魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十二章 悪趣味に遅れた顕在計画

贖罪として託す

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頭を潰されて死んでいたヨルムンガンドを見て決意を固めた僕は兄達の元へと戻ったが、そこにはビヤーキーしか居なかった。

『ビヤーキー、にいさまは?』

『なんか向こう走ってったぜ』

掬い上げられるのに任せてビヤーキーに乗り、兄の元へ。兄は地面に横たわる誰かの傍に座り込んでいた。

『君最強なんじゃなかったの? 何相打ちなんかしてるんだよ、せっかく貸してやった僕のローブまで溶かして……ふざけるなよ』

ぐったりと横たわった筋骨隆々の男は兄のローブを羽織っていたが、そのローブはボロボロになっていた。兄は溶けたと言ったか、濃硫酸でも浴びたような具合だ。
兄の隣に立ち、倒れている男の顔を覗き込めば、見覚えのある金髪があった。

『……トールさん!?』

『わっ……ぁ、弟……』

『にいさま、どういうこと? なんでトールさん……』

『知らないよ。めちゃくちゃ大きな蛇と戦ってて、ローブ貸せって言われて……』

ヨルムンガンドを殺したのはトールなのか。周囲を見回せばトールの物だろう槌が目に入り、その槌が血と肉片に汚れているのが分かった。相打ちというのはそういう訳か……どうしてトールとヨルムンガンドが? 父の友人と友人の息子だろう? いや、ナイがけしかけたのは間違いないな。

『あぁもうっ……起きろ、起きろよ、起きて僕のローブ脱いで返せ。貸しただけだろ、あげるなんか一言も言ってない、修理して洗濯して返せよ』

『にいさま……やめなよ』

目立った外傷はないが閉じた瞼が少しも動かないのを見れば彼が二度と動くことはないのは容易に理解できる。早くナイを見つけて時間を遡り、彼も助けなければいけない。

『にいさま、ねぇ、にいさまってば』

トールが着ている自身のローブを掴んだ手は震えていて、俯いた顔は髪に隠れて顔は見えない。

『……そんなに悲しいの? にいさまなのに……』

他者に興味なんてないくせに、神様であるトールをも利用していただけのくせに、何を普通の人間が友人を失った時のモノマネなんかしているんだか。
今更僕に何をアピールする気なのか知らないが、兄には早くナイを探してもらわなければならない。肩を掴んで無理矢理僕の方を向かせてみれば、フェルや昔の僕によく似た泣きじゃくる少年が居た。

『…………にいさま?』

その涙の理由は理解できない。兄が僕以外に執着していたなんてありえない。知人の死を目の当たりにして泣くなんて兄らしくない。
兄の幼過ぎる様子に混乱しているとガバッとトールが起き上がった。彼は地面に座ったまま濡れた土の上にぺたぺたと手を這わせ、眩く輝く石を拾った。

『エア、ほら』

呆然とする兄にその石を握らせる。

『蓄電石だ。俺の神力の残りほとんどを溜めた、きっと役に立つ』

『は……? え、君、死んでたんじゃ……』

『仮死状態で待ってた』

『…………ふざけるなよ! あんな醜態晒させておいてっ……このバカ!』

『そう怒るな、すぐに死ぬ』

嬉しそうに怒り出した兄の表情がまた暗く変わる。

『……そ、それも嘘だろ? 君、最強の神様なんだから』

『ヨルムンガンドの毒は万物に死を与える……強さも在り方も関係ない』

自分の手をぼうっと眺めるトールに表情らしい表情はない。嘘ではないと察したらしい兄が再び泣きじゃくる。

『エア、悪かった。頼まれたとはいえお前の魂を石に固着させた。神としてですらない明確な禁忌だ。これまでずっと贖罪してきたが……それで最後だ。足りなかろうが、受け取りたくなかろうが、関係ない』

『贖罪って……何、君……僕に変に関わってくると思ってたけど、罪悪感なんか抱えてたわけ? 涼しい顔しておいて……僕に気ぃ遣ってたんだ?』

『何をしようが魂縛石から魂を取り出すのは不可能だからな、後悔や謝罪に意味はない。その蓄電石を使って少しでもお前が上手く生きられたら、少しは贖罪になるだろう、そう願う』

兄は何かを叫ぼうとして言葉に詰まり、トールを睨みながら蓄電石を手のひらから体内に収納した。

『じゃあな』

石を受け取ったことを見届けたトールはぶっきらぼうに呟いて上体を地面に倒す──ドサリと音が鳴る寸前に彼の身体に雷が落ち、その肉体は消えた。ゴロゴロと鳴っていた雷雲はすぐに捌け、僕達に極彩色の晴天を見せた。

『……にいさま』

『なんだよ、贖罪って……ふざけるなよ、罪悪感とか……そんなので僕に関わってきてたとか、ふざけるな……僕を誰だと思ってるんだよ』

『にいさま、早く行こ、ナイ探さなきゃ』

『…………ちょっと、待ってよ……まだ無理、立てない』

『立てなくてもいいから探知魔法と空間転移使ってよ、僕だけ送ってくれたらいいから』

腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていたが手を払われて尻もちを着いた。

『……君は、いいよね。頼ったり甘えたりできる人、いっぱい居るんだもんね』

ゆらりと立ち上がった兄は空中に球体の魔法陣を描いた。流石に「立てるじゃないか」なんて野次る気にはなれない。

『どれだけ逃げたって追いかけてくるし、いつまで隠れてても探してるし……可愛がられてると思ってたんだけどなー……』

探知魔法らしい球体の魔法陣に人差し指の先端を触れさせたままもう片方の手でボロボロのローブを拾い上げ、燃やした。

『罪悪感かぁ……そっ、か……そんなのだったんだ』

灰が全て落ち切る前に魔法陣の一点に赤い光が灯る。どうやら探知対象──ナイの居場所のようだ。

『緯度経度……よし、真っ二つになりたくないなら寄って』

兄の足を中心として地面に円状の魔法陣が描かれ、僕とビヤーキーは慌ててその中に入った。

『……ねぇにいさま、にいさまはトールさんのこと何だと思ってたの?』

『………………お父さん』

兄の返答は空間転移の揺れに紛れ、聞こえはしたが頭に深くは入らなかった。

『ふぅん……?』

答えにどんな心が込められているか考えもせず、新しい景色に一歩踏み出す。

『おいアニキ、歩くのだるかったら乗っていいぜ』

『……そうさせてもらうよ』

兄を乗せたビヤーキーが一歩遅れて着いてくる。目的地は数メートル先、地面に横たわったロキの姿をしたナイだ。そのすぐ隣には人界までロキを追いかけてきた神が──えぇと、確かヘイムダルとか言ったかな? 彼が同じように横たわっている。

『こっちも相打ちか?』

『……それが正史、ってことなんだろうね、ナイにとって。アイツは何人も居るし、一人くらいなら目的のために殺しても平気なんだろ』

無駄だとは思うけれど、と言いつつロキにしか見えないナイの死体の前に屈んで服を脱がしていく。ポケットを見落とさないように、土埃を払うように振り回し、銀の鍵を探す。

『やっぱりないか……にいさま、銀の鍵を探すっていうのは?』

『それがどんなのかよく知らないんだよね。ちょっと頭貸して、その鍵をよく思い浮かべてみて』

兄の手が額に触れると頭の中心にチクッと針が刺さったような痛みを覚えた。記憶を覗かれているのだ。いい気はしないが仕方ない。

『大体分かった、ちょっと待ってて』

再び探知魔法の球体陣が浮かび上がる。ナイを探し出した時よりも長くかかりそうだと察した僕は周囲の地面や草の影、ヘイムダルの身体の下なんかもよく探してみた。しかし見つからない。

『……弟、結果出たよ。アスガルドにはないみたいだ』

『え……持ってアスガルド出てったってこと?』

『そうなるね』

おそらく人界だとは思うが、面倒なことをしてくれる。鍵を奪ったのはナイらしくないがその後の行動はナイらしい。

『じゃあすぐに人界に戻ろ。時間ズレたりするみたいだし急がないと』

『おいおいおい待て待て待てハスター様置いてく気か!』

『あっ……あぁ、そっか、ベルゼブブも……あぁもうなんではぐれたんだよ。にいさま、ベルゼブブとハスターも探して』

兄を連れてきていなければアスガルドをろくに動けないところだった。僕は自分の判断にリーダーとしての能力が芽生え始めたのかもしれないと自画自賛してビヤーキーに気味悪がられるくらいにニタニタと笑っていた。
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