GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第一幕 北西部某所

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月の光もない闇の中。
夜風はまだ微かに何処か冬の気配を感じさせて、森の合間を音をたてて駆け抜けていく。木々は既に樹齢を重ね鬱蒼と茂り闇の中で黒い塊のように見える。その高い梢の上に黒檀の様な黒い薄衣の異装を夜の闇にひらめかせながら、まるで体重も感じさせずに人影が立つ。長身の均整のとれた上背の在る四肢は、ダラリと力を抜いたように無造作に夜風に曝されているが、その場所は地上からは容易く登れる高さではない。大体にして木立の梢自体がその青年一人を支えられる程の太さではないから、まるでその姿は幽霊か何かとすら思える。それでも青年の瞳は生命の気配を放ち、黒曜の宝石のように煌めく。その瞳は遥か彼方の虚空を見やり何事かを思う様に細められて、やがてその口から深い溜息が溢れた。

「…全く…………。」

溜息交じりに溢された言葉の先でその黒衣の青年は、無造作に短く硬い髪を乱雑に掻きまわす。フワリと頬にあたった微かな風の動きに僅かに視線を返すと、まるで音の無いしなやかな動きで何処からともなくもう一人の人影が更に細い梢の先に現れていた。黒衣の青年とは対照的にしなやかな細見の青年の姿が其処にある。こちらはこれまた対照的な白い服を纏っていて、ヒラリとその裾が風に靡く。白銀の光を内面から放つ様なその青年は僅かに眉をあげ同じように遥か虚空を眺めると、微かな溜息をついた。

「困ったものだな………これは。」
「余計な仕事ばかり増やしやがる。」

忌々しげに呟く黒衣の青年の表情を眺めながら、白布を纏う青年も再び微かな溜息をついて眼下の異質な世界を見下ろしている。普通の人間には、ただ黒い夜の闇が広大な森とともに広がるだけの世界、だがここにいる二人の目には全く別な光景が広がっていた。
『地脈』
地の底をまるで川のように流れ、その枝葉の先で命の誕生の糧になる存在。まるで人間の体を走る血管のように、絶え間なく流れ続けるその流れ。それに時おり人が怪我をして出血するのににて、傷が出来ることがある。それは地脈の流れに押され自然に塞がることはなく、傷の周辺に変化を引き起こす。微細な傷は一時的には周囲に潤沢な実りをもたらすが、やがては変化に耐えきれず周囲は膿腐り始めるのだ。そこにはやがては人間とは違うものが地の底から這い出してくる。

地脈の中にそれがいるのか、それともまた別の空間があるのかはわからない。

闇の底にそれらのモノだけの住む別な空間が、密かに存在しているのかもしれないとは思う。だが、それをみたことのある人間は何処にもいない。そして既に千年近くも自分達のような特殊な能力を体に宿した人間が、多くて四人ずつ存在し続けていた。
ところが今になって、四人以外に近い能力を宿した人間が現れ始めたのだ。
一人は麒麟という、今までにない存在を宿した記憶喪失の青年・澤江仁。
もう一人は白虎と同じく金気の力を持つ記憶喪失の青年・雲英。
その二人の存在で今までギリギリ保たれていた院と四神との均衡は、脆くも崩れ始めている。麒麟を秘匿している四神への不信と今まで居なかった筈の二人目の金気の出現で、院の内部で四神排除への動きがあるのだ。勿論自分達は院と決別してもこの仕事を本能として続けるしかないが、院の保護は密かに普通の生活をするには必要だった。必要な時には姿をみられないように人を遠ざけたり、怪我人や生存者の保護までは四人だけではどうしても手が回らない。本来なら院の活動はそこにあったのだが、今では新しい金気を帯同しゲートを塞ぎ歩いている風だ。
思わずまた一つ溜め息が二人の口から溢れ落ちる。
そこには歪な形で塞がれて空間が引き連れ、その蓋を瘡蓋の様にしながら内部が未だに病んでいる『地脈』の穴が存在していた。漏れでる地脈に魑魅魍魎が蟻のように群がり、共食いを始めているのが見える。瘡蓋で穴が塞がれていても内面は膿み腐り続けて人外達が集まり始めていて、何時大きな決壊を起こしてもおかしくない。それに先に気がつけたのは幸いだが、漏れ出した膿みきった気配に溜め息が出てしまうのは仕方がないことだ。
今までは『ゲート』とも呼ばれる地脈の穴を塞ぐ事が出来るのは限られた人間だけである事は周知の事実で、それらの仕事に従事できる人間は余り規模の大きなものには手を出せないものだった。だから穴を塞ぐのは自然と誰もが慎重に丁寧に行われている。だがこの無造作に周囲の環境も厭わない塞ぎ方は乱雑で、一見塞がってはいるものの今までとは異質な方法だった。まるで生地を引き延ばし適当にステイプラでガチャガチャと何ヵ所かを適当に止めただけ、一旦傷は止まって見えるが引っ張られた生地が別な場所から引き裂けたりする。
このやり方は四神と呼ばれる彼等の方法では有り得ない。
それなのにこの塞ぎ方は表面上は今までの方法と差がないように見えて、気がつかない内に行われていて、四人がそれぞれの場所で膿み腐っているのを発見するまでにだいぶ時間を喰ってしまうのだ。

「院の奴ら………どんどん能力が使え無くなってんじゃねぇのか?全く。」

そう言いたくなるのは当然だ。塞ぐ前の規模より眼前のゲートの膿んでいる範囲は広範囲に広がって、危うく崩壊する寸前に漏れだした地脈の気配で彼らが察知した。しかも元のゲートは黒衣の青年の普段管轄する範疇。つまり、院の人間が塞いだのだが、結局早々に綻び崩壊しかけてしまっている。余計な手間をかける羽目になったのは事実だし、初期のゲートの規模としても今まで手を出さなかったのだ。

「今まで塞がなかったものにも手を出して、塞ぎ切れてないという方が当たっている気がするがな…………。」
「どちらにせよ、余計な事ばかりしてることには変わりねぇ。」

実際ここ数ヶ月、彼等四人の仕事の量は格段に増えていた。というのも本来のゲートを塞ぎ歩く仕事は減ったのだが、今眼下にある様な塞いだはずの穴が病んでいるものが相次いで見つかり、それがどうしても急を要するようになってるのだ。塞いだ筈の『ゲート』の病む速度が急激に速まっているのは、何が原因なのかは分かっていなかったが無造作に乱雑に塞がれる穴の原因は分かる。
『院』に居るもう一人の金気を持つ青年・その存在が関わっているのだ。
五行が多くのものを配当として示す中には五臓や五指・五感の様に一つのものに内在する物が数多い。それは実際には人間の様な個の存在の中に五行が混在している事を指している。
彼等『ゲートキーパー』・四神は其々がその一欠だけを突出して得てしまった人間なのだと、彼ら自身は考えている。
そして、今の代に変わって続いた異変の最大の事態は、同じ時期に二つの金気が出現した事なのかもしれない。しかも彼ら四人は普段は普通の人間と同じく社会生活を送っていて、ゲートの気配を察知したり人外の気配を察知したりで夜の活動が始まる。ところが世捨て人に近い院の人間は四六時中、これだけに関わっていて新しい金気の青年を頂点にゲートを塞ぎ歩くことができるのだ。一時自分達が夜に塞ぐゲートが激減したが、その代わりに今になって膿続けていたゲートが幾つも見つかる羽目になっている。しかも金気は自分のやり方を院の者に伝達し始めていて、それが院の塞ぐゲートを悪い状況に変えているのだ。
この話は勿論式読には密かに説明はしてあるが、星読の視力を奪われ再び権力闘争が起こり始めていて末端まで抑えが効かない。しかも、当の式読にはゲートがモニター越しでないとみることが出来ないのだから、ゲートを見、封じるもの達に進言しようにも響かないのだ。

「…………白虎、あいつをどう思う?」

その言葉にふと黒衣の青年を月明かりの下で見やった白虎は、微かに戸惑う様な表情を浮かべて押し黙った。それは彼自身にも判断しようのない事態なのかそれとも何か思う事があって口にしないのか。長い付き合いでも玄武にも、その表情からでは判断しきれないものがある。自分を見ていた視線をふっと引き剥がす様にして、無言のまま音もなく虚空に足を踏み出して白虎は地表に降り立つとあっという間にゲートに向かって姿を消してしまう。

もう一人の金気の出現で、一番まいってるのはあいつ自身か…。

けして自分の状況に愚痴を言う事のない幼馴染の白銀の背を見下ろして玄武は溜息をつく。ほぼ数年の差で其々に役目についたとはいえ、彼と白虎の扱いには大きな違いがあった。

異例の存在

幾度となく聞かされた異例という言葉に示され、白虎が誰よりも手酷い扱いを受けてきた事を知っている。異例の女性のゲートキーパーだった母親と初めて血縁者で後を継いだ白虎。それなのに再び今度は二人目の金気の存在に、白虎は振り回されようとしている。長い付き合いでもあるだけに玄武は思わず、忌々しい気持ちで自分達の能力を思わずにはいられなくなる。眼下を駆ける白銀の光の帯を眺めていた玄武は微かな溜息と同時に、その考えを振り払う様にして無造作に自分も地表に向かって自由落下を始めていた。
傍に行くと一見塞がっているように見える空間が、歪み何かドロリとしたものが辺りに染み出しているように空気が冷えた。足元を這うような妖気ににた地脈の放出は、傷が奥で既に変質して辺りを枯渇させ始めている。既に春の気配がしているのに、そこだけは質の違う枯渇した土の感触がした。

塞いだ後の状況が見えない訳じゃないはずだ……

それとももう一人の金気には、この悲鳴をあげるような空間が見えないのだろうか。こうならないように自分達は本能的に傷を塞ぐのに自分達の気を練り込みながら、空間をより集めていく。だけどあれは金気で産み出した杭を、空間を無理やり塞いで穿つだけだ。他にもし木気や水気・火気の人間も自分達以外に現れたら、もっとましな方法をとってくれるのだろうか。そう考えながら金気で無造作に打ち込まれた杭を、同じ金気で相殺する。バツンッとまるで音がしたと思うほど、一気に空間が弾けて中から大量のドロリとした膿んだ地脈が溢れたのに反応が遅れたのは考え事に耽っていたせいかもしれない。

「白虎!!!」

玄武の叫び声が聞こえた時には、白虎は溢れだし一気に津波のように押し寄せた地脈の流れに飲み込まれてしまっていた。



※※※



深い深い闇の中に何処かからヒソリとした声が聞こえる。

幾つも幾つも戦が……気がつけば……たった一人になって、…………さ迷い歩いていたら、…………落ちて…………

ポツポツと何かを言う言葉が何処からともなく響いているのに、目を凝らしても何も見えない。そしてまるで自分の体が、深い深い水面の底にいるような感覚に包み込まれている。目を開いているのに何も見えず何も臭いもしないのに、その声はまだどこかから聞こえていた。

そうしたら…………どうなる?

その問いかけにふと気がつく。
この声は自分の声、自分の口から溢れているのだとやっと気がついた。水面の底にいるようなのに何故声が出るのかも分からないが、確かに自分の口から言葉が溢れている。
そして闇の中だと思っていたのに、遥か遠くに揺らめく光が見えた。
やはりここは水面の底で、あれはその上空に浮かぶ月。
そしてここには自分以外にも確かに何かがいる気配がした。不意に自分はここに落ちて来たのだと何故か理解して、落ちてきてしまってここであれにあったのだと思う。

そうしたら…………誰もなかないか?

そう問いかけるとあれは静かに頷き、背後のものに道を譲った。そこには



※※※



「信哉!!」

揺さぶられ怒鳴るような声にハッと我に帰ったら、異装は溶け去りさっきの穴から少し離れた場所で木立に凭れていた。目が覚めた瞬間に見ていた筈のものは霧散してしまい、何を夢見ていたのか分からなくなっている。そして目の前には黒衣のままの幼馴染みが、少し慌てた様子で覗き込んでいた。

「何やってんだ。ボーッとしやがって、焦らせんなよ。」
「あ、ああ、悪い……ゲートは?」
「何とか塞いだ。」

どうやらあの凄まじい勢いの地脈の流れに押し流され、余りの勢いで一瞬気を失っていたらしい。それを少し離れたところに移動して、玄武が一人でゲートを塞いだのに気がついた白虎は悪かったと呟く。普段ならこんなことはそうそうないのに、つい考え事をしてしまっていたせいで反応が遅れていた。体に支障はないが何か見ていた気がするのに白虎は僅かに眉を潜めて、思い出そうと首を捻る。

「どうした?どっか打ったか?」
「いや、体はなんともない…………。」

何か見た気がすると呟く白虎に玄武が訝しげに眉を潜めるが、本人ですら思い出せないのにそれがなんだったのか聞きようもない。
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