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おまけ22.恩師と俺
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溜め息をつきたくなる有り様。それは言う迄もなくこの状況が全くもって覆せないからでもある。そう都立第3高校教師・土志田悌順は、自分の仕事の一端でもある生徒指導室の片隅のデスクに向かってふんぞり返り、腕を組ながら深々と溜め息をついていた。
くそ…………何でだ………………
元々自分で選んだ職業で、教師自体は天職だと思っているのだ。勿論期待通り生徒指導をこなして、担任をとって、教師をして行くこと自体には何も問題はない。問題になっているのは今の自分に、これまでにない自分のプライベートという時間が必要になったということなのだ。これまでの教師生活の中で悌順はまるでプライベートがなくても何一つ問題だとは感じてこなかったのに、今の悌順にはそのための時間を捻出したい理由が生まれた。
これまでの日常生活には無かったもの。
これまでは生徒は生徒でしかなく、自分は教師でしかなかった。それがここまで塗り替えられたのは言うまでもない、須藤香苗の存在が悌順の生活を塗り替えてしまったからだ。問題児で手のかかる生徒にしか過ぎなかった筈なのに、気がついたら常に目で追いかけ続けていた1人の生徒に柄にもなく手を伸ばして抱き寄せてしまった。これまでは自宅の場所すら生徒には漏らした事もないのに、香苗はアッサリと自宅に連れ帰り、しかも出入りすら認めてしまった自分がいる。
悌さんのモロ好みですもんね、香苗ちゃん。
賑やかに従弟で自分の性格を一番に良く理解している宇佐川義人にそういわれて、初めて自分が最初から一目惚れに近い状態で香苗を自宅に連れ帰っていたのに気がついてしまって。しかも結局我慢が効かずに告白までしたのは、言うまでもない香苗がまだ生徒のうちの話だ。
上司の貧乏が…………福上校長がそれを既に察知していたのを知ったのは、香苗がやっと卒業式を迎えた直後に『今年も3年1組の担任』を押し付けてきた時の事で、以降も賑やかに笑いながら無理強いをしてくるダシにされてもいる。
「くっそぉ…………。」
こうして舌打ち混じりに悪態をつきたくなってしまうのは、本来なら今年の悌順は体育科系統の進学を希望するクラスを受け持って、大概の体育科志望者はこの時期は部活動の実績をあげて推薦枠を獲得する方に向かうからだ。国公立大学志望のために進路指導とは系統がまるで違うし、自分の経験もあるから指導する方としたって幾分容易い面だってある。その差がプライベートの大きな差になるとは言いたくないが、それにしたって今年は少し自分の時間を確保する方向に動けるようにしたかった。
「くそぉ……信哉が羨ましい…………。」
そうゴチてしまう。
幼馴染みで同じ境遇といえる親友の鳥飼信哉は、1年前に電光石火で結婚し双子の子供まで産まれた。長年の付き合いでお互い結婚なんかしないんだろうと思っていたのだから、結婚もそうだが、信哉の子供が産まれた時には思わずお互いに波だが止まらなくなったものだ。そんなことを経験すると自分にだってと思う面だってない訳じゃない。
「子供の前に結婚じゃないかね?」
「その前に、二人で過ごす時間が必要だっての。」
普通にそう肩越しの問いかけに答えてからギョッとして頭上を仰ぎ見ると、そこには相変わらず痩せぎすではあるがそこはかとなく貫禄を漂わせつつある福上校長が賑やかに自分を見下ろしていて。
「確かにデートの時間は上手く遣り繰りせんとなぁ。土志田君。」
早くに妻女を亡くした筈の福上の朗らかな声に、悌順はいつの間にと一瞬言葉を失う。実質的な話だが生徒には気配を掴ませずにカンニングソナー付きと噂される悌順だが、元々そう生徒から噂知れたことがあるのは福上の方が先。何しろ悌順達が都立第3高校の生徒だった時代に、剣道部顧問で古文の教師でも3年1組の担任でもあった福上は元祖カンニングソナーなのだ。それにしたって自分にそういう時間を作らせない配分をしている福上に、遣り繰り云々で言われたくないと悌順は眉を潜める。
「そんな土志田君に朗報だ。」
「はい?」
大概の朗報が朗報にならないのはさておき、賑やかに笑顔を浮かべた福上が口を開く。
「夏期休暇中の電話当番なんだがね、後期の開始から3日続けて出て貰えないかな?」
そんな馬鹿なとポカンと口を開けたのは、夏期休暇の最中には前期と後期に別れて夏期講習が行われるのが都立第3高校の通例。夏期講習が行われる期間中に日中手が空いた教師が、職員室で電話当番として詰めることになっていて、当番は夏期講習もないのに朝から夕方まで拘束されることになる。柔道部の顧問でもある悌順は部活にも顔をだしはするが、盆明けの後期講習期間中はコーチに任せてある日付もあったのだ。つまりそこを出てくるようにと言われたら、完全に休みのない拘束期間で休みが埋まってしまう。
「む……。」
「無理強いをしてはいないけれど、内川君が変わって貰いたいといっていてね。」
またか!!内川!!心の中でそう叫びだしたくなる。前年度から何度内川のせいで、酷い目に遭ってきたかわからない。今年のこの忙しい状況だって内川がやるべき責任から逃げ出した余波なのにと、恨みがましい視線で恩師でもある福上を見上げる。
「無理強いはせんよ?その代わりだが。」
「代わり?」
珍しく福上の言葉が何か悪戯めいた響きを匂わせたのに気がついて、悌順は眉を潜めながら彼の顔を見上げ続けた。
「最後の週の電話番は内川君が全てやってくれるそうだ。柔道部は最終週は部活動はないんだったね。」
思わずその申し出に目を丸くしたのは言うまでもない。
「あぁ、それについでと言ってはなんだが、最終週の進路指導は越前先生がやりたいと話していたね。久々に指導の鬼が復活と言うわけだ。」
更に追い討ちをかけられた言葉に、悌順は唖然としたのは言うまでもない。何年か前までは自分の先輩として生徒指導を受け持っていた世界史の越前は、昨年英語の櫻井と結婚し子供が産まれたばかりでもあるのだ。その越前が夏休みの最後の週の悌順の予定を自分が肩代わりする理由なんて、正直校長からの頼みでもなきゃ思い浮かばない。
「…………どうかね?」
年単位で再三の内川被害にあっている悌順に校長からの御褒美ということなのだろうけれど、ここまで見事にお膳立てされて嫌ですと言える理由なんかあるわけがない。それにしたってそうしてくれるなら、最初からそうしてくれたらいいのにと目が言ったのをみぬかれたのか、福上は目を細めてニヤリと笑う。
「未成年だということは弁えて行動するように。内川と同じと言われんようにな。」
昨年度に内川が他校の女子高生と不純異性行為で騒ぎを起こしたのをヤンワリと匂わせて、こうして恩師が目を光らせるのに悌順は苦笑いを浮かべてしまう。実は福上が改めて何故こんなこと忠告するか、悌順にはちゃんと理由が分かってもいるからだ。
そう福上雄三教諭の5年前に亡くなった妻女は、随分昔には彼の受け持つクラスの生徒でもあったのはここだけの話である。
くそ…………何でだ………………
元々自分で選んだ職業で、教師自体は天職だと思っているのだ。勿論期待通り生徒指導をこなして、担任をとって、教師をして行くこと自体には何も問題はない。問題になっているのは今の自分に、これまでにない自分のプライベートという時間が必要になったということなのだ。これまでの教師生活の中で悌順はまるでプライベートがなくても何一つ問題だとは感じてこなかったのに、今の悌順にはそのための時間を捻出したい理由が生まれた。
これまでの日常生活には無かったもの。
これまでは生徒は生徒でしかなく、自分は教師でしかなかった。それがここまで塗り替えられたのは言うまでもない、須藤香苗の存在が悌順の生活を塗り替えてしまったからだ。問題児で手のかかる生徒にしか過ぎなかった筈なのに、気がついたら常に目で追いかけ続けていた1人の生徒に柄にもなく手を伸ばして抱き寄せてしまった。これまでは自宅の場所すら生徒には漏らした事もないのに、香苗はアッサリと自宅に連れ帰り、しかも出入りすら認めてしまった自分がいる。
悌さんのモロ好みですもんね、香苗ちゃん。
賑やかに従弟で自分の性格を一番に良く理解している宇佐川義人にそういわれて、初めて自分が最初から一目惚れに近い状態で香苗を自宅に連れ帰っていたのに気がついてしまって。しかも結局我慢が効かずに告白までしたのは、言うまでもない香苗がまだ生徒のうちの話だ。
上司の貧乏が…………福上校長がそれを既に察知していたのを知ったのは、香苗がやっと卒業式を迎えた直後に『今年も3年1組の担任』を押し付けてきた時の事で、以降も賑やかに笑いながら無理強いをしてくるダシにされてもいる。
「くっそぉ…………。」
こうして舌打ち混じりに悪態をつきたくなってしまうのは、本来なら今年の悌順は体育科系統の進学を希望するクラスを受け持って、大概の体育科志望者はこの時期は部活動の実績をあげて推薦枠を獲得する方に向かうからだ。国公立大学志望のために進路指導とは系統がまるで違うし、自分の経験もあるから指導する方としたって幾分容易い面だってある。その差がプライベートの大きな差になるとは言いたくないが、それにしたって今年は少し自分の時間を確保する方向に動けるようにしたかった。
「くそぉ……信哉が羨ましい…………。」
そうゴチてしまう。
幼馴染みで同じ境遇といえる親友の鳥飼信哉は、1年前に電光石火で結婚し双子の子供まで産まれた。長年の付き合いでお互い結婚なんかしないんだろうと思っていたのだから、結婚もそうだが、信哉の子供が産まれた時には思わずお互いに波だが止まらなくなったものだ。そんなことを経験すると自分にだってと思う面だってない訳じゃない。
「子供の前に結婚じゃないかね?」
「その前に、二人で過ごす時間が必要だっての。」
普通にそう肩越しの問いかけに答えてからギョッとして頭上を仰ぎ見ると、そこには相変わらず痩せぎすではあるがそこはかとなく貫禄を漂わせつつある福上校長が賑やかに自分を見下ろしていて。
「確かにデートの時間は上手く遣り繰りせんとなぁ。土志田君。」
早くに妻女を亡くした筈の福上の朗らかな声に、悌順はいつの間にと一瞬言葉を失う。実質的な話だが生徒には気配を掴ませずにカンニングソナー付きと噂される悌順だが、元々そう生徒から噂知れたことがあるのは福上の方が先。何しろ悌順達が都立第3高校の生徒だった時代に、剣道部顧問で古文の教師でも3年1組の担任でもあった福上は元祖カンニングソナーなのだ。それにしたって自分にそういう時間を作らせない配分をしている福上に、遣り繰り云々で言われたくないと悌順は眉を潜める。
「そんな土志田君に朗報だ。」
「はい?」
大概の朗報が朗報にならないのはさておき、賑やかに笑顔を浮かべた福上が口を開く。
「夏期休暇中の電話当番なんだがね、後期の開始から3日続けて出て貰えないかな?」
そんな馬鹿なとポカンと口を開けたのは、夏期休暇の最中には前期と後期に別れて夏期講習が行われるのが都立第3高校の通例。夏期講習が行われる期間中に日中手が空いた教師が、職員室で電話当番として詰めることになっていて、当番は夏期講習もないのに朝から夕方まで拘束されることになる。柔道部の顧問でもある悌順は部活にも顔をだしはするが、盆明けの後期講習期間中はコーチに任せてある日付もあったのだ。つまりそこを出てくるようにと言われたら、完全に休みのない拘束期間で休みが埋まってしまう。
「む……。」
「無理強いをしてはいないけれど、内川君が変わって貰いたいといっていてね。」
またか!!内川!!心の中でそう叫びだしたくなる。前年度から何度内川のせいで、酷い目に遭ってきたかわからない。今年のこの忙しい状況だって内川がやるべき責任から逃げ出した余波なのにと、恨みがましい視線で恩師でもある福上を見上げる。
「無理強いはせんよ?その代わりだが。」
「代わり?」
珍しく福上の言葉が何か悪戯めいた響きを匂わせたのに気がついて、悌順は眉を潜めながら彼の顔を見上げ続けた。
「最後の週の電話番は内川君が全てやってくれるそうだ。柔道部は最終週は部活動はないんだったね。」
思わずその申し出に目を丸くしたのは言うまでもない。
「あぁ、それについでと言ってはなんだが、最終週の進路指導は越前先生がやりたいと話していたね。久々に指導の鬼が復活と言うわけだ。」
更に追い討ちをかけられた言葉に、悌順は唖然としたのは言うまでもない。何年か前までは自分の先輩として生徒指導を受け持っていた世界史の越前は、昨年英語の櫻井と結婚し子供が産まれたばかりでもあるのだ。その越前が夏休みの最後の週の悌順の予定を自分が肩代わりする理由なんて、正直校長からの頼みでもなきゃ思い浮かばない。
「…………どうかね?」
年単位で再三の内川被害にあっている悌順に校長からの御褒美ということなのだろうけれど、ここまで見事にお膳立てされて嫌ですと言える理由なんかあるわけがない。それにしたってそうしてくれるなら、最初からそうしてくれたらいいのにと目が言ったのをみぬかれたのか、福上は目を細めてニヤリと笑う。
「未成年だということは弁えて行動するように。内川と同じと言われんようにな。」
昨年度に内川が他校の女子高生と不純異性行為で騒ぎを起こしたのをヤンワリと匂わせて、こうして恩師が目を光らせるのに悌順は苦笑いを浮かべてしまう。実は福上が改めて何故こんなこと忠告するか、悌順にはちゃんと理由が分かってもいるからだ。
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