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12.カナタ
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不意につきつけられた言葉に直人は呆然と鏡越しではなく目の前にいる遥の横顔を見つめた。それに気がついたのか目の前の彼女は、鏡から初めて視線をはずし不思議な相反するような二つの表情を浮かべながら直人を見上げた。
何時もの遥とは何かが違った。
何時もの遥は柔らかく穏やかな表情をしている。しかし、今目の前の彼女は勝気できつい性格が滲み出した印象の違う女だった。
そんなことがあり得るのだろうか?ほんの少し前何時もの遥と話してここに座らせたのに、今目の前の人が別人だと感じるなんて事があり得るのか?
直人の疑問に気がついているのか、子供様な響きを持った声が再び言葉を彼に向けて放つ。
「今日は、帰って。時期がきたら話すわ。」
見た事のない表情の人が、そうキッパリと言い放つ。
しかしそれは同時に言った遥自身も驚いているかのような表情にも見えた。
※※※
結局自分で呼びつけておいて、仕事もそこそこに来てくれたのだろう直人を追い返してしまった。今一人きりになった冷たい部屋の中で、遥は呆然と姿見の中の自分を見つめた。
ガラスのテーブルの上には既に冷めたコーヒーの入ったマグカップが二つポツンと寂しげに置かれ、遥の視界の中鏡の世界にも映っている。遥は姿身を覗き込む、そこには不安に揺れる自分が自分を見つめ返してる。
分からないが、試すしかなかった。
そっと近寄り、鏡面に触れると震える口を開いた。
「…………カナタ……なの?」
恐る恐る声をかける。
鏡面の中の自分は怯えた表情を浮かべ、同じ言葉を同じように紡ぐ。
一瞬鏡面が揺れ、映る大人の自分が幼く見えた様な気がして彼女はたじろいだ。不意に鏡の中の自分がゆっくりと瞬きをする。自分の意図するのとは違う眠りから覚めるようなゆっくりとした瞬きに、人工灯の光がフラッシュのように感じた。
彼女はゆっくりと彼女の顔を見つめなおして微かに唇の端をあげ微笑んだ。
「…えぇ、そうよ。」
驚くほど明瞭にカナタはあっさりと答えた。
遥は姿見の鏡面を両手で掴み、信じられない面持ちでカナタを見つめる。
その感情はなんと表現すればいいだろう。
懐かしく愛おしく・それでいて憎らしい、相反した感情が彼女の中で渦を巻いて遥は怯えた。
言葉がもどかしく遥の口から断片的に零れおちる。
「今まで…どうして?何で………今更……」
その言葉に目を細めたカナタの視線が、何故か心に刺さる気がした。何かを咎められているように感じるのは何故だろうと、遥は息をのむ。
「あなたが、呼んだのよ。遥。」
遥の声を遮る様にカナタは静かに言った。
昔と変わらない勝気で陽気で、朗らかだったカナタ。遥の憧れだった、遥がなりたかったカナタ。しかし、6年間遥をおいて眠ってしまった、消えてしまったカナタ。
不意に姿見の前に立つ遥の表情が、苦痛に歪む。再びズキンとの脇腹に鋭い痛みが走るのに、とっさに脇腹を押さえ顔を伏せる。カナタはそれを見つめながらも、まるで痛みの事は感じない表情で遥を見つめていた。
「大丈夫?」
本心から心配しているのかどうかが分からない声で、カナタが問いかける。それに一瞬悪寒を覚えながら遥は姿見に映るカナタを見上げた。同じ姿勢なのに全く別な視線が遥を見つめ返すのをみた時、遥は思わず眉を潜めながらカナタを見つめた。
「この痛みは、あなたなの?カナタ。」
咄嗟に溢れ落ちた言葉に、鏡の中で微かにカナタが反応する。是とも非ともとれる表情で、カナタは何の事?とだけ答えを返した。それをどう捉えればいいか分からない遥は困惑の視線を投げる。現実の肉体を操作して痛みを与えるなんてカナタが出来るわけがないことはわかっている。体に外部らか変化を起こさせるなんて、できやしない。でも、本当にカナタは外部のものとしていいのか?それとも本当に痛みを与えることが可能なのか?全部分からない。分からないから恐ろしい。
遥の苦しげな様子が視界に入っていないかのような表情でカナタが遥を見下ろす。そして、再びカナタはいつになく静かに口を開く。
「あなたが、私を起こしたのよ?遥。」
カナタはゆっくりとそう繰り返し、鏡の中から自分を見つめている。ひやりとした空気の溢れる室内の中で自分ではない意志がそう告げるのを遥は恐怖に飲まれながら聞いた。
確かに遥は元気で強いカナタに憧れていた。
カナタになりたいと思ってもいた。
でも、同時に恐れてもいた。
だって、もしカナタと私の立場が逆になったら?
遥の体をカナタが自分のものにしたら遥はどうなるの?
だから、カナタが消えたとき寂しかったけど、本当は心の中でよかったと安心したの。
これで、私は私だけになれるって
「あなたが、また、私を呼び起こしたのよ?遥」
全身が氷水に浸かったように冷えて、肌が粟立ち血の気が引いていくのが分かる。
目の前の姿見の中で幼く見えたはずのカナタが、いつの間にか一瞬を追う毎に成長していく。
止めて、駄目と心の中で遥の声が悲鳴をあげる。
「やめて!それ以上大人にならないで!!」
遥の悲鳴にカナタは微笑む。
もう別れた時のカナタはいない。
目の前の姿見には6年前より大人びたカナタが遥を見下ろしている。まだ同じ年迄はいかない、でも確かに幼さの抜け始めたカナタの視線がじっと見下ろしてくる。
「あなたが呼んだの。私を。」
大人びた声でカナタがもう一度繰り返す。それを聞きながら痛みに意識の薄れていく自分を遥は感じていた。
何時もの遥とは何かが違った。
何時もの遥は柔らかく穏やかな表情をしている。しかし、今目の前の彼女は勝気できつい性格が滲み出した印象の違う女だった。
そんなことがあり得るのだろうか?ほんの少し前何時もの遥と話してここに座らせたのに、今目の前の人が別人だと感じるなんて事があり得るのか?
直人の疑問に気がついているのか、子供様な響きを持った声が再び言葉を彼に向けて放つ。
「今日は、帰って。時期がきたら話すわ。」
見た事のない表情の人が、そうキッパリと言い放つ。
しかしそれは同時に言った遥自身も驚いているかのような表情にも見えた。
※※※
結局自分で呼びつけておいて、仕事もそこそこに来てくれたのだろう直人を追い返してしまった。今一人きりになった冷たい部屋の中で、遥は呆然と姿見の中の自分を見つめた。
ガラスのテーブルの上には既に冷めたコーヒーの入ったマグカップが二つポツンと寂しげに置かれ、遥の視界の中鏡の世界にも映っている。遥は姿身を覗き込む、そこには不安に揺れる自分が自分を見つめ返してる。
分からないが、試すしかなかった。
そっと近寄り、鏡面に触れると震える口を開いた。
「…………カナタ……なの?」
恐る恐る声をかける。
鏡面の中の自分は怯えた表情を浮かべ、同じ言葉を同じように紡ぐ。
一瞬鏡面が揺れ、映る大人の自分が幼く見えた様な気がして彼女はたじろいだ。不意に鏡の中の自分がゆっくりと瞬きをする。自分の意図するのとは違う眠りから覚めるようなゆっくりとした瞬きに、人工灯の光がフラッシュのように感じた。
彼女はゆっくりと彼女の顔を見つめなおして微かに唇の端をあげ微笑んだ。
「…えぇ、そうよ。」
驚くほど明瞭にカナタはあっさりと答えた。
遥は姿見の鏡面を両手で掴み、信じられない面持ちでカナタを見つめる。
その感情はなんと表現すればいいだろう。
懐かしく愛おしく・それでいて憎らしい、相反した感情が彼女の中で渦を巻いて遥は怯えた。
言葉がもどかしく遥の口から断片的に零れおちる。
「今まで…どうして?何で………今更……」
その言葉に目を細めたカナタの視線が、何故か心に刺さる気がした。何かを咎められているように感じるのは何故だろうと、遥は息をのむ。
「あなたが、呼んだのよ。遥。」
遥の声を遮る様にカナタは静かに言った。
昔と変わらない勝気で陽気で、朗らかだったカナタ。遥の憧れだった、遥がなりたかったカナタ。しかし、6年間遥をおいて眠ってしまった、消えてしまったカナタ。
不意に姿見の前に立つ遥の表情が、苦痛に歪む。再びズキンとの脇腹に鋭い痛みが走るのに、とっさに脇腹を押さえ顔を伏せる。カナタはそれを見つめながらも、まるで痛みの事は感じない表情で遥を見つめていた。
「大丈夫?」
本心から心配しているのかどうかが分からない声で、カナタが問いかける。それに一瞬悪寒を覚えながら遥は姿見に映るカナタを見上げた。同じ姿勢なのに全く別な視線が遥を見つめ返すのをみた時、遥は思わず眉を潜めながらカナタを見つめた。
「この痛みは、あなたなの?カナタ。」
咄嗟に溢れ落ちた言葉に、鏡の中で微かにカナタが反応する。是とも非ともとれる表情で、カナタは何の事?とだけ答えを返した。それをどう捉えればいいか分からない遥は困惑の視線を投げる。現実の肉体を操作して痛みを与えるなんてカナタが出来るわけがないことはわかっている。体に外部らか変化を起こさせるなんて、できやしない。でも、本当にカナタは外部のものとしていいのか?それとも本当に痛みを与えることが可能なのか?全部分からない。分からないから恐ろしい。
遥の苦しげな様子が視界に入っていないかのような表情でカナタが遥を見下ろす。そして、再びカナタはいつになく静かに口を開く。
「あなたが、私を起こしたのよ?遥。」
カナタはゆっくりとそう繰り返し、鏡の中から自分を見つめている。ひやりとした空気の溢れる室内の中で自分ではない意志がそう告げるのを遥は恐怖に飲まれながら聞いた。
確かに遥は元気で強いカナタに憧れていた。
カナタになりたいと思ってもいた。
でも、同時に恐れてもいた。
だって、もしカナタと私の立場が逆になったら?
遥の体をカナタが自分のものにしたら遥はどうなるの?
だから、カナタが消えたとき寂しかったけど、本当は心の中でよかったと安心したの。
これで、私は私だけになれるって
「あなたが、また、私を呼び起こしたのよ?遥」
全身が氷水に浸かったように冷えて、肌が粟立ち血の気が引いていくのが分かる。
目の前の姿見の中で幼く見えたはずのカナタが、いつの間にか一瞬を追う毎に成長していく。
止めて、駄目と心の中で遥の声が悲鳴をあげる。
「やめて!それ以上大人にならないで!!」
遥の悲鳴にカナタは微笑む。
もう別れた時のカナタはいない。
目の前の姿見には6年前より大人びたカナタが遥を見下ろしている。まだ同じ年迄はいかない、でも確かに幼さの抜け始めたカナタの視線がじっと見下ろしてくる。
「あなたが呼んだの。私を。」
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