過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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解体室の鬼

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ある朝、自室で腹に触れると体内に小さく硬く丸っぽいものの感触があった。卵だ。ネメスィに孕まされたネメスィの子が今、体内に居る。

「…………ふふっ」

頭羽が、腰羽が、揺れる。羽が揺れて起こる風が心地良い。早速ネメスィに知らせなければ。

「もう居るかな……」

朝食の時間には早いがダイニングに向かってみた。灯りは点っているが、誰も居ない。机の上にも食事は並んでいない。

「まだかぁ……」

部屋まで行くのは面倒臭い。俺は俺用の椅子に腰を下ろし、灯りを見上げた。電灯のような見た目とシステムで光を放っているそれのエネルギーは魔力だ。魔樹と繋がったツタの先端に発光する魔術を仕込んだガラス玉を固定し、ガラス玉に魔力が流れ込むのをスイッチ一つで止められるようになっている……らしい。

「誰がつけたんだろ」

灯りとして使われているのは鉱石やガラス玉が多く、ガラス玉の灯りはまるで風鈴が光っているようで美しく、俺は好きだ。眩しくて光っている間は直視出来ないけれど。

「俺の前世が生きてた世界と比べると、その辺は電力が魔力に置き変わってるだけだよなぁ……コンロあっためてるのも魔力だし、ガスも魔力……? いや、システム的にはオール電化的な……ガスはそもそもない感じで……っていうか俺も魔力で生きてるし、万能エネルギー過ぎる……エネルギー問題とかないんだろうなこの世界」

暇なのでこのファンタジーな世界についての考察を始めてみる。

「この世界にもブラック企業とかそこで過労死する人とか居るのかなぁ……こういうファンタジー世界での会社って何してんだろ。ゃ、ネメスィのお父さんの島には普通に飲食店とか服屋あったしホテル泊まったし……普通にあるのか。俺のとこが未開拓過ぎるだけか。はぁ……立派な家があるだけで住民みんなサバイバル生活してるもんなぁ……」

こんなことなら前世でもっと都市づくり系のゲームをやっておけばよかった。なんて考えつつこの島の文明を進歩させていく方法を考えていると、ゴトンッ、と大きな物音が聞こえた。

「な、何……?」

突然の物音に驚いた俺の身体は無意識のうちに腹を守る体勢を取っていた。背を丸め腹を抱いた自分に気付き、雄のくせにと思いつつ立ち上がって解体室への扉を睨んだ。

「……あっちからだったよな」

流石はインキュバスの聴力、不意打ちのような物音でもどこから鳴ったのか正確に分かっている。左腕で腹を庇いつつ右手で扉を開け、音の正体を確かめるため解体室の中へと入った。

「…………?」

中へ入ると咀嚼音が聞こえるようになった。時折骨を噛み砕くような音も聞こえてくる。震える足を一歩、また一歩と進めていく。皮を剥がれ内臓を抜かれた動物が天井から吊るされている、そんな肉のカーテンを抜けると大きな人影があった。

「ひっ……!」

その人影はまな板に乗せていたぐったりしたウサギを皮も剥かずに牙の生え揃った大きな口へと放り込み、バキボキぐちゃぐちゃと惨たらしい咀嚼音を部屋に響かせた。

「……っ!? しゃくっ……」

赤い人影が、アルマが振り返った。目を見開いて俺の名を呼ぼうとした彼の口からウサギの足と大量の血が零れた。アルマは血まみれの手で慌てて口を押さえ、同じく血まみれの手を俺の方へと伸ばした。

「ぅわぁあああぁああっ!?」

アルマだと分かっていたはずなのに血にまみれた姿は恐ろし過ぎて、孕んだことにより警戒心が上昇していた俺の身体は勝手に悲鳴を上げてその場から逃げ出した。

「……っ、と。どうした、サク」

解体室から飛び出した俺はネメスィに抱きとめられた。

「痛い……」

頭羽が折れてしまった。ネメスィは飛び出してきた俺を優しく受け止めてくれたのに、頭羽が少し彼の胸に当たっただけなのに、折れた。俺の身体は脆すぎる。

「サク! サク、俺だ! アルマだ!」

大きな影が背後から差して俺は咄嗟にネメスィの背後に隠れてしまった。

「……汚いな」

「今朝狩ったのを捌いていて……つまみ食いをしてたらサクに見られてしまったんだ。サクぅ……俺だぞ? ごめんな、驚かせて」

「その汚いのを何とかしてこい」

血まみれの厳つい顔が申し訳なさそうに俺のことを覗き込んでくる。ネメスィはアルマの腹を押し、アルマは洗面所に走った。

「…………サクも驚き過ぎだ、旦那だろ?」

「だってぇ……口からドバッて、血が…………俺も食われるって、身体が勝手に……」

「まぁ、インキュバスは被食者だ。食事中のオーガから逃走するのは本能だからな、あまり気にし過ぎるな」

まだ心臓がバクバクと激しく跳ねている。ネメスィの手のひらが頬を優しく撫でてくれても、動悸はなかなか治まらない。

「それに今は俺の子を孕んでる、多少は過敏になっても仕方ない」

「あ……そうなんだよネメスィ、今日やっと卵っぽいのが出来て……えへへっ、ほら、お腹触って」

胃の辺りにある卵らしき硬い異物を触らせようとネメスィの手首を掴み、腹に導く。嬉しそうに微かな笑顔を浮かべたネメスィが俺の腹を強く撫でた瞬間、俺は何故か彼の手を払った。

「…………サク?」

「えっ? ぁ……ご、ごめんっ、何してんだろ俺。痛かったとかじゃないよ、ほら、卵この辺」

ネメスィの手を掴み直し、自分の腹に……腹、に、触らせたくない? どうして? ネメスィが父親なのに、卵の具合を知らせたいのに、男らしく骨張った大きな手が怖い。

「……サク、いい。産まれたら見せてくれ」

武骨な手の甲に涙が落ちた、俺の涙だ、俺が泣いている。アルマを怖がってネメスィまで怖がってしまう、過剰な母性本能が大嫌いだ。本来子供を孕む性別ではないからバグを起こしているのだろうか、それとも子を腹に抱えた母親というのは皆こんなものなのだろうか。

「ご、め……ごめっ、ん……なさい、俺……なんで」

「分かっていたことだ、気にするな」

頬を撫でられるのはまだ大丈夫だ、親指で涙を拭われるのも心地良い。卵が産まれて温めている間はこれも怖くなってしまうのだろう。

「……落ち着いたな? 査定士に肉の準備を頼まれてる、もう俺は行くぞ」

ネメスィは俺の頭羽をつまんで伸ばし、折れた箇所が治っているか確認した後、俺の肩を優しく押して引き剥がし、燻製室に入っていった。彼のさり気ない思いやりが嬉しくて頭羽がパタパタと揺れる。顔と手を洗い終えたアルマがそろそろと帰ってきたのが見えて、頭羽と腰羽がぺたんと閉じる。

「サク……」

「アルマっ、おかえり、ごめんね? びっくりしちゃって……その、本当にびっくりしただけだから……ごめんね」

「……あぁ、すまない……サク、ああいう姿は見せないように気を付けていたんだが……怖かったな、ごめんな……」

同時に謝り合って、ほぼ同時に黙って、気まずい空気の中見つめ合う。彼の額に生えた角は他のオーガのように長く尖っていない、ヤスリで丸められている。

「…………アルマ」

大き過ぎる手を握る。他のオーガは素手で獲物の皮を剥げる鋭い爪を持っているのに、アルマは俺に触れるためにと深爪を保っている。毎日削ってくれているのだろう、強靭な爪を削るのは大変だろうに……そんな彼の憩いのひとときを俺は邪魔したんだ。

「そんな顔しないで。本当に怖くないから。血がいっぱいでびっくりしただけ……もうあの部屋入らないから、あの部屋では普通に食べてね?」

「…………ありがとう。愛してる……サク」

普段牙を見せないように気を遣ってくれているのだから、ああいう場所は必要なのだ。

「俺も愛してるっ。ね、アルマ……毛皮は剥いだ方が美味しいんじゃないかな、骨とかも……喉刺さったりしない?」

「それはそうなんだが、たまに丸ごと食べたくなるんだ。骨は大丈夫だよ、そんなヤワな喉はしていない」

「中身まで硬いの? ねぇ……確かめさせてよ、屈んで……」

太い腕が背に回る。大きな身体が丸まり、俺の頭を齧ってしまえる大きな口が近付く。

「んっ……」

たくましい首に腕を絡めてアルマの口内へ舌を差し込み、宣言通り彼の丈夫さを舌の腹で確かめた。
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