かのじょの物語

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10代の話

10.狂気2

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そこから数日の記憶が全くない。
何日か自宅にいた記憶はあるが、後年その期間より前にあった虐めの部分もスポンと記憶が抜けていることが分かって、『一過性の健忘状態』と言われる。後で言われたのは過負荷がかかったことで、ブレーカーを落とした状態になった私は、その原因を知らないものにして自分の負荷を減らそうとしているのではないかということだった。
そして、半月後クラス替えをするでもなくそのままのクラスに戻った。その時、私は虐められていたこと自体を忘れていて、彼女たちにとって得体の知れない別人のようにみえたのだと言う。


実際には、その前に私の家族からの電話で家族に虐めがばれて学校でも一騒ぎしていたし、何よりも女王様が突然やる気をなくしたから虐め自体がもう皆のやる気を失って下火となっていたのだが。


そんな中で戻ってきた私の態度は異様だと感じたらしい。挨拶のしかたも接し方も虐められた人から虐めた人にする態度じゃない、何かたくらんでいるのでは?と勘ぐったものもいたようだ。しかし、当の私が記憶がないだけで他意がないので、やがて何事もなかったかのように私と接する者も出てきていた。



※※※



中学2年の3学期終業式。
去年はオカルト仲間にひっぱたかれて終わったが、今年は何も起きないで済みそうだ。クラス替えはないので、4月にまた新しいクラスメイトに気を使う必要もないし、このまま何もなく過ごせれば…。心のどこかで何かが引っ掛かるのを感じながら、指示された掃除を終わらせて自分のクラスに戻るとざわめく人混みに気がついた。
他のクラスの扉は出入り自由になっているのに、自分のクラスだけ扉がしまっている。しかも、同じクラスの男子は全員暇そうに廊下に出ているのだ。
「なにしてるの?」
最近会話できるようになった同じクラスのタンノに声をかける。タンノはアヤと同じ部活で同じように読書家だからといって紹介されて、時々ラジオ番組に葉書を出したりする仲間になっていた。
「わかんね、戻ってきたら女子がなんかしてるみたい。」
隣の小柄なクラスメイトに何が起きてるのかタンノが聞いてくれる。
「メグミが誰かをしめてんだっ…。」
言いかけて私に気がついたクラスメイトが、ヤバいと口をふさいだ。

ピリッと稲妻のように心の中に何かが走ったような気がした。

タンノが止める声を肩越しに聞きながら、私は内側から押さえつけられている扉を力ずくで思いきり開いた。
叩きつけられた扉の音と、無理矢理開けられた扉を押さえていたらしい女子の悲鳴。
扉から真っ直ぐに教室の真ん中で凍りつく女王様とその目の前にマユを中心に取り囲む女子の姿が見えた。その中には、悲しいことにアヤの姿もある。見事に私以外の女子全員が揃っている。
「なにやってんの?」
冷ややかな私の声が教室の中に響き、数人が悲鳴をあげたのがわかった。私は気がついていなかったが、そのとき私は異様な笑顔を浮かべていたのだと言う。笑っているのに瞳が全く笑っていない異様な寒々しい笑顔だったと後日アヤ自身が少し怯えながら教えてくれた。女王様が私の顔を見ながら後退り引き剥がすように視線を背けたのがわかって、周囲はまるでそれがきっかけだと言うように蜘蛛の子を散らすようにばらけた。女子が自分の席につき始めた頃、男子が前の扉から流れ込み始める。力一杯開いた勢いで強く握りしめた扉を引き剥がすように話していく私の姿にタンノが心配そうに私を見る。私はその視線に呆れたように肩をすくめただけで会話は交わさなかった。
 泣きそうな顔をしたまま席についたマユを眺めながら、私は窓の外を見つめる。3月中旬になって気温が上がり溶け始めた雪が、雨樋をつたってキラキラと光を反射して輝く。私が起立しないことは咎められることもなく、私自身が気がつくこともなく、ホームルームの終わるまで雪解けの水が滴り落ちる窓の外を眺めていた。

その帰途、歩いて帰る私を追い越すように駆けていったマユが小さく何か囁いたけどそれが何と言ったのか確かめる気にもならなかった。



 マユに対する虐めはその日以外目立ったことは起きていない。彼女は一部の女子に無視されるだけで、女子全員から何かをされることも、それに男子が加わることもなかった。
 外トイレと呼ばれていた運動部がよく利用する体育館脇の外にあったトイレはいつの間にか鍵が取り付けられ、自由にはいれなくなった。安全上の問題なのか、それとも元々その予定だったのか暫くして取り壊すことになった。




 栄枯盛衰とはよく言うもので、巡り巡って虐めは3年になった後半に女王様に還った。同じクラスではない他のクラスの違う女王様に目をつけられたらしい。
どこのクラスにも女王様がいて、領土権の奪いあいがあるものらしいが、どちらにせよ私には関係ない話だから聞き流していた。私は何事もなく過ごせればいい。なので、興味を持つこともなく、経過を調べるでもなく、女王様の権力争いには関わらなかった。結果として権力の弱かった当クラスの女王様が負け、虐めと言う御返しを頂いたわけだ。面倒臭いことこの上ない、私はそうかんじた。
 高校受験も学力よりも受験者数が最終的な決定事項だったのはここだけの話だ。実際に他の学校でも、学力的に受験できると言われたがそこだと、オカルト仲間だった少女と一緒の受験校だった。ついでに言えば、私立はその時あまり金銭面からも検討に入らなかったのだが私立もオカルト仲間だった少女が受けていた。得意だった美術科目で推薦入試を受ける手もあったが、高校は普通科でと両親の強い希望もあって諦めた。

そうして、無難に穏やかに受験校も決まり、中学生活に別れを告げようとしていた矢先。突然、最近勢いをなくしていた当クラスの女王様が私の目の前に立った。クラスメイトが息をのんでざわめくのが分かる。
「あの……話があるんだけど。」
「なに?」
怯みもしない私の言葉に、彼女は戸惑った様に私を廊下に促す。その姿に女王様の肩越しに廊下はダメと訴えかける数人の瞳と駄目だと首を横に降る仕草を見留めながら、私は彼女に従う。
怖くなかったのかと聞かれれば、怖くなかったと答える。彼女はもうなにもしない・出来ないと心のどこかで理解していたからだと思う。
「あの時は……ごめんなさい。」
彼女は怯えたように謝罪の言葉を口にした。
「なんのこと?」
そう返した私の瞳を訝しげに覗きこむ。あえて私が意地悪く謝意を受け取らないのではないかという疑問がありありと浮かぶその視線を、真意から意味がわからない記憶を失った私が見返す。
やがて、私に感じた違和感に気がついたように彼女は更に怯えたように後退る。
「ほんとに……ごめんなさい。」
彼女はそう言い残すと身を翻した。
意図を問いたい気持ちでその姿を見つめたが、彼女と交わしたのはこれが最後の言葉だった。教室に戻る私を不思議そうに不安そうに何人かが見つめている。その意図も理解できなくて、私は少し居心地悪げに肩をすくめ苦笑を浮かべる。しかし、更に不安そうな視線が投げ掛けられただけだった。




※※※


今だったらあの視線の意味がわかる。
だけど、あの時の私には理解できない。理解できなくて当然の視線だった。
そして、高校でも成るべく目立たないように過ごすことを選んだのだった。
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