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12月

230.クリスマスローズ

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12月26日 日曜日
私自身の不安を和らげておきたいって言うのもあって、約束の抹茶チーズケーキを朝から焼いた私。ママには理由を説明しておいたら、その間は他の大掃除をするわって。あ、ちなみに雪ちゃんと衛も大掃除をしにお家に戻っている。同級生のお家にお見舞いでケーキを焼いて持っていくとは話したけど、昨日の今日なので正直雪ちゃんの視線が痛いのは仕方がない。今度ちゃんと埋め合わせを……何か悪いことしてるみたいだけど、けっして悪いことをしてる訳ではないよ。少しでも、慰めになればいいのかなって。ケーキが焼けてから、あら熱を冷ましているうちに一応智美君にケーキ焼いたよって連絡。そしたら案外直ぐに返信が。

ケーキで釣った方が、確かに連絡とれるなぁ。

いや、別に中傷してる訳ではないんだけどね。あんなに反応がなかったのに、ケーキにつられる智美君って一体……。そんなわけでそれから暫くしてお家の前に黒塗りの高級車が停まって、お迎えにこられた時は二度目とはいえ少し緊張してしまう私。迎えに来てくれた運転手さんは、以前の人と同じ人だったから安心したけど。前回の時は気がつかなかったんだけど、後ろの座席に座ると窓は黒くしてあるし、外が見えにくくなってて一体どこをどう走っているのか分からない。いつの間にか走っているうちに周りの景色が変わってて住宅地を離れたのに、やっぱり智美君のお家って学校から遠いのかって凄く納得してしまう。山際の道を登りはじめて、ここって一体どこら辺なんだろうって正直考える。自分が住んでいる街の地形って、目に入る場所は分かるけど山って言われると……。学校から見える西側には山際があるけど、学校から見たら東側にも遠いけど山は見えてるし。しかも、この窓殆ど外の色合いが分かんないから日差しの向きとか分からないまま、林の中に入ってしまったから私にも全然方向が分からない。でも、だから車で登校なんだなぁって一人納得してたら、運転手さんがおかしそうに初めて口を開く。

「何か納得されましたか?」
「あ、いえ、あの、学校まで遠いんだろうなぁって。」

私の言葉に意外そうに運転手さんは、目を丸くするとバックミラー越しに思わぬほど優しく微笑んだ。

「そうですね、些か遠いかもしれませんね。」
「すみません、勝手な事ですよね。」
「いえいえ、私も常々思いますが、そちらの学校は主人は気に入っていらっしゃいます。」

主人?!主人って言った?やっぱり智美君ってあの若さでヤクザの親分か宗教の教祖様?!でもなぁ、ヤクザさんではないのかなって思ってみたけど、宗教の教祖様にしたら智美君ってちょっと武闘派って言うやつのような気がする。うう、聞いてみたい。

「あの、えーと。」

しまった、運転手さんの名前までは知らないんだった。私の様子に運転手さんの視線が動いて、にこやかに微笑む。

「敷島です。」
「敷島さん、あの、智美君のお家って正直なところヤクザさんとかですか?」

私の率直な問いかけに敷島さんは目を丸くしてから、盛大に吹き出した。あう、何か最近人に笑われる機会が、どんどん増えてる気がする。そんなにおかしな事を私が聞いてるんだろうけど、だってお家の住所も秘密って言うんだもん。それに智美君ってまだ高校生なのに主人っていうんだから、やっぱり考えちゃうよね。

「ああ、失礼しました。……ヤクザではありませんが、……まぁ簡単に言えば寺院の総本山のようなものです。」
「そんな凄い場所、近くにあるんですか?」
「秘密の場所なんです。」

少し誤魔化されてる気がしなくもないけど、更に聞こうとする前に車が通用門を通ったのに気がつく。通用門には警備の人がいて、その先も建物は木立の向こうに見えるけど、車を止める場所は見当たらない。

あれ、これってまさかの孝君の豪邸越え?!

敷島さんはそのままドンドン車を進めるけど、時折お坊さんみたいな人が庭掃除をしていたりしてる。ほ、本当にお寺さんぽい!ひぇーってなってる私に、敷島さんは少し苦笑しながらまだまだ先に進むようだ。木立の向こうには竹林もあるし、やっと見えた建物の合間には、立派な日本庭園みたいなのも見えている。ポカーンとしている私を乗せた車が停まったのは通用門から楽に5分は進んでからで、大きな門構えに石組の道が続いている。

「ご案内します、こちらです。」

敷島さんがそのままその小道を歩き始め、私はちょっとタジタジになりながら後をついていく。京都とかの竹林の写真を見たことあるけど、そんな感じでお寺さんを見学に来たみたいだ。人の気配はそんなになくって大きな玄関があったけど、横の更に丁寧に整備された道を進んでいく。やがて、凄く高級そうな引き戸の玄関に通される。

「どうぞ、お入りください。」

敷島さんが扉を開いて中に促してくれるけど、ええ?敷島さんはここまでなんですかって言う私の不安そうな視線に何故か彼は笑いを噛み殺している。何で笑うんですか、こんなとこに一人で入らされたら怖いですよ!

「何、敷島と遊んでるんだ?麻希。」

呆れたような聞きなれた声に私は玄関の中で、私の事を見下ろしている智美君に気がついた。なんだ、来てくれてたんなら言ってよぉ!私の恨みがましい視線に敷島さんが肩を震わせている。ニヤッと笑う智美君が口を開く。

「敷島、面白かったろ?」
「いえ、失礼いたしました。」

お帰りの時はお呼びくださいと敷島さんが頭を下げて踵を返そうとしたのに、私は慌てて敷島さんを呼び止めると小さなラッピングの抹茶のクッキーを手渡す。

「お世話になるお礼です。」

敷島さんは困ったように一瞬智美君を見たけど、智美君が僕にもあるの?と私に聞いたので賑やかに頂きますと頭を下げて小道を歩いて行ってしまった。うーん、敷島さんって運転手さんだけのお仕事なの?って、悩んでいると、早く入りなよと智美君に声をかけられてしまう。

「お、お邪魔します……。」
「あ、悪いけどスリッパ、自分で出して、屈むの面倒。」
「はい、って、ねぇ?何で敷島さんに面白かったって聞いたの?何か結構笑われたんだけど……。」
「麻希は突飛な事を言い出すから、うちを見たらヤクザか何かだと言い出すだろうし、敷島がここには入れないの知らないから面白い顔すると教えておいた。」

ひ、ひどい!智美君の予想通りなのも悔しいけど、そんな事言ってたなんて!いいもん、クッキーはあげないから。不貞腐れてる私に智美君は、何だか不思議な表情で見つめているのに気がついた。なんだろう?今まで見たことない智美の表情に、私は思わず黙りこんでしまう。智美君は思い出したように先を歩き始め、私は大人しく後に続いて長い廊下を歩き出す。それにしても廊下が長いなぁ、凄い広そう。

「ここに智美君は誰と住んでるの?」
「基本的には礼慈と僕。後は身の回りの世話をする人間が何人か入る。」
「ええ?こんな広いとこに二人だけ?」

まあねと告げる智美君が、唐突に引き戸をひいて当然のように室内に入る。

「礼慈。客。」

無造作に駆けられた声に室内の長い黒髪の人が、智美君の声に顔を向けた。やっぱり夏休みの時に学校で一度会ったことのある男の人で、この人が礼慈さんなんだ。

「はじめまして、宮井麻希子です。」
「はじめましてじゃないだろ?学校で一回会って話してる。」
「名前言ってないもん、キチンとお話もしてないんだよ?ちゃんとご挨拶しなきゃ失礼だもん。」
「はいはい、じゃ自己紹介ね。麻希、あれは友村礼慈。僕の親代わり。」

雑だなぁって文句を言うと智美が細かいなぁってブチブチ言い始める。私と智美君の会話を聞いていた礼慈さんは、不意に嬉しそうに微笑んだ。

「何だよ、礼慈。麻希の何が面白かった?」

何で私が面白い担当?!不貞腐れそうになった私の視線の隅で、礼慈さんが目元を覆うのが見えて痛むのかと心配してしまう。智美君も同じように感じたのか心配そうに、礼慈さんの事を見つめている。

「痛むのか?」
「いえ、光が少し沁みただけです。」

礼慈さんの目は完全に見えない訳じゃなくて、明暗は分かるらしい。だから、光が急に入ると沁みたりするんだって。慣れればもう少し見えるようになるのかもしれないって言うから、それで智美君も少し落ち着いてきたのかもしれない。

その後食器をお借りして、3人でティータイムをした私達。礼慈さんは智美君の学校の様子を心配してる様子だけど、智美君があんまり文句を言うから苦笑いしていた。私と智美君の会話に微笑んでいる礼慈さんは時折光が沁みたって目元を覆うのに、私は実は礼慈さんが少し泣いているんじゃないかって。何でだろう、そんな風に感じていた。











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