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第六章 現実世界は異世界より奇なり

白い物を買い漁る

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2015年 5月14日 木曜日 14時3分

新しいノートが必要になり、それを父に言い、消しゴムとシャーペンの芯を買っておく許可もついでにもらった。
千円札をもらった僕は琴平に案内されて駅前の文房具屋に来ていた。

「この店品揃えいいんですよー」

「…………よすぎるよ」

ノートが壁一面を埋め尽くしている、店も広いし逆に目的の物を探すのが大変だ。ノートの推奨行数を覚えてきて良かった。

「今日は式見蛇さん一緒じゃないんですね」

「うん、お母さんに用事頼まれてるんだって」

消しゴムとシャーペンの芯は粗悪品でなければいい。目的のノートを探し出した後で適当に選び、レジに持っていった。

「……あれ? こーくん……?」

会計を待ちつつ不意に外に目をやれば、車道を挟んだ向かいの歩道に式見蛇の姿が見えた。

「ねぇ琴平、あれこーくんかな」

「へ? どこですか?」

「あっ、いない……ありがとうございました。ちょっと行こ、早く!」

袋詰めまでしてくれた店員に礼を言い、店を出る。点滅していた信号を慌てて渡り、式見蛇が向かった方へ不格好に走ると彼の背中が見えた。

「こーくん! こーくん、待って!」

聞こえていないのか彼は叫んでも止まってくれない、電車に乗るのか駅に向かっている。人混みを掻き分けて何とか彼の元へ辿り着き、そのたくましい腕に抱き着いた。

「……何? 誰?」

「僕だよ、こーくん。どこ行くの?」

「こんにちはですー、用事終わりましたん?」

式見蛇は人混みの流れに逆らわないように道の端に避け、僕と向かい合った。

「僕、そこの文房具屋さん行ってたんだ。こーくんはどこ行くの? 用事今から?」

「………………あぁ、用事はもう終わったんだ」

「そうなの? じゃあなんで……もしかして、僕のこと探しに来てくれたの?」

「……まぁ、そうだな」

なんだろう、いつもより目が虚ろに見える。気のせいだろうか? 髪を上げているからかな。

「化野さん、私お邪魔でしょうか?」

「そんなことないよ。ね、こーくん」

式見蛇は何も言わずに口角を上げ、僕が抱きついている腕を優しく振った。抱きつかれたのが嫌だったのかと大人しく離すとその腕は僕の腰に回った。

「ふぇっ……? こ、こーくん……」

「嫌か?」

「嫌じゃないけど恥ずかしいよ……ぁ、でも、やめないで」

彼が着ているパーカーの端をきゅっと掴む。ダボッとしたそのパーカーは紫色に蛍光グリーンのラインが入った派手なものだ。

「こーくん、ジャージ以外も持ってたんだね」

「え? あ、あぁ……たまにはな」

「アレっぽいですね、こないだ映画やってたロボット」

「人造人間だ。いやロボットの元は戯曲「人造人間」だから人造人間がロボットの訳じゃないのかってのは疑問だが現代では機械的なイメージが強まっているからそれの──」

「ごめんなさい」

「いや怒ってないちょっと俺も結論ついてないから聞いて欲しいし論が欲しい」

「普通に嫌です。よく知りませんし」

何の話をしているのだろう。よく分からないが、式見蛇が饒舌になるなんて珍しい。

「式見蛇さんってめんどくさいオタクやったんですね……ジャンルは違えど同志は同志、仲良くしましょう」

「いや俺オタクってほど詳しくないから」

僕を抱き寄せたくせに式見蛇の意識は琴平に向いている。それが嫌でパーカーの紐を引っ張った。

「なんだ? 化野」

「え……? な、なんで化野なんて呼ぶの。ユウちゃんって呼んでよ、いつもみたいに……紐引っ張ったから怒ったの? ごめん……構って欲しくて。怒らないでよ、こっち向いて欲しかっただけなの……」

「……あぁ、悪い悪い、今日のユウちゃんは特に可愛いからちょっとイジワルしたくなってさ。ごめんなー?」

わしわしと頭を撫でられ、ウィッグ越しでも彼の優しい手つきにほだされ、彼の胸に頭を預ける。

「本当にごめんな? お詫びに服買ってやるよ」

「へっ……? ふ、服?」

「臨時収入あったからさ。さっきいい店見つけたんだよ、そろそろ夏物買わないとな」

「あ、私も夏物欲しい……着いてきまーす」

腕を腰に回されたまま歩き、駅近くのオシャレな洋服屋に到着。

「ちょ、ちょっと……こういう店入ったことないよ、僕……」

「わー……! 私ちょっと向こう見てきます、お二人さんの邪魔したあきませんし。ほなまた」

式見蛇の服を掴む手についつい力が入ってしまう。周囲を見回しているうちに店員が僕を指差して別の店員に耳打ちしているのを見てしまい、風船のように浮かんでいた心が沈んだ。風船の中のガスがヘリウムからプロパンにでも変わったのかもしれない、中で液化したのかも……最近テスト勉強に力を入れているせいかな、変なことを考えてしまった。

「ユウちゃん、ほらこっち」

「……僕、やっぱりこの店合わないよ」

「何言ってんだよ、追い出されない限り居ていいんだよ店ってのは」

追い出されることなんて閉店間際でもそうそう起こらないと思うのだが。

「ほら、この服とかどうだ?」

そう言って式見蛇が持ったのは半袖の白いロングワンピース、腰のところにリボンがある。

「……こーくん着たらピチピチになるよ、もう少し大きいの探さないと」

「俺は着ねぇよ」

少し前から違和感を覚えていたが、今日はやけに口調が乱暴だ。笑顔も口元だけで目が全く笑っていないし。
いつもと違う様子の式見蛇をじっと観察しているとワンピースが僕に押し当てられた。

「へ……?」

「やっぱ似合うな」

「な、なんで僕に……こーくんの服選びに来たんでしょ?」

「いや、お前のだぞ? 言ったじゃん、服買ってやるって」

聞いたけれど納得はしていない。

「何言ってるの……僕お金持ってないよ」

「俺が買うから要らないぞ」

「……僕の服だよね? なんでこーくんが買うの?」

「俺がユウちゃんに着て欲しいからだけど」

それは、何だ? つまり……服をプレゼントしてくれるということか?

「ダ、ダメだよ! ゲーセンのぬいぐるみとか、ご飯とかはまだいいけど……僕もこーくんにご飯作ったりするつもりだし。でも、服はダメだよ、高すぎる……僕何回こーくんにご飯作らなきゃいけないのさ」

「ユウちゃんが着たいやつを俺が買うんじゃなく、ユウちゃんに着て欲しいのを俺が買うんだから、俺が金出すのは当たり前だろ? 埋め合わせとか考えるなよ」

あまりに堂々としているから説得されてしまいそうになったが、意味が分からない。着るのが僕ならその服の代金は僕が支払うべきだ。

「あー……じゃあこうしよう、今日買った分は普段着ない。俺に会う時だけ着る。俺と会う時用の制服を俺が支給する、これでいいだろ」

「よくないよ……」

「じゃあ、ほら」

式見蛇はジーンズの後ろポケットに入れていた長財布を取り出し、中身を見せた。札が何枚も入っている。

「財布パンパンになってカッコ悪いだろ、使わせてくれ」

「な、なんでこんなに……」

「親戚がお小遣いくれたんだよ。な? 頼むよユウちゃん、そんなに気になるならたまに飯食わせてくれりゃいいからさぁ」

式見蛇は着るものも食べるものも不足していると思っていた。けれどジャージ以外も持っていたし、財布はパンパン、実は彼は僕の想像を遥かに超えて恵まれた環境に生きているのか?

「……わ、分かった。でも、僕……半袖はダメだよ、包帯が丸見えになっちゃう」

金をドブに捨ててみたいと言うのなら、そんな余裕があるのなら、少し恵んでもらおう。
僕は性悪にもそう考えて式見蛇の提案を受け入れた。

「見せればいいじゃん、堂々としてりゃファッションになるって」

包帯を体に巻き付けるような痛々しいファッションがあってたまるか。

「だんだん暑くなってくるのに長袖長ズボンじゃキツいだろ。つーか、言ったろ? 俺と会う時専用の制服だって、俺以外に見せないんだから、俺は包帯巻いた手足見たいんだから、丸見えでいいんだよ」

包帯を巻いた手足が見たいとはどういうことだ。

「……そうだね。こーくんが買ってくれるんだもん、こーくんの好きなの買ってよ」

「おっけ。じゃ、このワンピと……スニーカーじゃ合わないよな、靴見に行こうぜ」

靴売場の方をしばらく見て回り、式見蛇が選んだのは涼し気な白い厚底サンダルだ、花を模した飾りが付いている。

「結構高いよこれ……本当にいいの? 服だけって言ったじゃん」

「いいのいいの、服だけとか言ってないし。さて次~、そろそろ日差しがキツくなってくる頃だし、ユウちゃんのその白くて綺麗な肌が焼けちゃうと俺的に大惨事なんで……帽子!」

次に帽子売場に行き、白い大きな麦わら帽子を選んだ。

「こうなってくると鞄も要るな」

「え……も、もういいよ、悪いよ。ねぇ、もういいってば」

式見蛇は僕の話を全く聞かずに白い鞄を持ってきた。

「夏場は持ち歩くもん増えるよな。タオルだろ、日焼け止めだろ、なんかスプレーだろ、水筒だろ……大きいのがいいよな」

白く塗られた草編みのトートバッグ、麦わら帽子と似た素材でワンピースによく合いそうだ。

「そうだユウちゃん、日焼け止めとか持ってる?」

「持ってないけど……」

「そっか、じゃあ買っとくか」

レジ横に並べられていた日焼け止めを一つ取り、今まで選んだ物と共に会計を済ませた。

「ユウちゃん、これ着て帰るか?」

そんなことをしたら父に全て壊されるに決まっている。僕は慌てて首を横に振った。

「そっか……すぐ見たかったんだけどな」

「……ごめんね? あ、あのね、明日……学校終わってからなら遊べるから」

「そっか! じゃあそれ着て来てくれよ」

「う、うん……ありがとう、本当に」

僕と式見蛇はすっかり琴平の存在を忘れて二人で店を出た。
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