魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十二章 悪趣味に遅れた顕在計画

巨人の国の襲撃

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時は少し遡り、ヘル達がアスガルドに突入した直後。はぐれた彼らのうち二人は同じ場所に居た。

『はぐれたって説明は理解しましたし、その理由もまぁ怒鳴るようなことじゃありません。不安定なのは分かってましたしね』

着地に失敗して足を挫いたビヤーキーの前に仁王立ち、ベルゼブブは向かいに立った者を睨む。

『納得行かないのは貴方と一緒ってことです! どうして魔物使い様でも兄君でもなく、貴方なんですか!』

予備の二匹のビヤーキーと共に一人で放り出された方がマシだった、ベルゼブブは続けてそう叫ぶ。

『どうしてそんなに嫌われなきゃならないの……』

怒鳴られているハスターは視線を逸らしつつ呟く。そんな彼が乗っていたビヤーキーは彼の前でギャアギャアと鳴いて主を非難するベルゼブブを威嚇している。

『私は悪魔なんですから神性なんて嫌って当たり前です! それも邪神なら尚更!』

『酷い! 僕邪神じゃないもん善良な神様だもん!』

理不尽な怒りを受け流していたハスターも我慢の限界に達し、叫ぶ。その直後、人影がハスターの真横に現れる。

『……お前、神か』

ベルゼブブもハスターも分からなかったが、彼は現在アスガルドに進行中のヨトゥンヘイムからの兵士の巨人だった。巨人と言っても大きさは人間と対して変わらない。

『ん? うん、僕神様だよ~』

『そう……かっ!』

巨人の男はその屈曲な身体を素早く動かし、ハスターの仮面に拳を叩き込んだ。吹っ飛ばされたハスターを彼を乗せてきたビヤーキーが追い、ベルゼブブを乗せてきたビヤーキーも彼を追おうとしたが、足の痛みに悲痛な鳴き声を上げて足を止めた。

『……名乗りなさい、無礼でしょう』

『お前も神か』

『野蛮人が……私は神じゃありませんけど』

『嘘をつけ!』

自分達の仲間以外でアスガルドに神性以外がうろついている訳がない。そう思い込んでいる巨人は嘘つきへの怒りを込めた拳をベルゼブブに向けて振るう。しかしその拳は空を切った。確かにベルゼブブの頭部を捉えた軌道ではあったが、巨人の手の速さはベルゼブブの速さには遠く及ばなかった。

『……嘘じゃないですよ、この無礼者』

巨人の背後に回ったベルゼブブがそう呟いて彼の背を軽く蹴れば、首を失った身体は力なく倒れた。ベルゼブブは巨人の髪を掴んで生首を目線の高さまで持ち上げ、自身の首が刎ねられた瞬間すら理解していない間抜け面を楽しむ。

『お面割れちゃうかと思った……ぁ~、大丈夫、大丈夫だよ~、平気平気~』

生首から滴る血をワインのように飲んでいるベルゼブブの元にハスターが戻ってくる。その周りを心配そうに回るビヤーキーに彼女はアルを思い出し、鼻で笑った。

『貴方、ちょっと油断し過ぎですよ。あんな大振りの攻撃くらい避けてください』

『無茶言わないでよ~、言ったでしょ~? 僕戦いあんまり得意じゃないんだよ~』

そう言いながらハスターは黄色い布の裾から現した触手を巨人の腕に絡める。肘の間接を回して無理矢理外し、皮と肉を引きちぎって肘から下を手に入れる。ベルゼブブは食べるでもなさそうなその行動に不信感を抱いていた。

『……何してるんです?』

『君が重いからこんな工作が必要なんだよ~』

断面に触手を潜り込ませ、骨を抜き取ると手首から先を外し、赤く汚れた白い棒となった骨をしげしげと眺める。それを割って折って太さと長さを調整すると、ビヤーキーの足に添えた。

『添え木ですか? なるほど……ってそいつが鈍臭いだけで私の体重は関係ありませんよ!?』

ベルゼブブはビヤーキーが足を挫いていたことを思い出して不気味な行動に納得し、嫌味に激怒した。ハスターはそんなベルゼブブを無視して添え木を固定するように細い触手を巻き付け、ちぎり、端を結んだ。

『……たかが使い魔のために足ちぎるなんて、良いとこありますね』

『痛くないしぃ~、いくらでも生えるしぃ~』

骨と触手で応急手当を施された足に体重をかけたビヤーキーは歩ける程度には回復したことをハスターに示した。

『まぁ、飛べばいいだけだからこんな手当いらないんだけど~』

そう言いつつ立ち上がったハスターは目と鼻の先までまた新たな巨人が迫っていたことにようやく気付き、触手を二本頭の上に持ち上げて叫んだ。

『僕神様じゃない! はんずあっぷ!』

アース神族は大抵人の形をして暮らしているため、黄色い布と仮面に隠された無数の触手という出で立ちのハスターに僅かに怯んだ巨人だったが、神様ではないという嘘に怒りを滾らせてハスターの頭頂部に剣を振り下ろした。

『痛っ!? もぉっ……何するの!』

薄汚れた黄色い布が捲れ上がり、太さ様々な無数の触手が巨人を包む。太い触手は手足に巻き付いて骨を砕き、細い触手は穴という穴に入り込んで体内を蹂躙し、数十秒後にハスターが触手を布の下に収める頃には肉塊が出来上がっていた。

『えぐいですね……流石は邪神』

『僕は善良な神様だよ~、いい加減信じて欲しいな~』

『信じられる要素が皆無なんですよね』

ベルゼブブは食べやすいミンチとなった巨人を手のひらに一掬い口内に放り込んだ。味わうための咀嚼をしつつ、大して美味くもなければ栄養価も低い巨人と戦闘になるのは避けたいと見晴らしのいい草原からの移動を提言した。ハスターは特に理由もないので反対せず、ビヤーキー達もそれに賛同した。

『貴方色々と訳知りなんですよね? じゃあ教えてください、ナイアルラトホテップの目的は何ですか?』

『今は多分ロキに成り代わることかなぁ~、アース神族をラグナロクの歴史通りに滅ぼして、その滅びの過程でロキとして死んだのがにゃる君なら、後世でにゃる君はロキとして扱われる訳で~、そうすれば顕在がより強固になるんだよ~』

ベルゼブブもかつて神性であった記憶はあるため、神性の顕在に人間からの信仰心が必要なのは理解していた。

『別の世界から来たんですよね? どうして侵攻してきたんですか? ただ縄張りを広げたかっただけですか?』

広大な縄張りなんて面倒臭いだけなのに、と創造神を頭の片隅に浮かべて嘲笑いつつ、尋ねた。

『その世界ではね~、邪神達は顕在出来てないんだよ~、名前や力は一部の人間に知れてても~、本物の神としては君臨できなかったんだ~』

『……どういうことです? 信者は居るんでしょう? なのに本物じゃない……?』

『絵に描いた餅は、絵に描いた餅で、食べられる餅じゃないでしょ~? 邪神は邪神だけど、顕在する神じゃないんだよ~』

ベルゼブブは理解を深められなかったが、ニュアンスは理解したとハスターの話を続けさせた。

『にゃる君は~、他の旧支配者達とも結託して~、本物の神として君臨できる世界を探して~、見つけて~、頑張ってるんだよ~』

『それが私達の世界やアスガルドってことですか』

『まず人界だろうねぇ~。にゃる君もそろそろ珍しく必死になってくるんじゃないかなぁ、魔物使い君が新支配者として君臨したら~、信者減るしぃ~、もしかしたらこの世界から全員追い出されるかも~』

ベルゼブブは攻略の糸口が見えたことを喜びつつ、ハスターの言葉に違和感を覚えた。

『待ってください、その「全員」には貴方も含まれますよね? どうして魔物使い様に協力してるんです? 重要なところで裏切る気ですか?』

『追い出されるのは邪神だけで~、僕は善良な神様だから~』

『はぁ……? 意味が分かりません、貴方も邪神でしょう?』

『そうなんだけど~、違うんだよ~。今は邪神だけど~、違ったんだよ……だから邪神を追い出してクトゥルフぶっ潰して僕は元に戻るんだ。その為だったら手段を選んでられないよ』

声を低くしていくハスターの隣でベルゼブブは虚空を見上げ、バアルを思い出す。ゼブルとゼブブ、反転した属性と分かれて二つの神性になってしまった過去を──そしてベルゼブブは予想する、ハスターは自分の逆で、融合してしまったのではないかと。

『……ま、裏切ったら私が食べちゃいますからね。戦いは得意じゃないんでしょう?』

『わぁこわぁい、裏切らないってばぁ~』

『ムカつきますね、今すぐ喰われたくなかったらその態度やめなさい』

元のゆるゆるとした調子に戻ったハスターに舌打ちをしつつ、狙いの読めない不気味な神性の不明点が少し明らかになったことに安堵していた。
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