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第三十三章 神々の全面戦争
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神降の国は砂漠の国からの侵攻を全て迎撃し、交渉人を送り付けた。攻め込まない代わりに二度と関わるな……と。本来なら領土や貿易についての約定を結ぶ、だが呪いに長けた国の土地や物品なんて危なくて使いようがない。
「ま、優しいよねー。でも……正義の国が圧力かけてるなら、突っ撥ねるかも」
『そんな真似したら国民の反感買いますよ。テロ組織も居るそうですし……クーデター騒ぎですね』
「そうなったら本格的に国の終わり……ん? 何アレ」
交渉のためにやって来たのはヘルメス、そしてヘルがまだ帰っていないことを聞いて移動役を嫌々申し出たベルゼブブ。その他、見栄えのための兵士など数名。
「…………やばそう。みんな、後ろ下がってて」
ヘルメスはベルゼブブ以外を背後に下がらせ、兵士の一人から盾を受け取る。
「これの所持権限は持ってないんだよねー。悪魔さん、弾けなかったら俺とみんな守ってよ?」
『はいはい』
ベルゼブブはヘルメスの隣に並び、盾の縁に手をかける。縁には蛇を模した彫刻があり、盾の中心には人の顔にも見える出っ張りがある。その装飾過多と蛇というモチーフはベルゼブブを不機嫌にさせた。
「みんな、目閉じててね。悪魔さんも一応、盾の前に出る時は盾を見ないようにして」
『蛇嫌いですので、わざわざ見たりしませんよ』
「OK、じゃ……アイギスの盾、本領発揮!」
縁取りの飾りの蛇が鎌首を擡げ、口を水平に開ける。
『あ、動くんですねコレ』
「前は見ちゃダメだよ!」
盾の陰に隠れ目を閉じたたヘルメスに裾を引っ張られ、ベルゼブブはしぶしぶ盾の陰に屈む。
盾の中心を飾る顔の目が開き、いつの間にか目前に来ていた半透明の巨大な犬と目を合わせる。
「アイギスの盾よ、厄災を退けよ!」
『……どういう効力あるんです?』
「石化……だけど、正答所持者じゃない、からっ……本領発揮の持続も、出力も、消費も…………かなり、キツい」
ベルゼブブは盾の陰から顔だけを出し、半透明の犬の──カヤの様子を伺う。カヤは威嚇の体勢のまま、低い唸り声を上げてこちらを睨み付けていた。
『麻痺……ってほどでもありませんね。ま、あの犬はシステムですし……そうですねぇ、そのまま使っておいてくれます? 捕獲します。消しちゃうと怒られそうです』
素早くカヤの腹の下に潜り込み、拳を叩き込む。
『……っ! 軽い! 実体化は半分ってとこですか』
「悪魔さん! 盾の前に回るのはダメだって! えっと……解除した方がいいよね?」
『黙りなさい。アレは現象です、動きを止めていないと攻撃なんか当たりません! 解除したら死ぬのは貴方ですからね!』
カヤの動きは鈍い、だが、空間転移と見間違うような速度を誇るカヤの動きを鈍らせたところで人間に対応出来る速度にまでは落ちない。
「……お、王子……この戦いは」
「上位存在のヤバさ分かった? 関わらないのが一番なんだけどね……あんまり見ない方がいいよ、盾もそうだけど上位存在ってのは脳と精神にもかなりクるからね」
そっと戦いを覗いた兵士に優しく注意をすると、ヘルメスは地面に膝をついて盾を支えに蹲った。
「王子! 大丈夫ですか、神具の使用は……そろそろ」
「…………大丈夫、自分の身体がどこまで持つかくらい分かるよ」
「ですが……王子、これ以上は生命に関わります」
「………………かもね。でも、今すぐ死ぬ訳じゃない」
ゆっくりと上体を起こし、盾から僅かに顔を出す。
ベルゼブブはカヤ以上の速度で飛び回り、カヤを一方的に殴っていた。盾の効果ではなく少しずつ動きが鈍り、そのうちに普通の犬の大きさにまで縮んだ。
『もういいですよー!』
「……解除っ! はぁっ……死ぬかと思ったよ悪魔さーん。あー、やばかった」
盾の装飾の顔と蛇は目を閉じ、蛇は縁取りに戻る。ヘルメスはそれを確認すると兵士に盾を渡し、冗談混じりに話しながらカヤに馬乗りになったベルゼブブの元に向かった。
「捕獲って言うけど、どうすんのそれ」
『……とりあえず呑んでおきます。消化する前に吐き出せばセーフでしょう。とっととヘルシャフト様に返しませんとね』
ベルゼブブは小さな口を開き、棘の生えた黒く細長い舌を垂らす。幾本にも分かれた舌がカヤの首に絡むと、カヤはその姿を段々と透かせて消えた。舌を口内に収納するとベルゼブブは胸のあたりをトントンと叩き、擦り、ヘルメスに笑顔を向けた。
『では、行きましょうか』
そして自身とヘルメス、兵士達を包むように無数の蝿を呼び出すと、一瞬後には全く別の場所に立っていた。
「……何、これ」
虫の足、イカの触腕、ミミズ、そんなものが至る所から生えた不気味な化物の死骸。その肉はもう腐って溶けかけており、酷い臭いを放っていた。見た目のグロテスクさもあり、兵士達は口を押さえ、あるものは耐え切れずに嘔吐した。
『…………外来種の細胞を取り込んだ化物ですね。私が帰った後、あの邪神……やはり接触しましたか。先に帰ったのは失敗でしたね』
「なんで悪魔さん先に帰ってきたの?」
『ヘルシャフト様がご傷心のようでしたので、放っておいた方が良いかと。この方あんまり追い詰めすぎるととんでもないことやらかしますからね……私はあまり好かれていませんし。勝手に帰って先輩とヤってるだろうと思ってたんですけどねー』
ベルゼブブは死骸の中心に倒れたヘルの足を踏み付けながらその腕の中のナイを睨む。
「……これ、預言者……さん? かな。うわ……酷い」
『…………見覚えのある傷跡ですね、天使でも来たんでしょう』
ナイの身体の刺傷を見て、ヘルメスは口を覆いベルゼブブはため息をついた。
「ヘル君は無傷だね、良かった」
『無傷……』
そっと肩を蹴り、仰向けに転がす。ヘルの服はボロボロに破れており、僅かに残った布も赤黒く染まってパリパリに固まっていた。
『……再生したみたいですね』
「預言者さん庇ったのかな」
『庇ったぁ? 殺す殺す言ってたくせに……となると、精神汚染をたぁっぷり受けた可能性が高いですね。精神に直接干渉できるのは……兄君くらいなんですけど、どっか行っちゃいましたし』
「…………精神汚染?」
ヘルの呼吸や鼓動を確かめていたヘルメスはベルゼブブの方に視線を移し、あの細長く刺々しい舌が吐き出されているのを見た。眉を顰めながらもじっと見ていると幾本にも分かれた舌が開き、中心から光が漏れ、ヘルの身体に吸い込まれた。
『ふうっ……消化ギリギリでしたね』
「あ、さっきのわんちゃんか。ね、悪魔さん、精神汚染って何?」
『…………そこの黒いガキ邪神の顕現なんですよ。死んでても分かるでしょ、そのとんでもない美貌。美しいと思ったらアウト、見蕩れたら汚染を受けている証です。じっと顔を見て……顔が一瞬でも見えなくなったらもうアウトですね』
「見えなくなる……?」
『黒く塗り潰されたように、だとか。目や鼻、凹凸すらなくなってのぺっとした感じに、だとか。人によりますけどね』
ヘルの真っ白な長髪を踏みながら、ベルゼブブはヘルを横抱きにする。
『……どんなに憎んでいようと、殺意を抱いていようと、長くこの姿を見て話していれば魅了され、崇めるようになります。何があったか知りませんがヘルシャフト様が大量虐殺を行ったのもそれのせいでしょうね。帰りますよ、寄りなさい』
「ま、待って待って! 俺の目的は交渉だよ!」
『交渉相手はもう居ませんよ、分かりませんか? この国には……いえ、島には、生物はここに居る全員で全部です。全く人間は感覚が貧弱ですねぇ』
「……な、なんで? 生物……って、え……?」
混乱するヘルメスを余所にベルゼブブは無数の蝿を呼び出し、空間転移を行った。行き先は避難所だ。
砂漠の国唯一の大学の地下に作られた避難所、本来なら王が成り果てた化物が暴れ回っても避難者が死傷することはなかった。
「うっ…………」
『流石に同族の死体は苦手ですか。私は食欲湧きますけどね』
壁から天井にかけてインクに満たされた袋を叩きつけ引き摺ったような焦げ茶の跡があり、床は肉塊とまだ乾いていない黒っぽい血で満たされていた。
凄惨な光景にもある程度の耐性があったヘルメスでさえ、胃から逆流するものを押さえるので手一杯になり言葉を発することは出来なかった。
「ま、優しいよねー。でも……正義の国が圧力かけてるなら、突っ撥ねるかも」
『そんな真似したら国民の反感買いますよ。テロ組織も居るそうですし……クーデター騒ぎですね』
「そうなったら本格的に国の終わり……ん? 何アレ」
交渉のためにやって来たのはヘルメス、そしてヘルがまだ帰っていないことを聞いて移動役を嫌々申し出たベルゼブブ。その他、見栄えのための兵士など数名。
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『はいはい』
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「みんな、目閉じててね。悪魔さんも一応、盾の前に出る時は盾を見ないようにして」
『蛇嫌いですので、わざわざ見たりしませんよ』
「OK、じゃ……アイギスの盾、本領発揮!」
縁取りの飾りの蛇が鎌首を擡げ、口を水平に開ける。
『あ、動くんですねコレ』
「前は見ちゃダメだよ!」
盾の陰に隠れ目を閉じたたヘルメスに裾を引っ張られ、ベルゼブブはしぶしぶ盾の陰に屈む。
盾の中心を飾る顔の目が開き、いつの間にか目前に来ていた半透明の巨大な犬と目を合わせる。
「アイギスの盾よ、厄災を退けよ!」
『……どういう効力あるんです?』
「石化……だけど、正答所持者じゃない、からっ……本領発揮の持続も、出力も、消費も…………かなり、キツい」
ベルゼブブは盾の陰から顔だけを出し、半透明の犬の──カヤの様子を伺う。カヤは威嚇の体勢のまま、低い唸り声を上げてこちらを睨み付けていた。
『麻痺……ってほどでもありませんね。ま、あの犬はシステムですし……そうですねぇ、そのまま使っておいてくれます? 捕獲します。消しちゃうと怒られそうです』
素早くカヤの腹の下に潜り込み、拳を叩き込む。
『……っ! 軽い! 実体化は半分ってとこですか』
「悪魔さん! 盾の前に回るのはダメだって! えっと……解除した方がいいよね?」
『黙りなさい。アレは現象です、動きを止めていないと攻撃なんか当たりません! 解除したら死ぬのは貴方ですからね!』
カヤの動きは鈍い、だが、空間転移と見間違うような速度を誇るカヤの動きを鈍らせたところで人間に対応出来る速度にまでは落ちない。
「……お、王子……この戦いは」
「上位存在のヤバさ分かった? 関わらないのが一番なんだけどね……あんまり見ない方がいいよ、盾もそうだけど上位存在ってのは脳と精神にもかなりクるからね」
そっと戦いを覗いた兵士に優しく注意をすると、ヘルメスは地面に膝をついて盾を支えに蹲った。
「王子! 大丈夫ですか、神具の使用は……そろそろ」
「…………大丈夫、自分の身体がどこまで持つかくらい分かるよ」
「ですが……王子、これ以上は生命に関わります」
「………………かもね。でも、今すぐ死ぬ訳じゃない」
ゆっくりと上体を起こし、盾から僅かに顔を出す。
ベルゼブブはカヤ以上の速度で飛び回り、カヤを一方的に殴っていた。盾の効果ではなく少しずつ動きが鈍り、そのうちに普通の犬の大きさにまで縮んだ。
『もういいですよー!』
「……解除っ! はぁっ……死ぬかと思ったよ悪魔さーん。あー、やばかった」
盾の装飾の顔と蛇は目を閉じ、蛇は縁取りに戻る。ヘルメスはそれを確認すると兵士に盾を渡し、冗談混じりに話しながらカヤに馬乗りになったベルゼブブの元に向かった。
「捕獲って言うけど、どうすんのそれ」
『……とりあえず呑んでおきます。消化する前に吐き出せばセーフでしょう。とっととヘルシャフト様に返しませんとね』
ベルゼブブは小さな口を開き、棘の生えた黒く細長い舌を垂らす。幾本にも分かれた舌がカヤの首に絡むと、カヤはその姿を段々と透かせて消えた。舌を口内に収納するとベルゼブブは胸のあたりをトントンと叩き、擦り、ヘルメスに笑顔を向けた。
『では、行きましょうか』
そして自身とヘルメス、兵士達を包むように無数の蝿を呼び出すと、一瞬後には全く別の場所に立っていた。
「……何、これ」
虫の足、イカの触腕、ミミズ、そんなものが至る所から生えた不気味な化物の死骸。その肉はもう腐って溶けかけており、酷い臭いを放っていた。見た目のグロテスクさもあり、兵士達は口を押さえ、あるものは耐え切れずに嘔吐した。
『…………外来種の細胞を取り込んだ化物ですね。私が帰った後、あの邪神……やはり接触しましたか。先に帰ったのは失敗でしたね』
「なんで悪魔さん先に帰ってきたの?」
『ヘルシャフト様がご傷心のようでしたので、放っておいた方が良いかと。この方あんまり追い詰めすぎるととんでもないことやらかしますからね……私はあまり好かれていませんし。勝手に帰って先輩とヤってるだろうと思ってたんですけどねー』
ベルゼブブは死骸の中心に倒れたヘルの足を踏み付けながらその腕の中のナイを睨む。
「……これ、預言者……さん? かな。うわ……酷い」
『…………見覚えのある傷跡ですね、天使でも来たんでしょう』
ナイの身体の刺傷を見て、ヘルメスは口を覆いベルゼブブはため息をついた。
「ヘル君は無傷だね、良かった」
『無傷……』
そっと肩を蹴り、仰向けに転がす。ヘルの服はボロボロに破れており、僅かに残った布も赤黒く染まってパリパリに固まっていた。
『……再生したみたいですね』
「預言者さん庇ったのかな」
『庇ったぁ? 殺す殺す言ってたくせに……となると、精神汚染をたぁっぷり受けた可能性が高いですね。精神に直接干渉できるのは……兄君くらいなんですけど、どっか行っちゃいましたし』
「…………精神汚染?」
ヘルの呼吸や鼓動を確かめていたヘルメスはベルゼブブの方に視線を移し、あの細長く刺々しい舌が吐き出されているのを見た。眉を顰めながらもじっと見ていると幾本にも分かれた舌が開き、中心から光が漏れ、ヘルの身体に吸い込まれた。
『ふうっ……消化ギリギリでしたね』
「あ、さっきのわんちゃんか。ね、悪魔さん、精神汚染って何?」
『…………そこの黒いガキ邪神の顕現なんですよ。死んでても分かるでしょ、そのとんでもない美貌。美しいと思ったらアウト、見蕩れたら汚染を受けている証です。じっと顔を見て……顔が一瞬でも見えなくなったらもうアウトですね』
「見えなくなる……?」
『黒く塗り潰されたように、だとか。目や鼻、凹凸すらなくなってのぺっとした感じに、だとか。人によりますけどね』
ヘルの真っ白な長髪を踏みながら、ベルゼブブはヘルを横抱きにする。
『……どんなに憎んでいようと、殺意を抱いていようと、長くこの姿を見て話していれば魅了され、崇めるようになります。何があったか知りませんがヘルシャフト様が大量虐殺を行ったのもそれのせいでしょうね。帰りますよ、寄りなさい』
「ま、待って待って! 俺の目的は交渉だよ!」
『交渉相手はもう居ませんよ、分かりませんか? この国には……いえ、島には、生物はここに居る全員で全部です。全く人間は感覚が貧弱ですねぇ』
「……な、なんで? 生物……って、え……?」
混乱するヘルメスを余所にベルゼブブは無数の蝿を呼び出し、空間転移を行った。行き先は避難所だ。
砂漠の国唯一の大学の地下に作られた避難所、本来なら王が成り果てた化物が暴れ回っても避難者が死傷することはなかった。
「うっ…………」
『流石に同族の死体は苦手ですか。私は食欲湧きますけどね』
壁から天井にかけてインクに満たされた袋を叩きつけ引き摺ったような焦げ茶の跡があり、床は肉塊とまだ乾いていない黒っぽい血で満たされていた。
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