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脱出作戦の下準備
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アルマの血を継いだ赤いドラゴンが産まれてからはや数週間──窓もなければ時計もない、失神前提のセックスのせいで体内時計すら狂ったこの部屋で数週間と言うのもおかしな話だが、多分そのくらいは経った。
「……部屋、狭くなってきたな」
ドラゴン達の成長はとても早く、一日で食った量の数倍の体積を増やす。今、ドラゴン達は大型犬程度の大きさだ。赤いドラゴンだけはもう少し大きく、虎くらい。
「物はいくらでも出るけど、部屋は出ないもんな」
「なー。こいつらどのサイズで打ち止めなんだ? バクバク食ってはグースカ寝てさ、まだまだ成長期って感じだぜ」
五匹のドラゴン達はもう俺の母乳を飲まなくなった。最初の頃にあった食べ物の好みもほとんどなくなり、今や肉ばかり食べている。
「おっ、骨噛み砕いたぞ。えげつねぇな……」
食事中のドラゴン達をベッドの上でカタラと共に眺めている。床に寝転がろうものならドラゴンに踏まれてしまうので、このところは全員ベッドに川の字になって眠っている。
「ふわ……おはよう、サク、カタラ」
「アルマ、おはよ」
「よ、旦那。なぁ、この部屋狭いと思わないか? 壁か床に穴でも空けたら、なんか余分な空間とか出ねぇかなぁ」
寝ぼけ眼なアルマはカタラの冗談交じりの疑問に答えを返さず、俺を抱えて膝の上に乗せ、俺の頭頂に顎を置いて座ったまま二度寝を始めた。
「ダメだ、カタラ。それでもしサクに仕込まれた邪神が目を覚ましたらどうする」
「ネメスィ……いや、分かってるよ。本気なわけないだろ、冗談だよ冗談」
「どうしてお前はそうサクの命がかかっている物事で冗談が言えるんだ?」
「バカな発想でも色々考えられねぇと魔術なんか扱えねぇんだよ。俺はこの部屋にかけられてる術を解析して、どうにか書き換えて部屋を広げられねぇかって毎日頭使ってんだ。何もしてねぇお前にキレられる筋合いはないな」
ドラゴン達が部屋を圧迫しているせいで苛立っているのだろうか、最近ネメスィとカタラの喧嘩の頻度が増している。取っ組み合いに発展することがなくとも険悪な空気は部屋全体に広がる。
「……アルマ。アルマ……? 人の頭でガチ寝するなよ、もぉ」
暗い気持ちをアルマに癒してもらおうとしたが、彼は二度寝中だ。昨日夜更かししていたシャルは査定士の腕の中で眠っているし、仕方ない。
「カタラ、ネメスィ、ちょっといいか? あのさ……」
二人が仲良くするよう俺がそれとなく誘導するしかないな。
「……えっと」
「シャアァアアアッ!」
言葉に迷っていると薄紫の鱗のドラゴンが吼えた。相手は黒い鱗のドラゴン、俺の子だ。
「ぴ、ぴぃ……」
「シャアアッ!」
「ぴぅ……」
「シャアッ!」
どうやらシャルの子である紫のドラゴンが食べていた肉を黒いドラゴンが引っ張ってしまったようだ。大口を開けて威嚇され、部屋の隅で丸まる彼には俺の本来の姿を感じた。男にモテるスキルさえなければ俺もあんなふうに縮こまって生きていたのだろうと。
「同じインキュバスの血を引いたドラゴンのくせに、どうしてああも違うんだろうな」
「威嚇だけなら気が強い方が勝つんだろ。腕っぷしの強さは同じくらいだろうし、一回ちゃんと喧嘩したら紫のはあんなふうには威張れないんじゃないか?」
ドラゴン達を観察して二人の仲は戻った。元が仲良しだと仲直りの速さも他とは違うな。
「そういえばサク、俺とネメスィ呼んだよな? なんだ?」
「あ、えっと……俺が会ったドラゴンは喋ってたんだけど、こいつらは喋らないのかなーって」
カタラは無言でネメスィを見つめ、俺達の視線を受けたネメスィは上を向いて考えるような仕草を取った。
「人間と接していればドラゴンは自然と人語を覚える。だが、どの程度の年月が必要なのかは分からない」
「自然と? ふーん……教えた方が早いってことだよな」
骨付き肉を骨ごと食らうドラゴン達を見て思い付いた。魔神王を呼び出せる石がネメスィの体内に隠されているのなら、俺にそれを引っ張り出す力がないのなら、ドラゴンに噛みつかせればネメスィごと石を砕けるのではないか、と。
「おーい、こっち来い」
その作戦を実行した場合のネメスィへのダメージについて考え込む俺の隣から離れ、カタラがベッドの際に座る。
「きゃうぅ?」
「なぁ、カタラって言ってみ、かーたーらー」
「きゃーあーぁー?」
「か、た、ら」
「きゃ、きゃ、あ」
自分の子に名前を呼ばせたいらしい。微笑ましさにほだされそうになり、慌てて頭を切り替える。俺はもうドラゴン達に必要でない、なら俺に残された役目は部屋からの脱出の生贄になることだけ。
「俺も言葉教えようかな。ネメスィはどうする?」
「……俺の子の場合、俺の脳の言語中枢を複製して埋め込めばいいだけだからな」
「これだからショゴス野郎共は……!」
ドラゴン達の間を縫って部屋の隅で蹲る黒いドラゴンの元へ。ハート柄の羽をくぐって顔を覗くとドラゴンは俺の腕を掴んだ。
「痛っ……!」
「ぴぁ! ぴぃ、ぴぃ?」
俺が来たのが嬉しいのだろう。俺の両腕を掴んでぶんぶんと揺さぶり、頬を擦り付けてくる。
「い、痛い、痛いってば……!」
「ぴぃ……?」
「い、た、い、の! 鱗が引っかかる方向に擦るんじゃない、鼻から耳の方に抜ければ引っかからないから、そっちの方向でだけだ、分かったか?」
まだ言葉を覚えていないのに分かるわけもなく、ドラゴンは首を傾げる。しかし俺が怒っているのは伝わったようで広げていた羽を畳んで俺の腕を離した。
「……そんなに怒ってないから、そこまで落ち込むなよ」
太い首に抱きつこうとして手を止める。近いうちに邪神のサナギとなって消えてしまう俺のことなんて、嫌っていた方がいいのではないかと。
「…………お、お母さんに痛いことするような子、嫌いだっ」
「ぴっ……!? ぴぃいっ、ぴぃいいっ!」
言葉が分からないんじゃないのか? 分かっているのか? すぐに謝って──いや、このまま嫌われよう。俺を嫌っていれば俺が消えても寂しくないだろう。
「ぴゃ、あっ……ぴ、ぴゃいっ、ぴぃぃ……」
涙こそ流れていないものの、おそらく泣いているのだろう我が子を置いて他のドラゴンの方へ行った。骨を好んで食べている様子の赤いドラゴンの元へ。
「よ、アルマJr」
「ままー?」
「え? お、お前喋れるのか……?」
「みぃ! まま、めぅぅ」
あぁ、この子の鳴き声はマ行に近いんだったか。だから「ママ」と言っているように聞こえるんだな。
「なんだ、びっくりした……俺が誰か分かるよな? サクだよ、サーク」
「まま?」
「……うん、まぁ、ママでもいいよ。うーん……」
未だに微かに残っている男のプライドはママと呼ばれることを拒絶している。しかし、大切なのは呼び名ではない。ネメスィに噛みつけと頼んで聞いてくれる従順さと言葉の知識さえあればいい。
「まずは身体の部位からいくか。これは手、こっちが足、ここが腹で、ここは胸……」
自分の体を使って身体の部位の名称を覚えさせる。最低でも胸、噛む、という言葉の意味さえ分かっていればいい。
「……だいたい全部言ったかな。ここで問題! 手はどこでしょう! なんて……ちょっと早かったかな、まだ問題とか他の言葉覚えてないもんな」
身体の部位を指して「ここ」とか言っても無駄だったかな、まず「ここ」とは何かを教えないと? 教育って難しい……悩む俺の腕をドラゴンが掴んだ。
「みゃあ」
「え……? わ、分かったのか? すごいな、普段の生活で身についてるところもあるのか。正解だぞ、やったな、わーいだ、分かるか? やったー! だぞ。ばんざーい」
俺に褒められていると理解したドラゴンは俺の腕を強く掴む。
「痛っ……!? ま、待て、今、骨にヒビ……」
「みゃん、みゃーい!」
俺の腕を掴んだまま俺の言った通りにバンザイをする。後ろ足で立ち上がって前足を振り上げ、俺を天井に叩きつけた。
「……みゃ?」
ぐったりとした俺に顔を近付け、ドラゴンは不思議そうに首を傾げる。俺はすぐにアルマによって救助され、特に力の強い赤いドラゴン相手はアルマに任せるよう説得された。
「……部屋、狭くなってきたな」
ドラゴン達の成長はとても早く、一日で食った量の数倍の体積を増やす。今、ドラゴン達は大型犬程度の大きさだ。赤いドラゴンだけはもう少し大きく、虎くらい。
「物はいくらでも出るけど、部屋は出ないもんな」
「なー。こいつらどのサイズで打ち止めなんだ? バクバク食ってはグースカ寝てさ、まだまだ成長期って感じだぜ」
五匹のドラゴン達はもう俺の母乳を飲まなくなった。最初の頃にあった食べ物の好みもほとんどなくなり、今や肉ばかり食べている。
「おっ、骨噛み砕いたぞ。えげつねぇな……」
食事中のドラゴン達をベッドの上でカタラと共に眺めている。床に寝転がろうものならドラゴンに踏まれてしまうので、このところは全員ベッドに川の字になって眠っている。
「ふわ……おはよう、サク、カタラ」
「アルマ、おはよ」
「よ、旦那。なぁ、この部屋狭いと思わないか? 壁か床に穴でも空けたら、なんか余分な空間とか出ねぇかなぁ」
寝ぼけ眼なアルマはカタラの冗談交じりの疑問に答えを返さず、俺を抱えて膝の上に乗せ、俺の頭頂に顎を置いて座ったまま二度寝を始めた。
「ダメだ、カタラ。それでもしサクに仕込まれた邪神が目を覚ましたらどうする」
「ネメスィ……いや、分かってるよ。本気なわけないだろ、冗談だよ冗談」
「どうしてお前はそうサクの命がかかっている物事で冗談が言えるんだ?」
「バカな発想でも色々考えられねぇと魔術なんか扱えねぇんだよ。俺はこの部屋にかけられてる術を解析して、どうにか書き換えて部屋を広げられねぇかって毎日頭使ってんだ。何もしてねぇお前にキレられる筋合いはないな」
ドラゴン達が部屋を圧迫しているせいで苛立っているのだろうか、最近ネメスィとカタラの喧嘩の頻度が増している。取っ組み合いに発展することがなくとも険悪な空気は部屋全体に広がる。
「……アルマ。アルマ……? 人の頭でガチ寝するなよ、もぉ」
暗い気持ちをアルマに癒してもらおうとしたが、彼は二度寝中だ。昨日夜更かししていたシャルは査定士の腕の中で眠っているし、仕方ない。
「カタラ、ネメスィ、ちょっといいか? あのさ……」
二人が仲良くするよう俺がそれとなく誘導するしかないな。
「……えっと」
「シャアァアアアッ!」
言葉に迷っていると薄紫の鱗のドラゴンが吼えた。相手は黒い鱗のドラゴン、俺の子だ。
「ぴ、ぴぃ……」
「シャアアッ!」
「ぴぅ……」
「シャアッ!」
どうやらシャルの子である紫のドラゴンが食べていた肉を黒いドラゴンが引っ張ってしまったようだ。大口を開けて威嚇され、部屋の隅で丸まる彼には俺の本来の姿を感じた。男にモテるスキルさえなければ俺もあんなふうに縮こまって生きていたのだろうと。
「同じインキュバスの血を引いたドラゴンのくせに、どうしてああも違うんだろうな」
「威嚇だけなら気が強い方が勝つんだろ。腕っぷしの強さは同じくらいだろうし、一回ちゃんと喧嘩したら紫のはあんなふうには威張れないんじゃないか?」
ドラゴン達を観察して二人の仲は戻った。元が仲良しだと仲直りの速さも他とは違うな。
「そういえばサク、俺とネメスィ呼んだよな? なんだ?」
「あ、えっと……俺が会ったドラゴンは喋ってたんだけど、こいつらは喋らないのかなーって」
カタラは無言でネメスィを見つめ、俺達の視線を受けたネメスィは上を向いて考えるような仕草を取った。
「人間と接していればドラゴンは自然と人語を覚える。だが、どの程度の年月が必要なのかは分からない」
「自然と? ふーん……教えた方が早いってことだよな」
骨付き肉を骨ごと食らうドラゴン達を見て思い付いた。魔神王を呼び出せる石がネメスィの体内に隠されているのなら、俺にそれを引っ張り出す力がないのなら、ドラゴンに噛みつかせればネメスィごと石を砕けるのではないか、と。
「おーい、こっち来い」
その作戦を実行した場合のネメスィへのダメージについて考え込む俺の隣から離れ、カタラがベッドの際に座る。
「きゃうぅ?」
「なぁ、カタラって言ってみ、かーたーらー」
「きゃーあーぁー?」
「か、た、ら」
「きゃ、きゃ、あ」
自分の子に名前を呼ばせたいらしい。微笑ましさにほだされそうになり、慌てて頭を切り替える。俺はもうドラゴン達に必要でない、なら俺に残された役目は部屋からの脱出の生贄になることだけ。
「俺も言葉教えようかな。ネメスィはどうする?」
「……俺の子の場合、俺の脳の言語中枢を複製して埋め込めばいいだけだからな」
「これだからショゴス野郎共は……!」
ドラゴン達の間を縫って部屋の隅で蹲る黒いドラゴンの元へ。ハート柄の羽をくぐって顔を覗くとドラゴンは俺の腕を掴んだ。
「痛っ……!」
「ぴぁ! ぴぃ、ぴぃ?」
俺が来たのが嬉しいのだろう。俺の両腕を掴んでぶんぶんと揺さぶり、頬を擦り付けてくる。
「い、痛い、痛いってば……!」
「ぴぃ……?」
「い、た、い、の! 鱗が引っかかる方向に擦るんじゃない、鼻から耳の方に抜ければ引っかからないから、そっちの方向でだけだ、分かったか?」
まだ言葉を覚えていないのに分かるわけもなく、ドラゴンは首を傾げる。しかし俺が怒っているのは伝わったようで広げていた羽を畳んで俺の腕を離した。
「……そんなに怒ってないから、そこまで落ち込むなよ」
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言葉が分からないんじゃないのか? 分かっているのか? すぐに謝って──いや、このまま嫌われよう。俺を嫌っていれば俺が消えても寂しくないだろう。
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「よ、アルマJr」
「ままー?」
「え? お、お前喋れるのか……?」
「みぃ! まま、めぅぅ」
あぁ、この子の鳴き声はマ行に近いんだったか。だから「ママ」と言っているように聞こえるんだな。
「なんだ、びっくりした……俺が誰か分かるよな? サクだよ、サーク」
「まま?」
「……うん、まぁ、ママでもいいよ。うーん……」
未だに微かに残っている男のプライドはママと呼ばれることを拒絶している。しかし、大切なのは呼び名ではない。ネメスィに噛みつけと頼んで聞いてくれる従順さと言葉の知識さえあればいい。
「まずは身体の部位からいくか。これは手、こっちが足、ここが腹で、ここは胸……」
自分の体を使って身体の部位の名称を覚えさせる。最低でも胸、噛む、という言葉の意味さえ分かっていればいい。
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「え……? わ、分かったのか? すごいな、普段の生活で身についてるところもあるのか。正解だぞ、やったな、わーいだ、分かるか? やったー! だぞ。ばんざーい」
俺に褒められていると理解したドラゴンは俺の腕を強く掴む。
「痛っ……!? ま、待て、今、骨にヒビ……」
「みゃん、みゃーい!」
俺の腕を掴んだまま俺の言った通りにバンザイをする。後ろ足で立ち上がって前足を振り上げ、俺を天井に叩きつけた。
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