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第六章 現実世界は異世界より奇なり
シンクロニシティ
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服などを買ってもう帰るかと思われたが、式見蛇は次の店に向かうようだ。これ以上何かを買ってもらうのは申し訳なさ過ぎる、どうにか断りたい。
「……美容院?」
「あぁ、ここウィッグ売ってくれるんだってさ。色も豊富でレイヤーにも人気って書いてた」
式見蛇は携帯端末を操作して美容院の看板を確認し、携帯端末をポケットに戻した。
「…………僕の髪、ウィッグだって分かってたの?」
「ん? あぁ、匂いが違うし、つむじないし、すぐ分かったぞ」
自然な髪に見えるようにとかなり気を遣ってもらった医療用ウィッグなのにバレてしまっていたのか、いつバレたのだろう……落ち込んでいるうちに手を引かれて美容院に入ってしまった。
「ユウちゃん……この子に白のロングつけてみて欲しいんですけど」
式見蛇は勝手に店員と話している。今日の彼は明るく積極的で彼らしくない、大人しくて暗い性格の彼だから落ち着けるのに、今日の彼の隣は居心地が悪い。
「え……し、白? 白は変じゃない? おばあちゃんみたい……」
「……は? 白こそ至高だろ。いいからほら、被って見せてくれよ」
一瞬、口元だけに浮かべられていた笑顔が消えた。小さな黒目に睨まれては逆らえず、店員に案内されるままにウィッグを替えた。黒のボブヘアから白のロングヘアに。
「…………やっぱり変だよ、似合わないよ」
意外なことに老婆らしさはなかった。異世界で白髪でも若々しいアンなどに会っていたからだろうか。
「似合う。買います、ちょっと違和感減らす感じで毛先切ってもらっていいですか?」
似合わないと言っているのに式見蛇は勝手に話を進め、僕は新しいウィッグを手に入れてしまった。
「……めちゃくちゃ高かったよ。こーくん……ダメだよ、僕なんかにお金使っちゃ」
元の黒いウィッグを被り直し、美容院を出て道を歩きながら呟く。普通、誰かに何かを買ってもらえたら相手の気持ちごと喜ぶべきものなのだろうが、僕は買い与えられる度に気分が落ち込んだ。
「どうせ他人にお金使うなら……もっと可愛い女の子に、可愛い物買ってあげればいいのに。そうすればこーくんも彼女できるよ」
式見蛇が本当にそうしたら嫉妬して泣きわめくくせに、僕は嘘つきだ。
「金で買えるような彼女なら要らないな」
「…………僕にお金使うよりマシだよ」
嘘でも喜ぶべきだろう、しかしそれすら出来ない。いや、こうやって落ち込んで見せた方が次に僕に金を使うことはなくなるだろうから、むしろいいのだ。そう言って演技ができない自分を肯定する。
「クレープでも食うか? そこに店あるけど」
「いいよ。そろそろ家帰らなきゃだし……」
「そっか、じゃあ明日、今日買ったもん着てここに来てくれよ」
「え……? ここに? う、うん……」
式見蛇は駅前の何だかよく分からないモニュメントを指差し、駅に入っていった。いつも家まで送ってくれるのに、遊びに行く時は家まで迎えに来てくれるのに、今日は駅前で解散で明日は駅前で待ち合わせだ。
「…………変なこーくん」
やっぱり今日の彼は少し変だ。
まぁ、いいや。スーパーで買い物をして帰ろう。そう考えて踵を返し、電話が鳴っているのに気付く。
「もしもし」
『もしもしとちゃいますよ化野さん! どこおるんですか!』
「あっ……ご、ごめん。君のこと忘れてた。駅前だよ」
しばらく待つと僕が持たされたものと同じ紙袋を持った琴平が走ってきた。
「もぉー……置いてくなんて酷いすぎますよ。邪魔やったら邪魔や言うてくれたら帰りましたんに」
「ごめんね、本当に忘れてただけなんだよ」
「それはそれで傷つきますからね!」
スーパーと琴平の家は駅からは同じ方向なので、二人でそちらに歩いていく。道中で式見蛇に買ってもらったものを自慢しながら。
「白いもんばっかり買うてもらったんですねぇ。しっかし気前ええなぁ……式見蛇さん、そんな余裕ありましたん?」
「分かんない……でも、お金いっぱい持ってたのは見たよ。親戚がくれたとか言ってたけど」
「うーん……? 自分用に貯めたりしぃひんのやろか……化野さん、誕生日だったりします?」
「二十一日だから……あ、来週だ」
「二十一日なんですか? 私二十六なんですよ。来週なんやったら早めの誕生日プレゼントかもしれませんね」
式見蛇に誕生日を教えた覚えは──覚えはないが、教えたかもしれない。本当に覚えていない。
「琴平、二十六なんだ……じゃあ僕の方が年上だね。社長令嬢は庶民のプレゼントとか欲しい?」
「そら友達にもろたら嬉しいですけど。そない無理せんでええですよ」
「肩たたき券書くよ」
「う、うーん……ありがとうございます」
「冗談だよ、ちゃんとしたのあげる。期待しないでね」
琴平は名家のお嬢様、きっと父も友人として認めてくれるだろう。ダメ元でプレゼントの相談をしてみようかな。
2015年 5月15日 金曜日 12時50分
いよいよ来週からテストだ。異世界へ行くと勉強した内容を忘れてしまいそうだから、テストが終わるまでは異世界へは行かないことにしている。父をまともにするのが遅れてしまうけれど、テストで悪い点数を取ったら父に何をされるか分からない。長くかかる完治目的の治療より対症療法を優先しなければならない時もあるのだ。
「土日、勉強会とかどうします? 各々勉強の方がいいですかね」
「父さん土曜は早いし日曜は家にいるから土日は無理そうかなぁ、当日にならないと分かんないよ」
「ユウちゃん行かないなら行かない」
今日も僕、式見蛇、琴平の三人で下校。僕と仲良くしているところを見られたくないと言っている琴平だが、校門を出てすぐに隣を歩くのは迂闊としか言いようがない。別に注意する気はないけれど。
「……せや、式見蛇さん。昨日のって化野さんへの誕生日プレゼントやったんですか?」
「へっ……? な、なんで知ってるの? やめてよ、当日まで秘密にする気だったのに……」
夏服一式は誕生日プレゼントだったのか。当日まで……と言うなら当日に渡せばいいのに、当日に「前のが誕生日プレゼントだったんだ」と言われても反応に困る。
「……ありがとう、こーくん」
「うん……誕生日、楽しみにしててね。大したものじゃないけど」
誕生日パーティをするからプレゼントの服を着てくれ──とでも言う気か? それなら笑顔を見せられる。
「…………式見蛇さん、式見蛇さん、私の誕生日五月の二十六日なんですけど」
「そうなんだ」
「……な、なんかプレゼントとか」
「え……? どうして?」
嫌なのかもしれないが「どうして」は酷い。
「ぅ……プ、プレゼントはいりませんから、家来てお祝いしてください! ごちそうとケーキ食べさせたりますから!」
どっちが祝われているのか分からないな、物で釣るなんて寂しい奴だ。ごちそうとケーキと聞いて二つ返事の僕達は浅ましい奴らだ。
「じゃ、私こっちなんで。テス勉頑張りましょねー」
「ばいばーい」
「さよならー」
分かれ道で手を振り合い、式見蛇と二人きりになってすぐ手を繋いだ。
「こーくん、こーくんの誕生日っていつ?」
「九月の二十一日だよ」
遠いな。ゆっくり考える時間があると考えるか。
「そっか。こーくんの誕生日もちゃんとお祝いするからね、欲しいものとか、して欲しいこととか、好きなご飯とか、好きなケーキとか、色々教えてね」
「無理しなくていいよ? ユウちゃんが傍にいてくれたらそれで……そうだね、誕生日プレゼント、一日ユウちゃんと引っ付いていられる権利がいいなぁ」
考えるべきはプレゼント代の調達ではなく、父への言い訳かもな。九月までに異世界を救えたらいいのだが。
「ふふ……こーくん無欲だよね。お金があったら僕じゃなくて自分に使うんだよ? それじゃ、また後でね」
「うん……? またね、ユウちゃん」
家の前で手を振って別れ、初めての待ち合わせへの高揚を胸に部屋に飛び込んだ。
「……美容院?」
「あぁ、ここウィッグ売ってくれるんだってさ。色も豊富でレイヤーにも人気って書いてた」
式見蛇は携帯端末を操作して美容院の看板を確認し、携帯端末をポケットに戻した。
「…………僕の髪、ウィッグだって分かってたの?」
「ん? あぁ、匂いが違うし、つむじないし、すぐ分かったぞ」
自然な髪に見えるようにとかなり気を遣ってもらった医療用ウィッグなのにバレてしまっていたのか、いつバレたのだろう……落ち込んでいるうちに手を引かれて美容院に入ってしまった。
「ユウちゃん……この子に白のロングつけてみて欲しいんですけど」
式見蛇は勝手に店員と話している。今日の彼は明るく積極的で彼らしくない、大人しくて暗い性格の彼だから落ち着けるのに、今日の彼の隣は居心地が悪い。
「え……し、白? 白は変じゃない? おばあちゃんみたい……」
「……は? 白こそ至高だろ。いいからほら、被って見せてくれよ」
一瞬、口元だけに浮かべられていた笑顔が消えた。小さな黒目に睨まれては逆らえず、店員に案内されるままにウィッグを替えた。黒のボブヘアから白のロングヘアに。
「…………やっぱり変だよ、似合わないよ」
意外なことに老婆らしさはなかった。異世界で白髪でも若々しいアンなどに会っていたからだろうか。
「似合う。買います、ちょっと違和感減らす感じで毛先切ってもらっていいですか?」
似合わないと言っているのに式見蛇は勝手に話を進め、僕は新しいウィッグを手に入れてしまった。
「……めちゃくちゃ高かったよ。こーくん……ダメだよ、僕なんかにお金使っちゃ」
元の黒いウィッグを被り直し、美容院を出て道を歩きながら呟く。普通、誰かに何かを買ってもらえたら相手の気持ちごと喜ぶべきものなのだろうが、僕は買い与えられる度に気分が落ち込んだ。
「どうせ他人にお金使うなら……もっと可愛い女の子に、可愛い物買ってあげればいいのに。そうすればこーくんも彼女できるよ」
式見蛇が本当にそうしたら嫉妬して泣きわめくくせに、僕は嘘つきだ。
「金で買えるような彼女なら要らないな」
「…………僕にお金使うよりマシだよ」
嘘でも喜ぶべきだろう、しかしそれすら出来ない。いや、こうやって落ち込んで見せた方が次に僕に金を使うことはなくなるだろうから、むしろいいのだ。そう言って演技ができない自分を肯定する。
「クレープでも食うか? そこに店あるけど」
「いいよ。そろそろ家帰らなきゃだし……」
「そっか、じゃあ明日、今日買ったもん着てここに来てくれよ」
「え……? ここに? う、うん……」
式見蛇は駅前の何だかよく分からないモニュメントを指差し、駅に入っていった。いつも家まで送ってくれるのに、遊びに行く時は家まで迎えに来てくれるのに、今日は駅前で解散で明日は駅前で待ち合わせだ。
「…………変なこーくん」
やっぱり今日の彼は少し変だ。
まぁ、いいや。スーパーで買い物をして帰ろう。そう考えて踵を返し、電話が鳴っているのに気付く。
「もしもし」
『もしもしとちゃいますよ化野さん! どこおるんですか!』
「あっ……ご、ごめん。君のこと忘れてた。駅前だよ」
しばらく待つと僕が持たされたものと同じ紙袋を持った琴平が走ってきた。
「もぉー……置いてくなんて酷いすぎますよ。邪魔やったら邪魔や言うてくれたら帰りましたんに」
「ごめんね、本当に忘れてただけなんだよ」
「それはそれで傷つきますからね!」
スーパーと琴平の家は駅からは同じ方向なので、二人でそちらに歩いていく。道中で式見蛇に買ってもらったものを自慢しながら。
「白いもんばっかり買うてもらったんですねぇ。しっかし気前ええなぁ……式見蛇さん、そんな余裕ありましたん?」
「分かんない……でも、お金いっぱい持ってたのは見たよ。親戚がくれたとか言ってたけど」
「うーん……? 自分用に貯めたりしぃひんのやろか……化野さん、誕生日だったりします?」
「二十一日だから……あ、来週だ」
「二十一日なんですか? 私二十六なんですよ。来週なんやったら早めの誕生日プレゼントかもしれませんね」
式見蛇に誕生日を教えた覚えは──覚えはないが、教えたかもしれない。本当に覚えていない。
「琴平、二十六なんだ……じゃあ僕の方が年上だね。社長令嬢は庶民のプレゼントとか欲しい?」
「そら友達にもろたら嬉しいですけど。そない無理せんでええですよ」
「肩たたき券書くよ」
「う、うーん……ありがとうございます」
「冗談だよ、ちゃんとしたのあげる。期待しないでね」
琴平は名家のお嬢様、きっと父も友人として認めてくれるだろう。ダメ元でプレゼントの相談をしてみようかな。
2015年 5月15日 金曜日 12時50分
いよいよ来週からテストだ。異世界へ行くと勉強した内容を忘れてしまいそうだから、テストが終わるまでは異世界へは行かないことにしている。父をまともにするのが遅れてしまうけれど、テストで悪い点数を取ったら父に何をされるか分からない。長くかかる完治目的の治療より対症療法を優先しなければならない時もあるのだ。
「土日、勉強会とかどうします? 各々勉強の方がいいですかね」
「父さん土曜は早いし日曜は家にいるから土日は無理そうかなぁ、当日にならないと分かんないよ」
「ユウちゃん行かないなら行かない」
今日も僕、式見蛇、琴平の三人で下校。僕と仲良くしているところを見られたくないと言っている琴平だが、校門を出てすぐに隣を歩くのは迂闊としか言いようがない。別に注意する気はないけれど。
「……せや、式見蛇さん。昨日のって化野さんへの誕生日プレゼントやったんですか?」
「へっ……? な、なんで知ってるの? やめてよ、当日まで秘密にする気だったのに……」
夏服一式は誕生日プレゼントだったのか。当日まで……と言うなら当日に渡せばいいのに、当日に「前のが誕生日プレゼントだったんだ」と言われても反応に困る。
「……ありがとう、こーくん」
「うん……誕生日、楽しみにしててね。大したものじゃないけど」
誕生日パーティをするからプレゼントの服を着てくれ──とでも言う気か? それなら笑顔を見せられる。
「…………式見蛇さん、式見蛇さん、私の誕生日五月の二十六日なんですけど」
「そうなんだ」
「……な、なんかプレゼントとか」
「え……? どうして?」
嫌なのかもしれないが「どうして」は酷い。
「ぅ……プ、プレゼントはいりませんから、家来てお祝いしてください! ごちそうとケーキ食べさせたりますから!」
どっちが祝われているのか分からないな、物で釣るなんて寂しい奴だ。ごちそうとケーキと聞いて二つ返事の僕達は浅ましい奴らだ。
「じゃ、私こっちなんで。テス勉頑張りましょねー」
「ばいばーい」
「さよならー」
分かれ道で手を振り合い、式見蛇と二人きりになってすぐ手を繋いだ。
「こーくん、こーくんの誕生日っていつ?」
「九月の二十一日だよ」
遠いな。ゆっくり考える時間があると考えるか。
「そっか。こーくんの誕生日もちゃんとお祝いするからね、欲しいものとか、して欲しいこととか、好きなご飯とか、好きなケーキとか、色々教えてね」
「無理しなくていいよ? ユウちゃんが傍にいてくれたらそれで……そうだね、誕生日プレゼント、一日ユウちゃんと引っ付いていられる権利がいいなぁ」
考えるべきはプレゼント代の調達ではなく、父への言い訳かもな。九月までに異世界を救えたらいいのだが。
「ふふ……こーくん無欲だよね。お金があったら僕じゃなくて自分に使うんだよ? それじゃ、また後でね」
「うん……? またね、ユウちゃん」
家の前で手を振って別れ、初めての待ち合わせへの高揚を胸に部屋に飛び込んだ。
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