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さんぐらすはひっすです
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朝食後の和室。外からの鳥の鳴き声だけが聞こえる静かな部屋に、襖の向こうから男の声がかかる。
「失礼します、当主様」
和室で一人、ちゃぶ台に膝をついて暇そうにしていた白い男が……雪風が生返事をすると、襖が開く。
「……何だった?」
寝起きの真紅の双眸が襖の向こうに正座したままの黒いスーツ姿の男に注がれる。
「はい、あの新人が当主様に手を出そうとしていたようで、その動機が彼の端末にあった動画です。旅行前、当主様が出張の際に側仕えにしていた新人が居たはずですが……」
覚えていますか、とサングラス越しに雪風を一瞬見る。
「あぁ……身体検査の点数高かった奴」
「はい、その者が……その、当主様の情事を盗撮しまして」
雪風は使用人から目を逸らし、口に手を添える。拘束され嬲られている映像なんて出回ったら──その可能性を考え、深く息を吐いた。
「……もちろん、盗撮した者は捕縛済。データは完全に消去。端末、カード共に破壊。送られたのは現在治療並び捕縛中の使用人のみで、ネットへの流出もありませんでした」
「…………当然だ」
「二人の処罰は」
「記憶消して捨てろ。辻褄合わせは任せる……はぁ、能力採用はやっぱり駄目だな」
雪風は少し苛立った様子で使用人を見つめ、使用人は俯いて敷居を見つめる。
「……で? 俺が聞きたいのは馬鹿共の話じゃない。やらかした奴の詳細なんて聞く必要はないし、処理もいつも通りだ」
ポタ、と敷居に汗が落ちる。
「ポチさん……いえ、真尋さんが頬を噛みちぎったと見て間違いありません。簡易的ではありますが、歯型を調べました」
「そうか」
「彼の口内に傷はなく、感染症などの心配はありません。当主様の身に迫った危険を察知し、それを素早く取り除く彼の手腕は中々のものだと考えます。訓練すべきです」
使用人が襖を開ける前から感じていた圧力が錯覚だったかのように消え、くつくつと笑い声が聞こえて使用人はゆっくりと顔を上げた。
「噛みちぎった……か。ふっ、ははっ、すごいな……本当に犬みたいだ。噛みグセがあるなら躾と訓練は必要かもな」
「……あの、本当に大丈夫でしょうか。雪兎様に……何かあったら」
「平気だ。真尋はユキには手は出さない」
雪風は一転して上機嫌だ。使用人はコロコロと変わる雰囲気に怯えつつも自分が抱いた不安要素を包み隠さずに伝える。
「…………確証はありません」
「今、お前が俺を殺さない確証は?」
「私がそんな!」
「……確証は? お前は素手で俺を殺せるし、拳銃やらドスやら仕込んでるだろ? そこからなら……三歩で来れるな。とん、とん、とんっと来て首をバッサリ……できるだろ? お前なら」
挑発するように首を傾け、白く細い首筋をトントンと指で叩く。雪風は先程とは違った理由で汗を噴き出させた使用人を笑い、彼の前まで膝立ちで移動した。
「だーいじょうぶ。確証はないが、お前は俺に手を出さない」
俯いたままの使用人からサングラスを奪い、汗に濡れたテンプルを光に当てて笑みを深くする。
「お前らの中でお前より信用してる奴はいない、悪かったな。じゃ、俺は真尋の様子見てくるから、仕事に戻れ」
「…………はい」
硬く目を閉じて俯いたまま返事をし、雪風は彼の顔の下にサングラスを置いて襖を開け放ったまま恋人の元へ向かった。
使用人は震える指でサングラスを拾い、かけてから目を開ける。そっと襖を閉じて、雪風の命令通りに仕事に戻った。
「失礼します、当主様」
和室で一人、ちゃぶ台に膝をついて暇そうにしていた白い男が……雪風が生返事をすると、襖が開く。
「……何だった?」
寝起きの真紅の双眸が襖の向こうに正座したままの黒いスーツ姿の男に注がれる。
「はい、あの新人が当主様に手を出そうとしていたようで、その動機が彼の端末にあった動画です。旅行前、当主様が出張の際に側仕えにしていた新人が居たはずですが……」
覚えていますか、とサングラス越しに雪風を一瞬見る。
「あぁ……身体検査の点数高かった奴」
「はい、その者が……その、当主様の情事を盗撮しまして」
雪風は使用人から目を逸らし、口に手を添える。拘束され嬲られている映像なんて出回ったら──その可能性を考え、深く息を吐いた。
「……もちろん、盗撮した者は捕縛済。データは完全に消去。端末、カード共に破壊。送られたのは現在治療並び捕縛中の使用人のみで、ネットへの流出もありませんでした」
「…………当然だ」
「二人の処罰は」
「記憶消して捨てろ。辻褄合わせは任せる……はぁ、能力採用はやっぱり駄目だな」
雪風は少し苛立った様子で使用人を見つめ、使用人は俯いて敷居を見つめる。
「……で? 俺が聞きたいのは馬鹿共の話じゃない。やらかした奴の詳細なんて聞く必要はないし、処理もいつも通りだ」
ポタ、と敷居に汗が落ちる。
「ポチさん……いえ、真尋さんが頬を噛みちぎったと見て間違いありません。簡易的ではありますが、歯型を調べました」
「そうか」
「彼の口内に傷はなく、感染症などの心配はありません。当主様の身に迫った危険を察知し、それを素早く取り除く彼の手腕は中々のものだと考えます。訓練すべきです」
使用人が襖を開ける前から感じていた圧力が錯覚だったかのように消え、くつくつと笑い声が聞こえて使用人はゆっくりと顔を上げた。
「噛みちぎった……か。ふっ、ははっ、すごいな……本当に犬みたいだ。噛みグセがあるなら躾と訓練は必要かもな」
「……あの、本当に大丈夫でしょうか。雪兎様に……何かあったら」
「平気だ。真尋はユキには手は出さない」
雪風は一転して上機嫌だ。使用人はコロコロと変わる雰囲気に怯えつつも自分が抱いた不安要素を包み隠さずに伝える。
「…………確証はありません」
「今、お前が俺を殺さない確証は?」
「私がそんな!」
「……確証は? お前は素手で俺を殺せるし、拳銃やらドスやら仕込んでるだろ? そこからなら……三歩で来れるな。とん、とん、とんっと来て首をバッサリ……できるだろ? お前なら」
挑発するように首を傾け、白く細い首筋をトントンと指で叩く。雪風は先程とは違った理由で汗を噴き出させた使用人を笑い、彼の前まで膝立ちで移動した。
「だーいじょうぶ。確証はないが、お前は俺に手を出さない」
俯いたままの使用人からサングラスを奪い、汗に濡れたテンプルを光に当てて笑みを深くする。
「お前らの中でお前より信用してる奴はいない、悪かったな。じゃ、俺は真尋の様子見てくるから、仕事に戻れ」
「…………はい」
硬く目を閉じて俯いたまま返事をし、雪風は彼の顔の下にサングラスを置いて襖を開け放ったまま恋人の元へ向かった。
使用人は震える指でサングラスを拾い、かけてから目を開ける。そっと襖を閉じて、雪風の命令通りに仕事に戻った。
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