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11月

201.ハボタン

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11月27日土曜日
物事には何でも利益と不利益とがある。祝福されるものとされないものがあるみたいに。智美君が苛められる対象になってしまっても、彼自身は物事に動じない感じだから余り問題のような気がしない。でも、衛はまだ小さいから、何かあると一人では抱えきれないんだと思う。
朝早く一人で家に来た衛は私の部屋に来た途端、私の足にしがみついたまま顔もあげず声も出さない。何かあって来たんだろうけど、衛が話すまで待ってあげるしかないかなって思う。こんな感じって前もあったなぁ。あ、学校でお友だちが出来ないって話してた時か。

「まー、どうしたの?」

何時まで経っても動かない衛に問いかけても、衛は何も言わず足に顔を押し付けたまま。
結局衛の小学校の学芸会は、今年は中止になってしまった。台詞の練習に一生懸命だった衛の落胆は目に見える程で、それに関係することなのかな。少なくとも学校に関連してそうな気はする。衛が話したかったり相談したいことで、私が答えを出せるのは学校とかに関連したことだって衛自身分かってるようなんだ。だから、質問や相談する内容で衛は、人を選んでいるんじゃないかなって思ってる。

「まーちゃん、まーのママのことしってる?」

って、全然予想外の質問だった。
宇野静子さん。
衛のママで雪ちゃんの奥さんで、元看護師さんで衛の本当のお父さんの香坂衛さんとお付き合いしていた人。今から2年前に衛が5歳の時に、静子さん自身が病気で亡くなってしまった。
そっか、衛は学校で静子さんの事を言われて、落ち込んでいるのかもしれない。

「あんまり沢山は知らないけど、少しなら知ってるよ。」
「僕ね、ママの事沢山覚えてるよ。」

更に予想と違う衛の言葉に、思わず私はしゃがみこんで衛の顔を見つめた。衛は酷く真剣な顔で俯いて、苛立つように呟く。

「1番最初に覚えてる事を聞かれて、答えたら皆が嘘だっていうんだ。」

1番前の記憶、その言葉に最近の事を考えて一瞬私は背筋が冷える気がした。語彙が急激に増えて同級生達は、衛はママが病気で亡くなったからいない事は理解してくれたんだろう。でも、そうなるとママの話をするには衛には過去を聞くしかなくなる。
私は衛はそんな能力ないから、大丈夫なんて安易に考えていた。けど、実際に衛に何処までの記憶があるのか、確かめてみようとはしていない。雪ちゃんのお父さんの智春さんが、嫌な記憶ばかり残っておかしくなりそうだったって。見ている衛にはそんな気配はなかったから、衛にはそんな能力無いんだろうって勝手に思ってた。でも、雪ちゃんが話していたけど嫌な記憶があっても、幸せで良い記憶があればって。衛はずっと周りの空気の読める凄く良い子だったけど、それってだからって嫌な思いをしたことがないとは言えない。衛が自分のママとの幸せな記憶を沢山覚えているのなら、嫌な記憶でおかしくなることもない。ただ、衛自身が話さない限りは、衛の目が何を見つめて記憶しているかわからないことになる。私は思わず問いかけていた。

「衛、1番最初に覚えてるのは何?」
「ママが押してくれる小さい車に乗せられて、お花の沢山あるところでお散歩してるとこ。初めて雪に会った日の事だよ。」

私は目を丸くする。宇野静子さんと雪ちゃんが出会ったのは、園芸のフェアに行った時だって聞いた。その時の衛はまだ1歳前で、ベビーチェアに座った赤ちゃんだ。その時の記憶を覚えてられるのは、衛が見たものをそのまま記憶に焼き付けたから?赤ちゃんの視力はそれほど良くないって聞いたことがあるけど、1歳になるとどうなの?

「皆がそんな頃の事を覚えてる筈ないって。」

普通は確かに1歳の頃なんて覚えてる筈がない。でも、衛の場合はどうなる?カメラアイで記憶されたものを、自分自身で何度も繰り返し見てきたとしたら?それならもしかして、最初の記憶として有り得るのかもしれない。

「ねぇ、衛。」

思わず何時もとは違う真剣な声で呼び掛けると、衛は泣き出しそうになりながら私の事を見つめる。香坂衛さんはカメラアイだったようだとは聞いた。その息子の衛に同じ能力が遺伝する可能性もあると、衛の親戚でもある智美君は言っていたのだ。

「衛は、凄く記憶力がいいんだよ。」
「何で?皆も同じじゃないの?」

私がカメラアイの事を説明してあげるのは凄く難しい。智美君は障害のようなものって私に説明したけど、衛がその能力を使えるようになったのは大事なママの事をずっと覚えていたかったからだ。

「衛はママの事が大好きだから、ママの事を一杯覚えておきたかったの。だから、他の子達より記憶力が良くなったの。」
「他の子は覚えておかないの?」
「うん、他の子は大好きって、さっきの衛みたいにギュウッてするから目で見えないでしょ?」

上手い表現だとは思えないけど、これが私に出来る精一杯の説明だ。さっきまで足にしがみついていた時に顔を押し付けて、何も見えなかったことに衛は気がついたみたい。そして、凄く納得したみたいに私の顔を見つめた。

「他の子達はママとギュウッてしてて、僕みたいに何でも沢山見て覚えておこうってしてないんだね。」
「うん、でもどっちが正しいっては決められないんだよ。」

何時でも傍にいるママに抱きつくのは普通だ。衛は産まれた時点から、静子さんは病気で普通に抱きつくなんて出来ない。そうしたら衛に出来るのは、沢山目の前の静子さんを見て記憶に覚えておくだけしかなかったんだ。それがどっちが正しいなんて、誰にも決められない。

「うん、まーちゃんの言うこと分かる。僕が覚えてるのと他の子が覚えてないの、比べられないってことでしょ?」
「そうだね、でも、衛がお母さんの事を沢山覚えてるのは偉いと思うよ。」

私の言葉に衛は表情を変えて、再び俯いてしまった。

「でも、皆変だって。気持ち悪いって。」

その言葉に智美君が教えてくれた事を思い出す。私は変わらないけど、他の人に気持ち悪いって言われたって。自分とは全く違う情報量の記憶の鮮明さに驚いてしまうから、それに何故か怖くなってしまうのかもしれない。私は衛の頭を撫でながらそうじゃないんだよと呟く。

「同級生には衛の覚えてるものが分からないから、怖いんだよ。だって、衛だって衛の知らないママの話ばっかりする人が来たら、怖いでしょ?」

少し衛は考え込んだ。自分が全く知らない母の姿を勝手に話してくる人が現れたら。つまりは今でいう竜胆さんみたいなもので、語彙が増えた私や雪ちゃんは気持ち悪いよりは面倒くさいとか胡散臭いって感じてる。

「そっか、それじゃ怖くて、気持ち悪いね。」
「うん、でも、衛が覚えてるのは悪いことではないんだよ?ママの事一杯覚えててくれたら、衛のママは嬉しいよ。」

宝物で守りたかった衛に、そうやって沢山の事を覚えててもらえたらきっと静子さんは嬉しい。そういうと初めて衛は恥ずかしそうに笑い、私を見上げた。

「まーちゃんは僕の事気持ち悪くないんだね。」
「いいなぁって思ってるからかな。」
「いいの?」
「だって、大好きな人の事を一杯覚えていられらるんだよ?」

私の言葉に衛は目を丸くして、そっかぁって呟いた。

「あ、でもね、衛。覚えてるからって一杯皆に話したら駄目だよ?」
「皆同じじゃないからでしょ?それはね、信哉くんにも前言われたの。」

あれ、そうなんだ。って鳥飼さんは何を何処まで知っているのかな。衛が言うにはパソコンで話していて、衛が知ってるからって皆に全部教えたら駄目だよって言われたんだって。何でかっていうと、人には知りたいことと知りたくないことがあって知りたくないことを言われると人は怒ったりするから。だから、知ってるよって教えようとする前に、相手が何を知りたいか聞きなさいって。聞いてから頭の中で答えを3つ作って、そのうちの1つだけを答えなさいって教えてくれた。そして、覚えてる事でなく考えた事で答えなさいって。
多分鳥飼さんは智美君と知り合いだっていっていたから、衛のカメラアイにも気がついているんだと思う。確かに覚えてる事全て話すのではなく、そのうちの一部ならそれほど違和感はなく見えるかもしれない。そういう意味ではまだ沢山の事が判断できない衛には、鳥飼さんの教え方は凄く利にかなっている。ただ、今回のママの話にはそれがうまく遣えない話だっただけ。



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