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11月
閑話46.鳥飼信哉
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実際には締め切りにはまだ余裕がある。しかし、文字を産み出すには流れと言うか波というか、つまりはタイミングがあるものだ。何時まで経っても全く文章にならない時もあれば、まるで沸いて出て流れるように文章が生まれることもある。そういう意味では今は上手く波にのって、文字は上手い具合に文章になっていく。そういう時はなるべくであれば、行けるところまでは水を差したくはない。ところが黙々と文字を打ち込む仕事の合間に、タイミング悪くかかってきた電話に信哉は眉を潜めた。電話の相手はかけてくるのには、まあ珍しい相手と言えなくもない真見塚成孝だ。渋々のってきた波を降りて、電話を受ける。
「はい、どうしました?」
電話口の向こうは予想外に少し賑やかな人の気配があり、どうもあの静かな自宅からではなさそうだ。ガヤガヤと話している背後の声に、信哉の声が聞き取りにくいのか成孝の声が普段より少し大きい。
『おう、信哉、今暇か?』
のっけからそれはどういう聞き方だと内心思うが、一先ず仕事用の眼鏡を外しながら正直に仕事中ですと答えておく。どうやら対外交流にでも出ているのか、自宅以外の場所から電話をしている様子だ。相手は信哉の言葉を気にするでもなく、暢気な口調で話を続けた。
『あのなぁ、頼みがあってな。』
「はぁ、一応伺います。」
そうして成孝の言葉の先に続いたのは、信哉の予想の斜め上を行く自体だった。
『孝の馬鹿が決闘するそうなんだ。』
はあ?と思わず声をあげてから、決闘とはこれまた古風な事だなと信哉も暢気に考える。合気道の段位をとっている孝が誰と決闘をするのかは知らないが、まあ簡単には怪我もしそうにない。ところが、成孝の言葉の先が更に信哉の予想外だった。
『相手がなぁ、宮内んとこの息子なんだ。』
「はぁ?何なんですか?それ。」
『良く分からんが部活動の部長がどうとか。』
信哉は呆れたように天を仰いだ。恐らくあの二人の事だから、次年度の部長をするしないでやりあっているに違いない。真見塚道場の一人息子孝と宮内道場の一人息子の慶太郎は1つしか歳の差がない。ところが1つしか違わないのに、どうも昔からウマが合わないのだ。合気道の大会でも平気で張り合うし、宮内の方が年上だから先に段位がとれるのは当然なのにそれすらも気に入らない。しかも困ったことに自分の事でも、宮内と孝は張り合う点が存在するようなのだ。
確かに孝と宮内慶太郎の喧嘩ときたら、お互いが同じような性格だから意地の張り合いになって長引きそうだ。しかも、学校内にはそれを止められる程の技術がある人間はいないだろう。何せ合気道部の顧問は、お飾り顧問の越前ガニだった筈だ。
「で、先生は今何処なんです?」
『おお、今な大阪でなぁ。』
「宮内の先生は?」
おお今な一緒なんだと暢気に電話口が言うのに、信哉は思わず頭を抱えた。つまりは成孝は、学校からの連絡で喧嘩を止めてほしいと言われたのだ。ところが現在は対外交流で大阪、しかも相手方の宮内慶太郎の父親でもあり、宮内流の師範でもある宮内恭慶も一緒にいるらしい。つまり学校で決闘をする2人を確実に止められる人間が傍にいない。という訳で、信哉に学校まで行き、喧嘩を止めにいけと言っているのだ。
「放っておいたらどうですか?」
『あれはなぁ意地になると日付を跨ぐぞ?悌順君が可哀想だろう?』
そうきたか。孝は悌順の生徒でもあるから、日を跨いで決闘となれば確かに責任問題だ。それが分かっているから悌順も、早々に成孝に電話で連絡したのに違いない。
適切な判断だが、結論としてはタイミングが悪い。
恐らく決闘に持ち込んだどちらかの当人の方も、父親やら師範代クラスが近郊にいないのを狙っていたに違いなかった。全く余計なところだけに知恵を使うなよと、心の中で呟く。
『もしもし、宮内です。』
「ああ、先生ご無沙汰しております。」
一瞬無言になったと思ったら、電話口の成孝が隣の宮内と変わったようだ。慌てて信哉も思考を会話へと切り替える。
『うちのも頑固者でしてなぁ、是非1度愚息に御指南を。』
くそ、これは親2人で結託したなと思わず内心で呟く。昔から兄弟弟子同士の2人は案外と気が合うようなのだ。
昔まだ信哉が子供の時の演武を見て以来、宮内からは時折稽古に来て欲しいと声のかかる事があった。再三うちの愚息に指南をと言われているのを遠慮してきたのに、恐らく2人とも日付が変わる前には自宅に戻ってくるんだろうが結託して信哉をいかせる気なのだ。
『そういうわけだ、すまんが頼む。』
「……高くつきますよ?」
『おお、松阪牛にしてやる。』
ち、食で釣られるか。
渋々信哉はわかりましたと呟く。
※※※
久々の母校の校門を潜り抜け、好奇の視線に曝されながら信哉は来客用の昇降口を通り抜けた。溜め息混じりに頭を下げながら職員室に顔を出すと、ジャージ姿の悌順とついこの間も某廃墟で顔を合わせた福上教頭が視線を向ける。
「何だよ?信哉まで連絡がいったのか?」
「どちらの先生も今丁度大阪らしくてな。」
頼まれましたと頭を下げる信哉に、福上教頭が事情を汲んで苦笑いを浮かべた。高校時代に関わりもあった福上教頭は、案外生徒の事を大事にしてくれる教師で信哉の微妙な家庭環境についてまだ記憶しているのだろう。越前ガニも相変わらずのようだが、お飾り顧問なのは自覚しているようで諦めたように頼むと頭を下げられてしまった。
「で?何処で決闘してるんだ?」
「決闘ってほどじゃないんだが。流石に古武術戦闘を押さえるのは難しくてな、悪いな。」
柔道か合気道なら兎も角なぁと悌順が苦笑いしながら言う。確かに柔道の一部は合気道の原理も応用が効く。しかし、古武術となると話は違う。勿論悌順が負けると言う意味ではないが、下手に手を出して周りや生徒に被害が出るのは避けたいのだ。
並んで歩く校内は郷愁を感じさせるが、まだ残っている生徒の多さに僅かに眉を上げる。思ったより生徒が多いのに溜め息をついた信哉の横で、悌順が声をあげた。
「源川!」
「あー?なに?もー、Ihave notime right now.」
栗色の髪をした爽やかな顔立ちの長身の生徒が、悌順の声に帰りがけの足を止める。それほど急いでいるのか荷物を肩に体が半分背を向けていたが、悌順の隣に立つ信哉の姿に一瞬不思議そうな目を向けた。良くみれば瞳の色が黒というより藍色がかっていて、使い慣れた英語の発音は幼い頃から実際に使っているものだろう。恐らくハーフがクォーターというところだろうか。
「宮内の決闘どこだ?」
「俺知らないよー、合気道部の方じゃない?」
「何だよ、幼馴染みがいがねぇなぁ。」
宮内の息子の幼馴染みだと言う青年は、悌順の声に悪びれた感じもなく肩を竦めた。
「俺急いでるんだってばぁ!それじゃね。」
「Take care.」
何気なくかけた信哉の言葉に彼は少し目を丸くしたが、ニッと笑うと「You, too.」と返して駆け出す。走るなと叫ぶ悌順の声は当の昔に聞く気がないのは良くわかって、面白い奴もいるものだと信哉は何気なく見送りながら感心する。
「全くあいつもここんとこ落ち着きがなくてなぁ。」
「へぇ。兎に角、合気道部の方か?」
歩いていくうちに予想以上の人だかりに信哉は思わず溜め息をつきたくなる。下手に手加減する方がよっぽど難しいのに、この人だかりの前でやれと言うのかと頭を抱えたくなってしまう。入り口の傍にハラハラしてる早紀の姿と、どうみても面白がっている智美と仁を見つけて更に溜め息をつきたくなる。
全くなんだって学校で決闘だよ。自宅でやれ、自宅で。
心の中でそう呟きながら早紀の肩に手を置くと、早紀が驚いて目を丸くした。
「始まってどれくらいだ?」
「10分ちょっとくらいです。でも、タカちゃんより麻希ちゃんが怯えてて。」
何?と畳敷の室内をみると怯えてて縮こまっている麻希子の背中が見える。あの馬鹿ども立会人を素人にするなんて、せめて越前ガニにしろよ。全く後でどっちも先生達に説教だ。呆れ返りながら全くこちらに気がつかない2人のせいで、小動物が怯えているような麻希子に無造作に歩み寄る。可哀想に怯えて縮こまる麻希子の姿なんか雪がみたら、2人ともただではすまない。背後に立って、彼女を見下ろす。
「麻希ちゃん、そっと後ろに下がれるかな?」
信哉がいたのが余程予想外だったのだろう、ポカーンとしている麻希子の肩をポンと叩いて下がるように促した。ホッとした顔でズリズリと後退る麻希子を確認して、信哉はフゥと溜め息をつきコキと首を回した。
普通の対人戦は久しぶり過ぎて手加減の加減を忘れている気がするが、どちらも古武術は組み討術だけのようだ。組討術は柔術の一部で鎧を着た相手を徒手あるいは短い武器を使用して攻防する技術で、基本的には護身術だ。護身術ではあるが戦国時代には徒手での相手武将を組伏せる為の術でもある。つまりは目の前の2人は相手を敵将として、討ち伏せようとしているわけだ。だが、まだ動きは雑だし、組伏せようと言う意地が先走ってまともに技の掛け合いすら出来ていない。
2人の間に円を作るような間を見つけた瞬間、信哉は迷うことなくそこに流れ込むように足をすすめた。先に突き出された宮内慶太郎の袖を捌き、勢いの方向を変えてやると呆気なくその体は宙に舞う。同時に脇から突き出された孝の腕をそのままの勢いで半身で回してやると、呆気なく畳に前のめりに落ちる。それを一瞬でほぼ同士にしてやったものだから、当人達が何が起きているのか分かっていない。しかも2人だけでなく周囲の冷やかしの生徒までポカーンとしたものだから、その場が奇妙な静けさに包まれたのに信哉は溜め息をつく。
「流石、信哉。瞬殺だなぁ。」
悌順の暢気な声にあのなぁと不満気に呟く。全くかなり手加減してこれでは、流石に不満を言いたくもなる。ポカーンから精神が復旧するのは僅かに宮内慶太郎の方が早かった。
「な、んで?」
「私的な喧嘩に使うために指南する組み討術じゃないぞ?2人とも未熟、帰って先生から説教だな。」
スルリと固めていた肩を離してやると孝が起き上がり、唖然と信哉をみている宮内にチラリと視線を向ける。だが、改めて信哉の言葉にシュンと仔犬みたいに萎れた。衝撃から抜け出しザワザワし始めた生徒に信哉は苦笑いしながら、悌順の横に来て眉を潜めた。
「全く、親父から頼まれたから来てみりゃ、何だよこの人混み。」
「はは、悪いな、まさかお前が来ると思わんかった。」
麻希子がクリクリした瞳で安堵したように、喧嘩両成敗ですねというものだから信哉は思わず苦笑いを浮かべていた。しかし、その後孝の話を良く聞いたら、孝が部長になりたくて前部長に決闘を申し込んだと言うわけではなかった。話は全くの反対で孝はやりませんと断っているのに、宮内慶太郎の方がやれと言っているのだと言う。呆れたように宮内のことを見下ろすと、直に初めて接する宮内は呆然とした顔で信哉の事を見上げた。
「あの、あなたが…あの噂の鳥飼さんなんですか?」
「あの噂とやらが、なんだか知らないんだが。」
どうせ眉唾物の武勇伝だろうと苦笑いをする信哉を、宮内は何が起きているのかまだ理解できない様子で眺めている。孝が腕を擦りながら歩み寄ったのに、信哉は溜め息混じりに彼の腕をとる。慣れた手で関節を痛めていないか確かめながら、
「対人は久々なんだ。手加減が難しくて、痛むか?つい固めてしまったからな。」
「大丈夫です、それにしてもどうして、信哉…さんが?」
流石に普段のように兄と呼べない孝の肩の関節を確認しながら、信哉が不満そうに顔をしかめる。つい固めるとサラリといって退けているが、2人が激しく動いているなかでもう1人も投げてからの行動なのは言うまでもない。少なくとも信哉が古武術を完璧に身に付けていて、師範以上の実力者なのは明らかなのだ。宮内はそれに気がついたのだろう、まだ衝撃から立ち直れていない風だ。
「先生から直接電話が来た。二人とも結託して人を使って、仕事中だってのに全く困った人達だ。」
そうでしたかと、萎れた声の孝が言う。少なくとも既に親にも連絡が通っているのは確かで、この後の事を思うと気が重いのだろう。素直に説教されることだなと信哉に言われて、2人は
それぞれ萎れて帰ることになったのだった。
「はい、どうしました?」
電話口の向こうは予想外に少し賑やかな人の気配があり、どうもあの静かな自宅からではなさそうだ。ガヤガヤと話している背後の声に、信哉の声が聞き取りにくいのか成孝の声が普段より少し大きい。
『おう、信哉、今暇か?』
のっけからそれはどういう聞き方だと内心思うが、一先ず仕事用の眼鏡を外しながら正直に仕事中ですと答えておく。どうやら対外交流にでも出ているのか、自宅以外の場所から電話をしている様子だ。相手は信哉の言葉を気にするでもなく、暢気な口調で話を続けた。
『あのなぁ、頼みがあってな。』
「はぁ、一応伺います。」
そうして成孝の言葉の先に続いたのは、信哉の予想の斜め上を行く自体だった。
『孝の馬鹿が決闘するそうなんだ。』
はあ?と思わず声をあげてから、決闘とはこれまた古風な事だなと信哉も暢気に考える。合気道の段位をとっている孝が誰と決闘をするのかは知らないが、まあ簡単には怪我もしそうにない。ところが、成孝の言葉の先が更に信哉の予想外だった。
『相手がなぁ、宮内んとこの息子なんだ。』
「はぁ?何なんですか?それ。」
『良く分からんが部活動の部長がどうとか。』
信哉は呆れたように天を仰いだ。恐らくあの二人の事だから、次年度の部長をするしないでやりあっているに違いない。真見塚道場の一人息子孝と宮内道場の一人息子の慶太郎は1つしか歳の差がない。ところが1つしか違わないのに、どうも昔からウマが合わないのだ。合気道の大会でも平気で張り合うし、宮内の方が年上だから先に段位がとれるのは当然なのにそれすらも気に入らない。しかも困ったことに自分の事でも、宮内と孝は張り合う点が存在するようなのだ。
確かに孝と宮内慶太郎の喧嘩ときたら、お互いが同じような性格だから意地の張り合いになって長引きそうだ。しかも、学校内にはそれを止められる程の技術がある人間はいないだろう。何せ合気道部の顧問は、お飾り顧問の越前ガニだった筈だ。
「で、先生は今何処なんです?」
『おお、今な大阪でなぁ。』
「宮内の先生は?」
おお今な一緒なんだと暢気に電話口が言うのに、信哉は思わず頭を抱えた。つまりは成孝は、学校からの連絡で喧嘩を止めてほしいと言われたのだ。ところが現在は対外交流で大阪、しかも相手方の宮内慶太郎の父親でもあり、宮内流の師範でもある宮内恭慶も一緒にいるらしい。つまり学校で決闘をする2人を確実に止められる人間が傍にいない。という訳で、信哉に学校まで行き、喧嘩を止めにいけと言っているのだ。
「放っておいたらどうですか?」
『あれはなぁ意地になると日付を跨ぐぞ?悌順君が可哀想だろう?』
そうきたか。孝は悌順の生徒でもあるから、日を跨いで決闘となれば確かに責任問題だ。それが分かっているから悌順も、早々に成孝に電話で連絡したのに違いない。
適切な判断だが、結論としてはタイミングが悪い。
恐らく決闘に持ち込んだどちらかの当人の方も、父親やら師範代クラスが近郊にいないのを狙っていたに違いなかった。全く余計なところだけに知恵を使うなよと、心の中で呟く。
『もしもし、宮内です。』
「ああ、先生ご無沙汰しております。」
一瞬無言になったと思ったら、電話口の成孝が隣の宮内と変わったようだ。慌てて信哉も思考を会話へと切り替える。
『うちのも頑固者でしてなぁ、是非1度愚息に御指南を。』
くそ、これは親2人で結託したなと思わず内心で呟く。昔から兄弟弟子同士の2人は案外と気が合うようなのだ。
昔まだ信哉が子供の時の演武を見て以来、宮内からは時折稽古に来て欲しいと声のかかる事があった。再三うちの愚息に指南をと言われているのを遠慮してきたのに、恐らく2人とも日付が変わる前には自宅に戻ってくるんだろうが結託して信哉をいかせる気なのだ。
『そういうわけだ、すまんが頼む。』
「……高くつきますよ?」
『おお、松阪牛にしてやる。』
ち、食で釣られるか。
渋々信哉はわかりましたと呟く。
※※※
久々の母校の校門を潜り抜け、好奇の視線に曝されながら信哉は来客用の昇降口を通り抜けた。溜め息混じりに頭を下げながら職員室に顔を出すと、ジャージ姿の悌順とついこの間も某廃墟で顔を合わせた福上教頭が視線を向ける。
「何だよ?信哉まで連絡がいったのか?」
「どちらの先生も今丁度大阪らしくてな。」
頼まれましたと頭を下げる信哉に、福上教頭が事情を汲んで苦笑いを浮かべた。高校時代に関わりもあった福上教頭は、案外生徒の事を大事にしてくれる教師で信哉の微妙な家庭環境についてまだ記憶しているのだろう。越前ガニも相変わらずのようだが、お飾り顧問なのは自覚しているようで諦めたように頼むと頭を下げられてしまった。
「で?何処で決闘してるんだ?」
「決闘ってほどじゃないんだが。流石に古武術戦闘を押さえるのは難しくてな、悪いな。」
柔道か合気道なら兎も角なぁと悌順が苦笑いしながら言う。確かに柔道の一部は合気道の原理も応用が効く。しかし、古武術となると話は違う。勿論悌順が負けると言う意味ではないが、下手に手を出して周りや生徒に被害が出るのは避けたいのだ。
並んで歩く校内は郷愁を感じさせるが、まだ残っている生徒の多さに僅かに眉を上げる。思ったより生徒が多いのに溜め息をついた信哉の横で、悌順が声をあげた。
「源川!」
「あー?なに?もー、Ihave notime right now.」
栗色の髪をした爽やかな顔立ちの長身の生徒が、悌順の声に帰りがけの足を止める。それほど急いでいるのか荷物を肩に体が半分背を向けていたが、悌順の隣に立つ信哉の姿に一瞬不思議そうな目を向けた。良くみれば瞳の色が黒というより藍色がかっていて、使い慣れた英語の発音は幼い頃から実際に使っているものだろう。恐らくハーフがクォーターというところだろうか。
「宮内の決闘どこだ?」
「俺知らないよー、合気道部の方じゃない?」
「何だよ、幼馴染みがいがねぇなぁ。」
宮内の息子の幼馴染みだと言う青年は、悌順の声に悪びれた感じもなく肩を竦めた。
「俺急いでるんだってばぁ!それじゃね。」
「Take care.」
何気なくかけた信哉の言葉に彼は少し目を丸くしたが、ニッと笑うと「You, too.」と返して駆け出す。走るなと叫ぶ悌順の声は当の昔に聞く気がないのは良くわかって、面白い奴もいるものだと信哉は何気なく見送りながら感心する。
「全くあいつもここんとこ落ち着きがなくてなぁ。」
「へぇ。兎に角、合気道部の方か?」
歩いていくうちに予想以上の人だかりに信哉は思わず溜め息をつきたくなる。下手に手加減する方がよっぽど難しいのに、この人だかりの前でやれと言うのかと頭を抱えたくなってしまう。入り口の傍にハラハラしてる早紀の姿と、どうみても面白がっている智美と仁を見つけて更に溜め息をつきたくなる。
全くなんだって学校で決闘だよ。自宅でやれ、自宅で。
心の中でそう呟きながら早紀の肩に手を置くと、早紀が驚いて目を丸くした。
「始まってどれくらいだ?」
「10分ちょっとくらいです。でも、タカちゃんより麻希ちゃんが怯えてて。」
何?と畳敷の室内をみると怯えてて縮こまっている麻希子の背中が見える。あの馬鹿ども立会人を素人にするなんて、せめて越前ガニにしろよ。全く後でどっちも先生達に説教だ。呆れ返りながら全くこちらに気がつかない2人のせいで、小動物が怯えているような麻希子に無造作に歩み寄る。可哀想に怯えて縮こまる麻希子の姿なんか雪がみたら、2人ともただではすまない。背後に立って、彼女を見下ろす。
「麻希ちゃん、そっと後ろに下がれるかな?」
信哉がいたのが余程予想外だったのだろう、ポカーンとしている麻希子の肩をポンと叩いて下がるように促した。ホッとした顔でズリズリと後退る麻希子を確認して、信哉はフゥと溜め息をつきコキと首を回した。
普通の対人戦は久しぶり過ぎて手加減の加減を忘れている気がするが、どちらも古武術は組み討術だけのようだ。組討術は柔術の一部で鎧を着た相手を徒手あるいは短い武器を使用して攻防する技術で、基本的には護身術だ。護身術ではあるが戦国時代には徒手での相手武将を組伏せる為の術でもある。つまりは目の前の2人は相手を敵将として、討ち伏せようとしているわけだ。だが、まだ動きは雑だし、組伏せようと言う意地が先走ってまともに技の掛け合いすら出来ていない。
2人の間に円を作るような間を見つけた瞬間、信哉は迷うことなくそこに流れ込むように足をすすめた。先に突き出された宮内慶太郎の袖を捌き、勢いの方向を変えてやると呆気なくその体は宙に舞う。同時に脇から突き出された孝の腕をそのままの勢いで半身で回してやると、呆気なく畳に前のめりに落ちる。それを一瞬でほぼ同士にしてやったものだから、当人達が何が起きているのか分かっていない。しかも2人だけでなく周囲の冷やかしの生徒までポカーンとしたものだから、その場が奇妙な静けさに包まれたのに信哉は溜め息をつく。
「流石、信哉。瞬殺だなぁ。」
悌順の暢気な声にあのなぁと不満気に呟く。全くかなり手加減してこれでは、流石に不満を言いたくもなる。ポカーンから精神が復旧するのは僅かに宮内慶太郎の方が早かった。
「な、んで?」
「私的な喧嘩に使うために指南する組み討術じゃないぞ?2人とも未熟、帰って先生から説教だな。」
スルリと固めていた肩を離してやると孝が起き上がり、唖然と信哉をみている宮内にチラリと視線を向ける。だが、改めて信哉の言葉にシュンと仔犬みたいに萎れた。衝撃から抜け出しザワザワし始めた生徒に信哉は苦笑いしながら、悌順の横に来て眉を潜めた。
「全く、親父から頼まれたから来てみりゃ、何だよこの人混み。」
「はは、悪いな、まさかお前が来ると思わんかった。」
麻希子がクリクリした瞳で安堵したように、喧嘩両成敗ですねというものだから信哉は思わず苦笑いを浮かべていた。しかし、その後孝の話を良く聞いたら、孝が部長になりたくて前部長に決闘を申し込んだと言うわけではなかった。話は全くの反対で孝はやりませんと断っているのに、宮内慶太郎の方がやれと言っているのだと言う。呆れたように宮内のことを見下ろすと、直に初めて接する宮内は呆然とした顔で信哉の事を見上げた。
「あの、あなたが…あの噂の鳥飼さんなんですか?」
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どうせ眉唾物の武勇伝だろうと苦笑いをする信哉を、宮内は何が起きているのかまだ理解できない様子で眺めている。孝が腕を擦りながら歩み寄ったのに、信哉は溜め息混じりに彼の腕をとる。慣れた手で関節を痛めていないか確かめながら、
「対人は久々なんだ。手加減が難しくて、痛むか?つい固めてしまったからな。」
「大丈夫です、それにしてもどうして、信哉…さんが?」
流石に普段のように兄と呼べない孝の肩の関節を確認しながら、信哉が不満そうに顔をしかめる。つい固めるとサラリといって退けているが、2人が激しく動いているなかでもう1人も投げてからの行動なのは言うまでもない。少なくとも信哉が古武術を完璧に身に付けていて、師範以上の実力者なのは明らかなのだ。宮内はそれに気がついたのだろう、まだ衝撃から立ち直れていない風だ。
「先生から直接電話が来た。二人とも結託して人を使って、仕事中だってのに全く困った人達だ。」
そうでしたかと、萎れた声の孝が言う。少なくとも既に親にも連絡が通っているのは確かで、この後の事を思うと気が重いのだろう。素直に説教されることだなと信哉に言われて、2人は
それぞれ萎れて帰ることになったのだった。
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