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後輩の前で従兄に甘えてみた

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十センチと少し下から俺を見上げる茶色い瞳。丸っこいその目に癒される。俺よりも背の低いレンがしていることなら、腕組みだって可愛らしい。右足に体重が乗った立ち方も愛おしい。

「無言で見つめんなよ。何、レンくんに見とれちゃってる?」

「うん」

「う、うん? そうかよ……そんなすぐ認められると調子狂うな」

照れたレンが俯いたから背を曲げて顔を覗き込む。驚いた顔をしつつもレンがそっぽを向いたので、カニのように間抜けな動きをしてそれを追う。レンが身体ごとそっぽを向くのでそれを追う──それを繰り返す。

「鬱陶しいことしてるね」

従兄弟の歓談に嫉妬している社長の苛立ちの矛先が俺達に向いた。

「えっ……ゃ、社長には関係な……ぅ、すいません」

ちょっとドタドタぐるぐると戯れていただけなのに、ここはレンの家なのに、赤紫の瞳にじっと睨まれては謝る以外の選択肢が消える。

「んふふっ……」

俺は身も心も縮めて落ち込んでいるのにレンは笑っている。いや、吹き出したようだ。一体何を見て──!

「ふへっ」

「何なの君達二人ともヘラヘラして」

俺まで笑ってしまった。仕方ない、社長がこちらに来たことで空いた従兄の隣にセンパイが座り、センパイは俺にするように従兄をひょいっと抱き上げて膝に乗せていたのだ。そんな一部始終を見たら「センパイの膝は俺の特等席だ!」なんて嫉妬心が湧く前に笑いが漏れる。

「は……?」

社長が従兄の方を振り向くと、従兄は声なく口をぱくぱくと動かして「ごめんなさい」と言った。センパイはしっかりと従兄を抱き締め、一見無表情に見える幸せなそうな表情で従兄の頭に顎を乗せている。

「あ、あの、社長、従兄弟、親戚ですからね、そんな怒ることじゃないでしょ」

「はぁ…………本っ当に、この街に来てからいいことがない。腹立たしいことばかりだよ。ねぇ、そろそろ帰るよ」

「はい! 國行、離してくれ。お兄ちゃんもう帰らなきゃ」

従兄はセンパイの腕の中から逃れようともがくも、センパイは涼しい顔でそれを押さえ込む。

「…………今日すぐに帰らなくてもいいだろう? 食事と風呂、それと……一緒に寝たい」

「國行と寝たら骨バッキバキにされるから最後のは普通にやだな。月乃宮様どうしてんです? 肋骨折られません?」

「え? いや、センパイ優しくぎゅってしてくれますけど……」

「嘘でしょ俺去年酷い目に遭いましたよ」

経験豊富なセンパイが寝ぼけて全力で抱き締めるなんてポカ、やらかすだろうか? 従兄相手だから気が緩んでいたとか?

「……一日一緒に居て欲しい」

「いくつだよ形州……師匠、今日帰るんですか? 違うなら形州のお願い叶えて欲しいんですけど」

「君は駄々っ子の味方?」

「形州には色々と借りがあるので」

レンに便乗して「家族との時間くらい与えろブラック企業」と喚くと俺だけ睨み付けられ、俺は叱られた犬のように縮こまった。

「数には負けない、他人の意見を聞く気もない」

「それが大企業の社長の言うことかよぉ……」

「成人直前にもなって従兄にベタベタ甘えるってどうかと思うよ。仕事がもうないならまだしも、ここでの仕事が長引いたからあんまり余裕がないんだよね、今すぐにでも発ちたいんだ」

「そういうことだから、な? 國行、お兄ちゃんお仕事なんだ。仕方ないだろ?」

センパイは数十秒押し黙った後、無言で腕をほどいた。立ち上がった従兄はセンパイの頭をわしゃわしゃと撫でたが、センパイは俯いたまま顔を動かさない。

「海難事故が多発しているリゾート地での仕事がある。一週間くらいあるし、遊ぶ暇もあるだろうし、来る? 多分君達の夏休み中に始められると思うんだけど」

「師匠、それ俺達にも言ってます?」

「如月には来て欲しい、それ以外はどうでもいい。諸々の費用はこっちで持つ、五人くらいなら誤差、好きに誘えば」

「ありがとうございます! 一緒に行こうぜもちぃ」

レンがぎゅっと俺の腕を抱く。海とリゾートという言葉で俺はあっという間に脳内でレンを水着姿にしてしまい、笑顔で俺を見上げるレンにいつもとは違ったときめきを得ていた。

「うん! ありがとうございます、社長さんツンデレですね」

「は?」

「ごめんなさい……」

社長は俺を一番嫌っているように思える。やはり俺が首塚を破壊して面倒事を引き起こしたからだろうか?

「社長、國行は受験勉強もあるんですよ、夏休み中に遊んでる暇なんてありません」

「僕が誘ったのは如月だけだよ。君の従兄が来るかどうかは知らない、勉強時間よりも君との数日を欲しがるなら如月に頼み込むんじゃない? 行くよ、そろそろ行かないと明日の朝までに仕事場に着けない」

「はい。國行、じゃあな。ちゃんと勉強するんだぞ、大学入ったら合格祝いに好きなとこ旅行連れてってやるから」

従兄はセンパイの頭をぽんぽんと撫でた後、俺達に会釈をして社長の後を追って出て行った。玄関の扉が閉まる音がして数秒後、俯いていたセンパイが目元を拭ってから顔を上げた。

「…………如月、俺を誘ってくれ」

「あー、うん……師匠も多分そのつもりだろーし、いいけどよ」

レンは俺をチラリと見る。

「俺はもちろんいいよ、センパイとも一緒に遊びたいし。ねっ、一緒に行きましょセンパイ」

「……あぁ、ミチも連れて行くのか?」

「一人で置いて行けないしな。俺の親父最近仕事場に缶詰めだし、飢え死にしちまう」

「…………高校生だろ?」

本気では受け取っていないようで、センパイの声には笑いが混じっている。しかしレンは真剣な顔だ、本気でミチを放置したら死ぬと思っているのか真剣な顔までボケなのかは、表情を誤魔化すのが上手いレンの真意は俺には分からない。

「夏休み中にはって言ってたけど、いつ頃になるんだろうな」

「もう八月中頃だし、一週間も待たないだろ」

「…………お前ら宿題やってるのか?」

「俺はやってる、もちは知らねぇ。形州は?」

センパイはレンの脳天に軽くチョップをかました後、受験生だから課題は出されていないと説明した。

「何すんだよ!」

「……せ、ん、ぱ、い」

涙目でセンパイを睨んだレンは大きな声で「先輩!」と苛立ち紛れに叫んだ。

「まぁまぁセンパイ……よしよし、大丈夫かレン。一応本当に先輩なんだからちゃんと先輩って付けとけよ、すぐ呼び捨てにするレンも悪いぞ」

「人の家に上がり込んでおいて我が物顔で……秘書さん帰ったんだし出てけよもう」

「……あぁ、帰る。ノゾム、行くぞ」

「もちは置いてけ! 返せバカ!」

俺をひょいっと持ち上げたセンパイはレンが服にしがみついても構わずに歩き、レンを引きずったまま玄関へずんずん進んでいく。

「セ、センパイ、あの、下ろしてください」

こんなことしていたらレンの嫉妬を溜めてしまう。太い腕の中でもがくとセンパイは俺を玄関の手前で下ろした。

「……冗談だ。しばらくは……如月、お前にノゾムを任せておく。兄ちゃんの言ってた通り勉強も必要だからな」

「センパイ……センパイ、海外行っちゃうんですよね」

「…………あぁ」

「ですよ、ね。ゃ……頑張ってください、応援してます。行くための勉強も、行った後の勉強も、ずっと応援してます」

柔らかく微笑んで俺の頭を撫で、センパイは何も言わずに手を振って出て行った。

「形州が外国行ったら俺の天下だな」

「うん……だからあんまり喧嘩したり嫉妬したりしないでね?」

レンの両手首に着けられた数珠、透明の玉だけが連なっていたはずなのに今は二個ほど黒っぽく濁っている。

「そんなにしてるつもりねぇぞ? 心配すんなよ、もう昨日みたいなことやらかさねぇから。それよりさ、水着買いに行こーぜ水着!」

嫉妬に自覚はないのだろうか。不安はあるものの、数珠にはまだまだ透明の玉が多いし予備の数珠もあるしで、どこか楽観的に捉えられた。
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