鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話18.初恋は叶わないから

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同性婚、同性愛、ソドミー…………

因みにソドミーとは『不自然』な性行動を意味する法学において使われる用語で、具体的にはオーラルセックス、肛門性交など非生殖器と生殖器での性交を指す言葉である。いや、そんなことをここで言葉にしても仕方がないのだけれど、事実金子美乃利があの夜の帳で見た外崎宏太と若い青年の親密さは否定しようがない。見ている自分の方が思わずドキドキしてしまうような、夜の帳の最中に穏やかで幸せそうに手を繋ぎ寄り添う二人の姿。
以前源川仁聖は外崎宏太は結婚していると告げたけれど、どう考えてもあの二人は親子とか兄弟には見えないし、あの仲睦まじい様子と会話は完全に恋人同士としか思えない。源川はあの時外崎に関したことを殆んど口を割らなかったので、結婚相手がどんな人かとかそう言う点は情報が得られなかった。でも相手が同性と知っているのなら、源川が簡単には話さないのは美乃利だって理解できる。つまりは外崎宏太の結婚相手はあの青年で、ということは美乃利だって想像がつくことなのだ。

でも、結婚…………ってことは、当然………………

過去に美乃利がミッション系スクールで長年培ってきた貞操観念と同時に宗教の教義では異端でありつつも、現在の社会的にはそう言う関係を取り扱う恋愛小説やら漫画やらの存在が溢れているし、所謂ボーイズラブを知らないほど厳格に隔絶されてきたわけでもない。それこそそう言う類いの小説を好む女子を、腐女子とか呼んでいるのだとも当然知っているし、身の回りにそんな子は割合沢山いたわけで。そりゃぁミッションスクールだからって腐女子がいない訳じゃないし、貞操観念だって今時の共学の女子と大した差はないんだから知識は十分あるのだ。

「金子君。」

華奢で滑らかな肌をしたあの麗しい容貌の青年と、傷痕だらけとは言え逞しい体つきの外崎宏太。対比すれば完全にどちらがどうなのかは分からなくもない…………なんて勝手に想像で考えてしまうけれど、何故か二人の睦まじい様子を思い浮かべおまけに耽美な扉絵のような光景が浮かんでしまう。
素肌をさらして確りとしたあの逞しい腕であの華奢な青年を抱き寄せて、その唇にソッと手を触れる外崎宏太の肉感的な唇。そして二人は崩れ落ちるように倒れ込み、ベットの中で甘く喘ぐ声に覆い被さる広い背中。

「おーい、金子君?」

そんな光景を頭の中で鮮明に思い浮かべてしまってから、何故かその途轍もない悩ましい光景に悶絶してしまう自分がいる。男女の性行為に関して知識がないわけではないし、当然同性での性行為の知識だって今時は知らないわけがない。何しろ個人的に既にソドミーが分かっている時点で、男性同士のセックスがどんな行動なのか知らない筈もないわけだ。あの華奢で線の細そうな青年が外崎宏太に覆い被さられ、しかも組み敷かれて脚を広げられて、その先に続く淫らな光景…………それを思い浮かべると…………

「金子君。」

滑らかで白い肌にあの肉感的な唇が這わされて、愛しげに薔薇の花弁のような痕をその肌のいたるところに幾つも刻み込んでいく。それに甘く喘ぐ青年の身体を繰り返し外崎宏太が愛撫して、自分の存在を刻み込もうと腰を押し付けていく筋肉の浮き出す背中。それはやがて淫らな水音をたてて深々と体内に突き立ち、青年は苦痛に喉を仰け反らせながら熱い吐息を溢す。

んんっ!

それに口づけながら耳元であの低く甘い囁きで外崎宏太が労りの声をかけ、少し力を抜くように青年に更なる愛撫を施していく。突き立てられながら繰り返される愛撫に反応してフルフルと震えながら綻んでいく身体に、更に外崎宏太のものが深く押し当てられていき、青年はやがて外崎宏太の身体に縋りついて歓喜の声をあげ…………

「耽美だわっ!!やだっ!!どうしよう!!」
「は?」

思わず身悶えながら口にした言葉に、明らかにあきれた声が帰ってきて。思わず美乃利は我に返って顔をあげたが、目の前にいたのはいつの間にか本日の講義を終えていた勅使河原叡教授その人だった。勅使河原は耽美主義?と思わぬ美乃利の言葉に首を捻っていたが、やがて長閑な声でそうかと納得したように声をあげる。そして今日の講義は日本の文学だったし耽美主義の流れは確かに日本の知識人や文化人、芸術家にも影響を与えているねと呑気に口にしていた。

「谷崎潤一郎は、著名な耽美主義の小説家だし、三島由紀夫も耽美派に含まれる場合があるねぇ。」

そう言う話では全くなかったのだが、流石そこは文学部教授。偶々そこを結びつけてくれて話を続け始める勅使河原に、美乃利は頬を赤らめながらも勅使河原の勘違いに安堵してもいる。
因みに耽美主義は、道徳功利性を廃して美の享受・形成に最高の価値を置く西欧の芸術思潮のことで、耽美主義者の中ではオスカー・ワイルドなどが代表的。耽美主義というものは19世紀末に近づくにつれて反社会的な動きとなっていって、当時ヨーロッパを席巻していた楽観的な進歩主義へのアンチテーゼでもあったとされている。その反社会的思潮から耽美主義というと悪魔主義などと括られることもあるが、耽美主義自体は悪魔主義や退廃芸術とは必ずしも一致しない。むしろ感性の復興という意味ではルネサンスとも通底しているとかなんとか。ただフランス人作家ペラダンは「美が生み出すのは感情を観念に昇華させる歓びである」と語っていたそうだが、同性愛やサディズム、マゾヒズム、エロチシズムなども、耽美主義の作風に含まれることがしばしば見受けられる訳で耽美主義は文学とも結び付く言葉ではあるという話はさておき。
まぁ文学の講義中に恋心を抱いた相手である外崎宏太と青年の閨の姿を妄想していましたという話よりは、こうして教授には文学の話だったと思っていただいた方がずっとマトモそうだし気が楽だ。講義が終わってもびくともしない美乃利を不思議に思って勅使河原は声をかけていたようで、気がつけば人気は殆んどはけていて。
慌てて立ち上がり外に出た美乃利は、またボンヤリとこの間の二人の寄り添う姿を思い出していた。男性同士の恋愛、昨今昔よりは遥かに社会の認知度も高くなっているとは言え、かなりマイノリティな気はしなくもない。

でも、凄く、すごーく!!幸せそうに寄り添っていて…………

ベットシーンな美乃利の妄想は兎も角あの寄り添う二人の姿を見たら、自分の入り込む隙なんてほんのすこしも見えないのは事実だった。自分の淡い恋心なんて近づく余地もない程に手を繋ぎ寄り添い幸せに微笑む姿をみてしまったら、逆に一体どうしたらあれ程寄り添えるのだろうと思いもしてしまうのだ。



※※※



「で、なんで俺にそれを訴える訳ですか?」

呆れ顔で学食の片隅でそう呟いたのは言うまでもなく源川仁聖で、性的マイノリティに関して切々と訴えかけているのは言うまでもなく金子美乃利。佐久間翔悟は今日は一緒の講義自体はないから一人きりだった仁聖を確保して、なおのことこの話題を持ちかけるのにはタイミングが良かったらしい。勿論話したかった話題は外崎宏太とその彼氏の話であって、ついでに言えば仁聖がこの話にワザワザお付き合いする必要も実はない。無いのだが、美乃利に私の話くらい聞いてくれたって良いでしょ!!と凄まじい剣幕で押しきられて、仕方なく仁聖もコーヒーブレイクがてら付き合わされていたりする。

「だって、源川君も同じ系統じゃないー!!」
「はい?」

同じ系統?美乃利の想定外の言葉に唖然としている仁聖に対して、美乃利はあれ?違うのといいたげな顔で、源川君だってお相手同性でしょ?なんて当然のように…………流石に周囲には聞こえない程度の声ではあるけれども、美乃利はケロリとして言うのだ。慌てて否定する余力もなく唖然とする仁聖が、何でと口にする。

「…………しっ…………て…………るんですか?」
「二人で仲良く歩いてるのは知ってるわよ?目立つもの。」

いや、それを知っていて何で自分の取り巻きに仁聖をいれたかったんだろう?素直にその疑問をぶつけてみたら、美乃利は本当に別に恋人が欲しかったわけではなく誰彼構わずイケメンを侍らせて金遣いの荒い・馬鹿娘であることを印象つけたかっただけなのだという。

「いや、それって…………。」
「逆にその方が源川君だってお得だったと思うわよ?だって、必要な期間中は私の取り巻きって誤魔化せたんだし、取り巻き同士一緒に遊んでるなんてよくありそうだから男同士でフラフラしても問題ないわけだし。」

つまり、美乃利としては本気でただのサクラとして取り巻きに仁聖をいれたかっただけで、仁聖はあの界隈では目立つし有名だったからこそ必要としていて、それで本当の恋人がいようが男だろうが関係ないと言う話だったのだ。だったら、そこを説明して協力を仰いでくださいよと呆れ顔で言う仁聖に、私もだけど君だって人の話全く聞くつもり無かったじゃないと美乃利は笑う。まぁ以前の美乃利の参謀が徳田高徳であるうちは、それを窓口にしていたから話のしようもなかったけどねと爽快に笑い飛ばす美乃利は、今度同じ状況になったら自分で計画は立てて実行するわ!等と力説している。

まるで真希みたいな人なんだな…………実際は。

表だって出さなかった性格を顕にしたら、実は幼馴染みの村瀬真希と行動力や考え方も良く似ている気がする。しかも美乃利自身が自分でも言うのだが、ミッションスクールでガチガチに固められて育ったせいなのか逆にソドミーやら同性愛に興味はあるし、そう言う人間に全く抵抗すら感じていないし見せない。いや、進んで拒絶して欲しいわけではないが、それにしても仁聖としては自分の周囲にはそう言うタイプが多すぎやしないだろうか?なんて思ってしまう。

「風潮じゃないの?それに、源川君って案外一途だし。」
「案外ってなんですか……案外って…………。」
「だって、前情報は後腐れの無いチャラ男って話だったのよ?君。」

ええ!?それも凄いやだっ!!と仁聖が抵抗感を顕にしたのに、美乃利は笑いながら人の噂なんか当てになら無いわよねと肩を竦める。確かに高三になるまでの仁聖の行動を知っている人間なら、仁聖が来るもの拒まず・去るもの追わずだったのを知っているわけでそういうのもおかしくはない。でも、高三以降の仁聖は榊恭平一筋なわけで、それを知っていたら取り巻きには向かないから誘わなかったのにと美乃利が頬杖をついて言う。そんなことを言う金子美乃利の方だって意図してそう見えるよう装っていたとは言え、現実として本来の姿は噂とは完全にかけはなれているのだ。
美乃利は好きでもない二十も年上の政治家のボンクラ息子との結婚の約束を祖父が勝手にしていて、二十歳のうちに結婚と請われていたのだという。街中で散々騒動も起こして金遣いが荒いのも見られ、今回の騒動を含めてやっと先方から考え直したいと申し入れがあったのと、祖父が花街での騒動や素行の悪さに辟易していたところに孫から会社を潰すと脅され卒倒したお陰で本来の自由を取り戻せたわけだ。その手段と材料を手に颯爽と現れ自分を助けてくれた男に一目惚れしたのは、美乃利としては仕方がないとも思う。とはいえ、その相手には自分が入り込むほどの隙なんか一つもない大事な相手が存在していて…………

「仕方ないわよねー…………。初恋は実らないっていうし………………。」

もう諦めたわよと美乃利自身が頬杖で呑気そうな口調で口にするけれど、胸中は未だ複雑なのは見ていればわかる。自分だって昔は絶対に叶わぬ恋だと思いながら諦められずに恭平の傍にいた仁聖としては、その切ない恋心は分からないでもない一面もあるのだ。ホンの短い期間だったとしても、金子美乃利の中では宏太への恋心は本物で、確かな初恋だったはずなのだろう。

そのまま思ってても…………なんて…………

内心では自分の経験も重ねて、美乃利にそう言ってしまいたくなる自分がいる。でも事実として友人でもある外崎宏太の外崎了への溺愛ぶりを存分に知っている仁聖としては、簡単にそれを言葉にして伝えることも出来ない。あの二人を引き離すのは自分と恭平を引き離すのと同じくらい、不可能に近いことなのだと知っている。自分達もそうだけど宏太達も引き離されたらきっと生きていけなくなるし、何よりそんなことをしたら外崎宏太は確実に全力で抵抗するし報復するだろう。それを口にしたわけではないのだけれど、美乃利は何かを察したように

「いいの、変に慰めなくても。」
「先輩。」
「そうですねって答えるので十分よ。イケメンに言われたらスッキリね。」

ニッとそう言い笑う金子美乃利は正直綺麗でいい女で、きっと新しい恋なんて直ぐに見つかりそうだよなと仁聖は内心感じたりもするのだった。
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