恋が終わると世界が終わるって本当ですか?~じゃあ私がその恋、引き受けます~

茂上 仙佳

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第一章:召喚 ― 世界の終わりと新たな使命

第1話:桜舞う日常と恋への憧れ

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桜の花びらが舞い散る四月の午後、春の陽光が教室の窓ガラスを通して差し込み、机の上に暖かな光の帯を作っていた。谷口玲奈は窓際の席で頬杖をつきながら、中庭に咲く満開の桜を眺めていた。

風が吹くたびに、まるで雪のように花びらが舞い散り、石畳に薄いピンクの絨毯を敷き詰めていく。その美しさに見とれていると、チャイムが鳴り響いた。

「やっと昼休み!」

玲奈は立ち上がって伸びをした。肩までの茶色い髪が春風になびき、明るい茶色の瞳がきらきらと輝いている。17歳の玲奈は、身長160センチほどの平均的な体型だが、その明るい笑顔と人懐っこい性格で、クラスでも人気者として知られていた。

「玲奈ちゃん、お弁当一緒に食べよう!」

親友のユミが声をかけてきた。ユミは丸い顔に大きな瞳が印象的な、人懐っこい笑顔が魅力的な女の子だった。いつも恋愛映画や小説の話で盛り上がる、ロマンチストな一面がある。

「うん、中庭で食べない?桜がきれいだし」

玲奈は弁当を手に取りながら提案した。

「いいね!サキちゃんも一緒に行こう」

もう一人の親友、サキに声をかける。サキは三人の中で最も大人びていて、黒髪をショートカットにした知的な印象の女の子だった。恋愛に対しても現実的で、時折鋭い指摘をすることがある。

「桜見ながらお弁当なんて、青春してるわね」

サキが苦笑いしながら立ち上がった。

三人は中庭に向かった。中庭には樹齢五十年を超える大きな桜の木が何本も植えられていて、今がちょうど満開の時期だった。生徒たちがあちこちでお弁当を広げており、春らしい和やかな光景が広がっている。

玲奈たちは桜の木の下にシートを敷いて座った。花びらが時折舞い散って、お弁当の上に落ちてくる。

「きれい...」

玲奈は見上げた桜の美しさに感動していた。青い空をバックに咲く満開の桜は、まるで絵画のような美しさだった。

「ねえ、玲奈!昨日のドラマ見た?『永遠の約束』の最終回!」

ユミが目を輝かせて身を乗り出してくる。頬は興奮で薄く紅潮している。

「うん、見た見た!最後の告白シーン、めっちゃ感動した!涙が止まらなかったよ」

玲奈は箸を置いて、手をぱたぱたと振りながら答える。

「主人公の男の子、すっごくかっこよかった!『君がいない世界なんて意味がない』って言う時の表情、もう完璧だった!現実にもあんな人いないかなあ」

ユミが頬を赤らめながら言う。彼女は恋愛映画や小説が大好きで、いつも理想の恋愛について語っている。

「でもさ、現実であんなロマンチックなこと起こる?ドラマみたいに運命的な出会いとか、雨の中の告白とか」

サキが現実的な意見を挟む。いつも冷静で、恋愛に対しても少し斜に構えたところがある。

「起こるよ!絶対起こる!」

玲奈は迷いなく答えた。その声には確信が込められていて、まるで既に体験したことがあるかのような響きがあった。

「だってさ、恋って人を幸せにするものでしょ?本当に心から愛し合えたら、その幸せは周りの人にも伝わっていくと思うんだ」

玲奈は立ち上がって、両手を大きく広げた。クラスメートたちの視線が集まるが、彼女は気にしない。むしろ、自分の思いを表現できることに喜びを感じている。

「だったら、世界だって幸せにできるはず!」

桜の花びらが彼女の周りを舞って、まるで彼女の言葉を祝福しているかのようだった。

「世界?」

ユミとサキが同時に首をかしげる。

「そうそう!本当に素敵な恋だったら、その人だけじゃなくて、周りの人も、もっと言えば世界中の人も幸せにできると思うんだ」

玲奈の表情は真剣だった。これは単なる理想論ではなく、彼女の心の奥底からの信念だった。

「愛って、きっと連鎖するものだと思うの。一人が本当に幸せになれば、その人と関わる人たちも幸せになって、その人たちと関わる人たちも...って、どんどん広がっていく。まるで水面に落ちた石が作る波紋みたいに」

「恋は世界を変える、みたいな?」

ユミが興味深そうに聞く。

「そう!それそれ!」

玲奈の目がさらに輝く。

「もしかして、本当に恋が終わると世界が終わるって可能性も...あるのかな」

その言葉を口にした瞬間、玲奈は不思議な感覚に襲われた。まるで、遠い記憶の奥底で誰かが泣いているような、切ない感情が胸に湧き上がってくる。でも、それが何なのかは分からない。

「玲奈、それはさすがに飛躍しすぎでしょ」

サキが苦笑いを浮かべる。でも、その表情には玲奈への愛情も込められていた。玲奈の純粋さと情熱的な性格を、サキは心から愛しているのだ。

「でも、素敵な考えだと思う。玲奈らしいよ」

ユミが優しく微笑む。

「私、そういう恋がしたいな。相手の人も、私も、みんなが幸せになれる恋。お互いを大切に思って、相手の幸せを心から願えるような関係」

玲奈は空を見上げた。青い空に白い雲がゆっくりと流れている。雲の形が刻々と変わっていく様子を見ていると、世界の美しさと儚さを同時に感じる。そして、なぜかその美しさを誰かと共有したいという気持ちが強くなる。

「きっとできるよ。そういう恋、私も絶対にしてみせる!」

玲奈の声には強い意志が込められていた。それは単なる憧れではなく、心の奥底からの確信のようなものだった。

午後の授業が始まった。数学の時間、玲奈は窓際の席で黒板を見つめていたが、実際には窓の外の景色に心を奪われていた。桜の木々が風に揺れて、花びらが舞い散る様子がまるで雪のように美しい。

先生が黒板に書く数式を見ながら、玲奈は考えていた。もし世界に法則があるなら、恋にも何か特別な法則があるのかもしれない。愛する人を想う気持ちが強ければ強いほど、その影響は周囲に広がっていく。数学の公式のように、愛にも何らかの方程式があるのかもしれない。

教室の中を見回すと、クラスメートたちはそれぞれ授業に集中している。でも、玲奈には彼らの心の奥底にある様々な感情が見えるような気がした。恋に悩んでいる人、将来に不安を感じている人、家族のことで心配している人。みんな、それぞれの物語を持っている。

「もし本当に愛の力で世界を変えることができたら...」

玲奈は小さくつぶやいた。

「谷口さん、答えは分かりますか?」

突然名前を呼ばれて、玲奈は慌てて前を向いた。

「あ、はい!えーっと...」

黒板を見ると、複雑な数式が書かれている。玲奈は慌てて教科書を開いたが、どのページを開いているのかも分からない状態だった。

「えーっと、xは...」

クラスメートたちがくすくすと笑う。玲奈は頬を赤らめながら、恥ずかしそうに笑った。

「谷口さん、春だからといって、桜ばかり見ていてはいけませんよ」

先生が優しく注意する。

「すみません、先生」

玲奈は素直に謝った。でも、心の中では思っている。もしかしたら、桜を見ていることの方が、数式を覚えることよりも大切なことなのかもしれない。美しいものを美しいと感じる心、人を愛する気持ち。そういうものこそが、人生で本当に大切なことなのではないだろうか。

放課後、玲奈は一人で家路についていた。普段はユミやサキと一緒に帰るのだが、今日は部活動や用事でそれぞれ別行動になった。一人で歩く帰り道も悪くない。むしろ、自分の思いを整理する時間として貴重だった。

住宅街の静かな道を歩きながら、再び昼間の会話を思い返している。桜並木の道は美しく、散り始めた花びらが石畳に薄いピンクの絨毯を作っていた。歩くたびに花びらが舞い上がって、まるで玲奈の足音に合わせて踊っているかのようだった。

道の両側には古い家々が立ち並んでいる。どの家も丁寧に手入れされていて、小さな庭には色とりどりの花が咲いている。玲奈はその一つ一つを眺めながら歩いた。きっとそれぞれの家に、それぞれの家族の物語があるのだろう。愛し合う夫婦、成長していく子供たち、年老いていく祖父母。人生のあらゆる段階で、愛は形を変えながら続いていく。

歩きながら、玲奈は自分の恋愛観について考えていた。これまで特別な恋愛経験はない。中学生の時に少し気になる男の子がいたが、それも単なる憧れ程度だった。でも、心の中には理想の恋愛像がある。お互いを大切に思い、相手の幸せを心から願える関係。相手の成長を喜び、困った時には支え合える関係。そして、その愛が周りの人たちにも良い影響を与えるような、そんな恋愛。

「でも、そんな完璧な恋愛って、本当にあるのかな」

玲奈は立ち止まって、空を見上げた。夕日が雲を染めて、美しいグラデーションを作っている。オレンジ色から紫色へと変化していく空の色を見ていると、世界の美しさに改めて感動する。

「こんなに美しい世界があるのに、恋愛で悩んだり、愛する人を失って悲しんだりするのは、何だかもったいない気がする」

玲奈はそんなことを考えながら、再び歩き始めた。家までの道のりはまだ少しある。途中に小さな公園があって、そこでは近所の子供たちが遊んでいた。ブランコに乗っている女の子、砂場で山を作っている男の子、鬼ごっこをしている子供たち。みんな無邪気に笑っている。

「子供の頃は、こんなに単純に幸せだったのになあ」

玲奈は微笑みながら公園を通り過ぎた。大人になるにつれて、人間関係は複雑になり、恋愛も複雑になる。でも、その根底にある「誰かを愛したい、愛されたい」という気持ちは、子供の頃と変わらない純粋なものなのかもしれない。

「ただいま」

玄関の扉を開けると、母親の声が聞こえてきた。

「お帰りなさい、玲奈。お疲れ様」

母親の声は暖かく、家に帰ってきた安心感が玲奈の心を包む。

「うん、今日も楽しかった!」

玲奈は元気よく答えながら、二階の自分の部屋に向かった。階段を上りながら、家の中の匂いを感じる。夕食の準備をしている台所からは、美味しそうな匂いが漂ってきている。きっと今日はハンバーグだろう。玲奈の好物を、母親が作ってくれているのだ。

自分の部屋に入ると、玲奈は制服を着替えて、机に向かった。宿題を始めようとするが、なんだか今日は集中できない。窓の外を見ると、夕日が美しく空を染めている。オレンジ色の光が雲を縁取って、まるで絵画のような美しさだった。

「きれい...」

玲奈は思わずつぶやいた。こんなに美しい世界があるのに、もし恋が終わったら本当に世界が終わってしまうのだろうか。昼間に自分が言った言葉が、なぜか心に引っかかっている。

そんな馬鹿な、と頭では思う。でも、心の奥で小さな声がささやいている。もしかしたら、本当かもしれない。愛の力は、人が思っているよりもずっと大きなものなのかもしれない。

玲奈は机の引き出しから日記を取り出した。小学生の頃から続けている習慣で、毎日欠かさず書いているわけではないが、特別な日や心に残ったことがあった時は必ず記録している。表紙は薄いピンク色で、小さな花の模様が散りばめられている。

『4月15日 晴れ

今日、友達と恋愛の話をした。私は「恋は世界を変える」って言った。みんなは半分呆れてたけど、私は本気だった。本当に素敵な恋だったら、世界中の人を幸せにできるはず。そんな恋がしたい。

でも、逆に考えると、恋が終わったら世界が終わるってこともあるのかな。そんなこと、あるはずないよね。でも、何だか心の奥で、それが本当のことのような気がしてならない。

私って、変なのかな。でも、この気持ちは嘘じゃない。いつか、世界を幸せにできるような恋をしてみたい。』

書きながら、玲奈は何だか胸が熱くなるのを感じた。これは単なる憧れではない。もっと深い、使命感のような感情だった。まるで、自分がそのために生まれてきたかのような感覚。

「玲奈、夕食よ」

母親の声が下から聞こえてきた。玲奈は日記を閉じて、一階に下りた。

夕食の時間、家族みんなで食卓を囲む。父親は会社での出来事を話し、母親は近所の話題で盛り上がり、中学三年生の妹の美咲は高校受験の話をしている。いつもの平和な夕食の風景。でも今日は、玲奈にとって特別な意味を持っているように感じられた。

「お父さん、今日部長から新しいプロジェクトを任されたんだ」

父親が嬉しそうに話している。四十代半ばの父親は、中堅商社で営業部門の課長を務めている。責任感が強く、家族思いの優しい人だ。

「それはすごいじゃない。お疲れ様」

母親が微笑む。母親は専業主婦で、家族のことを第一に考えている暖かい人だ。父親と母親は高校時代からの幼馴染で、もう二十年近く結婚している。

そんな両親のやり取りを見ていると、玲奈は改めて思う。これこそが、本当の愛の形なのかもしれない。派手さはないけれど、お互いを思いやり、支え合っている。こういう関係を築けたら、きっと幸せだろう。

「お姉ちゃん、今日は静かね。何かあった?」

妹の美咲が心配そうに聞く。美咲は玲奈より三つ下だが、しっかり者で現実的な性格をしている。

「うん、ちょっと考え事してただけ」

「恋愛のこと?お姉ちゃん、最近そんな顔してる」

美咲が茶化すように言う。

「そんなんじゃないよ!」

玲奈は慌てて否定するが、頬が赤くなる。

「でも、もしかしたら近いかも。何だか...運命的な出会いがありそうな予感がするの」

玲奈の言葉に、家族は微笑んだ。

「恋愛もいいけど、勉強も大切よ。受験まであと一年なんだから」

母親が笑いながら言う。

「分かってるよ」

玲奈は苦笑いする。でも、心の中では思っている。恋愛って、もしかしたら勉強よりも大切なことなのかもしれない。人生を変える力を持っているような気がする。愛することで人は成長し、愛されることで強くなる。そういう体験の方が、テストの点数よりもずっと価値があるのではないだろうか。

食事を終えて、玲奈は再び自分の部屋に戻った。宿題を済ませてから、窓辺に座って外を眺める。夜空には満月が浮かんでいて、その光が部屋の中まで差し込んできている。月明かりに照らされた街並みは幻想的で、まるで別世界のような美しさだった。

月を見ていると、なんだか遠い昔の記憶がよみがえってくるような感覚になる。でも、それは自分の記憶ではない。誰か別の人の記憶のような、不思議な感覚だった。月夜の下で誰かと手を繋いで歩いているような、そんな幻想的な映像が頭の中に浮かんでくる。

玲奈は再び日記を開いた。

『夜空の月を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになる。まるで、遠い昔に同じような月を見た記憶があるみたい。でも、そんなはずはない。きっと、映画か何かで見たシーンと混同してるんだと思う。

それとも、前世の記憶?そんなのあるわけないよね。でも、この感覚は確かに存在してる。まるで、誰かが私を呼んでいるような、そんな感じ。

明日は何か特別なことが起こりそうな予感がする。きっと気のせいだと思うけど、何だかドキドキする。』

書きながら、玲奈は小さく笑った。自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。でも、この感覚は確かに存在していた。まるで、運命が動き始めているかのような感覚。

玲奈は窓を開けて、夜風を感じた。桜の花びらが舞い散って、部屋の中まで入ってくる。その花びらの一枚を手のひらで受け止めて、じっと見つめた。

「明日は、どんな一日になるかな」

玲奈は花びらを優しく窓の外に返して、ベッドに横になった。心の奥で、何か特別なことが起こる予感がしていた。それが何なのかは分からないが、きっと素敵なことに違いない。

そんな期待を胸に、玲奈は眠りについた。夢の中で、彼女は美しい庭園を歩いていた。周りには見たこともない美しい花が咲いていて、空には虹色の鳥たちが舞っている。そして、その庭園の向こうから、誰かが彼女を呼んでいるような気がした。

明日への期待を抱いて、玲奈の一日が静かに終わった。
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