魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
290 / 909
第十九章 植物の国と奴隷商

赤紫の薬品

しおりを挟む
ベルゼブブが蹲ってから十数秒後、突然地面が軟化し、足が沈む。気が付けば甘い匂いが辺りに漂っていた。苛立ったベルゼブブが『暴食の呪』を撒き散らしているのだ。

『ヘル!  お待たせ!』

『黒』の声と共に僕は頭から赤紫色の液体がを被る。それと同時にベルゼブブの呼吸が穏やかになり、僕を見て一言呟いた。

『…………不味そう』

『良かった、成功みたいだね。うろ覚えだから不安だったんだよ』

「……えっと、この水の効力は?」

『浴びた者の魔力に比例して魔物に不味そうに感じられるようになる。さっきのはその逆ね』

魔力に比例して、か。確かに僕は扱い方はともかく魔力の質や量はいいらしい、ご馳走と認識して当然だろう。
そして今はその反対、とびきり不味そうに感じられるのだろう。残飯とでも例えられるのかな。

『うっ……吐きそ……うぇっ…………気持ち悪っ。あぁ……こんな、全ての生き物食材への冒涜みたいな味っぽいの……信じられません』

「そ、そんなに……」

スポンジケーキと化していた地面も元に戻り、甘い匂いも風に流されて薄まっていく。呪いは解いたらしい。

『食卓に汚物置かれたようなもんだね』

「…………うん、まぁ、食べられなくはなったし。助かったよ、ありがとう『黒』」

『どういたしまして、汚物くん』

「やめてよ!  泣くよ!?」

『黒』はフラスコに入った青紫色の液体を鳥の死体に振りかけた。そうするとベルゼブブは鳥の死体に飛びつき、貪り始めた。

『アレはさっきの薬の残りだよ。帝王様、随分お腹空いてたみたいだからね、ついでに持ってきたんだ。いつまでも空腹じゃ君が齧られちゃいそうだったからさ。ま、しゃっ君じゃ腹に貯まらないだろうけど、空腹を誤魔化すくらいは出来るはずだ』

「空腹でもしばらくは大丈夫だろうけどね、僕汚物だから」

『うっ……ぷ。気持ち悪い。すいませんヘルシャフト様、離れてくれませんか?  落ち着いて食べられません』

「み、みんなして僕を汚物扱いする!」

『君って自分で言うくせに人に言われたらギャンギャン喚くよねぇ、面倒臭い子だ』

結局ベルゼブブは僕が離れる前に死体を完食した。先程まで背に乗せてもらっていた生き物を喰われた、というのはやはり心に深く冷たい影を落とす。

『……疲れましたし、戻りましょうか』

「どこに?」

『吐き気するんで近寄らないでください』

あまりにも酷い言葉にただ涙を流す、反論なんてする気も起きない。

『何も言い返さないで泣かないの』

「その言い方……近所の子を思い出してっ……」

天才の弟が学校を辞めさせられたと国中に広まって、少し外に出ただけで飛んできた石やら魔法やらで大怪我をしていた時期。思い出すだけで体も心も痛くて仕方ない。

『なんかすいませんね。倉庫に戻るんですよ。先輩方がいった方面からはリンとか言うのの家の通り道にありますし、合流出来るはずです。何より私が個人的にアレを殺したい』

『殺すなら気をつけなよ?  君への精神汚染だけなら良いけど、外に顕現したら国が滅ぶかもしれないんだ』

『……あの化物って召喚か変身だと思うんですよ。だから一撃で心臓を屠ってしまって、術を使う暇を与えなければ大丈夫だと思うんです』

『へぇ?  まぁ、やりたいようにやりなよ』

『黒』の口調と表情には微かに嘲罵が伺えた、言葉だけではそんなふうに思えないのにそう考えてしまうのは僕が捻くれているからなのだろうか。


口論やら相談やら世間話をしながら歩いていると、いつの間にか倉庫に到着していた。扉の前にはアルとカルコスが座っている。

『ヘル!  大丈夫だったか……っ!?  な、何だ?  ヘル……何かしたのか?』

『…………おいガキ、なんだこの生ゴミを煮詰めたような腐臭は』

「やっぱり……そんなに臭いの?  生ゴミ……そっかぁ」

予想通りの反応ではあったが、やはり傷付く。
涙を零してしまわないように真上を向いて瞬きをした。その後で目にゴミが入った振りをして目を擦れば、ある程度誤魔化せる。

『ベルゼブブ様を止めようとはしたが、私では太刀打ち出来んからな』

「……ううん、頑張ってくれたって聞いたから」

『あぁそうだ、頑張ったぞ!』

アルを褒めているのに、何故かその隣でカルコスが胸を張る。

『貴様は何もしておらんだろう』

『オスライオンって普段働きませんからねぇ』

『有事の為に力を蓄えているんだ』

『……先程は有事だったと思うんだがな』

アルと再会したら抱き締めて撫でて、とびきり甘えようと思っていたのだが、今の僕は魔物に吐き気を覚えさせるような腐臭を放っているらしいのでやめておいた。

『そんな話はいいんですよ。本題を殺しましょう。さ、心臓抉っちゃいましょ』

「待って、その前にちょっと話させてよ」

理由は分からないがベルゼブブのナイへの殺意は凄まじい。
『黒』の名前を思い出す約束──彼にとってはゲーム、僕はその詳細を聞きたいのだ。改めて『黒』の話も、と思ったのだが後ろにいたはずの『黒』はいつの間にか消えていた。

「あれ?  『黒』は?」

『気が付きませんでした?  彼女、もう実体化してられないんですよ。貴方を助けるのに本来使えないはずの加護までやりましたからね、相当消耗したでしょう』

「……消えて、ないよね?」

『ええ、この時空に存在出来ていないというだけですから。またいつかどこかで会うんじゃないですか?』

「…………そっか、良かった」

その時までに名前を思い出しておかなければ。そんな不可能に近い決意を胸の奥に隠した。

『じゃ、行きますよ?』

倉庫の扉はベルゼブブが暴れ回ったせいで歪んでいたが、どうにか開いてくれた。
中には残酷な缶詰の山と、その横に倒れた研究者──ナイの姿があった。

『こんにちは。先程ぶりですねぇ、ベルゼブブですよ、お元気でしたか?』

ナイは酷い怪我をしていた。腕は両方共に反対に折れ曲がって、足なんてもう平らに見える程ぐちゃぐちゃに潰れていて、あの黒い瞳は二つとも抉り出されていた。とてもではないが缶詰や棚の下敷きになっただけで出来る傷ではない。

『……ヘルシャフト様が少し離れて、食欲よりも貴方への恨みが勝っちゃったんですよね、一瞬だけでしたけど。でも幸運でした、長くここに留まっていたら貴方もう殺しちゃってましたからねぇ』

ベルゼブブが加えた傷は多い。僕が最後に見たナイには目があったし、しっかり二本の足で立っていた。

「待ってよベルゼブブ。ちょっとナイ君に聞きたいことあるんだから」

『……仕方ありませんね、少しだけですよ』

両目が抉られているのでは視界に入ることは出来ない。僕はナイの注意を引く為に、損傷が少ない胴体──腹のあたりを軽く叩いた。

「ナイ君、ちょっといい?」

返事は声でも言葉でもなく、気味の悪い笑顔だった。顔の上半分が赤く染まっているのに、口を三日月型に歪ませて笑っているのだ。
今更怖気付く自分を自分で鼓舞して、深呼吸もして準備を整える。

「…………『黒』との約束について、聞きたいことがいっぱいあるんだ」

ナイの顔は動いていないはずなのに、僕には何故か笑みが深まったように見えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...