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滋養のあるもの?

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兄弟喧嘩を始めたネメスィとネメシスからそっと離れ、鱗がなくぷるぷるとした黒いドラゴンに話しかける。彼はネメスィの子で、ドラゴンでありながらスライムのような体をしている。

「ネメスィJr、久しぶり。元気だったか?」

ドラゴンは顎を地面に置いて金色の瞳で俺を見つめている。鼻の頭を撫でてやると体高の二倍はある長い尾が揺れた。

「お前、そんなに尻尾長かったんだな……」

「にぁ」

「……ネコみたいな鳴き声してるなぁ。可愛いけどさ、ドラゴンっぽくないぞ」

ドラゴンっぽい鳴き声の子が一人も居ない。どいつもこいつも巨体の割に声が高過ぎる。

「ん……?」

俺の真横に尻尾の先端が落ちてきた。その先端はドロドロと溶けている。黒い粘液を反射的に汚く思ってしまい、一歩離れて観察する。

「……な、なぁ、溶けてるけど大丈夫か?」

「ダイ、丈夫……」

金色の瞳に向かって話しかけているとドラゴンの顔ではなく尻尾から声がした。驚いて振り向けば溶けていた尻尾の先端が俺の形になって固まっていた。

「おかえりなさい、ママ。ドラゴンの喉は発声器官があまり発達していないから……これで話させて?」

「う、うん……まぁいいけど」

ネメスィとその子供であるドラゴン、そしてネメシスはショゴスというスライム状の生物。何にでもなれる万能細胞の塊だ、今のように俺の見た目をコピーする程度なら容易なのだろう。

「この姿なら……!」

俺の形をしたドラゴンの尻尾の先端が抱きついてきた。自分に抱き締められるというのは何とも不思議な感覚だ。

「やっぱり成功した! ママと同じ大きさならママをぎゅーって出来た! マ~マ~……大好き!」

「あ、ありがとう……でも俺、お前の顔みて話したいな。抱きついててもいいからさ、目を見て話そう?」

自分に抱き締められて「ママ」と懐かれる不気味さに耐えられず、自分の姿をしたドラゴンの尻尾から目を逸らして金色の瞳に向き直った。

「……ごめんな、ちっちゃい頃あんまり遊んでやれなくて。これからは遊んでやるからな……なぁ、俺が居ない間、どんな感じだった? 寂しかったか?」

「寂しかった……でも、パパがママは必ず帰ってくるって言ってたから」

そういえばネメスィはカタラともろくに話さずに子育てに勤しんでいたと聞いた。少し心配だが、子供達にとってはよかったのかもしれない。

「……みんな、ママを守り切れなかったって落ち込んでた。帰ってくるって聞いてとっても喜んで、それからまた嫌われてないかなーって落ち込んでた」

「みんな……? そっか」

後でちゃんと俺の愛情は変わっていないことをみんなに伝えなければな。

「俺はもうどこにも行かない、お前らとずーっと一緒だ」

背後から俺を抱き締める俺の腕をきゅっと掴み、もう片方の手で目の縁を撫でてキスもする。

「…………ママ、カタラに会ってあげて。彼、ママの弟に変なものを食べさせられてからずっと寝込んでるの」

「もちろん。どこに居るんだ?」

「お城の寝室。入って右だよ」

「ありがとう、行ってくる」

尻尾の先端がまた溶けて普通の先細りな形へと戻る。

「きゅるるるっ……ママ、ママ、父サンとこ行く?」

城の中へ行こうとすると白銀のドラゴンが追いかけてきた。

「あぁ、お前も……ぁ、いや、入れないか」

「きゅうぅ、父サン…………ママ、これ渡シテ」

ドラゴンが爪の先端でつまんで渡してきたのはキャベツのような野菜だ。

「じよー、ある」

「そうだな。食わせておくよ、ありがとうな……お父さん思いだな。いい子いい子」

白いドラゴンの鼻先を撫で、キャベツを抱えて城へ入る寸前、紫のドラゴンが顔を寄せてきた。

「母様……コレを」

爪の先でつまんでいるのは鳥だ。死んでいるのか動かない。

「僕も、カタラ思いしまシた」

鼻先を突き出す仕草に何をして欲しいのか察し、彼の鼻も撫でてやる。

「うん、いい子いい子。ありがとうな、スープでも作るよ」

鳥を捌くなんて出来やしない。後で誰かに頼もう、キャベツを切る担当くらいにしてもらおう。
子供達に見送られて城の中に入る。窓の外には巨大な爬虫類の瞳が見えていて、しばらく離れていたのに俺に懐いたままの子供達が可愛くて何度も手を振った。

「きゅるっ、ママ、そこ違ウ」

「ソコは真っ直ぐ……次、右です」

案内もしてくれて心強い。人気のない城はホコリっぽく薄暗く不気味で、造りが複雑なのもあってすぐに迷ってしまう。

「ソコです」

「ありがとうな、お前達。カタラー、居るかー?」

寝室らしい扉の周りは他の部屋とは違い、ホコリっぽくない。使っている部屋とその周りは掃除しているのだろう。

「入るぞー」

返事がないので入ってみると、ベッドがいくつも並んでいた。カタラは窓際のベッドに寝かされていた、子供達が覗けるようにカーテンを開けると眩しいのか眉を顰める。

「カタラ、カタラ、起きれるか?」

「ん、ぅぅ……うるせ……てめぇのせいで腹痛ぇんだよ」

「キャベツと鳥持ってきたけど……食べれそうか?」

「鳥ぃ?」

目を擦りながら起き上がったカタラの銀髪は肩甲骨の下あたりまで伸びていた。ネメスィとシャルが一切変わっていなかったから気付けなかったが、そんなにも長い年月を俺は……いや、あの地下の沐浴場のおかげかもしれない。

「鳥って何の…………えっ、サク?」

「……ただいま、カタラ」

てめぇのせいで……とか言ってたし、シャルと間違えていたのかな? 色違いの双子のような俺達だが、声も似ているのだろうか。

「サク……? お前帰ってきたのか! サクっ! サクっ……痛っ、痛たたたた……」

飛び起きたカタラはベッドを降りた直後、腹を抱えて蹲った。

「カタラ……本当に具合悪いんだな。寝ておいた方がいいよ」

「お前が帰ってきたのに寝てられるかよ」

肩を貸してベッドに上げるつもりでカタラの前に屈むと、カタラは俺を強く抱き締めた。

「……待ってた、サク」

「ありがとう、俺も会いたかったよ…………でも寝ような」

痩身で身長も俺とほとんど変わらないカタラならベッドに上げてやることも可能だ。

「このキャベツと鳥、子供達がくれたんだぞ」

「……この鳥屍肉食ってるやつだよな、最近王都に多いけどさ……食って大丈夫なのか?」

「さぁ……後でおじさんにでも聞いておくよ。料理も持ってくる、食えるよな?」

「サクが飯作ってくれるのか!? なら食う!」

胃の調子だとかを聞きたかったのだが、まぁ、見た感じは元気そうだし大丈夫だろう。

「じゃあ作ってくるよ」

「あっ、待ってくれサク。渡しておかなきゃならないもんがあるんだ」

カタラは枕の下から小さな物を二つ取り出した。

「……お前、魔神王に焼かれただろ? その時……みんなギャンギャン泣いてた。俺はお前の灰をちょっと漁ってさ、まぁ骨とかも見つからなかったんだけどさ」

俺の手のひらに乗せられたのは指輪と歪な黄色い石だ。

「お前が着けてた指輪とチョーカーの飾り。だいぶ焼けてたけど原型は保ってる」

よく見れば指輪の表面はザラザラになっている。黄色い石の歪さもハートが元だと言われるとそう見えてくる。

「………………ありがとうカタラ。本当に、本当にありがとう」

脆くなっていそうな指輪を着けるのはよそう、袋にでも入れて持ち歩こう。その袋に石も入れておこう。

「はーっ……俺もお前にアクセ渡しときゃよかったよ」

嬉しさから泣き出してしまった俺を見て、カタラは悔しそうに冗談めかして呟いた。
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