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第三十二章 初めから失敗を繰り返して
遊戯
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アル達とはぐれたことにも気が付かず街をさまよっていると、異形の者の中にスラリと伸びた黒い影を見つけた。
「にぃっ……ライアーさんっ!」
思わず「兄さん」と叫びそうになった。彼は僕の記憶の中と寸分違わぬ姿で、駆け寄った僕を見て優しく微笑んだ。
『やぁ、ヘル君。待ってたよ』
「ライアーさ……あれ? なんで、名前……」
『……ライアーさんじゃないからね』
屈んで近付けられた顔はライアーと同じ──ナイとも同じ。
「……っ、ナイ……!」
『銀の鍵の使い方を知りたいんだね。ね、ボクとゲームしない?』
「するわけないだろ!」
『へぇ? まぁ、あの喫茶店のバックヤードにゲームルームを作ったから、気が変わったら来てくれると嬉しいな』
僕のポケットの中に爪ほどの大きさの鍵を落とし、建物の影に消える。投げ捨ててやろうとポケットに手を突っ込む──アルの体当たりを受け、鍵探しは中断された。
『一人で行くなヘル! 気が付いたら貴方の姿が見えなくて……どれだけ焦ったか』
レヴィアタンとの会話に夢中になってついて来なかったのは誰だ、なんて言ったら怒るだろうか。
僕はアルを適当に宥め、店探しを再開した。こういうものは自分の足だけで探すより聞き込みをした方がいい。
「知ってるか? 妖鬼の国でよ──」
「あぁ、定期的に大勢殺されて──」
ちょうど道端で話し込んでいる深きものどもを見つけ、声をかけた。
「その店なら──」
「新メニューは微妙──」
一人目から大当たりだ。僕は丁寧に礼を述べ、店へと急いだ。
『ヘル、目当てはこの店か?』
『く、ろぅ、ず……?』
見覚えのある形の建物──ライアーの店に辿り着けたはいいものの、店内は暗く店の入口には「CLOSE」の札がぶら下がっている。
『りん、じ、きゅー……ぎょ』
内側から窓に貼られているのは「臨時休業」と書いた紙。理由は特に見受けられない。
「……中には居るかも』
僕は鍵のかかった扉をすり抜け、光源のない店内に侵入した。扉を引っ掻くカリカリという音に手探りで鍵を開け、アル達を中に招き入れる。
『アル、視界貸して。で、えっと……カウンターの奥のドア、確かライアーさん更衣室の隣の部屋に住んでて……」
客の少ない時間に聞いた話を思い出し、買い物にでも行っていない限りライアーは居るはずだと歩を進める。
灯を見つけ、視界を自分のものに戻す。
「更衣室がここで……あの奥の部屋に変な機械があって……」
思い出を振り返りつつ、ライアーが自室代わりに使っていた部屋の扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
『や、さっきぶり』
安っぽいソファでくつろいでいるのは先程会ったナイだ。
「……何してるの。ライアーさんは……兄さんはどこだよっ!」
『お、おいヘル!』
ナイに掴みかかる僕の胴にアルの尾が巻かれる。
『いやぁ、核開発担当のボクからお達しがあってね。キミとゲームするなら今のうちだって。ね、遊ぼ』
「嫌に決まってるだろ、ライアーさんを出せよ!」
『……出せない、って言ったら?』
「は……? な、何……まさか」
『彼を置いておいたらキミがボクと遊んでくれないのは分かってるし……ねぇ?』
殺したのか。
ナイはハッキリとは言わなかったが、僕はそう察した。
『……そう怖い顔ないでよ。で、どうする? ゲーム、やる? やらないなら銀の鍵の使い方をキミが知ることは永遠に無いけど』
選択肢は無い。ライアーのように知識のある者を見つけられたとしても同じように先回りされて殺されるだけだろう。ゲームに乗らなければ元の時空には戻れない。元の時空に戻ることさえ出来れば、こちらで何をやろうと問題は無い。
『……ヘル、やめよう。此奴は怪しい、帰ろう』
『帰ろ、帰ろ』
アルとレヴィアタンが僕を弱々しく引き止める。僕は彼女達の腕をすり抜け、ナイの前に立った。
「やる。早く終わらせろよ」
先程ポケットに入れられた小さな鍵を取り出す。
『……そこの扉の鍵だよ』
クローゼットの隣にいつの間にか古い木製の扉が作られていた。以前見た時にはなかったし、この部屋に酷く不釣り合いだ。
ドアノブの上にある鍵穴に鍵を挿し、回し、ゆっくりと開ける──途端に鈴のような奇妙な鳴き声が耳を劈く。
「……にいさま?」
扉の中は真っ暗だったが、部屋の明かりが虹色に乱反射して微かに中の様子が見える。コールタールにも似た粘着質な液体が床に壁に天井に広がり、無数の目がこちらを見ていた。
『端末で行動をある程度制御できるように調教したショゴスさ。ソレは絶対にその扉から外には出ない。その代わり、中に入った者をボクが出せと言うまで嬲り続ける』
「……喰う、とかじゃなくて?」
『その辺りの調整は自由。最弱設定でも人間なら死ぬかもだけど』
扉の枠の寸前まで触手を伸ばし、その先端が割れて牙を生やす。その不揃いな牙をカチカチと鳴らし、僕を威嚇している……いや、食べたいだけかな。
「この中に入れって?」
『いや? それじゃゲームにならない』
ナイは袖の中から三枚のカードを取り出し、僕の前に扇状に広げた。
『君の大切なもの三つ……このカードを使うんだよ』
「…………分かった」
『ヘル、やめよう。嫌な予感がする』
アルはずっと僕を止めようとしている。レヴィアタンはもう諦めたようで、巻き添えを食わないよう部屋の隅から様子を伺っている。
『じゃあ、まず、一枚目……未来、だ! キミが銀の鍵に執着する理由は分かってる。自分の本来の未来を取り戻したいんだろ? これはそれを表している』
やはり元の時空に戻ろうとしていることは知られている。心を読まれている──圧倒的に不利だ。
『それじゃ、次、二枚目……心臓、だ! これはキミ自身の心を表している。キミが人間を見殺しにする度、キミの仲間が傷付く様を見る度、減っていくものさ』
未来に心臓──本来の時空と僕の正気、どちらも扉の向こうの化け物にどうこうできるものではない。
『よし、最後、三枚目……愛情、だ! これはキミが愛しているものを表している。そう、何よりも大切な──それのためなら虐殺も厭わない、狂気に陥る一番の原因』
「…………選んだらどうなるの?」
『そうせっつかないの!』
カードを奪おうと手を伸ばすが、ナイはカードを持つ手を引く。鬱陶しいっ……!
『このカードは今白いだろう? 白地に黒で三つの言葉を示す簡単な図が描かれている。この白はキミの行動で赤く変わるんだ、赤くなったカードが二枚になればキミの勝ち。ゲームを降りることは出来るけど、キミの負けはない』
負けがない? つまり、勝ったとしてもナイの望む結果だと? いや、ゲームを降りることこそがナイを負かす唯一の方法ということか?
『……で、もう一つ使うアイテムはコレ!』
懐から白い首輪を取り出し、僕に渡す。たった今まで内ポケットに隠していたのに首輪もそれに繋がる紐も冷たい。
「これで何するの?」
『その狼さんに着けて、キミは持ち手を強く掴んで、狼さんを扉の中に放り込むんだ』
「…………アルを喰わせろって言うの」
そんなこと、出来る訳が無い──いや、それさえやれば元の時空に戻れるのなら、何の問題も無いのか? 元の時空に戻ったらこちらのアルとの思い出は僕だけが持つ。こちらでアルを殺してしまっても、元の時空のアルは血の一滴も流さない、僕が嫌な思いをするだけだ。
『食べは……するかもしれないけど、食べられる訳じゃない、嬲られるのさ。あの長い触手に締められて、骨折られたり内臓潰されたり? 犯されたり齧られたり……まぁその辺はアレの気分と狼さんの頑丈さ次第だね』
アルの前足が胸元に押し付けられる。爪が服に穴を開ける。
『ヘル……しない、よな。こんなゲーム降りるよな。私をそんな目に遭わせたりしないだろう? 私の愛しい旦那様……見返りなんて無いのだろう?』
「…………アル」
強く首を抱き締めるとアルは安心したようで、甘えた鳴き声を上げた。僕はそんなアルの首に首輪を巻いた。
「ごめんね」
『いっ、嫌だっ! 嘘だ……嘘だ、ヘル! そうだろう!? 嘘だよな、貴方は私を化け物に差し出したりしない! 貴方がっ……そんな!』
首輪に繋がる紐の先端を手首に巻いていく。僕は喚くアルを魔物使いの力で黙らせ、ナイに詳しいルール説明を求めた。
「にぃっ……ライアーさんっ!」
思わず「兄さん」と叫びそうになった。彼は僕の記憶の中と寸分違わぬ姿で、駆け寄った僕を見て優しく微笑んだ。
『やぁ、ヘル君。待ってたよ』
「ライアーさ……あれ? なんで、名前……」
『……ライアーさんじゃないからね』
屈んで近付けられた顔はライアーと同じ──ナイとも同じ。
「……っ、ナイ……!」
『銀の鍵の使い方を知りたいんだね。ね、ボクとゲームしない?』
「するわけないだろ!」
『へぇ? まぁ、あの喫茶店のバックヤードにゲームルームを作ったから、気が変わったら来てくれると嬉しいな』
僕のポケットの中に爪ほどの大きさの鍵を落とし、建物の影に消える。投げ捨ててやろうとポケットに手を突っ込む──アルの体当たりを受け、鍵探しは中断された。
『一人で行くなヘル! 気が付いたら貴方の姿が見えなくて……どれだけ焦ったか』
レヴィアタンとの会話に夢中になってついて来なかったのは誰だ、なんて言ったら怒るだろうか。
僕はアルを適当に宥め、店探しを再開した。こういうものは自分の足だけで探すより聞き込みをした方がいい。
「知ってるか? 妖鬼の国でよ──」
「あぁ、定期的に大勢殺されて──」
ちょうど道端で話し込んでいる深きものどもを見つけ、声をかけた。
「その店なら──」
「新メニューは微妙──」
一人目から大当たりだ。僕は丁寧に礼を述べ、店へと急いだ。
『ヘル、目当てはこの店か?』
『く、ろぅ、ず……?』
見覚えのある形の建物──ライアーの店に辿り着けたはいいものの、店内は暗く店の入口には「CLOSE」の札がぶら下がっている。
『りん、じ、きゅー……ぎょ』
内側から窓に貼られているのは「臨時休業」と書いた紙。理由は特に見受けられない。
「……中には居るかも』
僕は鍵のかかった扉をすり抜け、光源のない店内に侵入した。扉を引っ掻くカリカリという音に手探りで鍵を開け、アル達を中に招き入れる。
『アル、視界貸して。で、えっと……カウンターの奥のドア、確かライアーさん更衣室の隣の部屋に住んでて……」
客の少ない時間に聞いた話を思い出し、買い物にでも行っていない限りライアーは居るはずだと歩を進める。
灯を見つけ、視界を自分のものに戻す。
「更衣室がここで……あの奥の部屋に変な機械があって……」
思い出を振り返りつつ、ライアーが自室代わりに使っていた部屋の扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
『や、さっきぶり』
安っぽいソファでくつろいでいるのは先程会ったナイだ。
「……何してるの。ライアーさんは……兄さんはどこだよっ!」
『お、おいヘル!』
ナイに掴みかかる僕の胴にアルの尾が巻かれる。
『いやぁ、核開発担当のボクからお達しがあってね。キミとゲームするなら今のうちだって。ね、遊ぼ』
「嫌に決まってるだろ、ライアーさんを出せよ!」
『……出せない、って言ったら?』
「は……? な、何……まさか」
『彼を置いておいたらキミがボクと遊んでくれないのは分かってるし……ねぇ?』
殺したのか。
ナイはハッキリとは言わなかったが、僕はそう察した。
『……そう怖い顔ないでよ。で、どうする? ゲーム、やる? やらないなら銀の鍵の使い方をキミが知ることは永遠に無いけど』
選択肢は無い。ライアーのように知識のある者を見つけられたとしても同じように先回りされて殺されるだけだろう。ゲームに乗らなければ元の時空には戻れない。元の時空に戻ることさえ出来れば、こちらで何をやろうと問題は無い。
『……ヘル、やめよう。此奴は怪しい、帰ろう』
『帰ろ、帰ろ』
アルとレヴィアタンが僕を弱々しく引き止める。僕は彼女達の腕をすり抜け、ナイの前に立った。
「やる。早く終わらせろよ」
先程ポケットに入れられた小さな鍵を取り出す。
『……そこの扉の鍵だよ』
クローゼットの隣にいつの間にか古い木製の扉が作られていた。以前見た時にはなかったし、この部屋に酷く不釣り合いだ。
ドアノブの上にある鍵穴に鍵を挿し、回し、ゆっくりと開ける──途端に鈴のような奇妙な鳴き声が耳を劈く。
「……にいさま?」
扉の中は真っ暗だったが、部屋の明かりが虹色に乱反射して微かに中の様子が見える。コールタールにも似た粘着質な液体が床に壁に天井に広がり、無数の目がこちらを見ていた。
『端末で行動をある程度制御できるように調教したショゴスさ。ソレは絶対にその扉から外には出ない。その代わり、中に入った者をボクが出せと言うまで嬲り続ける』
「……喰う、とかじゃなくて?」
『その辺りの調整は自由。最弱設定でも人間なら死ぬかもだけど』
扉の枠の寸前まで触手を伸ばし、その先端が割れて牙を生やす。その不揃いな牙をカチカチと鳴らし、僕を威嚇している……いや、食べたいだけかな。
「この中に入れって?」
『いや? それじゃゲームにならない』
ナイは袖の中から三枚のカードを取り出し、僕の前に扇状に広げた。
『君の大切なもの三つ……このカードを使うんだよ』
「…………分かった」
『ヘル、やめよう。嫌な予感がする』
アルはずっと僕を止めようとしている。レヴィアタンはもう諦めたようで、巻き添えを食わないよう部屋の隅から様子を伺っている。
『じゃあ、まず、一枚目……未来、だ! キミが銀の鍵に執着する理由は分かってる。自分の本来の未来を取り戻したいんだろ? これはそれを表している』
やはり元の時空に戻ろうとしていることは知られている。心を読まれている──圧倒的に不利だ。
『それじゃ、次、二枚目……心臓、だ! これはキミ自身の心を表している。キミが人間を見殺しにする度、キミの仲間が傷付く様を見る度、減っていくものさ』
未来に心臓──本来の時空と僕の正気、どちらも扉の向こうの化け物にどうこうできるものではない。
『よし、最後、三枚目……愛情、だ! これはキミが愛しているものを表している。そう、何よりも大切な──それのためなら虐殺も厭わない、狂気に陥る一番の原因』
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『そうせっつかないの!』
カードを奪おうと手を伸ばすが、ナイはカードを持つ手を引く。鬱陶しいっ……!
『このカードは今白いだろう? 白地に黒で三つの言葉を示す簡単な図が描かれている。この白はキミの行動で赤く変わるんだ、赤くなったカードが二枚になればキミの勝ち。ゲームを降りることは出来るけど、キミの負けはない』
負けがない? つまり、勝ったとしてもナイの望む結果だと? いや、ゲームを降りることこそがナイを負かす唯一の方法ということか?
『……で、もう一つ使うアイテムはコレ!』
懐から白い首輪を取り出し、僕に渡す。たった今まで内ポケットに隠していたのに首輪もそれに繋がる紐も冷たい。
「これで何するの?」
『その狼さんに着けて、キミは持ち手を強く掴んで、狼さんを扉の中に放り込むんだ』
「…………アルを喰わせろって言うの」
そんなこと、出来る訳が無い──いや、それさえやれば元の時空に戻れるのなら、何の問題も無いのか? 元の時空に戻ったらこちらのアルとの思い出は僕だけが持つ。こちらでアルを殺してしまっても、元の時空のアルは血の一滴も流さない、僕が嫌な思いをするだけだ。
『食べは……するかもしれないけど、食べられる訳じゃない、嬲られるのさ。あの長い触手に締められて、骨折られたり内臓潰されたり? 犯されたり齧られたり……まぁその辺はアレの気分と狼さんの頑丈さ次第だね』
アルの前足が胸元に押し付けられる。爪が服に穴を開ける。
『ヘル……しない、よな。こんなゲーム降りるよな。私をそんな目に遭わせたりしないだろう? 私の愛しい旦那様……見返りなんて無いのだろう?』
「…………アル」
強く首を抱き締めるとアルは安心したようで、甘えた鳴き声を上げた。僕はそんなアルの首に首輪を巻いた。
「ごめんね」
『いっ、嫌だっ! 嘘だ……嘘だ、ヘル! そうだろう!? 嘘だよな、貴方は私を化け物に差し出したりしない! 貴方がっ……そんな!』
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