ぬいばな

しばしば

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episode3☆ぬいと、歌ってみた

3-p05 ドラゴンエプロンのぬい

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 皆の寝静まった夜中。秋雨が窓を叩いている。
 近くで落雷があった。
 千景ちかげが小さなパソコンを打つ手を止め、窓の外を睨む。

「兄さん」

と呼ばれて、「ぬいをダメにするソファ」の方を見る。碧生あおいが目を覚まして千景の方を見ていた。

「大丈夫だ。あいつらには見えねえよ。結界があるからな」

 大丈夫、と言っても千景も外の様子が少し気になるようだ。

「神のいない、神無月……か」

 独り言を呟いて、

「碧生。眠いんだろ。ちゃんと寝ておけ。何かあったら、お前の力が頼りだ」

 千景がそう告げると碧生は、

「うん」

と素直に頷いて、再びぬい布団に潜り込んだ。





***





 シンタローが持つバックパックの隙間から、小さな望遠鏡の筒の先がほんの僅かに外に出ている。中では千景と碧生が、

「おー。見える見える」

 なんてコソコソ外を覗いて遊んでいる。
 最近ぬいが無断で外に付いてきたがるから、数日前シンタローはある取り決めをした。
 以下回想。



「黙ってカバンに潜り込むのはやめろ。行きたい所があれば、可能な範囲で連れてってやるから」

 シンタローが真面目な顔でぬい兄弟に告げた。

「おお。意外とサービスいいな」

と千景はいつものように、ニンゲンの迷惑などどこ吹く風の偉そうな態度だった。
 シンタローの本題は次だ。

「それでな。どうしても来ないでほしい日もあるから。そういうプライバシーは尊重してほしい」
「それは、女と会うとか、その手のやつか」
「まあ、それもある。というか、主にそれかもしれない」
「ふーん。わかった。じゃあそういう時は先に言ってくれ。出先で急におまえの……アレな感じの展開を見せられても、碧生の教育に悪いからな」
「……」

 碧生がジト目を更にジトっとさせてシンタローを見上げていた。

「いや? え? オレ別に悪いこと言ってねえぞ? 普通だろ?」

 そういう約束あっての今日、日曜の昼間。
 楽器屋に用事があって出かけようとすると、

「シンタロー、百均に行けたりしないか?」

と碧生がちょっと遠慮がちに尋ねてきた。

「何。欲しい物、あんの」
「うん。分類のケース。欲しいのが通販で売ってない。ナツミは百均で買ってた」
「そっか。どういうやつ? 買ってきてやるよ」
「んー……できれば、おれも百均に行きたい」
「おまえは静かだから、連れて行ってやってもいい……」

 傍らのドアをばーん! と開けて千景が現れた。

「サンキュー! 俺も便乗させてもらう!」
「……来ると思った」



 回想終わり。
 目的の買い物は済んだのだが、帰り道で気になるニュースをシンタローは見つけてしまった。
 乗り換え駅の近くにある大きい本屋が、次の週末で店を畳むらしい。昔は親に連れられてよくその店に行った。一時期は学校に行くことに飽きてその本屋で立ち読みばかりして過ごした。
 訪れてみると、有名店だけあって別れを惜しむ人で賑わっていた。
 1階の雑貨コーナーを見ていて思い出したことがある。ヒデアキの誕生日が近い。いつもは親任せだったが。今年はどうなんだろう。祝うという気分でもないけど。でもヒデアキは規律ある日常を取り戻していて、弟ながら偉いなと感心したりもした。
 書店の中には思い出の写真がたくさん貼りだされていて、なんとなく眺めてしまう。
 それとはまた異なる様子で、一角が祭壇みたいに飾り付けられていた。最近有名な絵本作家が亡くなった。絵本のキャラクターグッズや手書きのポップが置かれて目立っている。
 それを横目に写真を見ていると、子供の会話が耳に入った。

「こういうの、なんつーんだっけ。葬式商法?」
「追悼商法」



***


 学校から帰ったら郵便が届いていた。
 ツイッター仲間のマリンさんからだ。昨日DMで「ちょっとした小物を作ったのでお送りしました」とメッセージが来ていた。
 開けてみると、手作りのぬいグッズが入っていた。エプロンだ。
 ──Happy Birthday ちか&あお またうちの子と遊んでください~ 動画すごかった! いのちが宿ってました♡
 と書かれたメモが入っている。
 エプロンは2つあって、千景ちかげ碧生あおいに1つずつプレゼントということのようだ。どちらも同じ「ドラゴンの柄」だった。ゲームのボスにいそうな、攻撃力が高そうなドラゴンが大きくプリントされている。ぬいサイズの小さなエプロンだが、布いっぱいに描かれた躍動感溢れるドラゴンは存在感があった。
 似たようなエプロンをヒデアキは小学校の家庭科で見たことがあった。裁縫の実習で材料セットのカタログの選択肢にドラゴン柄がいくつかあって、結構人気だった記憶がある。エプロンだけではなくてナップザックとか、道具入れ自体のカタログにもドラゴン柄は存在した。

「これ、小学校の頃見た」
「ヒデアキは、ドラゴンじゃなかったのか」
「僕は野球のにした。まだ時々使ってる」
「野球の、あったな。おれもかなり迷ったんだ」

 わいわい言ってると千景が来た。エプロンを見て、

「お。これガキの頃作ったやつだな」

 なんて言って広げて見ている。千景は全力でドラゴン派だった。碧生は、

「マリンさんのぬいが使っていて、気になってた」

とエプロンを身に着け、改めて手書きのメモを眺めた。

「リツイートの時、エアリプでかなり褒めてくれてた。きっとおれと好みが似てる」
と碧生はしみじみと言う。そして急にキリッとした顔をした。
「お礼に、何か作ろう」
「陶器はもう間に合ってるからな」

と千景が釘を刺した。ちょっと前に手作り陶器セットでカップを量産したため。

「まずはコマ撮りアニメだ。歌ってみた、はもう挑戦したから……」

 碧生が口もとに手を当てて「うーん」と考えるポーズをした。ヒデアキが、

「だったら、やってみたいのがある。料理のメイキング動画。ミニチュアフードの」

とツイッターを探った。

「小さくても食えるやつだな。マリンさんのぬいに、誕プレを作ろう」

と碧生。

「ナマモノは送れねえだろ。レジンとかにしろ」

と千景が冷静に注意した。

「じゃあ動画だけ、本物のケーキ作りたい」

と碧生。千景は、

「まあ、食えるやつおもしろそうだし、とりあえず材料買いに行こうぜ」

 ヒデアキのエコバッグを「空飛ぶタオル」で掴んで差し出し、碧生と揃ってヒデアキをじーっと見上げた。

「えっ。展開早」

 時計を見ると夕食にはまだ早い。徒歩三分のところにあるスーパーに出かけることにした。
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