良の方だけで、宏太はまるで柳のように明良のする何もかもをその場から殆んど動くことなくスルリと受け流してしまう。

こんなの…………ありか?

晴からは宏太が桁外れのハイスペック男だなんてことは聞いていたけれど、これは何なんだと唖然としてしまう。高橋至を会社で投げ飛ばしたのは宏太だとは知っていたがあれは背後からの事で、宏太が何らかの武術を身に付けているのは動きや筋肉のつきかたで理解していたつもりだ。

でも、なんなんだ、この動き。

柔道とも違うし空手ともまるで違う。しかも何度も言うが宏太は目が見えない筈なのに、自分の動きをちゃんと先の先まで見抜いて動くのだ。
それでも外崎宏太に晴に会わせないと言われて逆上したのは自分の方だし、ここで引いたら晴に何が起きたかも分からないまま。だけど、こうしていてもまるで相手にされていない上に、向こうからは全く攻撃してこない。お陰でこちらばかり体力が消耗しているのは理解できているけれど、明良だってここで引くわけには行かないのだ。それを思った途端宏太の身体が、暮明の玄関ポーチで僅かにだが体勢を崩したのに気がついた。こちらも暮明で視界が悪いが、宏太は本当に視覚を失っていて足元がどんな状況か覚束ないのだから大きな動きをすれば当然。

今しか……っ!

咄嗟に大きく踏み込んだ明良の身体が低く沈み、その勢いのまま体勢の崩れた宏太の足元を真一文字に薙ぎ払うように空を切っていた。この攻撃が視覚障害者にしていいものでないのは十分理解しているし、その場で脚を薙ぎ払われたら宏太は恐らく脚を挫くなり怪我もする。それでもこんなことを続けて消耗させられるくらいなら、ここで決着をつけてしまった方がいい。

「ふ。」

それはほんの微かな失笑にも似た吐息。そして明良の足が宏太の脚を薙ぎ払う衝撃が来る筈の瞬間、明良の身体が明良の想定外の勢いを伴ってグルンッと一回転していた。次の瞬間気がついた時には宏太が見下ろしていて、冷え冷えした声でまるで息一つ乱すことなく気がすんだか?と問いかけてくる。そして溜め息混じりに凍りついたまま自分を見上げている明良に、無造作に屈み込み頬杖をついて口を開く。

「…………明良、………お前、晴に認められたいのはいいがよ?今自制しないと、後で痛い思いするぞ。」

その言葉に今の自分の内面を見透かされたような気がして、明良は仰向けのまま思わず頬を赤らめ宏太の事を唖然とした顔で見つめてしまう。

「ちょっ!!何やってんだよ!!バカ社長!!明良っ!!!」

ドアの向こうで明良が宏太に叩き伏せられる音を聞いて、外に飛び出してきた了と慌てた晴の姿。しかも、家の玄関前なんて場所で意図も容易く仰向けにひっくり返されてしまった明良の姿に、晴が一瞬で青ざめて明良に駆け寄ってくる。馬鹿ってなんだと呆れ顔で立ち上がった宏太に、腕をとられて引き起こされ毒気を抜かれたみたいに呆然としている明良に涙目の晴が飛び付いていて。そして明良の頭やら何やらを必死で晴が確認する横で、こうなると分かっていた様子の了が苦笑いで宏太に歩み寄る。

「明良、平気?頭打った?痛いとこどこ?!」
「え…………あ、晴…………。」

ポカーンとしている明良の頭や肩を撫でて、痛いとこは?なんて必死に問いかけている晴は、倒れたのだと思ったけれど何時もと変わらない位に元気一杯に見える。あれ?倒れたと思ったのは勘違い?でもならなんで宏太にあんな風に威嚇されて、自分は夜空を見上げる羽目になったんだっけ?それに自制しないとってどういう事?まるでその経験があるみたいな口調で宏太が明良に言ったのは、明良に気がつかせたいから?頭を冷やすようにこんなことしたってこと?そんな風に訳が分からずにグルグルしている明良の思考を置き去りに、周囲は普段と変わりなく騒ぎだして。

「平気?宏太。」
「ん、何ともない。」
「何でこんなことしてんの!?バカしゃちょー!!!」
「あぁ?うるせぇ、キャンキャン騒ぐな、晴。」

平然とそう答える宏太に怒りながら食って掛かる晴に明良は未だに呆然としたまま。一先ずここじゃ何だから家に入れと宏太に促されて、混乱したままの明良は晴に手を引かれてトボトボと玄関に脚を踏み入れていた。
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