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8月

94.クロユリ

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8月12日、今日は朝からぐずついた天気。湿度が高くて歩くだけで、空気が体にまとわりついてくるみたいに重苦しい。日曜に風邪を引いたって聞いた衛の調子が、少し心配になって電話を掛けると予想と違って元気な衛が電話に出た。

『はい、もしもし宇野です!』
「まー?もう元気になったんだ?」
『あー、まーちゃん?うん、僕は元気になったよっ。今ね、雪がお熱で寝てるの。』

え?!そっか、夏風邪うつっちゃったんだ。夏風邪ってうつすとよくなるとか言うけど、うつった方が酷くなるんじゃないっけ?って言うか雪ちゃんが風邪で衛はどうするの?

「まー、ご飯は?」
『えーとね、雪が起きた時に作ってくれるか、レイゾーコのプリンとか食べてるー。』

やだ!嘘!

「まー、今から私行くからね?ピンポンしたら開けてね?まーの好きなプリン買っていくから、ドア開ける前にはお土産は何ですかって聞くこと!了解?!」
『はーい!合言葉はプリンねー!』 

暢気だけど偉い!ちゃんと答えた衛に念を押してから、私は慌てて台所に駆け込み消化の良さそうな物を考える。恋だのなんだの考えるのも大事だけど、先ずは目先の身内の命!私はそう思いながらダッシュで家を飛び出した。途中のコンビニで衛の好きなプリンを3つ買って、スポーツドリンクやアイスも一緒に買い込む。久々の雪ちゃんのマンションに駆け込んで、オートロックを衛に開けてもらってエレベーターを上がると小走りに扉の前まで進む。チャイムが鳴るのももどかしい気持ちで、チャイムを押すと中から駆けてくる小さな足音がする。

「はーい、どちら様ですかー!」
「まー!私!」 
「えっとー!合言葉はーっ!?」
「プリン!」

偉いんだけど、なんかその合言葉やめればよかったな。心配して焦ってるのに、凄く気が抜ける合言葉。思わず脱力しそうになる。衛はちゃんと合言葉を確認して、ドアを開けて顔を出した。

「まーちゃん、いらっしゃい。」

あれ、なんか小学生になったせいか、お迎えの仕方が大人みたいになってる。なんて、変なところに感動を覚えながら、私は雪ちゃんのお家に入ったとたん眉をあげた。もー、こういうの何て言うの?男所帯?何か整理されてないって感じなの。一先ずズカズカ入り込んで、雪ちゃんが寝ている姿を確かめてから、冷蔵庫に入れるものは入れ衛に朝御飯を作ることにする。冷蔵庫の中にはマズマズ食材はあるから朝食作りには困らないし、一緒にお粥を炊きながらなら手間もかからない。

「まーちゃん、僕オムレツがいいなー。」
「わかった!まー隊員は自分のお皿を準備したまえ!」
「りょうかーい!」

片方でお粥を炊きながらなら、もう片方のレンジにフライパンを乗せ、卵をかき混ぜながら粉チーズに少しだけ牛乳を入れる。洗った野菜を衛の持ってきたお皿に並べながら、フライパンにバターを落とす。後は適度に温まったフライパンに卵液を流し込んで、かき回して縁に寄せてトントンするだけ。衛がキャキャしながら観てる横でフライパンの空いた半分にウインナーを入れる。こういう料理って、やっぱりママと同じことをするようになるんだ。うちのママは卵を焼きながらベーコンとかウインナーをこうして一緒に焼いて、一気に作ることが多い。洗い物も少ないし卵に脂でコクが出るって言うけど、他のと食べ比べた訳じゃないから本当かどうかはわからない。でも、確かにママの作ったのは美味しいなって思う。

「はーい、出来上がり。パンで良い?」
「はーい!」

衛が喜ぶようにケチャップでクマさんを描いて、盛り付けた朝食とコップに注いだ牛乳、こんがり焼いたトーストにマーガリンを塗ってお皿に置く。素直にいただきまーすと手を合わせた衛に私は頷くと、次にお粥を炊きながらなら手当たり次第片付けを開始する。洗濯物を洗濯機に押し込み回しながら、本や新聞をまとめて行く。

「ごちそーさまでした!まーちゃん!美味しかったーっ!」
「はーい、お粗末様。流しに置いておいてねー。」

素直なはーいという返事が帰ってきて、衛が流しにお皿を運んでいく。雪ちゃんはこの騒ぎの間もずつと眠ったままで、私はお粥が炊けてから恐る恐る雪ちゃんの部屋に足を入れる。
熱があるせいか雪ちゃんの頬が赤くて、私はそっと額に手を当ててみた。凄く熱い額の冷えピタはもう温くっなってて、私はベットサイドに置かれていた新しい冷えピタを取り出す。ペトッと張り替えると気がついたのか雪ちゃんがウッスラと目を開ける。

「大丈夫?雪ちゃん。何か飲む?」
「………まーちゃん?」

あ、懐かしい呼び方。

「どうして、まーちゃんが居るの?夢?」

少し心細そうな雪ちゃんの声は、どこかで聞いたことがある気がする。凄く寂しそうで独りぼっちで、不安でしかたがないって言う声。

「夢じゃないよ、ちゃんといるよ?雪ちゃん。」
「ホントに?傍にいてくれる?ずっと。」

うんと頷くと雪ちゃんは嬉しそうに高校生の時の写真みたいに、ニッコリと微笑んでいそいそと布団の中から手を伸ばしてくる。凄く熱い手が私の手を握って、私はこんなに熱くて大丈夫なのかなって心配になってしまう。

「雪ちゃん、お薬とか飲んだ?凄く熱いよ?」
「うん、まーちゃんが傍に居てくれたら治る。」

いや、そういうことじゃなくて、風邪薬って言おうとした私の手が唐突に引き寄せられた。凄く熱い腕の中に引き込まれて、あっという間に私は雪ちゃんの布団に引きずり込まれてしまっている。驚く暇も声をあげる暇もなく熱い腕でしっかりと抱き締められているのに、私は頭が真っ白になって口をパクパクさせた。

「……僕の。」

抱き枕みたいに抱き締められている上に、熱に浮かされた雪ちゃんが耳元で熱い息と一緒に囁きかけてくる。私は自分の胸が、一気にバクバクと激しく打ち始めるのがわかった。雪ちゃんは熱のせいで私が小さい時と混乱してるんだって分かってます!でも何で雪ちゃんはこんな風に抱き締めるの?小さい時も私をこうして抱っこして寝たことなんてあったっけ?しかも、雪ちゃんは私を抱き締めると再び眠りに落ちてしまって、腕はしっかりと私の体を抱き締めてて身動きがとれない。

あっつい!違う!どうしよう!でも、雪ちゃんの体温があっついよ!

そんな大混乱の最中玄関のチャイムがなって、衛がいい子に応対するのが聞こえる。衛に助けてほしいけど、でもこれって誰かに見られていい姿?エプロンのままベットで抱っこされて寝てるのって、風紀的によろしくない姿だよね?!雪ちゃん!!心の中でうえーんと一人で泣き声をあげていると、扉の向こうで衛が人と話す気配がした。

え?衛、誰か来たの?

「ゆーき、風邪の具合はどうだ?」

衛の頭を撫でながらドアを開けたのは、そんな気がしなくもなかったんたけどやっぱり鳥飼さん。鳥飼さんの出現に今度こそ私は大きな悲鳴をあげて、寝付いた雪ちゃんを叩き起こしたのだった。何か見られたくないような所ばかり鳥飼さんに見られてるんだけど、これって孝君の呪いなんじゃないだろうか。
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