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7月

62.ムギワラギク

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金曜の何だか嫌な気配のする喧騒に、私は何だか不安が更に増しているのに落ち着かない。早紀ちゃんは酷く落ち込んでるみたいに、本を読むこともなく窓の外を眺めていてその左膝に新しい大きな絆創膏をつけている。あの怪我大丈夫なのかな、右足の方の絆創膏は小さくなってるのに、あの絆創膏は変わらないままだ。

「ねぇ宮井ー知ってる?」

早紀ちゃんを案じている心に突然話しかけられて、振り返った視線の先で木内梓が意地悪くニヤニヤと笑っていて私は凄く嫌な気がした。何で木内梓は私と同じ高校生なのにこんなに悪意のある笑顔が出来るんだろう。それとも高校生だから、こんな悪意のある笑顔が出来るんだろうか?

「うちのクラスで虐めがあるんだって~?あんた誰か苛めてないよね?」

え?と私が呆気にとられる。木内梓の態とらしい凄くいやらしい言い方に、私は背筋が凍りつくのを感じた。私の脳裏にその言葉で浮かんだのは同時に凄く嫌な考えだった。

「知らないけど…誰?虐められてるの。」
「しらないよ~~~、だからきいてんじゃん。」

ニヤニヤ笑いがどんどん大きくなっていって、耳の後ろで口が結べそうな程に不気味に笑う。知っていると分かるのに、絶対教える気のないことが分かる悪意のある笑顔が目の前で私のことを眺めている。
あァ凄くいやな性格。
あんたは心配してるんじゃない、ただ面白がってるだけなんでしょ?
そういってやりたい。
でも木内梓の言葉の先に思ったのは、何よりも凄くいやな予感で私はそっちの方を優先した。ニヤニヤ笑いの木内梓が言いたいことを言って満足したのか、笑いながら仲間の方に小走りで逃げていく。そんな木内梓を完全に無視して、足早に私は早紀ちゃんに歩み寄る。私は喉の奥で凍りついたような声を絞り出そうとするのが、こんなに辛いとは知らなかった。どうしても他の人に聞かれない内緒話をするように、思わず声が小さくなっていく。

「…ねぇ、早紀ちゃん。」

もし違うのなら…いや、違うべきだと思う、けど、思いたいけど私の声が小さくなる。もしこれが本当で、私が聞いて確信になって、目の前で彼女が泣き出したら私はどうしたらいいだろう。だけどそう思っても怖くて、直接聞くことが出来ない。私はなんだか遠まわしに、まるで道化にでもなったような気分で言葉を繋いだ。

「うちのクラスで、…誰か虐められているらしいよ?知ってる?」

その時の彼女の表情は、永遠の記憶に残るような全くの無表情の人形のようだった。日本人形のようだと最初に見つめた時思ったのなんか、あんなの嘘だった。目の前の早紀ちゃんのまるで私が何を言っているのかが、わからないという感情のない表情。
まじまじと私の奇妙に張り付いた笑顔を眺める視線。
やがて漂うような憂いがその瞳に浮かび彼女は、悲しげな瞳で真っ直ぐに私をみる。そんな話は聞きたくないしそんな話はなしちゃいけないよと言う硝子のような彼女の視線は、私に奇妙な安著と不安を一緒に感じさせる。

早紀ちゃんは大丈夫。虐められてなんかない。

虐められてるのを言いたくなくても、こんな風に聞かれたら、いくら早紀ちゃんでも表情に出ないなんてないはずだものと私の心が必死に呟く。

「そう…なんだ。」

でも、本当にそうなの?本当に彼女は大丈夫?わからない。私にはわからないよ。

早紀ちゃんがフワリと笑った表情に少しだけ不安を和らげられて私も笑い返す。だけど、その後お昼休みに入った途端、彼女は姿を消してしまって私は教室で立ち竦んでしまっていた。

本当に大丈夫?

その疑問はしつこく心に取り付く。でも本当にそうだとしたら、私はどうやって早紀ちゃんを助けたらいいの?
木内梓があんなふうに興味津々で聞いてきたって事は、木内梓が何かしているんじゃないのかって分かる。だから早紀ちゃんの傍に張り付いてようって思ったのに、今早紀ちゃんは目の前にいなくて私はどうしようもなく立ち尽くしてる。私はグルグルと巡る気持ちの中で、味気ないお弁当を無理やり呑み込んだ。



その少し後。
不意に教室の中でけたたましい怒りの声が上がったのを私は聞いていた。昼休みも後少ししかない教室の後ろで木内梓が頬を真っ赤にして怒りを顕にしているのがわかる。

「超ムカつく!あいつ色仕掛けして!!!」
「マジで!ムカつく!」

その声のトーンが凄く耳障りなのに、内容が痛いほどわかった。木内梓達の目の前で、早紀ちゃんと真見塚君が一緒に屋上にいたって事。何かがあって早紀ちゃんが真見塚君に慰められるって言うかそんな感じになって、2人がいい雰囲気になっていたという事。
怒りまくる木内梓の言葉で、やっぱり木内梓が真見塚君を好きなんだって事も分かる。彼女の思いが早紀ちゃんと同じくらいとは思わないけど、それでも好きって感情は確かなんだと思う。同じ恋心なのかもしれないけど怒りに叫ぶ木内梓を見ていて、私は自分がどうしたら早紀ちゃんの友達として何かしてあげられる事がないか考えていた。でも、考えても私には余計わからなくなってしまう。

そして聞いていて思った。もしかして本当に彼女達は早紀ちゃんを虐めてるんだろうか?もしそうなら何人もの女の子に囲まれて早紀ちゃんはどうしたんたろう?香坂君が同じ男の子達に囲まれた時、真見塚君は迷いもなく助けに歩いていった。同じことが私にできるだろうか?

空っぽの席を見つめ続けていた私の前で、午後の授業に戻ってきた早紀ちゃんの目は泣き腫らしたみたいに真っ赤になって私は自分まで泣きたくなる。
私はどうしたら、絶対大丈夫って言えるんだろう?


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