魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合

神学校とは何たるか

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石と箱の回収役の少年数人を残し、神父は人集りを離れて自身の教会へ向かう。途中、背筋に寒気が走り、カヤの帰りを感じて小さく「おかえり」と呟いた。
人通りが減ると神父は僕の肩から腰に手を移し、僅かに引き寄せた。

「……大人しくついてきたね」

教会に裏口から入り、神父の居住スペースなのか普通の寝室のように思える場所に案内される。

「君、神学校の子?」

『……いえ』

「じゃあ科学の国からの修学旅行生だ、違う?」

あまり否定を続けても不審に思われるだけだ。神父は今のところ僕を人間だと思っているし、スパイだとかとも思っていない。科学の国出身らしいことを言える自身はないけれど、とりあえず頷こう。

「やっぱりね……じゃないとアレルギーがどうとか言わないよ」

『…………あの、正義の国では……そういうの』

「神学校の特進クラスに入ると知識に触れることが許されるよ。君達からすれば信じられないかもしれないが、いくら天使が大勢常駐していると言っても神の奇跡はそう安くない、科学や医学なんて生まれついて丈夫な者が生きられる程度が常識でいいのさ」

脅して聞くまでもなかった。向こうから話してくれているのは僕にとっては幸運だ、このまま聞けば獣人についてだとかも教えてくれるだろうか。

『神様の奇跡っぽいことをやって見せてるってことですか?』

「あぁ、時々聖水を劇薬に変えたりしてるね、さっきみたいな魔女の仕業らしく見える事故とかも狙い目さ。ずるく見えるかもしれないけど、信仰が強固であることは何より重要なんだよ」

ずるい、なんてものではない。結束力を高めるために適当に生贄を出しているようなものだろう? 最悪だ……正義の国なんて名前ならもっと正義らしいことをしろよ。

「……本題なんだけど、君、正義の国に移住する気はあるかな? 修学旅行生ならあるよね。科学よりも天使による恩恵の方が大きい……教会で働ければ良い暮らしができる。そんな夢を掴みたい、そうだね?」

科学の国から正義の国に来る者はそんな夢を持っているのか。天使による恩恵は母数が少なく厚い、科学による恩恵は母数が大きく薄い……といった具合か。これもとりあえず頷いておこう。

『……はい、そうです』

「なら、私の所はどうかな。大通りに居た私の弟子達を見ただろう? みんな教会の軽い手伝いで最高級の衣食住を手に入れている」

神父の手が両肩に乗る。

「軽いテストをするから脱ぎなさい。合格したら紹介状を書いてあげる」

『テスト……? どうして脱ぐ必要があるんですか?』

「…………いいから、早く」

神父の手が下に向かい、僕のベルトを掴む。

『……外したら後悔しますよ』

特に躊躇う様子もなく、苛立ち紛れに慣れた手つきで留め金を外す。僕はそっと神父の顔を掴み、口を塞ぎ、雨水を彼の口内に流し込んだ。

「ぅぶっ……!? げほっ、ぉえっ……」

喉の奥まで流れてもいないくせに大袈裟に咳き込む神父を見下しつつ翼と光輪を顕し、雨雲を手のひらに浮かべる。

『……少し姿を変えて調査していただけでこんな目に遭うとは、正義の国の治安も悪いな』

声を低くするよう意識して、ポカンと僕を見上げる神父を睨みつける。

『知識を監督し驟雨を司る天使、ザフィエルだ』

「えっ……て、てっ……天使、様……ぁ、いやっ、あの、さっきのはっ……その」

『……ちょっと女の子っぽい子が好きなんだ?』

「そりゃもちろん避妊が面倒なだけで本当なら修道女が欲しいし──ぁ」

『聞きたいことがあるんだけど……いや、質問がある、答えろ』

無理にザフィらしさを出す必要はないのかもしれないが、ついつい言い直してしまう。

『獣人はどこに居る?』

「え……? えっと、種族別に……ってことですか?」

『獣人を集めている場所を教えろ、思い付くもの全て』

「天使様の方が詳しいんじゃ……あ、いえ、えっと、中央庁と各役所でしょう? ぁ、もしかして、弟子に手を出さず店に行けと……?」

中央庁に役所、か。政府主導だけあって立地がとんでもないな、バレでもしたら大スキャンダルだろうに。

『詳しい場所を地図に記せ。しばらく来ていない間に街並みが変わって……上手く目的地に着けないんだ』

「そ、それはそれは……大変ですね」

神父は机から地図と万年筆を持ってくると幾つか丸の印をつけた。ここに居るのか……新たな戦力。

『じゃあ、もう行くけど、今度からは真面目に神父として弟子を育てるんだぞ』

優しく注意をして地図を受け取って部屋を出て、透明化して扉を透過し、なんとかなったと安堵しているらしい神父をじっと見つめる。

『……魔物使いの名の元に命令する』

魔力をあまり持たない人間でも、僅かにでも魔力があるなら身体の不調くらいは起こせる。凡人でも命令一つで動きを止められるようになりたいものだ。

『雄として死ね』

まだ何をされたのか分かっていない様子の神父に背を向け、再び脱出。教会の屋根の上に登って地図を片手に辺りを見回す。

『えっと……向こうに山が見えるから、地図はこの向きで……このマークが教会、現在地……教会には記号振ってあって……?』

地図記号とかいうよく分からないものが地図の上に点在している。僕はカヤを呼び出し、獣人の前に先程逃がした女のところへ行こうと決めた。

『驟雨を司る天使、ザフィエル──少し聞きたいことがある』

女は物陰で蹲り、手首にできた痣を眺めていた。

「ひっ……て、天使様……? ぁ、さっきの……ち、違うんです、私本当に何もしてなくて……」

『……君の罪に関しては僕……ぁ、いや、俺は罰を与えない。質問があるんだ。さっきみたいなのはよくあるのか?』

「さっきみたいなの……とは」

『人を道端に縛って石を投げる……みたいな』

世界で最も恵まれ成熟した国だなんて言っているくせに随分と野蛮じゃないか。天使がそんなふうに否定するのはおかしいかと、感想は言わずに情報だけを求めた。

「あぁ、石打ちですか……よくあります」

『……石以外も?』

「えっと、私がやったものでは……鞭打ち、肉削ぎ、松明……」

『待て、やった? やった……とは?』

「え……? 罪人に罰を与えるのは国民の義務でしょう?」

彼女も先程の民衆のように罪が本当かどうかも、その罪に相当する罰かも考えず、正義を振りかざしたことがあるのか。

「やらないと罰されますし、結構スッとしますし……」

『……なんでやらないと罰されるの?』

「義務を果たさない者には罰が必要でしょう? 正義の国の国民のくせに正義感がないなんて、きっと悪魔に唆されているんです」

自分もあんな目に遭っておいてまだそう考えられるのか。まぁ、生まれ育った国の常識なら仕方ないのか?

『……ありがとう。それじゃ……あ、そうそう、死んだ子についてだけど』

その子の死体を調べた訳でもないから確証は持てないけれど、と前置きをした上でアレルギーについて軽く説明した。しっかり理解する必要もないので、鳥がアロマで死ぬように、犬にネギが毒なように、種族の個体差のように同じ人間でも個体差があり、食物によってはその差が顕著だと、その子にとってそのお菓子は毒だったのだと──まぁ、適当な話だ。

「…………私はあの子に毒を食べさせたんですか?」

『知らなかったんだろ? 事故だよ。君が食べさせなくてもいつか同じことになってたかもしれないし、そりゃ気にした方がいいとは思うけど、自分は殺人鬼だなんて気負い過ぎてもよくないよ、子供が居るなら尚更……あ、ちょっと!』

女は僕の横をすり抜けて大通りの方へと走っていってしまった。家に帰りでもするのだろうか? 今人目の多いところに行くのはまずいと思うのだが。

『…………まぁ、いいか。多分大丈夫だよね。カヤ、この地図見て、ここに行って欲しいんだけど……どう? 読める? 行ける?』

地図を持つ手に氷水をかけられたような感覚があって、可視になったカヤが顎を置いているのが見える。しばらく地図を見つめたカヤは僕の顔を見上げ、ワンと吠えた。
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