Vanishing Twins 

文字の大きさ
12 / 55
現時点

12.カナタ

しおりを挟む
不意につきつけられた言葉に直人は呆然と鏡越しではなく目の前にいる遥の横顔を見つめた。それに気がついたのか目の前の彼女は、鏡から初めて視線をはずし不思議な相反するような二つの表情を浮かべながら直人を見上げた。
何時もの遥とは何かが違った。
何時もの遥は柔らかく穏やかな表情をしている。しかし、今目の前の彼女は勝気できつい性格が滲み出した印象の違う女だった。
そんなことがあり得るのだろうか?ほんの少し前何時もの遥と話してここに座らせたのに、今目の前の人が別人だと感じるなんて事があり得るのか?
直人の疑問に気がついているのか、子供様な響きを持った声が再び言葉を彼に向けて放つ。

「今日は、帰って。時期がきたら話すわ。」

見た事のない表情の人が、そうキッパリと言い放つ。
しかしそれは同時に言った遥自身も驚いているかのような表情にも見えた。



※※※




結局自分で呼びつけておいて、仕事もそこそこに来てくれたのだろう直人を追い返してしまった。今一人きりになった冷たい部屋の中で、遥は呆然と姿見の中の自分を見つめた。
ガラスのテーブルの上には既に冷めたコーヒーの入ったマグカップが二つポツンと寂しげに置かれ、遥の視界の中鏡の世界にも映っている。遥は姿身を覗き込む、そこには不安に揺れる自分が自分を見つめ返してる。
分からないが、試すしかなかった。
そっと近寄り、鏡面に触れると震える口を開いた。

「…………カナタ……なの?」

恐る恐る声をかける。
鏡面の中の自分は怯えた表情を浮かべ、同じ言葉を同じように紡ぐ。
一瞬鏡面が揺れ、映る大人の自分が幼く見えた様な気がして彼女はたじろいだ。不意に鏡の中の自分がゆっくりと瞬きをする。自分の意図するのとは違う眠りから覚めるようなゆっくりとした瞬きに、人工灯の光がフラッシュのように感じた。
彼女はゆっくりと彼女の顔を見つめなおして微かに唇の端をあげ微笑んだ。

「…えぇ、そうよ。」

驚くほど明瞭にカナタはあっさりと答えた。
遥は姿見の鏡面を両手で掴み、信じられない面持ちでカナタを見つめる。
その感情はなんと表現すればいいだろう。
懐かしく愛おしく・それでいて憎らしい、相反した感情が彼女の中で渦を巻いて遥は怯えた。
言葉がもどかしく遥の口から断片的に零れおちる。

「今まで…どうして?何で………今更……」

その言葉に目を細めたカナタの視線が、何故か心に刺さる気がした。何かを咎められているように感じるのは何故だろうと、遥は息をのむ。

「あなたが、呼んだのよ。遥。」

遥の声を遮る様にカナタは静かに言った。
昔と変わらない勝気で陽気で、朗らかだったカナタ。遥の憧れだった、遥がなりたかったカナタ。しかし、6年間遥をおいて眠ってしまった、消えてしまったカナタ。

不意に姿見の前に立つ遥の表情が、苦痛に歪む。再びズキンとの脇腹に鋭い痛みが走るのに、とっさに脇腹を押さえ顔を伏せる。カナタはそれを見つめながらも、まるで痛みの事は感じない表情で遥を見つめていた。

「大丈夫?」

本心から心配しているのかどうかが分からない声で、カナタが問いかける。それに一瞬悪寒を覚えながら遥は姿見に映るカナタを見上げた。同じ姿勢なのに全く別な視線が遥を見つめ返すのをみた時、遥は思わず眉を潜めながらカナタを見つめた。

「この痛みは、あなたなの?カナタ。」
 
咄嗟に溢れ落ちた言葉に、鏡の中で微かにカナタが反応する。是とも非ともとれる表情で、カナタは何の事?とだけ答えを返した。それをどう捉えればいいか分からない遥は困惑の視線を投げる。現実の肉体を操作して痛みを与えるなんてカナタが出来るわけがないことはわかっている。体に外部らか変化を起こさせるなんて、できやしない。でも、本当にカナタは外部のものとしていいのか?それとも本当に痛みを与えることが可能なのか?全部分からない。分からないから恐ろしい。 
遥の苦しげな様子が視界に入っていないかのような表情でカナタが遥を見下ろす。そして、再びカナタはいつになく静かに口を開く。

「あなたが、私を起こしたのよ?遥。」

カナタはゆっくりとそう繰り返し、鏡の中から自分を見つめている。ひやりとした空気の溢れる室内の中で自分ではない意志がそう告げるのを遥は恐怖に飲まれながら聞いた。

確かに遥は元気で強いカナタに憧れていた。
カナタになりたいと思ってもいた。
でも、同時に恐れてもいた。
だって、もしカナタと私の立場が逆になったら?
遥の体をカナタが自分のものにしたら遥はどうなるの?
だから、カナタが消えたとき寂しかったけど、本当は心の中でよかったと安心したの。

これで、私は私だけになれるって

「あなたが、また、私を呼び起こしたのよ?遥」

全身が氷水に浸かったように冷えて、肌が粟立ち血の気が引いていくのが分かる。
目の前の姿見の中で幼く見えたはずのカナタが、いつの間にか一瞬を追う毎に成長していく。
止めて、駄目と心の中で遥の声が悲鳴をあげる。

「やめて!それ以上大人にならないで!!」

遥の悲鳴にカナタは微笑む。
もう別れた時のカナタはいない。
目の前の姿見には6年前より大人びたカナタが遥を見下ろしている。まだ同じ年迄はいかない、でも確かに幼さの抜け始めたカナタの視線がじっと見下ろしてくる。

「あなたが呼んだの。私を。」

大人びた声でカナタがもう一度繰り返す。それを聞きながら痛みに意識の薄れていく自分を遥は感じていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...