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7月

74.ハイブリットスターチス

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夏休み4日目の水曜日は薄曇りだけど、温度は全然下がらない居心地の悪い日だった。今日の夏期講習は選択が数学と生物だから早紀ちゃんは受けていない。独りでモクモクと講習に参加している私は、結局香苗にはまだ連絡をとっていなかった。色々なことがありすぎて香苗と以前と同じように、LINEしたり話したいとは思えない。そんなことを考えながら今日の分の講習が終わって、講習の日誌を職員室に。講習の日誌って何よって、正直思うけど実際にあるんだから仕方がない。
こんなに毎日来るとまるで夏休みだとは思えないけど、声をかけて入った職員室の閑散とした感じはやっぱり夏休みなんだって感じた。提出するはずのセンセが居なくて教室の中に居たのは土志田センセ独りだけだった。

「センセ、日誌出しに着たんだけどー。」

土志田センセはふいと机から視線を上げて私を眺めてお茶目ともいえる顔を浮かべた。体育先生って机で何の仕事するのかなとか内心思う。

「あー、置いてっていいぞ。言っといてやるから、異常無しだな?」
「うん…あ、センセ。聞いてもいい?」

私が続けた声にセンセはあぁ?といいながらもう一度私の顔を机の上のバインダー越しに眺めた。隣の先生の机の椅子を引きずって土志田センセの横に座ると真顔でその暢気な顔を見上げる。

「ねぇ、センセが高校生の時から期末テストの張りだしあったの?」

その言葉が何度も聞かれていたのだろう土志田センセは、思わず苦笑して机の上の書類をまとめる。

「はは、俺等の時は中間も張りだしがあったぞ?」

なんですと?!うわ、聞かなきゃ良かった、今の方がましだなんて!もっと嫌な話だった。とゲンナリすると先生はニヤリと笑いながら頬杖をつく。

「しかも、期末は全員張り出しだった。」
「うへぇ?!何で?」
「さあなぁ?やる気がでると思ってたんだろ?」

全員張り出しなんてされたら、本気で最後に近くなったら恥ずかしくて学校に来たくなくなるよとブチブチ言うとセンセは珍しくそうだよなぁって同意する。

「センセは何番くらいだったの?頭良かった?」
「はは、俺は大体何時も真ん中ぐらいだな、宮井とおんなじようなもんだ。」

生物と数学は得意だったけどなとセンセが嫌みを言う。でも、センセ私と同じくらいってことは、他の教科に苦手なのがあったのがバレてるんだけどと返すと少し苦笑いする。

「雪ちゃんや鳥飼さんは?」
「あいつ等は頭良いからなぁ、上の方で何時も一問か二問の差で順位争いしてたよ。」

そうなんだ、鳥飼さんは孝君を見てたら何となく分かるけど、ポヤヤンの雪ちゃんが頭が良いってあんまり想像出来なかった。何か写真を一杯見たせいか、その頃の姿が想像できて少し可笑しくなる。フッと私はこの間センセに聞いたけど、はぐらかされてしまった事を思い出していた。

「ねぇ、前も聞いたけどセンセ、写真の事覚えてるでしょ?雪ちゃんやセンセが高校生の写真。」
「あぁ?覚えてるがどうした?」
「あの時特別なことはなかったって言ったよね?でも、雪ちゃんに何があったの?」

何だお前まぁだウジウジしてたのかと、センセが笑いながらクルリと椅子を回す。職員室の中は他に先生もいないし、目の前には私1人だし、そうセンセは思い直したように腕を組みながら私の顔を眺めて溜め息をついた。

「あの頃、雪が荒れてたのを止めたのは、宮井だったんだろうって話だ。」
「雪ちゃんが…荒れてた?何時?」
「だから、あの写真の辺りの事だ。お前ほんとに覚えてないんだなぁ、宮井。」

しみじみといったセンセの顔を横目に私は口元に手を当ててまじまじと考え込む。だって私の記憶の中の雪ちゃんは、何時もノホホンとしてポヤヤンでヘラッと笑ってる。何時も怒った事もないし……怒った事……

「センセ…雪ちゃんって……怒った事ある?」

私の中にすっぽり雪ちゃんの怒った表情が抜けてる。私の訝しげな表情にセンセもつられて眉を顰めて、私の顔を眺めた。

「…そりゃあるだろ。雪は結構短気だしな。」

雪ちゃんが短気?あの雪ちゃんが短気で怒り出す?そう聞いた時、一瞬私の見たことのない筈の雪ちゃんの不機嫌に歪んだ顔を思い出した。暗い部屋に籠って体育座りで、暗くて怖い目をした雪ちゃん。なんで、私はこんな姿を覚えているんだろう。

「私……雪ちゃんを怒らせたっけ?」
「お前が?まさか。」

私の問いかけるような声に、土志田センセは一瞬の迷いもなく答えた。でも、答えてから少し不思議そうに私を眺めて、土志田センセは頬杖をついたまま呟く。

「雪が幸せに笑えるように絶対にするんだって、くっついて歩いてたのになぁ、そんなにすっかり忘れちまうもんなのかねぇ。まだちんまいガキだったからなぁ。」

土志田センセが心底不思議そうに呟くのに、私は黙りこんだ。センセが話す事は始めて聞いているのに、確かに心の何処かに響くものがあって私の心の奥に漣がたっている。大事な大事な何か、それが私の中で再び芽を出そうとしているみたい。

「あの頃の雪は放っておくと何するか分かんなかったしな。お前がいて雪は本当によかったと思うよ、俺は。」

あの頃。
家に雪ちゃんが預けられていた頃。雪ちゃんの両親が亡くなって、他に誰も親戚がいなくて独りで生活しようとしていた雪ちゃん。でも、パパとママは雪ちゃんを家で預かって大学生になるまで、私の兄弟みたいに傍で暮らした。最初は少しも笑わなかったキツい顔をした雪ちゃんを、私は確かに知っている。ママが心配して雪ちゃんに何かを言って、それでもママの言葉なんか聞き入れられないと視線をそらした雪ちゃんを確かに見た。

「宮井?」

センセの声にハッと我にかえる。心配そうに私の顔を見ているセンセの様子に、私は首を傾げながら力なく笑う。私は思い出した方がいいのか思い出したくないのか、実は自分が分かっていないのに今更気がついたのだった。

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