かのじょの物語

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20代の話 Prodromal

31.共依存

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そのあとの数ヶ月は、まるで遠距離恋愛をする本当の恋人同士のような生活だった。
電話とメールとネットのやり取りと月に1回の逢瀬。
友人に紹介されたことも一度あったし、彼の職場の先輩に当たる人達とその彼女とという組み合わせで食事に行ったりもした。やっぱり人前で紹介するのは相変わらずしてはくれないし、友人といる間は私は放置だ。それでも、前と違って少し経つと自分を気にする様子が出てきたり、自分を探す仕草が見える。
それを私は奇妙に凪いだ気持ちで眺めながら、不思議な時の共有を続けた。

―――好きと言うには依存し過ぎているけど愛情というには。

彼がどう考えているとは別として、そんな奇妙な間が二人の間にはある気がする。感覚や感情の違いは些細なことでも二人の間を作るものなのかとふと思いながら、
私は職場の一階のロビーにある公衆電話から彼に真昼のモーニングコールをするようになっていた。最初は、ほんの些細なお願いからで、少しでも声を聞きたいという言葉にほだされた気もする。ただ電話をかけて起こし、数個と言葉を交わすだけの昼間の電話。自分が良いように使われているのかもしれないと思うのに、起きがけで子供のように喜ぶ彼の声に、つい甘やかしてしまっているかもしれない。ほぼ毎日の電話や交通費を考えると気持ちは重くはなるが、それでも続けてしまうのは自分の弱さうえなのかも知れない。

「おはよう。もう12時過ぎですよ~。」
『うん。おはよう・・・今仕事中?』
「うん、今昼休み。」

この私からの電話の後や夜の会話の前後に彼が何をしているかは分からない。
時々もしかしたらと思うこともある。
自分が後から来た女だからこそ感じる不安、これはきっともっと近くなればもっと強くなるに違いない。
私はそう感じながら、勤めて明るく声を出す。そうしていれば、電話の声は機嫌よく短い楽しい会話だけで終わることが出来る。それは自己防衛的な本能かもしれないが、余り正しいこととは私自身にも思えなかった。

―――本当に好きなら、ちゃんと聞きたいことを聞ければ良いのに。

そう出来ないのは何故だろう。
彼が好きだから?それとも彼が怖いから?
それとも彼から逃れたいから?彼を逃したくないから?
その気持ちはいまだ私にもよく判断できない。
不思議な依存する気持ちと感情は深く絡み、解ける隙もないような気がする。

―――この奇妙な間の存在はそのせいかもしれない。

ふと感じながら、私は受話器を置いて大きな壁掛け時計とざわめく病院のロビーの喧騒の宙を仰ぐ。
春が来て二人がネット上で出会って丸一年が経とうとしていた。

※※※


ネット上で出会って丸1年目の日、再び来訪した彼の家で何時もと変わらぬままに掃除をしたり洗濯をしたりしながら、ふと私は手を止めた。通い始めて格段に綺麗になったその室内で、ぼんやりと私は室内を見回しながら立ちすくむ。自分がしていることが嫌いなわけでもなく、自分がしていることに不満があるわけでもない。

―――だけど、時折こうして虚しいような不安な様な気持ちに駆られるのはどうしてだろう。

通い始めて趣味が殆ど噛み合わない事も知った。
私は映画を見ることや読書や穏やかなことが好きだが、彼はカラオケやゲームセンターや飲み会とか賑やかな事のほうが好きだ。私は友達も少なく内向的だが、彼は交友関係も広く社交的といえる(そのどちらが良いとは言えないが)。
全く成長も生活スタイルも、趣味ですらも違う二人。
それでいてどこか底辺で依存しあうような関係の二人。
私は基本的には弟の世話を見たり家事をしてきたりで世話好きなほうだといえる。彼は母親から世話をされることしか知らずに成長してきている。その奇妙なパズルの噛みあわせが今の2人のような気がした。
彼は私に世話されることに依存し、私自身も彼の世話をすることに依存する。まるで母と子供のような関係。
しかし、それは実際は彼女自身が彼に愛されたいと、自分だけを見ていてほしいと願っているせいのような気もする。そして、同時に今彼は私が自分を見ることが当たり前だと思っているような気がした。それはまさに子供の様なかたくななまでの感情で、そう信じきっているかのような気がする。

―――共依存・・・・か。

ふとそんな言葉が心の中に浮かぶ。
共依存とは学術的用語でなく、明確な定義はない。
当初の定義としては、アルコール依存症患者を世話する家族が、結果として、依存症の回復を遅らせている現象を指した。それは、アルコール依存症患者が家族に依存するため自立する機会を失い、家族もまたアルコール依存症患者の世話をすることに自らの生きがいを見出し、悪循環を生み出していると説明される。現在では、単にアルコール依存症患者との関係だけでなく、「ある人間関係に囚われ、逃れられない状態にある者」としての定義が受け入れられている。例えば、暴力を振るう夫とそれに耐える妻の関係、支配的な親と愛情を受けたい子供の関係、相手から愛されることが目的となっている恋愛関係などがある。医学的な知識があって、そう判断できるのに何故か逃れられない自分。
そう分かっていながら、二人で居る時に目を瞑ってしまう自分。

―――自分には分かっている?……たぶん……

それなのに、自分はそうじゃないと何処かで感情的に言っているのを独りでいると理性が聞きつける。それがどうしてなのか考えるのは面倒だとでもいうように私は思いから目を伏せた。

―――分からない……本当は、論理は分かっても気持ちは分からない……。

本当は分かりたくないだけなのかもしれない。
それが本心かもしれないと心の中で思いながら私は微かな溜息と共にまた手を動かし始める。
分かりたくない、ただ愛されたいだけ……
そう心がどこかで呟くのを感じながら、私はそれこそ共依存の典型的な言動だと独り呟く。雁字搦めになってしまう様な感情を胸の中に抱き、私は彼を恐れながら愛しているのだろうと思う。そう思うことだけで、それ以上の考えはあえて締め出して私は当たり前のように食材の買出しに部屋から晴れやかな空の下へ足を踏み出した。

初めてネットで出会った日も初めて直接電話をした日も結論でいえば、憶えているのは私だけだった。
基本的に私は、過去の経験か職業で鍛えられたのか元から得意なのか物事の細やかに暗記するのが得意なほうだ。日にちもそうだが、名前や出来事などを覚えるのが早い。相手にそれを求めたことはなかったが、ココまで忘れられるというのも哀しい気もする。

「私の誕生日覚えてる?」

思わず問いかけた言葉に彼はあっさりと何時だっけ?と聞き返してくる始末だ。しかし、それはほんの些細なこと。社会人としてというより一人で暮らすなら当たり前と思う事まで彼は自分は関係ないとでも言いたげにあっさりと忘れる。覚える気はないんじゃないだろうかと、ずぼらな自己管理能力に半ば呆れかえる事も多い。
公共料金、携帯電話・・・呆れたように振込み票をまとめて置いておくと必ず「忙しかったんだ」と言い訳をする彼の姿に、この人一人で今までどうして来たのかしらとつくづく思う。

―――本当に忙しいとしても、普通はそれ位するものよ?

そう言ってしまうと怒り出す気がして、やんわりと振り込むように促す。まるでこちらがわるい事をしているような気分でその様子を伺いながら、手探りの愛情を確かめるように献身的に身の回りの世話をする自分の存在をふと省みる。
馬鹿げていると分かっているのに、どうしてもこの声から離れられないのはどうしてだろう。そんな事を思いながら、作りたての食事に不満を言う彼を見つめる。

「肉のほうがいいなぁ。魚嫌いなんだ。」
「そう、次は気をつける。」

だんだんと自分の言葉が少なくなっていくような気がした。らしくないと思いながら彼に引きずられていく自分。本当は肉でも魚でも別にかまわない、でも食べる前に文句を言うのはやめてよね、と言いたい。だけど言えないのは、自分が好きになって欲しいと必死だからかもと私は静かに彼を見つめながら思う。
そんな視線に気がつかないその姿を見つめながら、ふっとまだ5月前だというのに北とは違って微かな夏の気配のするその窓辺を見やる。

―――そろそろ夏が来る…。

ふっと浮かんだ視線の横で当たり前のように彼が食事に箸をいれ、不満を言うのを聞きながら自分も食事にゆっくりと箸をつけた。横ではテレビでは見慣れない局が流れ、行楽の中継をしている。

「夏にどこか行こうか?」

不意にかけられた言葉に我にかえる。
自分を見る彼のこういう時の眼差しは優しいから好きだと思う。その言葉の意味をふと吟味して、私は思わず呟いた。

「じゃあ、うちに来る?」

今までとは逆の旅路の申し出。
即答でどちらかの返事が来ると思ったのに暫しの逡巡の後、彼は答えを保留にした。

―――嫌なら、直ぐ断れば良いのに。

口にも出さず心の中で呟き、心の中だけで私は苦笑をする。別にそれを本気で願った訳ではない、もしかしたらと思って口にしただけなのだから。そう、心の中で呟く私の感情は酷く奇妙に穏やかな海のように凪いでいた。



※※※

『8月に連休があるから、そのとき遊びに行くよ。』

一瞬電話で言われた言葉の意味が分からなかった。
あの申し出から既に3ヶ月。
その頃、既に7月半分を過ぎて北の地でも夏の気配がしている。蒸し暑くはないが、夜気を入れるために開いた窓からは微かな潮騒の音が響き、ここが私の家であったことをまざまざと思わせた。
 当にあの遊びに来る?の話自体が立ち消えになったものだとばかり思っていた矢先のことだった。それにこの3ヶ月という時間のうちにもう3回会いに行っているのだ。大体にしてつい先日もあったばかりだ。その時に少しでもその話が出てもいいものではないだろうか?そんな疑問を持ちながらも私は、やっとのことで言葉の意味を理解した。

「来るの?本当に?」
『うん。温泉とか行きたいよね?』

勢い込んで返事をしながらも、言葉の理解と同時に気持ちが湧き立つのを感じる。
絶対に彼は、こっちに来るというとは思わなかったのだ。私と関東周辺で出かけることはあっても絶対にこちらには来ない、そうどこかで確信していた。しかし、結果として私の予想は大きく外れたことになり、何時の間にか話はそのまま彼が今通っている自動車教習所の話に変わる。
夜の電話を終えて、私は思わずインターネットで自分が住む県内の温泉情報を調べながら、これはどういう事なのだろうとふと首をかしげた。


私の予想では彼はけしてこないと思っていた。
(だが、予想に反して彼は来るという)
私の生活に彼は今まで一度も興味を持つ事はなかった。
(だが、来るとなったら今度は彼が私の生活権にはいってくることにかわりない。)
それはどういう結論なのだろう。

―――分からない・・・・。

自分は好かれているのだろうか?
そう思ってもいいのだろうか。
私はそんな思いをめぐらせながら、彼の希望するような温泉がないか眼を走らせる。
そうしながら、どうしても思考は考えることを止めようとしない。

八月までは後ほんの僅か。
そして彼が来ると言った日までももう後ほんの数週間しかない。
その時の短さと言う現実を感じながら私は、やはり微かに困惑しながらも自分の気持ちが沸き立っているのを実感せずにはいられないでいたのだった。

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