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後輩にナンパを邪魔された

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駅前を歩いていたらセンパイを見つけた。センパイは知らない金髪の少年と仲良さそうにしていて、俺は少年が俺の特等席に座っているのが気に入らなくて彼を引きずり下ろした。

「離して! 離してよセンパイっ! 離せぇっ!」

少年に掴みかかった俺を引き剥がしたのはセンパイだった。

「痛ぁ……なんなんだよお前っ!」

立ち上がった少年が俺に向かってこようとする。センパイは俺を右腕で抱き締めて左手を突き出し、少年を止めた。

「は……? 何、お前も彼氏いたの? あんなこと言っといて!?」

「……違う。ノゾムは……ノゾムとは、もう終わった」

「え……? な、何言ってるのセンパイっ、國行センパイ? 俺、別れるなんて聞いてないっ! センパイ、俺と一緒に住みたいってこないだ言ったばっかじゃん!」

幽霊屋敷ではとても詩的で素敵な言葉をくれた。俺のために傷付いて、俺を抱き締めて、数え切れないほどの「好き」と「愛してる」をくれた。なのに終わった? どうして?

「もういいっ! この扱いの違い見てたら余裕で分かるし! ばいばいクソ男!」

少年はセンパイからもらった指輪を外し、地面に叩きつけた。跳ねた指輪は車道へと転がっていく。俺はセンパイの腕を振りほどいてガードレールを飛び越え、車道へ飛び出した。

「……ノゾムっ!?」

クラクションが鳴っているのも、車が迫っているのも分かっている。けれど、俺は指輪が欲しかった。
指輪を拾うため屈もうとした瞬間、センパイに服を掴まれて引き戻された。直後、目の前を車が通り過ぎる。

「……このっ、バカ! はぁっ……心臓が止まるかと…………ノゾム、怪我は?」

ガードレールにもたれて安心した顔のセンパイを見て、俺は自分が嫌われたわけじゃないと察した。だからまた車道の真ん中へ飛び出した。

「……っ!? ノゾム!」

車道の真ん中で止まっていた指輪を拾う。思わず笑顔になった瞬間センパイに抱き上げられる。センパイは俺を抱えたままガードレールを跨ぎ、広場の柵に腰掛けて俺を膝に乗せた。

「センパイっ、俺に指輪くれますよね? つけてください」

疲れた様子のセンパイに指輪を握らせて左手を突き出す。薬指にはめてくれると信じていた。けれど、センパイは指輪をポケットにしまった。

「せん、ぱい……?」

「…………お前とは別れる」

「え……な、なんでっ、何言ってるんですか、國行センパイ……」

「……ちゃんと話さなかったのは悪かったと思ってる。だが、もう……顔を見るのも、声を聞くのも、メールのやり取りすらも苦痛なんだ。もう俺に関わらないでくれ」

センパイは俺を丁寧に膝から下ろして立ち上がり、駅の方へ行こうとする。俺はすぐにセンパイの腕に抱きついて止めた。

「なんでそんなこと言うんですか!? センパイっ、センパイ、俺のために生きてるんだって、俺のために存在してるんだって言ってて……センパイ、俺がぎゅってしたら、すごく嬉しそうにしててっ……なのに、なんで、センパイ……」

顔に右手が近付く。涙を拭って謝って慰めてくれると確信した。キスをして仲直り、そう信じていた。

「……見ろ。酷い怪我を負った。お前のせいだ、お前が……霊媒体質? だからだ。お前と居たらまた怪我をする」

センパイの手は俺の眼前で止まり、俺に傷を見せた。俺の涙を拭ってくれなかった。

「だ、だからぁっ……それは、首塚壊して取り憑かれたからで、センパイのお兄さんがそれをどうにかしてくれるから! そうしたら霊媒体質でもなくなるんです、俺普通に戻るんです! もう少しですから……!」

「…………じゃあ、そんな首塚なんてものを壊すような奴だと思わなかった、首塚壊す奴は嫌いだ」

「じゃあってなんなんですか! センパイっ、何か理由あるんですよね、まだ俺のこと好きですよね? 助けてくれましたもんね、ねぇセンパイっ」

抱きついていた太い腕が振るわれた。俺は簡単に吹っ飛ばされてしまい、その場に尻もちをついた。

「痛ぁ……」

「…………じゃあな」

「あ、やだっ、待ってセンパイ、やだ、センパイっ……」

俺はセンパイの長い足に抱きついた。足も絡ませたから今度こそ離れない。

「……なんで他にも男が居るくせに俺にこだわるんだ!」

「センパイ大好きなんだもんっ! レンも好きだけどっ、センパイも好き……センパイの膝は俺の、センパイからの指輪は俺のぉ……センパイ、大好き……」

「…………ノゾム」

優しげな声に期待して見上げると、センパイは酷く辛そうな顔をしていた。

「……やめてくれ。俺は……俺は、初めからお前を襲ってた。お前に好かれたと勘違いして、レイプして、オナホ扱いして…………なんで俺を好きになるんだ、意味が分からない……」

「國行センパイ……? センパイ、センパイも俺のこと好きでしょ? 昔のことはもういいから、センパイ……」

センパイが俺を引き剥がそうとするのをやめたので立ち上がり、センパイの手を握った。大きな手は微かに震えている。

「…………お前と付き合っていくうちに俺は変わったんだ。他者の痛みや自分の心が少し分かるようになった」

「いいことじゃないですか。もっと一緒に居ましょ、センパイ、もっともーっといい人になれますよ」

「………………自分が怖い、おぞましい……最低な俺の罪とずっと付き合っていくなんて、そんなこと俺にはできない。俺はそこまで強くない……俺は、俺はもう、お前にしてしまったことへの罪悪感で潰れてしまいそうなんだ」

「だから、それはもういいって言ってるじゃないですか。センパイだって前は別れるなら殺すとか脅してたくせに……急になんなんですか?」

俺はもう気にしていないことなのにセンパイが震えるほど気にしている。意味の分からない状況に困惑した俺はセンパイの手に頬を触れさせた。センパイはよく俺を撫でてくれたから、撫でさせれば落ち着いてくれると思ったんだ。

「…………お前を殴り、絞め殺そうとした手だ」

「俺のこと守って、優しく撫でてくれる手です」

大きな手に力は入っていない、まるで俺に触れるのを嫌がっているかのように。

「………………自分の過ちをもう思い出したくないんだ。頼む……ノゾム、俺の前から消えてくれ」

「センパイ……俺のこと嫌いなんですか? 殺そうとするくらい好きだったくせに……?」

「…………好きだよ、大好きだ、愛してる……だから、そんなお前を傷付けた俺が許せない、また何かしてしまいそうで怖いんだ。もう耐えられない、すまない……他の男に幸せにしてもらってくれ」

センパイは優しく俺の手を剥がすと足早に駅の方へと去っていった。

「何……? それ……意味分かんない。いいって言ってるじゃん、なんで……? センパイも前まで気にしてなかったじゃん……」

俺はその場にぺたんと座り込み、少し前にセンパイが座っていた柵にゴツンと頭をぶつけた。

「センパイ……センパイが俺のこと好きなの知ってますよ、知ってますから、センパイに殴られても平気です。またセンパイが俺に怪我させたって、センパイが俺を愛してるってことなんですから、俺平気です」

ヒビが入ったままの頭蓋骨に響いた痛みに、七夕の日にセンパイに殴られたことを思い出す。懐かしくなった俺はもう一度柵に頭をぶつけた。

「センパイなら、いくらでも怪我させていいのに……ううん、傷、欲しいくらいなのに…………なんで? センパイ、センパイっ……」

三度目は流石に出来なくて、柵にもたれて泣きじゃくった。
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