魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第五章 淫靡なるは酒食の国

断罪の杭

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出血は止めることが出来たが、意識は戻らない。魔力の反応も薄い、減っていくようにも感じる。
レリエルは焦っていた。
完璧な手当を施そうとセネカは目を覚まさない。
天使の自分が無闇に下級悪魔の魔力に手を出せば壊しかねない。
本来であれば近づく事もよろしくない、天使がそばに居るというそれだけで下級悪魔の魔力は不安定になる。

『キルシェ、宿まで運ぶ。それまで耐えて』

レリエルはそっとセネカを抱きかかえると、闇に紛れて消えた。
それこそがレリエルの能力だった。
闇に溶け込み、姿を消し、影を移る。その力を最大限に発揮出来るのは夜だ。

レリエルは前日の事を思い出していた。
魔物使いに近づければ魔力は安定する。ならば今回も彼はの近くに移動させれば目を覚ますはずだ、と。
夜を司る天使はそう考えた。



目が覚めて一番初めに目に入ったモノ。それは一日の運勢を決めると思っている。
ならば今日は?  最悪だろう。銀狼の体の下に庇われ、無数のコウモリに襲われているなんて。

「アル!  平気なの?」

『コウモリ共は問題無い。問題はあの吸血鬼共だ。今は見ているだけだが、いつどんな手を使ってくるか分からん』

アルの体の隙間から見えるのは無数の黒い影だけだ、あの二人がどこにいるかは全く分からない。

『ヘル、確か銀の弓を持っていたな?  あれで女の方を狙え、彼奴が真祖だ』

「で、でも……どこにいるか分かんないよ」

『いいから引け。適当に放て』

アルの足の隙間から手を伸ばし、カバンを引き寄せる。コウモリに少し掠られたが、大した傷はつかない。銀の弓を取り出し、矢の生成を待って放った。
銀の矢はコウモリの群れを引き裂いて進む。その先に吸血鬼はいなかったが、無数のコウモリの膜に穴が空いた。アルはその隙を逃さず僕を咥えて穴に突っ込み、コウモリの包囲を脱す。

「あっ、逃げやがっ……あっいや、逃げましたよ」

『とっとと追え!  あの魔獣は殺せ!』

「へいへいっと」

『……役立たずが』

「…………てめぇの息子ですからねー」

アルは空を飛ぶが、コウモリに掠られ続けた翼では長く持たない。屋根を足場に跳ねるように空を駆けた。
その時だ。闇の中から真っ白な手が現れ、引きずり込むようにその場から僕達の姿を消した。

「うわっ……もう来たよ」

『必ずどこかに現れる!  眷属共を全て起こせ!』

「分かってますよ……いちいちうるせぇな」

影を移り、路地に現れる。目の前に立っているのは見覚えのある天使だ、この人が僕達を連れてきたらしい。

『少年、キルシェを』

レリエルはそう言うと抱きかかえていたセネカを僕に渡す。酷い怪我だ、羽が一つ無くなっている。手当はされているようだが……随分と下手だ。

「この傷は?」

『知らない。少年のそばなら安定するはず』

『おい天使、あの吸血鬼共はあのままでいいのか?』

『吸血鬼?  グルナティエ?』

『名は知らん。私達を襲ってきている、一方的にな』

『よくない。取り締まる』

闇の中から光り輝く剣が現れ、レリエルはそれを握りゆっくりと空へ舞い上がる。闇色の髪に星の輝きが増していく、真っ白な翼は大きく広がり夜を抱く。

『……誘き出しているらしいな、素直な奴だ。天使らしい』

「ねぇアル、セネカさんの……この怪我どうすればいいの?  治せないの?」

『もう無理だろうな』

アルは冷たく吐き捨てると落ちてきた影に飛びついた。

「クソっ……この、邪魔だっ!」

アンテールはアルを壁に叩きつけ、アルはその腕に噛み付く。もぎ取った腕は地に落ちると霧と化し消えた。アンテールはそれを気にする様子もなくアルを蹴り飛ばす。

『ヘル!  逃げていろ!  後から追う!』

僕を捕まえようとしたアンテールの腕に黒蛇が絡む。アルの言葉通りにセネカを背負い、路地を抜けるため走り出した。


空に眩い閃光が走る、レリエルがグルナティエに剣を振り下ろしたのだ。霧となって逃げ回る吸血鬼を闇に溶けた天使が追う。
人間の目ではとても追えない。

『グルナティエ。他国との人身売買、旅行者への襲撃、以上二つは重罪だ』

『だったら……なんだ!』

グルナティエが剣を躱し、レリエルの腕を引きちぎる。レリエルは闇に紛れ、グルナティエの真後ろに現れる、腕は元に戻っていた。天使の再生速度は吸血鬼を遥かに上回っている。

『裁く』

無表情のままに剣を振り下ろす。
グルナティエは霧と変わり、腕だけを実体化させてレリエルの首を絞める。

『人の血を飲まないと飢え死にしてしまうんだよ、私達は!  天使とは違う、人とは違う、貴様らの勝手な法を押し付けるな!』

突き立てられた爪は皮膚を裂き、夜の街に鮮血が降り注いだ。

『天使の血も赤いとは知らなかった、味はどうだ?  きっと不味いのだろうな』

そう言いながらも天使の血を飲むような真似はしない、当然だ。そんなことをすれば身が滅びかねない。
周囲の家々の屋根を赤く染め、グルナティエはレリエルの首をもぎ取った。

『……ふん!  大した事ないじゃないか、あの犬の方がよっぽど手強い。こんな事ならビクビクしてないでとっとと殺せば良かったな』

別々になった首と体を投げ捨て、屋根に降り立つ。
グルナティエは深呼吸し、ヘルを探し始めた。

『……裁く』

グルナティエの首に鎖が巻きつく。巻きついているのはロザリオのものだ。それも鎖の輪、一つ一つに細かな十字が刻まれている。神聖なる十字架を前に、霧となって逃げることなど出来ない。

『レリエル!?  貴様……確かに首を落としたぞ!』

『勉強不足』

レリエルの体に傷はない。
悪魔などの魔力は捕食等をする事により生成される生命エネルギーだ。人間の魔力と違う点は、魔力だけが悪魔の生命である事。
人間の魔力はオマケのようなもので、使い切ったり吸い取られたりで無くなっても死ぬわけではない。だが悪魔は魔力が無くなれば消滅する、逆に言えば魔力が尽きない限りは不死身という事だ。吸血鬼のように別の''殺す方法''がない種族ならば。
ならば天使は?  天使は何を生命エネルギーとしているのか。魔力ではない、干渉も使役もするが、魔力は天使に元々存在しない力だ。
天使はほぼ不死身だ、''特殊な方法''で殺さない限りは消滅しない。神より供給される力は最大出力は決まっていようと尽きることはない。
体がいくら壊されようと簡単に修復される。その点では悪魔よりも厄介な存在と言えるだろう。

『グルナティエ、貴女はこの国の国民だ。だからこの国の法は守らなくてはならない。人を殺さなくては生きられないなど理由にならない。他の吸血鬼は人と共生できている』

『あんなボケた奴らと同じにするな、私は真祖だぞ!  この私がそんな真似が出来るか!』

『……更生不可能と判断、処分作業開始。残念だ、グルナティエ。さよなら』

闇の中から現れたのは白木の杭。
レリエルはそれを優しくグルナティエの胸に打ち込んだ。叫ぶこともできず、怨み言を吐く暇もなく、グルナティエは灰となった。
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