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7月
56.オレガナム
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テスト3日目。生物なんか大嫌いだ、予想外の質問に細胞なんか世の中から消えてしまえと悪態をつきそうになる。細胞の絵を描けなんて問題、先生はどうやって点数をつけるのか聞きたい。この細胞は可愛いとか?この細胞はイケメンとか?もう意味がわかんない。あなたの苦痛を除きますとかってテストがなくなるようにできる悪の組織とか出来たら、仲間が一杯出来そう。じゃなきゃテストが簡単になる魔法とかないのかな?
なんて馬鹿なことを真剣に考えて口にしたら、早紀ちゃんに凄く笑われてしまった。
だって、真剣にそう思うんだよ?こんなに一生懸命勉強してるのにこれが社会に出て役に立つかどうかわからないなんて凄い虚しい。よく大人はこんな勉強を乗り越えたものだよ。
なんてしみじみ何処かのアニメのキャラクターみたいに呟いてみる。あーでも、今日で何とか期末テストも無事終わった事だし、そんな訳で帰途では道草を食うことにしたんだ。
早紀ちゃんと一緒に勿論場所は喫茶店『茶樹』へ、今月のパフェやパンケーキに期待しながら2人で歩く。高校生だけど、行きつけの店があるってちょっと大人っぽい気がして楽しい。
深碧のドアは何時もとかわりなく、穏やかな紅茶と珈琲の香りが漂う店の中は土曜日のせいか少し賑わっている気がする。奥の方で席に着いた時、ふとこの間のことを思い出した。
「早紀ちゃん、そう言えば真見塚君は幼馴染みで、鳥飼さんの事も前から知ってるんだよね?」
「あ、うん。まだ小さい頃に真見塚君と一緒に何回か顔合わせてたから。」
そっか名前で呼ぶくらいだもん、真見塚君との会話で鳥飼さんが真見塚君の事大事にしているのは簡単に分かる。でも、鳥飼さんの事だから、早紀ちゃんの事も鳥飼さんは妹みたいに凄く可愛がってたんだろうななんて染々思う。
「鳥飼さんって優しいもんねぇ、いいなぁ真見塚君。」
「え?どうして?」
「だって、あんなお兄さんなら私も欲しいもん。」
「えっ?…誰から聞いたの?」
「え?!鳥飼さんと…真見塚君……。」
その時の早紀ちゃんの奇妙な戸惑う表情に、私はキョトンと首を傾げて考え込んだ。ちょっとして名字が違うし事情があるって言われたような気がして、私は早紀ちゃんの顔を見つめながら青ざめた。
あっもしかしてこれって内緒?私口軽すぎ???
暫く考えてこんでいた早紀ちゃんは、顔を少し寄せて小さな声で私にそっと囁く。
「信哉さんがお兄さんだって内緒なの。一応孝君のお家の人とか少しの人しか知らないことなの。」
「ェええ?!」
「信哉さんと孝君が話したのなら、麻希ちゃんには話しても大丈夫ってことなんだね。」
言いにくそうな早紀ちゃんの声に私の頭の中がグルグルする。確かに名字が違うから、てっきり離婚したとかそう言う話なんだと思ってたけど何か早紀ちゃんの口ぶりだともっと大変そうな気がしてきた。
「小学生の頃、少しだけ信哉さんが孝君の家に預けられてた時期があったの、丁度麻希ちゃんが見せてくれた写真の時くらいよ。」
高校生の時雪ちゃんと同じように、鳥飼さんも真見塚君のお家に預けられていたと聞いて私は思わず首を傾げた。その疑問に私も不思議だったと早紀ちゃんも呟く。その時はなにも知らなかったけど真見塚君も親戚でもないのにお家に預かるなんて不思議だったみたいだ。でも、道場に以前通っていて、凄い才能がある人だって聞いていたから早紀ちゃんをお供に真見塚君は信哉さんの後をついてあるいてたんだって。その時もしかしたら雪ちゃんと私にも会ってるかもしれないけど、お互い覚えてないからそこはハッキリしない。
※※※
ここからは早紀ちゃんが話してくれた話。
タカちゃんのお家に預けられた高校生の信哉さんは凄く綺麗なお人形みたいな顔をしてるのに、冷たく笑いもしないちょっと近寄りにくい人だと私は感じた。
タカちゃんにくっついて2人で後を追いかけても、足が早いし何時の間にか置き去りにされてばかりだ。何度タカちゃんが話しかけても、ちょっとも笑うこともなくて何時も氷みたいな目でそっぽを向く。
凄い合気道の上手な人って昔から通ってる大人の生徒さん達が話してたけど、ここに来てから道場に行くわけでもない。何でここに大人しく預けられているのかは、タカちゃんにもよく分からないみたいだ。それでもタカちゃんは皆があの人は凄い人だって言うから、一度演武を見せてもらうんだって必死だった。
そんな最中、何時もみたいにあっという間に置き去りにされて私とタカちゃんは公園の入り口でゼエゼエ肩で息をしながら立ち止まっていた。タカちゃんが必死に見失ってしまった高校の制服の後ろ姿を探している。
「公園の中かなぁ?早紀ちゃん。」
「わかんない、見えなかったもん。」
ここまでして追いかけてこうも置いてかれてるのに、私はタカちゃんが信哉さんに嫌われちゃわないか少し心配なんだ。けど、タカちゃんの目はキラキラしてて、まるで信哉さんとの追いかけっこを楽しんでるみたいだ。手を繋いで2人で公園の中に入り、キョロキョロ辺りを見回しながら歩き回る。そんな2人の姿を、遠目に知らない人が眺めているなんて思いもしていなかった。
公園の入り口から木立を回り込むと、入り口が完全に木立の影に消え少し薄暗く感じる。それが少し怖くて私はタカちゃんの手を握り、彼の背中にすがる。
怯えながら生い茂った木立を眺めた時、突然タカちゃんと繋いでいた手が離れ私のフワリと体が浮き上がっていた。驚いて声も出せないのに、知らない人が小さなタカちゃんの背中を足で蹴り飛ばしタカちゃんが前のめりに転ばされたのを私は見つめる。そのまま宙に抱きかかえられた私は、あっという間に公園の道から外れて藪の中に飛ぶように運ばれていた。
「いい子にしてろよ?大人しくいい子にしてないと怖いからな?」
そう低く粘りつくような煙草の臭いのする声で耳元で言われて、声も出せずに涙だけが溢れた。自分に何か起きたのか分からないけど、タカちゃんの泣きながら自分を呼ぶ叫ぶような声が木立の隙間から聞こえてくる。
知らない大きな男の人はニヤニヤ笑いながら、緊張しているのか奥歯を噛む変な表情を浮かべていた。泣きながら影みたいな男の人を見上げると、男の人は舌で唇を舐めながらしゃがみこんで近付いてくる。あっという間に私の背中に、木立の感触を感じて逃げ出すに逃げられない。男の人は突然手を伸ばして私の服を掴んできて、私は怖くて泣きながら抵抗して服を押さえた。
「はは、いっちょまえに女か?頑張れ?破けるぞ?」
息が荒い上に低く笑う男の人が怖くて私は必死で服を押さえつけているつもりだったけど、男の人は簡単に私の服をお腹のところから引っ張り出してしまう。
怖くて怖くてどうにかなりそうと思った瞬間、ガサリと藪をわけ入る音がして目の前の男の人が煙草臭い息を吐きながら視線を上げた。私も一緒になって視線をあげた時、男の人の真後ろに冷ややかな目をした茶色い髪の高校生が立っていた。その高校生は無言で、しゃがんでいる男の人を見下ろしている。私に見えたのはその人だけど私の後ろにも人が立っている気配がしていたから、煙草臭い男の人の視線は私の後ろを真っ直ぐに見上げていた。
「俺の知り合いの子に何やってんの?おっさん。」
私の後ろから聞き覚えのある冷え冷えとした声が言う。目の前の男の人が我にかえって何か言い返そうとした途端、私の後ろの人が「泣くなよ?」と声をかけて私の体をヒョイと軽々と抱き上げる。同時にドカンっていうような音が響いて私が見下ろした時には、煙草臭い男の人は訳の分からない呻き声をあげて土に転がっていた。あの男の人の後ろにいた高校生の人が何かしたんだろうけど、私は抱えられたので視野が浮いていて何も見えなかったのだ。
「おーい、こっちは膝擦りむいただけだって。あーあ、雪の蹴りはキツいよなぁオッサン。」
背後からタカちゃんを肩車して背の高い高校生がひょこっと顔を見せる。私が見上げると私を抱きか変えていたのは、あの何時も無愛想な信哉さんだった。
「大丈夫か?チビ」
名前すら覚えてないのに、信哉さんは凄く心配そうに私を覗きこんでいて、私は今更のようにうえーっと大きな声をあげて泣き出す。それにタカちゃんまでつられて泣き出したものだから、高校生制服を着た3人は困ったように顔を見合わせていた。
あんまり私達が泣くものだから、呻いている男の人を放置してその場を後にしてしまったようだった。後から茶色の髪の人が警察呼ぶの忘れたと皆で中華まんを食べながら頭を抱えて話していたのを覚えているけど、その頃には中華まんを買って貰って泣き止んだ私達はその意味が子供過ぎて理解できなかったのだ。
それからはタカちゃんが付きまとっても、信哉さんは完全に姿が見えなくなる事がなくなった。遠くなると自然に見えるように歩調を緩めたり、他の誰かと話をするふりでタカちゃんと私が追い付くまで待ってくれる。
そんな風に大分仲が良くなったと思った頃に、信哉さんはタカちゃんのお家を出ることになってしまった。信哉さんにすっかりなついてたタカちゃんが、しきりにお家に残ってって引き留めていたけど信哉さんは困ったように笑って「ごめんな」と囁いたのを覚えている。
理由は子供のタカちゃんや私には教えてもらえなかった。だから、子供の時にちょっとの間だけ傍にいた格好いいお兄さん位にしか私は思っていなかった。それでもタカちゃんの中では、信哉さんは特別だったみたいだけど。
中学生になったばかりの時に、タカちゃんはお家の道場で合気道の演武大会に出る選手に選ばれるくらいになった。私は習っていないけど何時も大会には応援に行っていて、その時も何時も通り応援団になって会場にいたんだ。タカちゃんは一生懸命やって凄く綺麗に演武したって思った。けどずっと偉い人が見ると、少し最後の演武まで体力が続かなくて足元の捌きで減点されてしまったみたい。
そんな頑張ってきたタカちゃんが戻ってきて、皆でよく頑張ったねって声をかけてあげていた。そんなところで大会の選手に選ばれなかった同じ中学生の子のお母さんが、悪意の見える笑顔で皆によく聞こえる声で言ったんだ。
「残念よね、妾さんの子の信哉さんは天才なのに、孝くんは少し才能があるだけだもんね。」
タカちゃんはその言葉に凍りついたみたいになって、周囲にいた人達も半分が同じように凍りついていた。言葉を放った人はあらやだとかって言いながら笑いながら逃げていったけど、その場で凍ったままの人は何が何だか分からないままだ。でも、凍りつかなかった人も沢山いたから、わりと皆が前からそれを知っていたんだと思う。
私は、ああだから親戚でもないのに信哉さんがタカちゃんのお家に暫く預けられたんだ、なんて頓珍漢なところに納得していた。そんなことを考えながら、何気なく周りを見渡していて気がついてしまった。その凍りつかなかった人の中に、実はタカちゃんのお父さんとお母さんもいるんだって。
勿論周りを見ていたタカちゃんもそれに気がついてしまっていた。タカちゃんのお父さんもお母さんも信哉さんの事知っていて、タカちゃんにだけずっと黙ってたんだって分かってタカちゃんは今みたいに変わってしまったんだ。
※※※
えぇぇぇ?そんなドラマみたいなことってホントにあるんだ?それって…それってお妾さんとか愛人とかそう言うこと?あ、道場にいるっていうなら真見塚君の方が本当の奥さんの子供?うわわわ?お母さんの違う綺麗で格好いいお兄さんに、旧家の道場の本当の奥さんの子供だなんて。お昼のママ達が盛り上がってるドラマみたい!
そんな馬鹿な考えをしていたら早紀ちゃんは困ったように私を見た。
「孝君は、その後色々ご両親に聞いたみたい。それから、今みたいな感じになったんだ。笑わなくなって、あんまり私とも話さなくなって。」
しょんぼりとした顔でそういった早紀ちゃんの顔に私は凄く反省した。いけない、面白がってる場合じゃなかた。これってドラマじゃなくて凄く身近な話だったんだよね、そしてそこに目の前の早紀ちゃんの恋心だって巻き込まれちゃってるんだ。早紀ちゃんは、きっとずっとこの話を誰かに聞いてほしかったんだと思うんだ。
そう思ったら私は凄く悪いことをした気分だった。
面白がってちゃ駄目なんだよね、それじゃこの間写真を取り上げて笑い物にした木内梓達と変わらない。私は少し真面目な顔になって、誰にも言わないよといいながら早紀ちゃんが黙っていられなくなった内緒話を共有した。
なんて馬鹿なことを真剣に考えて口にしたら、早紀ちゃんに凄く笑われてしまった。
だって、真剣にそう思うんだよ?こんなに一生懸命勉強してるのにこれが社会に出て役に立つかどうかわからないなんて凄い虚しい。よく大人はこんな勉強を乗り越えたものだよ。
なんてしみじみ何処かのアニメのキャラクターみたいに呟いてみる。あーでも、今日で何とか期末テストも無事終わった事だし、そんな訳で帰途では道草を食うことにしたんだ。
早紀ちゃんと一緒に勿論場所は喫茶店『茶樹』へ、今月のパフェやパンケーキに期待しながら2人で歩く。高校生だけど、行きつけの店があるってちょっと大人っぽい気がして楽しい。
深碧のドアは何時もとかわりなく、穏やかな紅茶と珈琲の香りが漂う店の中は土曜日のせいか少し賑わっている気がする。奥の方で席に着いた時、ふとこの間のことを思い出した。
「早紀ちゃん、そう言えば真見塚君は幼馴染みで、鳥飼さんの事も前から知ってるんだよね?」
「あ、うん。まだ小さい頃に真見塚君と一緒に何回か顔合わせてたから。」
そっか名前で呼ぶくらいだもん、真見塚君との会話で鳥飼さんが真見塚君の事大事にしているのは簡単に分かる。でも、鳥飼さんの事だから、早紀ちゃんの事も鳥飼さんは妹みたいに凄く可愛がってたんだろうななんて染々思う。
「鳥飼さんって優しいもんねぇ、いいなぁ真見塚君。」
「え?どうして?」
「だって、あんなお兄さんなら私も欲しいもん。」
「えっ?…誰から聞いたの?」
「え?!鳥飼さんと…真見塚君……。」
その時の早紀ちゃんの奇妙な戸惑う表情に、私はキョトンと首を傾げて考え込んだ。ちょっとして名字が違うし事情があるって言われたような気がして、私は早紀ちゃんの顔を見つめながら青ざめた。
あっもしかしてこれって内緒?私口軽すぎ???
暫く考えてこんでいた早紀ちゃんは、顔を少し寄せて小さな声で私にそっと囁く。
「信哉さんがお兄さんだって内緒なの。一応孝君のお家の人とか少しの人しか知らないことなの。」
「ェええ?!」
「信哉さんと孝君が話したのなら、麻希ちゃんには話しても大丈夫ってことなんだね。」
言いにくそうな早紀ちゃんの声に私の頭の中がグルグルする。確かに名字が違うから、てっきり離婚したとかそう言う話なんだと思ってたけど何か早紀ちゃんの口ぶりだともっと大変そうな気がしてきた。
「小学生の頃、少しだけ信哉さんが孝君の家に預けられてた時期があったの、丁度麻希ちゃんが見せてくれた写真の時くらいよ。」
高校生の時雪ちゃんと同じように、鳥飼さんも真見塚君のお家に預けられていたと聞いて私は思わず首を傾げた。その疑問に私も不思議だったと早紀ちゃんも呟く。その時はなにも知らなかったけど真見塚君も親戚でもないのにお家に預かるなんて不思議だったみたいだ。でも、道場に以前通っていて、凄い才能がある人だって聞いていたから早紀ちゃんをお供に真見塚君は信哉さんの後をついてあるいてたんだって。その時もしかしたら雪ちゃんと私にも会ってるかもしれないけど、お互い覚えてないからそこはハッキリしない。
※※※
ここからは早紀ちゃんが話してくれた話。
タカちゃんのお家に預けられた高校生の信哉さんは凄く綺麗なお人形みたいな顔をしてるのに、冷たく笑いもしないちょっと近寄りにくい人だと私は感じた。
タカちゃんにくっついて2人で後を追いかけても、足が早いし何時の間にか置き去りにされてばかりだ。何度タカちゃんが話しかけても、ちょっとも笑うこともなくて何時も氷みたいな目でそっぽを向く。
凄い合気道の上手な人って昔から通ってる大人の生徒さん達が話してたけど、ここに来てから道場に行くわけでもない。何でここに大人しく預けられているのかは、タカちゃんにもよく分からないみたいだ。それでもタカちゃんは皆があの人は凄い人だって言うから、一度演武を見せてもらうんだって必死だった。
そんな最中、何時もみたいにあっという間に置き去りにされて私とタカちゃんは公園の入り口でゼエゼエ肩で息をしながら立ち止まっていた。タカちゃんが必死に見失ってしまった高校の制服の後ろ姿を探している。
「公園の中かなぁ?早紀ちゃん。」
「わかんない、見えなかったもん。」
ここまでして追いかけてこうも置いてかれてるのに、私はタカちゃんが信哉さんに嫌われちゃわないか少し心配なんだ。けど、タカちゃんの目はキラキラしてて、まるで信哉さんとの追いかけっこを楽しんでるみたいだ。手を繋いで2人で公園の中に入り、キョロキョロ辺りを見回しながら歩き回る。そんな2人の姿を、遠目に知らない人が眺めているなんて思いもしていなかった。
公園の入り口から木立を回り込むと、入り口が完全に木立の影に消え少し薄暗く感じる。それが少し怖くて私はタカちゃんの手を握り、彼の背中にすがる。
怯えながら生い茂った木立を眺めた時、突然タカちゃんと繋いでいた手が離れ私のフワリと体が浮き上がっていた。驚いて声も出せないのに、知らない人が小さなタカちゃんの背中を足で蹴り飛ばしタカちゃんが前のめりに転ばされたのを私は見つめる。そのまま宙に抱きかかえられた私は、あっという間に公園の道から外れて藪の中に飛ぶように運ばれていた。
「いい子にしてろよ?大人しくいい子にしてないと怖いからな?」
そう低く粘りつくような煙草の臭いのする声で耳元で言われて、声も出せずに涙だけが溢れた。自分に何か起きたのか分からないけど、タカちゃんの泣きながら自分を呼ぶ叫ぶような声が木立の隙間から聞こえてくる。
知らない大きな男の人はニヤニヤ笑いながら、緊張しているのか奥歯を噛む変な表情を浮かべていた。泣きながら影みたいな男の人を見上げると、男の人は舌で唇を舐めながらしゃがみこんで近付いてくる。あっという間に私の背中に、木立の感触を感じて逃げ出すに逃げられない。男の人は突然手を伸ばして私の服を掴んできて、私は怖くて泣きながら抵抗して服を押さえた。
「はは、いっちょまえに女か?頑張れ?破けるぞ?」
息が荒い上に低く笑う男の人が怖くて私は必死で服を押さえつけているつもりだったけど、男の人は簡単に私の服をお腹のところから引っ張り出してしまう。
怖くて怖くてどうにかなりそうと思った瞬間、ガサリと藪をわけ入る音がして目の前の男の人が煙草臭い息を吐きながら視線を上げた。私も一緒になって視線をあげた時、男の人の真後ろに冷ややかな目をした茶色い髪の高校生が立っていた。その高校生は無言で、しゃがんでいる男の人を見下ろしている。私に見えたのはその人だけど私の後ろにも人が立っている気配がしていたから、煙草臭い男の人の視線は私の後ろを真っ直ぐに見上げていた。
「俺の知り合いの子に何やってんの?おっさん。」
私の後ろから聞き覚えのある冷え冷えとした声が言う。目の前の男の人が我にかえって何か言い返そうとした途端、私の後ろの人が「泣くなよ?」と声をかけて私の体をヒョイと軽々と抱き上げる。同時にドカンっていうような音が響いて私が見下ろした時には、煙草臭い男の人は訳の分からない呻き声をあげて土に転がっていた。あの男の人の後ろにいた高校生の人が何かしたんだろうけど、私は抱えられたので視野が浮いていて何も見えなかったのだ。
「おーい、こっちは膝擦りむいただけだって。あーあ、雪の蹴りはキツいよなぁオッサン。」
背後からタカちゃんを肩車して背の高い高校生がひょこっと顔を見せる。私が見上げると私を抱きか変えていたのは、あの何時も無愛想な信哉さんだった。
「大丈夫か?チビ」
名前すら覚えてないのに、信哉さんは凄く心配そうに私を覗きこんでいて、私は今更のようにうえーっと大きな声をあげて泣き出す。それにタカちゃんまでつられて泣き出したものだから、高校生制服を着た3人は困ったように顔を見合わせていた。
あんまり私達が泣くものだから、呻いている男の人を放置してその場を後にしてしまったようだった。後から茶色の髪の人が警察呼ぶの忘れたと皆で中華まんを食べながら頭を抱えて話していたのを覚えているけど、その頃には中華まんを買って貰って泣き止んだ私達はその意味が子供過ぎて理解できなかったのだ。
それからはタカちゃんが付きまとっても、信哉さんは完全に姿が見えなくなる事がなくなった。遠くなると自然に見えるように歩調を緩めたり、他の誰かと話をするふりでタカちゃんと私が追い付くまで待ってくれる。
そんな風に大分仲が良くなったと思った頃に、信哉さんはタカちゃんのお家を出ることになってしまった。信哉さんにすっかりなついてたタカちゃんが、しきりにお家に残ってって引き留めていたけど信哉さんは困ったように笑って「ごめんな」と囁いたのを覚えている。
理由は子供のタカちゃんや私には教えてもらえなかった。だから、子供の時にちょっとの間だけ傍にいた格好いいお兄さん位にしか私は思っていなかった。それでもタカちゃんの中では、信哉さんは特別だったみたいだけど。
中学生になったばかりの時に、タカちゃんはお家の道場で合気道の演武大会に出る選手に選ばれるくらいになった。私は習っていないけど何時も大会には応援に行っていて、その時も何時も通り応援団になって会場にいたんだ。タカちゃんは一生懸命やって凄く綺麗に演武したって思った。けどずっと偉い人が見ると、少し最後の演武まで体力が続かなくて足元の捌きで減点されてしまったみたい。
そんな頑張ってきたタカちゃんが戻ってきて、皆でよく頑張ったねって声をかけてあげていた。そんなところで大会の選手に選ばれなかった同じ中学生の子のお母さんが、悪意の見える笑顔で皆によく聞こえる声で言ったんだ。
「残念よね、妾さんの子の信哉さんは天才なのに、孝くんは少し才能があるだけだもんね。」
タカちゃんはその言葉に凍りついたみたいになって、周囲にいた人達も半分が同じように凍りついていた。言葉を放った人はあらやだとかって言いながら笑いながら逃げていったけど、その場で凍ったままの人は何が何だか分からないままだ。でも、凍りつかなかった人も沢山いたから、わりと皆が前からそれを知っていたんだと思う。
私は、ああだから親戚でもないのに信哉さんがタカちゃんのお家に暫く預けられたんだ、なんて頓珍漢なところに納得していた。そんなことを考えながら、何気なく周りを見渡していて気がついてしまった。その凍りつかなかった人の中に、実はタカちゃんのお父さんとお母さんもいるんだって。
勿論周りを見ていたタカちゃんもそれに気がついてしまっていた。タカちゃんのお父さんもお母さんも信哉さんの事知っていて、タカちゃんにだけずっと黙ってたんだって分かってタカちゃんは今みたいに変わってしまったんだ。
※※※
えぇぇぇ?そんなドラマみたいなことってホントにあるんだ?それって…それってお妾さんとか愛人とかそう言うこと?あ、道場にいるっていうなら真見塚君の方が本当の奥さんの子供?うわわわ?お母さんの違う綺麗で格好いいお兄さんに、旧家の道場の本当の奥さんの子供だなんて。お昼のママ達が盛り上がってるドラマみたい!
そんな馬鹿な考えをしていたら早紀ちゃんは困ったように私を見た。
「孝君は、その後色々ご両親に聞いたみたい。それから、今みたいな感じになったんだ。笑わなくなって、あんまり私とも話さなくなって。」
しょんぼりとした顔でそういった早紀ちゃんの顔に私は凄く反省した。いけない、面白がってる場合じゃなかた。これってドラマじゃなくて凄く身近な話だったんだよね、そしてそこに目の前の早紀ちゃんの恋心だって巻き込まれちゃってるんだ。早紀ちゃんは、きっとずっとこの話を誰かに聞いてほしかったんだと思うんだ。
そう思ったら私は凄く悪いことをした気分だった。
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