ストーカー気質な青年の恋は実るのか

ムーン

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追跡

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ゲームセンターを出て、また暑い熱い街を歩く。
どこに行こうか、喫茶店に戻ろうか、お釣りをもらいにトンボ帰りなんて格好悪いけれど今は数百円でも大事にしたい。彼が帰っていれば千円札を取り戻しに行ってもいいのだけれど。

考えているうちに喫茶店の近くまで来た。どこか店内を覗ける窓はないものか……と隣の店の看板の陰に隠れつつ伺っていると喫茶店のあの鈴が鳴り、店内の冷気が僅かに漏れ出す。

「……ぁ」

彼だ。彼は今ちょうど店を出た。予定通り喫茶店に入って先程のお釣りを──あれ? 僕は何をしているんだろう。夏の熱に浮かされたかな、喫茶店に戻ればいいのに、どうして彼の後を追っているんだろう。

信号で立ち止まる彼の背中を見つめ、汗ばんだ項に張り付いた銀色の髪を見つけ、また新しい欲望が浮かぶ。
舌を這わせたい。赤子のように吸ってみたい。少し照れた彼に笑いながらたしなめられたい。そんな気持ちの悪い欲望達は僕の足を進ませる原因になる。ダメだダメだと思いながら、電柱や店の陰に隠れながら彼を追う。

彼は一度も振り返らず、あるボロアパートの前で止まった。ポケットを探り、可愛らしい白うさぎのマスコットがぶら下がった鍵を取り出し、凹みが見受けられる扉を開けて中に入っていった。
まさか、自宅? あんなにも美しい彼がこんなボロアパートに? いや、それよりこれは犯罪ではないのか? 尾行して自宅を突き止めるなんて。いや、わざとでは……

「…………104、か」

このアパートには見覚えがある。どこでだっただろう、写真だったと思う、その時も「ボロいな」と思っていたような。
いつかの記憶に思考を飛ばしながら一角にまとめられたポストの前に立つ。

「……104」

覚えた番号のポストに手を伸ばす。蓋を止める役割のダイヤル式の南京錠はぶら下がっているだけで錠の役割を話していない。開けているなんて不用心な……変な物が入っていないか見ておいてあげようか。

「チラシ、チラシ、チラシ……」

近所のスーパーだとかの広告ばかりだ。
肩を落としたその時、底に張り付いていた手紙を見つけた。ゴミ同然の紙をポストに戻し、その手紙を持ってアパートの塀の影に隠れる。

「若……神? 子…………雪、凪……様へ」

凪……? ナギ!? これが彼の名前か? 読み方は分からないが、どこまでが姓でどこからが名なのかすら分からないが、これが彼の名前だ。

「わかかみこ……わかかみし……じゃくしんし……ゆき? せつ? 何て読むんだろ。雪が凪ぐって……なんか、変わった名前」

開封してみようか、差出人名はない。糊で止められただけの茶封筒、慎重に剥がして糊で貼り直せば気が付かないだろう、開封済みだなんて考えもしないはずだ。

「……よし、綺麗に剥がせた」

鞄を地面に置き、その上に茶封筒を置く。その隣に屈んで手紙を広げた。

「えっと……」

その内容はもう帰ってこなくていいというものだった。もちろんそれだけが書かれていた訳ではないが、他は彼に対して「お前はもう必要ない」とその理由を嫌味ったらしく説明するものだ。
彼はどこか良い家の生まれで、親に反発して家出して──または勘当されて、今はこのボロアパートに住んでいる。僕はそんな物語を勝手に組み立てた。

「…………知りたい」

手紙を茶封筒に戻し、鞄に入れてあるはずの筆箱を探す。筆箱といっても布製の袋なのだけれど。筆箱に入れていた糊を糊の跡の上に塗り、未開封を偽装する。ポストに戻して何事も無かったふうを装う。
彼が入っていった部屋の裏に回り、干された洗濯物を眺める。

「ナギさん……僕は、あなたを知りたい」

柵に手を伸ばして地面から数十センチ離れたベランダによじ登り、カーテンが閉まっていることを確認して干されていたシャツに手を伸ばし、顔に押し当てて深呼吸をする。

「……新発売のやつだ」

大学近くのスーパーに並んでいた新発売の洗剤の香りだ。試供品を貰って使っていたから分かった。彼も試供品を貰ったのか、それとも新しい物好きなのか。このシャツを盗って帰りたいところだが、流石にそれは犯罪だ。どうせなら洗濯前が欲しいし、やめておこう。
尾行はわざとではない、ポストを開けたのだって安全確認のためで、手紙は読んだけれど元に戻した。問題はない、多分。あったとしてもバレはしない。


適当な言い訳を頭の中だけで繰り返しながらアパートを後にする。僕は母に少し帰りが遅くなるとメールを入れ、ネットカフェに向かった。

「確か……捨てアカ作って……あった」

携帯端末のメモを見て、大人の玩具を買う用に作って放置してあったアカウントのIDとパスワードを打ち込む。両親にバレたくない買い物は全て一度きりのアカウントで行う、十八になる前は特に重宝していた手だ。配送場所は実家からも大学からも二駅以上離れたどこかのコンビニに設定すれば完璧。

「……よし、あとはどうやって仕掛けるか……」

彼を知るためにはまず彼の家にカメラを仕掛けなければ。音の方は適当にコンセントに挿しておいてもボロアパートの一室ならどこに置いても拾えるはずだ、しかしカメラは難しい。両方ぬいぐるみにでも仕掛けて送れるのなら手間が省けるのだが、そんな仲ではないし匿名では不審過ぎる、何より彼が部屋にぬいぐるみを飾るかどうか分からない。

「…………鍵、根気よく写真撮れば番号分かるかな」

鍵には番号がある。その番号とメーカーさえ分かれば合鍵を作ることが出来る。それを防ぐカバーも普及しているけれど、彼は付けていなかった。どこかに隠れて写真を撮れば番号が映せるかもしれない。

「……いや、ベランダから入れるかな……」

窓の鍵は閉めているだろうか、一階なら閉めていそうなものだが、ポストの鍵は開いていたし見た目に反して抜けているのかもしれない。
それはそれで可愛いかな? それなら僕が守ってあげなければ。


カメラとマイクの注文を終えた僕は通販サイトを閉じ、買った時間があと三十分以上残っていることを確認し、暇潰しにネットサーフィンを始めた。彼の名前を調べてみようか、苗字だけなら読み方が分かるかもしれない。

「若い、に……神、こ……こ、子どもの子……」

若神子家、と手紙に書いていたことから若神子までが苗字なのは分かった。となると名前は雪凪? なんと読むのだろう。ゆきな、せつな、あたりが妥当だけれど、ナギというあだ名ならナギと読むのかもしれない。

「あった、若神子……グループ?」

聞き覚えのある名前だ。いや、当たり前か。世界的な大企業だ、社会学か何かで習った、製薬から始まって貿易だとか軍事だとかも手掛けて──今は何を専門にしていたっけか。

「読み方はワカミコかぁ……ナギさんも同じ読みだよね……」

珍しい苗字だと思うが、関係があったりするのだろうか。いや、確かに僕は彼が良家の生まれだろうなんて勝手に予想しているけれど、そんな世界トップクラスとまでは……

「……そういえば都市伝説多いなぁこのグループ」

都市伝説に興味はないけれど、ネットサーフィンをしていれば嫌でも目に入る。世界を裏で牛耳っているだとか? 製薬はマッチポンプだとか? ツッコミどころが多過ぎる、嘘を楽しみたいならもっと巧妙に作ればいいのに。

「現在の会長は雪成……ね。雪…………か」

……雪凪さん。いや、偶然だろう。
僕は全てのタブを閉じ、彼を見守るための方法を思い付く手助けになりそうなサイトを改めて漁った。
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