過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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生命はないはずなのに

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産卵が終わるとドラゴンは俺を下ろした。俺は産んだばかりの卵を拾い、腸液を拭って卵を眺めた。

「無精卵……だよな?」

ギリギリ片手で持てるくらいに大きな鶏の卵、と言った感じの見た目だ。子供達の卵時代を思い出して比べてみると明確な差がある、この地味さは無精卵ゆえだろうか。

「さく、可愛かっタ」

大きな舌が俺の背中を舐め上げる。俺は咄嗟に跳んでドラゴンから離れた。

「……っ、急に近寄るなよ。満足したよな? 産むとこ見せたんだから……だからっ、もう、俺を帰せよ」

「さくはまだまだ卵産む。全部見たイ」

「ふざけんな! このクズトカゲ!」

ことあるごとに「可愛い」と言い、俺が怪我をさせられると怒った。だから勘違いしそうになるが、彼は俺を個人として尊重する気はない。俺は彼にとってお気に入りの人形でしかない。

「たくさん食べて栄養つけテ」

「……インキュバスは果物なんか食えねぇよ」

こういう言い方はしたくないが、羽を修理してやった恩を感じていないのか? 俺の頼みを聞こうとは思わないのか? 俺を帰すのは羽の恩よりも重いのか?

「今腹減ってない、近寄んな」

洞穴の奥へ逃げて手のひらに乗せた卵を眺める。冷たい岩肌に腰を下ろし、卵を太腿に乗せて蹲る。生命なんて宿っていないはずの無精卵が俺の心の拠り所になった。




飼っている鳥が無精卵を抱卵して離さず、腐ってしまうので奪おうとすれば落ち込み、何かの隙に捨ててしまうと酷く落ち込む。
なんて話を前世で聞いた。今の俺はまさにそれの真っ最中だ、ドラゴンを無視して卵を温め続けている。

「さく、そろそろご飯食べないト」

「……近寄んな」

有精卵ではないせいか五つ子の時ほど酷くはないが、近寄る危険な生物に対する恐怖と警戒心も普段より膨らんでいる。

「でも、さく……弱ってル」

「……俺が死ぬのが嫌なら帰すんだな」

「それは嫌、さく、食べたいものあル?」

伴侶と命を共有する婚姻の呪のおかげで、俺はアルマから死なない程度に魔力が供給されている。アルマの魔力が尽きない限り俺は死なない、アルマは今いつもより妙に腹が減ったりしているだろう。

「ない。何も食わない」

「さく……それじゃ死んじゃウ」

「お前が俺を帰さなきゃ死ぬ」

飢えで膨らんだ性欲は、無精卵を見ることで誤発生する母性本能の抑え付けている。しかしいつ決壊するか分からない。精液をねだってしまうかもしれないから、ドラゴンにはあまり近寄って欲しくない。

「それは嫌。さく、魚でも何でもとってくる、食べたいもの言っテ」

「だから……」

不意に思い出す、シャルが俺以外とヤりたくないがために吸血で魔力を得ていたことを。体液ならいいのだから、血液でもいいのだ。タガメのように魚を吸えば飢えを凌げるかもしれない。

「……あの」

いや、食わないことでドラゴンにプレッシャーを与えたい。

「…………何度も言わせるな、俺は何も食わない」

断食だ、無精卵を見て時間を潰そう。




そうやって意地を張って何日が過ぎただろう。婚姻の呪のおかげで活動可能な程度に魔力は供給されているが、常に飢えと戦っている。ドラゴンにプレッシャーを与えるため立ち上がることもできないように演技しているが、ヤツは俺を帰すという選択肢を考えすらしない。

「なぁ……頼むよ、帰してくれよ」

帰せという頼みを無視し、ドラゴンは様々な食料を俺の元に持ってくる。今だけは通常の食料の匂いが美味しそうに思えないインキュバスでよかったと思う。




竜の里に連れて来られてから何週間経っただろう、少しも大きくならない卵を抱えて寝転がっていた俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。

「……っ!?」

「さく? さく、立てたノ?」

「どけ、通せ!」

四枚の羽を揺らして浮遊し、ドラゴンと洞穴の隙間を縫う。上手く洞穴の外に出られたが、すぐにドラゴンが俺の身体を掴んだ。

「ぴぃ……ママぁー! ぴぅうっ、マーマー!」

「母様の匂いは近イです、コノ辺りにいるハず」

「みぃい……まぁー、まぁー! どこぉ……ままー!」

「きゅ、あまり叫びすぎたらママの返事が聞こえないかも」

遠くの空を旋回する五体のドラゴンが見えた。一体だけが異様に大きなそのシルエット達には見覚えがある。

「あ……! お前らぁーっ! 俺はっ、ここだーっ!」

「さく……? まさカ」

五体のドラゴンが、俺の子供達が羽を畳んで急降下してくる。その先頭は金色のドラゴン、ネメスィの息子だ、その体は遠目にも分かるほど輝いている、電力を貯めているのだ。

「……っ! ママぁ!」

「サク……! よし、作戦通り電力を寄越せ!」

「にぅ! 持ってけパパ!」

金色のドラゴンの額には剣を構えたネメスィが立っていた。彼が跳んだ瞬間、ドラゴンが輝きを失う。

「眩シっ……ぎゃうっ!?」

光の塊のようになったネメスィがドラゴンの額に剣を振り下ろす。硬い鱗は剣を通さなかったが、感電したらしい彼は俺を落とした。

「母様!」

「兄さん!」

シャルの手が俺の首根っこを掴み、そのシャルの胴を紫のドラゴンが足で掴む。大きく羽を広げた紫のドラゴンは高度を上げて俺とシャルを黒いドラゴンの背に落とす。

「ママぁ! ぴぅうっ……! おかえりなサイ!」

目線は寄越さずに喜ぶ黒いドラゴンの頭を撫でてやりたいけれど、手が動かない。白と紫のドラゴンが横並びに飛び、白いドラゴンの額にいるカタラが声を上げる。

「シャル! サクは無事か!?」

「酷い火傷ですっ……! 兄さん、あぁ兄さんそんな、酷い扱いを受けていたんですね……」

「ちょっと寄せろ……よっ、と」

カタラが黒いドラゴンの背に飛び移り、俺を見て目を見開く。

「これ電撃で焦げてんじゃねぇかあのピカピカクソサイコ! どいてろシャル、お前魔力減ってんだろ、今なら俺の方が魔力の質が高い」

俺を掴んでいたドラゴンの頭に電撃を食らわせたのだ、当然俺は感電し、全身が痺れて指をピクリとも動かせなくなっている。カタラはそんな俺の乾いた唇に唇を合わせ、必死に分泌しただろう唾液を流し込んだ。

「父様、母様はゴ無事ですか?」

「……後でネメスィさんを締めます、協力してくださいね」

「はい……? 分かりまシタ」

「今はあのドラゴンですね、少し降りましょうか」

濃厚な魔力を宿すカタラの体液が飢えた身体に染み渡る。鈍重だった再生の速度が上がり、俺は身体を起こせる程度にまで回復した。

「サク、平気か?」

「あ、あぁ……助けに来てくれたんだな」

「当たり前だろ、子供らが術覚えるのに何時間かかかっちまったが……何かされなかったか?」

「……何時間か?」

俺は何週間も竜の里にいたんだぞ?

「ま、待ってくれ……俺、何時間かしか攫われてないのか?」

「え? ぁ、あぁ……ネメシスがお前が攫われたって聞いて、ネメシスがすぐに子供らに術を教えて、子供らがそれ覚えてる間にネメシスをボコって」

「ボコってやるなよネメシスは何も悪くないぞ……」

やはり竜の里は浦島太郎でいうところの竜宮城、竜の漢字には時空を歪める力でもあるのか?

「ん? サク、何持ってんだ?」

俺の手の中には真っ黒になった卵があった。持ち上げて観察してみると焦げた殻はボロボロと崩れ、沸騰した中身が零れた。

「お、美味そう。卵か……卵?」

「あ……! や、やだ……こぼれちゃうっ、だめ、死んじゃ…………ゃ、違う、これは……無精卵、で」

「まさか産まされたのか!?」

「大丈夫……大丈夫、赤ちゃんじゃない、赤ちゃんじゃ、ない……」

自分に言い聞かせるための独り言を呟く俺の頭をカタラが抱き締める。

「ネメスィさん、ドラゴンにダメージを与えられてませんね……先程の電撃でも少し痺れた程度のようです」

薄緑色の鱗を持つドラゴンにネメスィは剣一本で立ち向かっているが、傷は一つも付けられていない。金色のドラゴンはネメスィに声援を送り、赤いドラゴンがその背に隠れて震えている。

「サクを連れて帰ればもうそれでいいんじゃないか?」

赤いドラゴンの背からアルマが飛び移ってくる。

「アルマっ……!」

「アルマ、交代だ。やっぱこういう時には旦那だな、クソったれ」

卵の残骸を持ったまま巨体に抱き締められる。求めていた優しい温もりに俺は泣き出してしまった。

「カタラさん、あなたはドラゴンに効きそうな攻撃は出来ませんか?」

「亜空間だからか知らねぇがこっちに来てから精霊に無視されちまってな、今の俺は凡人以下だ。お前用の魔力タンクくらいにはなるかもな」

「サクは戻ったんだ、怪我をしないうちに帰ろう」

「甘いぜ旦那、ボコって分からせねぇとアイツは何度でもサクを連れ去る」

「可能ならば生命活動を停止させてしまいたいですね」

物騒な話をしている二人の間にネメシスが着地した。翼を生やして自力で飛んでいたらしい。

「ネメシスさん、おかえりなさい」

「周りのドラゴンは出てこようともしてない、邪魔が入る心配はなさそうだよ。それより……やっぱりお兄ちゃんでもダメか」

「お前ドラゴンに攻撃を通す方法知らねぇか?」

「ドラゴンの鱗を裂けるものと言えば同じドラゴンの爪と牙だね。この子達に戦わせればいい、特にそこの赤い子なら圧勝だろう」

巨体の割に臆病な赤いドラゴンは頭を下げ、両手で顔を隠した。

「ダメだネメシス! アイツは、一応……この子達の、父親……だから。それだけは……」

子供達には聞こえないよう小さな声で話すと、ネメシスは深いため息をついて頭を抱えた。
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