フォークロア・ゲート

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フォート村

3.リリア・フラウ

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村への小道は草が繁り、人が足しげく通るとは思えなかった。ここまで送ってくれた船長が、人なんていないに等しいから行くのはやめた方がいいと叫んだ理由が分かる気がする。リリアの肩に人の手のように絡む枝を振り払い進むと、やがて少しだけ小道が道らしくなって階段のようなものが姿を見せていた。

『ヴィレッジ・フォート』

やっとの事で先に古ぼけた掠れた看板が見えて、荒れた小道がしっかりとした小路にかわりリリアはホッと息つく。ザクザクと砂利を踏む音に変わった足音に、微かに息をあげてリリアは看板を目指して進む。写真を取り出すと写真の中の古ぼけて既に掠れた文字の看板は、更に朽ちて古ぼけそこにあるのは辛うじて字だっただろうと判別できる位だ。もうフォート村だと知らなければ読み取ることは不可能だろう、朽ち果てた板切れが音もなく揺れている。

Fだけは、なんとか読み取れるけど。

まるであの手紙の宛名のようだと、リリアは目を細めて看板を眺めた。やっとの事で看板に手つき足を踏み出そうとすると、リリアは山登りに近い運動に目眩を感じてしまった。

覚えていないけれど、子供の頃もこんなにこの道は険しかったのだろうか?

暫く息を整え思案にくれる。他に村に入る道があったかもしれないけれど、リリアの記憶は朧でそれを思い出す術もない。立ち止まり手にした届いた写真を翳すと、リリアが直に今見ている風景は殆ど差がないようにも見える。
やっとの事で集落に入って歩き出すと思ったよりも道はなだらかで、長閑な家並みと言っても良いくらい家が並んでいる。あまり人が住んでいないとあの船長は言っていたが、割合道の両側に並ぶ家は人の気配を保っていて朽ちていない。それどころか綺麗に戸口は整えられ、窓辺にプランターを置いて鮮やかなゼラニウムを咲かせている家まである。

思ったより人が住んで居るんだわ。

もしかしたら記憶にはなくとも、裏側にもっと楽に村に入る道があって人の往来があるのかもしれない。下手するとリリアが登ってきた小道の方が、この島にとっては悪路だったかもしれないのだ。それに、こんなに集落に人住んでいる気配がするということは、誰か個人で港と行き来できる船を持っている人がいるのかもしれない。潮風に洗われた色褪せた壁の家の間から伺える家の裏側には、新鮮そうな野菜が揺れる農園も見える。案外自給自足ができて時分が思っているより、多くの人が穏やかに暮らして過ごしているのかもしれないとリリアは辺りを眺めた。そう思ってみると家は小ぢんまりとしてはいるが、長閑で穏やかなどこにでもありそうな島の集落だ。
何処からか微かにラジオか何かの音楽のようなものが聴こえて、リリアはその音の発生源を探して集落の中を進んでいく。懐かしい古い曲らしい音は通りを這って漂うように響いて、発生源が直ぐには分からない。恐らく海から吹き込む風が音を反響させて、尚更音の元が掴みにくいのかもしれない。

一体何処から聞こえるのかしら。ラジオ?テレビではなさそうだけど、そう言えば、この島って電気が通ってるのかしら。

頭上を眺めると朽ち果てそうな電信柱が見えて、家と家を繋いでいるのが見える。どうやら、電気は通っているみたいだから、問題の音源の側にはその持ち主の人がいるに違いない。家の間を通る小道はいつの間にか灰色の煉瓦で、キチンと整えられていてコツコツとリリアの歩く足音が硬く響く。両側に並ぶ家が途切れ道の先が再び上り坂に変わり、その先には今までの住宅と違う雰囲気の建物が一件。煉瓦敷の道の先に、教会の尖塔がはるか上に小さく見える。

あそこから音楽?

今までの住居を目的とした家とは違うその建物は、鎧戸の着いた窓に曇り硝子の開き戸で建物自体の雰囲気が違う。扉の上には古ぼけた『ジェネラルストア』の辛うじて読める掠れた文字。恐らくこの集落の雑貨や食料品を一手に扱っているのだろう、集落の唯一の店舗。その鎧戸の窓が大きく開いていて、そこから微かな古めかしい埃にまみれるような音楽が漏れ聞こえている。リリアは半ば怯えるような気持ちで、足音をたてながら建物に近づいていく。島に入った時から人とすれ違っていないことが、音が近づく毎に大きなことのような気がして不安になる。

カラン

音をたてて扉が開くと埃っぽい店の中には、窓から射し込む光が帯のように透けて見えた。古くなったコーンフレークやオートミールの箱に、店として成り立っているのか不安が強くなる。

「ハイ?だれかいないの?」

リリアの声に一際奥から聞こえる音楽の音が割れるように滲んで聞こえた。ユックリとコツリと音をさせて店の中を進むが、どの棚も古ぼけた錆の浮いたオイルサーディンの缶や埃を被った洗剤しか見えない。

「いらっしゃい、何か用かね?お嬢ちゃん。」

飛び上がりそうな程驚きながら、リリアは声の主を振り返る。埃の中の光の帯に照らされたカウンターに、驚くほど毛むくじゃらと表現するのが相応しい姿がある。眉なのか髪の毛なのか、はたまた髭なのか分からない毛むくじゃらが目の前で喋っているのだ。

「あの、私。」

目の前の奇妙な店員の姿に戸惑いながら、同時に自分を何と説明すればいいのかリリアは言葉につまる。名前を告げて分かるのだろうかと思案するリリアに、相手は唐突にフンと息を吹いて毛を揺らす。

「用がないなら、さっさと帰りな。お嬢ちゃん。夜が来るとカウフマンの店はパブになるんだ。」

突然出てきたカウフマンとは誰のことだろうと戸惑うと、目の前の毛むくじゃらは再びフンと息を吹いて毛を揺らした。よく見ると奥のカウンターはバーのように、角があって奥には鈍く輝く酒のボトルが見える。

「ミスターカウフマンはあなたのこと?」

フンと再び息を吹いて毛むくじゃらは、カウンターから乗り出すように少し動く。

「誰が他にカウフマンだと言うんだね?あんたかい?お嬢ちゃん。」

どうやらこの毛むくじゃらの店主はカウフマンと言うらしいと理解するが、この反応で話が伝わるのか不安になる。夜はパブに変わるということは、それを利用する位の人がこの島にはいるということなのだろうか。

「あの、この島にはホテルとか、泊まれる場所はありますか?」
「カウフマンの店はホテルじゃない。用がないならさっさと帰るこった、お嬢ちゃん。」

そんなことは理解していると思わず心の中で呟きながら、リリアは冷静になろうと努力する。恐らくカウフマンの店で買い物をする機会はないだろうけど、ここで探し物をするのに泊まる場所は必要だ。何しろ家に帰るにも、迎えの船が港から来てくれるのを待たなければならない。

「ミスターカウフマン、島に泊まれるかしら?」

改めて問いかけるとカウフマンはフンと息を吹いて、毛を揺らしながら黙りこむ。リリアがこれは会話が成り立たない駄目そうだと考えた途端、カウフマンがフンと再び息を吹いた。

「ここの直ぐ隣の家は空き家になったばかりさ、親子が住んでいたけど今は住んでない。誰が泊まっても文句は言わないね、お嬢ちゃん。」

予想外の言葉にリリアは思わずカウフマンに礼を言いながら頭を下げる。カウフマンは相変わらず何処を見ているのか分からない毛むくじゃらのまま、フンとと息を吹いてモソモソ頭を揺らす。

「さあ、用がないならさっさと帰りな、カウフマンの店は夜が来るとパブになるんだ、お嬢ちゃん。」
「分かったわ、夜はパブなのね、ミスターカウフマン。」

その声に満足したようにカウフマンが、フンと息を吹いて頭を揺らす。案外慣れてくれば他にも話ができるかもしれないと、リリアは素直に店から出ると歩き出した。少しだけ道を戻ると確かに人気のないドアが見えて、ドアが鍵がかかっていたらと迷いながら歩み寄る。小さい家は朽ちてはいないが、人がいない特有の静けさがあって手をかけたドアノブも冷たい。ドアノブを回すと案の定鍵がかかっているのに、リリアは当然よねと溜め息をついた。店に戻ってカウフマンに、この家の鍵を持っているかと聞いた方がいいのかリリアは迷う。ポーチをウロウロ歩きながら、リリアは考え込んだ。

カウフマンは鍵の話しはしなかった。空き家になったばかりって言ってたけど、住んでた親子はどうしたのかしら?

コツンとウロウロ歩き回ったリリアの足が、ポーチの端のプランターに当たる。まだ新しいプランターには、幾つか花の芽が出ているのを見下ろす。何気なくプランターを眺めていたリリアは、その下に何か銀色の物が隠してあるのに気がついた。屈みこんでプランターを動かすと、くすんだ銀色の鍵に赤いリボンが結わえつけてある。もしかしてとリリアはドアノブの下の鍵穴に鍵を差し込み、ユックリと鍵を捻り回す。

カチン

軽やかな音をさせてドアの鍵が開くのが分かり、リリアはホッと息をついた。持ち主がいないとはいえ不法滞在かもしれないが、雨風に困らないのはありがたい。見つかったら事情を話して、改めて泊まらせてもらうよう頼めばいいのだ。そう考えながら、リリアはドアを開けた。
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