ストーカー気質な青年の恋は実るのか

ムーン

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純潔

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夕飯はカレーがいいとの子供っぽく可愛らしい願いを受け、昼寝したいと言った彼を置いて僕は一人で材料を買いに行った。スーパーのトイレで一回抜き、無風の湖面のような穏やかな心持ちで帰宅。
しかし、その穏やかな心はアパートの前に停められた黒い高級車の群れに乱される。その上、数人の黒いスーツを着た男が車やアパートの近くに佇んでいる。異様な雰囲気だ。明らかにまともな集団ではない。

「……す、すいません……ここ、住んでるんですけど……」

返済を滞らせている住民でも居るのだろう、何の関係もない僕には手を出さないはずだ。そう自分に言い聞かせ、震える足を進め男達の隙間を抜ける。
彼の待つ自室の前に立ち、その隣──彼の部屋の呼び鈴を鳴らす青年を見つけた。真っ白いスーツに身を包んだ、リーダー格と思われる青年だ。
何より僕の目を引いたのはその見た目。病弱にも思える白い肌に、透明に近い真っ白の髪、そして……彼の右眼と同じ色の双眸。青年は呼び鈴を連打しながら僕の方に視線を移した。

「…………お前、103か?」

青年は僕に話しかけている。ぶっきらぼうで不機嫌そうな声には聞き覚えがあった。
そう、彼と同じ声……しかも顔も似ている、というか瓜二つ。しかし青年の方が彼より若く見える。

「そ、そう……ですけど」

「104の奴がどこに行ったのか、知らないか?」

部屋に居ると言った方がいいのだろうか。いや、確実に厄介事だ。彼に早くカレーを食べさせたい。

「……知りません」

「…………人と話す時は目を合わせて話せ、常識だ」

もう部屋の中に入ってしまおうか。いや、鍵を開けたら強引に入られるかもしれない。
僕は仕方なく青年の真紅の双眸を見つめた。怖さが勝るとはいえ想い人によく似た顔立ちに同じ色の瞳はとても美しく思えて、青年の目を見つめるのはそう苦しいことでもなかった。

「……嘘吐き変態ストーカー野郎」

「……は? な、なんですか、急に……」

嘘? 彼を知らないと言ったことか? 変態はともかくストーカーには覚えがない。大丈夫、ただ口が悪いだけだ、見透かされたなんて思うな。

「はぁ……どこかのスパイにでも狙われたかと見に来てみれば、ただただド変態に惚れられただけなんてな、バカ兄貴め」

兄貴……? 彼は弟が居ると言っていたが、彼がそうなのか。見た目からしてそうではないかと思っていたけれど、確信となると驚きはある。

「お前、カメラ早く片付けろよ。あのバカ俺の仕業だと決めつけて持ち出した社外秘ばら撒くとか言って……大損失だ、この国の経済が傾く。いや、ミニ世界恐慌だな」

「な、何の話ですか。盗撮? って……そ、そんなの知りませんよ!」

「…………面倒臭いな」

青年はボソッと呟くと大股で僕に詰め寄った。彼によく似た美しい顔が傍に来て、香水だろう薔薇の香りが鼻に届いて、鼓動が高鳴る。

「目を合わせろ、ド変態」

「へっ、変態じゃないですよ!」

僕は何も関係がないから早くどこかへ行ってくれ。そう叫びたかったが、真っ赤な眼に睨まれて反抗心が萎む。

「……へぇ? ディルドオナニーが日課でさっきも店のトイレで抜いてきたばっかりの螺樹木君は変態じゃないのか? はっ! じゃあもうこの世に変態なんて存在しないな!」

「…………え? な、な……なんで」

「察しの悪い変態だな」

名前は表札でも見たのだろうで片付くけれど、僕の趣味は誰にも知られていないはずだ。さっきの出来事なんて調べようもないはずだ。

「じゃあ、アプローチ変えてやるよ。りょ、う、と、くん」

胸倉を掴まれ、鉄製の扉に押し付けられる。焼けるような熱を感じながら、とうとう暴力を振るわれるのかと目を閉じた。

「……んっ!? んっ……ん、ぅうっ!」

予想に反して与えられたのは痛みではなく濃厚な口付けだった。どうにか引き剥がそうと暴れて扉をガンガンと叩く。だが、周りに居た男達に腕を押さえつけられ、抵抗を禁じられた。

「なぁ、涼斗…………続き、して欲しいか?」

青年の顔が僅かに離れ、呼吸を感じる距離で赤い瞳が仄かに輝く。口の端に垂れた唾液を舌で拭われる。僕の力が抜けたと分かった男達が僕の腕を解放する。

「続きが欲しいならカメラ外してこい」

「……いらないよっ! この変態! 痴漢っ! 最っ低!」

青年を突き飛ばし、逃げようとして男達に捕まる。どうして僕がこんな目に遭わなきゃならないのか全く分からない、僕は何も悪いことはしていないのに。

「お前らやめろ、一般人に手を出すと後処理面倒臭いんだ。こういうガキは落としさえすれば何でも言うこと聞くんだよ」

今度は壁に押し付けられ、また無理矢理舌をねじ込まれる。抵抗も許されず、ただ口内を犯される。口が離れて泣きながら呼吸を整えていると青年の膝が股間をぐりぐりと躙ってきた。

「……勃たせてるな? ははっ、素で変態の奴は落とすのが楽でいい。ほーら、言うこと聞いたらもっといいことしてやるよ。俺の言うこと聞くよな? りょーうーと、くんっ」

「ふ……ぅっ…………やだっ、凪、さん……」

初めてのキスは彼とが良かったのに。こんなふうにされても相手が彼なら喜べたのに。

「…………誰かに惚れてる奴って本っ当に癪に障るな……なぁそうだろ? 俺よりいい男なんか居ないのになぁ。ま、その分……燃えるけど」

何より嫌なのは無理矢理のキスで勃起してしまった僕自身だ。彼に瓜二つだというだけで、僕の身体は疑似体験に悦んでいる。
嫌なのに、嫌だと思ってはいるのに、三度目のキスに更に昂る。

「んっ、ん……ふぅっ…………んーっ!」

性器への乱暴な刺激と丁寧で執拗なキス。愛情なんて欠片もない行為で僕は絶頂を迎えさせられた。それでもその二つは中断されず、更なる快楽を僕に与える。103の扉が開いたと同時に青年が動きを止めるまで、快楽による苦痛は続いた。

「うるさいんですけど何か…………あれ、風……? なんでここに」

大好きな甘い声、大好きな青い瞳、彼の全ては青年に向いていた。

「お前が盗撮されてるとか間抜けなこと言うから見に来たんだよ。親父ならいいけど他企業とかだったら困るのは俺だからな」

「あ、そう……って、何してるんだよ!」

彼はようやく僕に気が付き、青年を押しのけ男達の手を払い、僕の肩を掴んで揺さぶった。

「……涼斗さん? 大丈夫……? え……風、君本当に何したの? 変な薬とか打ってないよね?」

「まぁ、俺は最強の媚薬みたいなとこあるから……」

「バカ言ってないで早く救急車呼べよ! どうせヤバい麻薬だろ!?」

「バカ言ってるのはお前だよ、俺は麻薬は扱ってない。お前と違って意味もなく法律を犯したりしない」

男達に押さえられていた腕が痛い。手の形の痣ができている。僕はそっとその腕を彼の背に回した。下心は欠片もなく、ただ泣きたくて、彼の胸に頭を預けて肩を震わせた。

「……なぁ、本当に何したんだよ」

「聞いて驚け、キスだけでイかせた」

「…………相変わらず最低だな」

「お前が言うか? 相変わらず自分が見えてねぇな」

彼はゆっくりと僕の背を撫でてくれた。それが嬉しくて、僕は更に強く彼に抱き着く。

「お前には真似できない偉業だぞ、褒めろよ不能兄貴」

「君ほどじゃないけどちゃんと勃つ……って何言わせるんだよ。はぁ……この子はまだ19なんだ、まだ子供なんだよ。そんな子が君みたいなのに…………一生のトラウマだ、可哀想にね」

「あと一分あれば一生の宝に出来る自信がある」

「そういうところだよ君は」

「誰のせいだと思ってんだか。記憶喪失かよ」

まだ子供……彼はそう思っていたのか。相手になんて、されなかったのかな。好かれてるなんて、勘違いだったのかな。子供だから優しく接してくれただけなのかな。この恋は叶わないのかな。

「……で、カメラ外したのか?」

「だから俺じゃないって何回言わせるんだよ。まぁ他企業でもないな。個人だ個人。若神子には何の関係も無く、お前はド変態に惚れられただけ」

「そう……! そっか…………ふふっ」

「……喜ぶな気持ち悪い。片目だけでもカメラくらい分かるだろ? 右眼使えよ無能兄貴、外したいなら自分で外せ」

「そうする。手間かけさせて悪かったね、もう帰れよ、二度と来なくていい」

「なんだよ可愛い弟が忙しい中来てやったのに、仕送り止めるぞバーカバーカ、不能ー」

青年はその後二、三言悪口を置いて帰り、アパートの前にはいつも通りの平和が戻ってきた。

「…………涼斗さん。すいません、巻き込んで」

彼もいつも通りの声色で僕の頭を撫でて、落としてしまっていたスーパーの袋を拾い、僕の肩を抱いて103の部屋に戻った。
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