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第八章 堕した明星
熱線、殴打、凍結
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今までどんなに大気が揺れようとも、決して太陽を覆い隠していた雲は晴れなかった。
だが今、その雲は消え久方ぶりに太陽が見えた。
『シャム! 遅いぞ!』
そんなカマエルの声が響いた。呼ばれた赤髪の天使は何も言わずに、再び熱線を放つ。
あの天使も書物の国で見た。確か、陽気でやる気のない……シャム、と言ったか。
『シャム……? ああ、君か。昼は無敵とか吹いてたっけ? 面倒だね』
珍しくもルシフェルが眉をひそめる、だが熱線は軽く弾き飛ばしている。
何体もの天使が攻撃を仕掛けているが、傷を負ったところを見ていない。
まさに最強、まさに無敵。
一体どうやってアレを封印していたのだろう。
『あの仔を……返してよ!』
俯いたままだったシャムが初めて声をあげた、心の底からの絶叫はどこまでも響く。
『よくもっ、よくも!』
『下がれシャム! 近すぎるぞ!』
『カマちゃんは黙ってて! こいつだけはあたしが殺す!』
『鬱陶しい。眩しいから嫌いなんだよね、君』
僕達の隠れていた岩を壊してシャムが吹き飛ばされてきた。
ルシフェルに首を掴まれ苦しそうにもがく。
『ねぇ君! 天使の殺し方って知ってる?』
片手でシャムを掴んだまま、ルシフェルは僕に話しかけた。
返事を待つことなく語りだす、いや、初めから返事など求めていないのだ。
『正確には天界に返すだけなんだけどね、魂を完全に消すのは無理だからさ。損傷が酷すぎると天界に強制送還されるんだよね、そうなると数十年は地上に降りられない。だからぁ……一般的にはこれが天使の殺し方』
この世の何よりも美しい微笑みを浮かべてシャムの翼をむしり取る。
胸を裂いて中身を引きずり出し、皮だけの体を踏みつけた。
『見ててよ、もうすぐだから』
母に自慢する無邪気な子供のように、ルシフェルは僕にその残骸を見せた。
赤く染まり原型を留めぬソレは、ゆっくりと光の粒と化して天へと昇った。
『はい、これで終わり。どう? 結構簡単だっただろう?ねぇ……カマエル、君はどうするのかな? さっきからずうっと立ってるだけで、助けようともしなければ私に剣を向けることもしなくなったね。
分かるよ、怖いんだよね? 天使らしくもない''感情''が芽生えちゃったんだよね?』
返り血すらも消える頃、ルシフェルは次に立ち竦んでいたカマエルに手を伸ばす。
そしてゆっくりと首に手をかけ、絞めることなく耳元で囁いた。
『ねぇ……君はこのまま神様に従ってていいの?』
『な、何を言っている! 私は貴様のように裏切ったりはせんぞ!』
『でも神様は君にはなぁんにもしてくれないよ? 君がどれだけ頑張っても、どれだけ褒めて欲しくても、なぁんにも言わない。最初はそれで良かったんだよ、天使に感情なんてなかったから、だけどできちゃったんだからなんとかするべきだよねぇ。でもさぁ、神様がしてくれないから自分で自分の欲を満たすしかないよね?』
『黙れ! 神の御心のままに働くことこそが天使の本懐であり、喜びだ! 私を貴様と同じにするな!』
『あっはは……つまんない子だね』
毒針は光線に打ち消され、カマエルも吹き飛ばされる。
またさっきと同じ行為が繰り返されるのかと直感し、弓に手を伸ばした。
だが、それはマルコシアスに止められた。
『じっとしてて、何か来る。静かに、動かないで』
僕を抱き締めるようにしてそう囁き、僕とアルを庇う。
ルシフェルがカマエルに手をかけようとしたその時、影から無数の槍が現れた。
槍はルシフェルの翼を標本のように地に縫いつけて動きを止める。
『レリエル! やってくれたねぇ、私の翼に傷をつけるなんて!』
影から現れた闇色の天使に向かい、ルシフェルは光線を放つ。
だが闇に紛れたレリエルには掠りもしない。
『まだ夜でもないのに翻弄してくれるねぇ、本っ当に……鬱陶しい!』
『マズいっ! 飛ぶよ、掴まって!』
マルコシアスは服が破れるのも構わず翼を生やし、僕を抱いて空へ舞い上がる。
続いたアルの背に僕を乗せ、七色の炎を盾のように広げた。
その直後これまでとは一線を画す眩さの閃光が走る。
光が収まる頃には何もかもが消えていた。
岩山も、木も、草も、何もない。
ただ赤茶けた大地だけが広がり、そこでルシフェルと二人の天使が対峙していた。
「な、なんですか? 今の」
『何って言われてもねぇ。ルシフェルの初めてのまともな攻撃ってとこかな? ホント、とんっでもないよ。あれでもまだ本気じゃなさそうだし、やっぱり僕には勝ち目ないね。隙を見つけて逃げないと』
ルシフェルは翼に刺さった槍を引き抜き、忌々しげに翼の傷を見た。
天使達は先程の光を防ぐのに精一杯で、ルシフェルの行動を止められなかったのだ。
せっかくの拘束も無駄に終わった。
『ああ、ああ……! ボロボロじゃないか』
ちぎれかけた翼を撫で、わざとらしく嘆く。
『酷い、酷いよ、こんなことするなんて』
『貴方がした事の代償はその程度では払えない』
『煩いぞ! 私がいつ罪を犯した! 私は何も間違えていない、間違っているのはお前らの方だ!』
再生を始めた翼は前以上に禍々しく、そして醜くなっていた。
黒い翼が光を蓄える、あの閃光をまた放とうというのか。
あまりに強力な光に影は消え、レリエルは闇に紛れられない。
光が放たれる直前、何者かがルシフェルを殴り飛ばす。
反動で折れた腕は即座に癒え、再び拳を握った。
『この貸しは高くつきますよ、ゼルク』
『いいから治してろ!』
娯楽の国のあの天使達だ。
地上の天使を呼び集めたと言っていたが、これだけではないだろう。
一つの国に一人や二人は必ず居ると聞いた、この世界にはいくつの国がある? 勝利への道筋が見えてきた。
無知のままに僕は希望を持つ。
『ゼルク、それにラビエルまで、君達は結構人間らしかったよね? なら私に向かってくるなどしないはずだ。私に勝てるわけがないだろう? 神に従順過ぎない君達なら逃げると思っていたよ』
『てめぇとは一回やってみたかったんでね、元天使長さんよ』
『……ゼルクには金を貸していますので、死なれては困りますから』
『ふぅん? 感情的だね、この手で裂いてやりたいくらい羨ましい。私には感情など、意思など、自由など……なかったというのに!』
ルシフェルの顔からはいつの間にか笑みが消えていた、羨望と軽蔑に顔を歪ませており、異常な美しさがそれを歪に引き立てる。
人間のような表情だというのに、その美しさは人のものではない。
その歪さこそがルシフェルを形容する。
『滅ぼしてやる、人間も、天使も、悪魔も! この世の何もかもを消し去って、私が最も優れていると証明してみせる!』
『したら……どうなんだよ!』
天使とは思えない程に泥臭い肉弾戦、やはりルシフェルの方が優勢に見えるが、ゼルクは傷を癒され続けている。
僕にはどちらが勝つのか予測もつかない。
『神は今度こそ私を愛するだろう、私を一番に、私だけを見てくださる!』
『ガキのワガママかよ! 困った天使もいたもんだなぁ! てめぇみてぇな野郎は、ぶん殴って分からせるしかねぇんだよ!』
大きく拳を振りかぶる、ルシフェルはその軌道を予測しガードの為に腕を上げる……はずだった。
ルシフェルの右腕は凍りついていた、いつの間にか接近した新たな天使がそうしたのだろう。
ノーガードでゼルクの拳を顔で受け止めたルシフェルは、凍りついた右腕を自らちぎり落とした。
『よくやったぜシャルギエル! やっぱりお前は最高だ!』
薄氷のように儚げな天使はそんな褒め言葉を聞きもせず、ルシフェルに触れる。
触れた箇所から凍りつき、ルシフェルを氷像に変えた。
『……完遂、帰る』
『そうだな。おいカマエル! 倒したぜ、帰っていいか?』
『待て、報告に上がらねばならない。貴様等も来い』
『偉っそうに、ラビエルの後ろに隠れてたのはどこのどいつだ?』
『う、うるさい!』
天使達は談笑を始めた、背後にはあの氷像がある。
先程まで動いていたとは信じられない、作り物だと言われるのなら信じるだろう。
討伐成功に心の中で歓声を上げる。
『……馬鹿な奴ら』
そんなマルコシアスの呟きは誰の耳にも届かなかった。
だが今、その雲は消え久方ぶりに太陽が見えた。
『シャム! 遅いぞ!』
そんなカマエルの声が響いた。呼ばれた赤髪の天使は何も言わずに、再び熱線を放つ。
あの天使も書物の国で見た。確か、陽気でやる気のない……シャム、と言ったか。
『シャム……? ああ、君か。昼は無敵とか吹いてたっけ? 面倒だね』
珍しくもルシフェルが眉をひそめる、だが熱線は軽く弾き飛ばしている。
何体もの天使が攻撃を仕掛けているが、傷を負ったところを見ていない。
まさに最強、まさに無敵。
一体どうやってアレを封印していたのだろう。
『あの仔を……返してよ!』
俯いたままだったシャムが初めて声をあげた、心の底からの絶叫はどこまでも響く。
『よくもっ、よくも!』
『下がれシャム! 近すぎるぞ!』
『カマちゃんは黙ってて! こいつだけはあたしが殺す!』
『鬱陶しい。眩しいから嫌いなんだよね、君』
僕達の隠れていた岩を壊してシャムが吹き飛ばされてきた。
ルシフェルに首を掴まれ苦しそうにもがく。
『ねぇ君! 天使の殺し方って知ってる?』
片手でシャムを掴んだまま、ルシフェルは僕に話しかけた。
返事を待つことなく語りだす、いや、初めから返事など求めていないのだ。
『正確には天界に返すだけなんだけどね、魂を完全に消すのは無理だからさ。損傷が酷すぎると天界に強制送還されるんだよね、そうなると数十年は地上に降りられない。だからぁ……一般的にはこれが天使の殺し方』
この世の何よりも美しい微笑みを浮かべてシャムの翼をむしり取る。
胸を裂いて中身を引きずり出し、皮だけの体を踏みつけた。
『見ててよ、もうすぐだから』
母に自慢する無邪気な子供のように、ルシフェルは僕にその残骸を見せた。
赤く染まり原型を留めぬソレは、ゆっくりと光の粒と化して天へと昇った。
『はい、これで終わり。どう? 結構簡単だっただろう?ねぇ……カマエル、君はどうするのかな? さっきからずうっと立ってるだけで、助けようともしなければ私に剣を向けることもしなくなったね。
分かるよ、怖いんだよね? 天使らしくもない''感情''が芽生えちゃったんだよね?』
返り血すらも消える頃、ルシフェルは次に立ち竦んでいたカマエルに手を伸ばす。
そしてゆっくりと首に手をかけ、絞めることなく耳元で囁いた。
『ねぇ……君はこのまま神様に従ってていいの?』
『な、何を言っている! 私は貴様のように裏切ったりはせんぞ!』
『でも神様は君にはなぁんにもしてくれないよ? 君がどれだけ頑張っても、どれだけ褒めて欲しくても、なぁんにも言わない。最初はそれで良かったんだよ、天使に感情なんてなかったから、だけどできちゃったんだからなんとかするべきだよねぇ。でもさぁ、神様がしてくれないから自分で自分の欲を満たすしかないよね?』
『黙れ! 神の御心のままに働くことこそが天使の本懐であり、喜びだ! 私を貴様と同じにするな!』
『あっはは……つまんない子だね』
毒針は光線に打ち消され、カマエルも吹き飛ばされる。
またさっきと同じ行為が繰り返されるのかと直感し、弓に手を伸ばした。
だが、それはマルコシアスに止められた。
『じっとしてて、何か来る。静かに、動かないで』
僕を抱き締めるようにしてそう囁き、僕とアルを庇う。
ルシフェルがカマエルに手をかけようとしたその時、影から無数の槍が現れた。
槍はルシフェルの翼を標本のように地に縫いつけて動きを止める。
『レリエル! やってくれたねぇ、私の翼に傷をつけるなんて!』
影から現れた闇色の天使に向かい、ルシフェルは光線を放つ。
だが闇に紛れたレリエルには掠りもしない。
『まだ夜でもないのに翻弄してくれるねぇ、本っ当に……鬱陶しい!』
『マズいっ! 飛ぶよ、掴まって!』
マルコシアスは服が破れるのも構わず翼を生やし、僕を抱いて空へ舞い上がる。
続いたアルの背に僕を乗せ、七色の炎を盾のように広げた。
その直後これまでとは一線を画す眩さの閃光が走る。
光が収まる頃には何もかもが消えていた。
岩山も、木も、草も、何もない。
ただ赤茶けた大地だけが広がり、そこでルシフェルと二人の天使が対峙していた。
「な、なんですか? 今の」
『何って言われてもねぇ。ルシフェルの初めてのまともな攻撃ってとこかな? ホント、とんっでもないよ。あれでもまだ本気じゃなさそうだし、やっぱり僕には勝ち目ないね。隙を見つけて逃げないと』
ルシフェルは翼に刺さった槍を引き抜き、忌々しげに翼の傷を見た。
天使達は先程の光を防ぐのに精一杯で、ルシフェルの行動を止められなかったのだ。
せっかくの拘束も無駄に終わった。
『ああ、ああ……! ボロボロじゃないか』
ちぎれかけた翼を撫で、わざとらしく嘆く。
『酷い、酷いよ、こんなことするなんて』
『貴方がした事の代償はその程度では払えない』
『煩いぞ! 私がいつ罪を犯した! 私は何も間違えていない、間違っているのはお前らの方だ!』
再生を始めた翼は前以上に禍々しく、そして醜くなっていた。
黒い翼が光を蓄える、あの閃光をまた放とうというのか。
あまりに強力な光に影は消え、レリエルは闇に紛れられない。
光が放たれる直前、何者かがルシフェルを殴り飛ばす。
反動で折れた腕は即座に癒え、再び拳を握った。
『この貸しは高くつきますよ、ゼルク』
『いいから治してろ!』
娯楽の国のあの天使達だ。
地上の天使を呼び集めたと言っていたが、これだけではないだろう。
一つの国に一人や二人は必ず居ると聞いた、この世界にはいくつの国がある? 勝利への道筋が見えてきた。
無知のままに僕は希望を持つ。
『ゼルク、それにラビエルまで、君達は結構人間らしかったよね? なら私に向かってくるなどしないはずだ。私に勝てるわけがないだろう? 神に従順過ぎない君達なら逃げると思っていたよ』
『てめぇとは一回やってみたかったんでね、元天使長さんよ』
『……ゼルクには金を貸していますので、死なれては困りますから』
『ふぅん? 感情的だね、この手で裂いてやりたいくらい羨ましい。私には感情など、意思など、自由など……なかったというのに!』
ルシフェルの顔からはいつの間にか笑みが消えていた、羨望と軽蔑に顔を歪ませており、異常な美しさがそれを歪に引き立てる。
人間のような表情だというのに、その美しさは人のものではない。
その歪さこそがルシフェルを形容する。
『滅ぼしてやる、人間も、天使も、悪魔も! この世の何もかもを消し去って、私が最も優れていると証明してみせる!』
『したら……どうなんだよ!』
天使とは思えない程に泥臭い肉弾戦、やはりルシフェルの方が優勢に見えるが、ゼルクは傷を癒され続けている。
僕にはどちらが勝つのか予測もつかない。
『神は今度こそ私を愛するだろう、私を一番に、私だけを見てくださる!』
『ガキのワガママかよ! 困った天使もいたもんだなぁ! てめぇみてぇな野郎は、ぶん殴って分からせるしかねぇんだよ!』
大きく拳を振りかぶる、ルシフェルはその軌道を予測しガードの為に腕を上げる……はずだった。
ルシフェルの右腕は凍りついていた、いつの間にか接近した新たな天使がそうしたのだろう。
ノーガードでゼルクの拳を顔で受け止めたルシフェルは、凍りついた右腕を自らちぎり落とした。
『よくやったぜシャルギエル! やっぱりお前は最高だ!』
薄氷のように儚げな天使はそんな褒め言葉を聞きもせず、ルシフェルに触れる。
触れた箇所から凍りつき、ルシフェルを氷像に変えた。
『……完遂、帰る』
『そうだな。おいカマエル! 倒したぜ、帰っていいか?』
『待て、報告に上がらねばならない。貴様等も来い』
『偉っそうに、ラビエルの後ろに隠れてたのはどこのどいつだ?』
『う、うるさい!』
天使達は談笑を始めた、背後にはあの氷像がある。
先程まで動いていたとは信じられない、作り物だと言われるのなら信じるだろう。
討伐成功に心の中で歓声を上げる。
『……馬鹿な奴ら』
そんなマルコシアスの呟きは誰の耳にも届かなかった。
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