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朝食の卵料理
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朝食の時間なのでダイニングとして使っている部屋にやってきた。机の上に並んでいる俺とシャルには食べられない物を眺め、匂いすら楽しめないインキュバスの身体を蔑む。
「俺は酒を取ってくる」
「行ってらっしゃい」
部屋から共にやってきたネメスィは酒の貯蔵室に向かうそうなので腕から手を離し、見送った。
「サクぅ、俺にも行ってらっしゃいくれよ。チーズ取ってくるからさ」
「あはは、カタラも行ってらっしゃい」
ネメスィと共に倉庫へ向かうらしいカタラのことも見送り、再度朝食を眺める。
「卵……」
鳥の卵を焼いたものに視線が止まる。何となく腹をさすり、複雑な気持ちになった。
「おはよう、サク。羽を垂らしてどうしたんだ?」
二メートル半を優に超える巨体が視界のほとんどを埋める。朝食にはベーコンのような肉の薄切りが使われている、肉担当のアルマは今の今まで例の部屋で肉の処理をしていたのだろう。
「んー……別に」
大きな手に頬を撫でられると、目玉焼きらしきものを見て垂れていた羽が持ち上がり、ぱたぱたと揺れた。俺が自分の意思で制御している訳ではない羽の動きをじっと見られるのは気恥ずかしい。
「…………可愛いなぁ」
俺に伝えるのを目的としていない、ため息と共に漏れたアルマの言葉に顔が熱くなり、羽が激しく揺れ出す。
「くっ……」
アルマは目を覆って呻いた。
「ちがっ、これはその、暑いから顔に風をっ! ちょっと撫でられたり可愛いって言われたくらいでそんなぁっ、俺そこまでちょろくない!」
赤い顔を羽で隠していると酒蔵からネメスィとカタラが戻ってきた。
「だから、今サクの腹の中には俺の子が……何があったんだ?」
「自慢もいい加減に……何してんだ? サク、旦那も」
アルマは目を覆い、俺は羽で顔を隠している。二人の目にはさぞ奇妙な光景に映っただろう。
「いや、サクが可愛くてな、あまりにも可愛くて……限りなく可愛らしいサクの伴侶になった幸せを噛み締めていたところだ」
「昨日孕ませた」
「……は?」
「喧嘩すんなよ、誰とヤって何を産むかはサク次第だぜ」
顔の熱が引いてきたので羽を頭の横に垂らす。席に着かず睨み合うネメスィとアルマに注意しようか悩んでいると、羽の先をつまんで持ち上げられた。
「ご機嫌ななめかい? サク。遅れてすまないね」
査定士だ。彼の左腕にはシャルが抱きついている。
「おじさん……ゃ、そういう訳じゃないんだけど」
「今日の朝食はおじさんが作ったんですよ、僕も手伝いました!」
「少し零してしまってね、着替えてきたところだよ。みんな、そろそろ食べよう。小競り合いはやめて」
睨み合っていたアルマとネメスィが席に着く。食事が始まり、みんなの美味しそうな顔が見られるのどかな幸せの時間がやってきた。
「この肉、酒に合うな」
ネメスィは表情が変わりにくい。しかし、眉が微かに上がったり、食べる速度が僅かに上がっていたり、よく見ると喜んでいると分かる。
「オーガって酒好き多いらしいけど、旦那はやんねぇの?」
カタラは分かりやすい。好物や特別美味いものを食べると目を見開いたり、んーと声を漏らしたりする。前世テレビで見かけたアイドルの食リポのようで、あざと可愛い。綺麗な顔には合うが、男らしい性格には合わない仕草が何とも萌える。
「酔うと意識がぼんやりして記憶が飛んだりするだろ? 俺は常に正常な目と意識でサクを見続け、それを正確に記憶していきたい」
アルマは俺に牙を見せないように食べているのが愛おしい、巨体に似合わないちびちびした食べ方が大好きだ。
俺が見ていないと豪快に肉に齧り付くのもいい、こうしてテーブルで食事を共にしていると見られないけれど、一人で居るアルマをこっそり見ているとたまにおやつ代わりに燻製肉を齧っているのが見られるのだ。
「そんなこと言って、酔って気遣いを損ねてサクを怖がらせたり痛がらせたりしたくないって怯えているのはみんな分かっているよ?」
査定士は舌が肥えている上に礼儀作法が完璧なので、何を食べても表情をあまり変えない。常に微笑みをたたえている。ネメスィもカタラもアルマも食事の作法というものはあまり知らないようだから、査定士の綺麗な所作には目を奪われる。
「お義兄さんにはオーガの特徴なんてものはほとんど当てはまりませんね」
シャルは俺と同じく普通の食事を何一つ口にしない。だから美味しい顔を見るには行為に及ぶしかないのだが、快楽で前後不覚になってしまうからかあまりよく覚えていない。蕩けた可愛い顔をしていたと思うのだが。
「お前もインキュバスの特徴当てはまんねぇよな」
「あなたも人間の特徴らしいものはあまり見当たりませんよ」
「……ふふ、種族ではなく個人を見るようになると、そう思えてくるものだよ。何もここに変わり者ばかりが集まっている訳ではないだろう」
「いや、アルマは事実オーガらしくない。シャルは突然変異でカタラは精霊に魅入られた特別な子だ。変わり者なんてものじゃない」
アルマにオーガらしさがあまり見られないのは監禁されていて同種と暮らしてかなかったからだろう、何年も檻の中で過ごしてきたことを想像すると涙が滲む。
「そうかなぁ。ところで、他種族から見た人間の特徴ってどんなものなんだい?」
「すぐ死んですぐ増えて、どこにでも住み着いて何でも食べる、です」
「害虫だねぇ。オーガは豪快とか言われているんだろう? 人間ももっと性格面での話が欲しいね。サクはどう思う?」
「えっ俺?」
俺は確かに今はインキュバスだが、前世は人間でまだそちらの方が年数が長いから、人外としてのコメントを求められても困る。
「うーん……人間の性格…………細かいところに気付くって言うか、痒いところに手が届くって言うか」
「おっさんが夜ねちっこいって話か?」
「……否定はしないよ」
「人間の性格の話だってば! 王都の前の運営……税収とか下水とか見てるとよくこんな細々したのやったなってのが結構あるんだよ」
まだ朝だと言うのに下品な話を求めていたのか、真面目な話だと見ると男達のテンションは一段階下がった。
「偏愛の魔王とかは税収って言うより貢物受け取ってるだけだし、怠惰の魔王のとこなんて統治は別の人がやってるらしいし……あんまりしっかり政治してる魔王って居なくてさ、やっぱり王都の資料が一番参考になるんだよね」
「強欲の魔王だっけか、あの人と……ネメスィの親父さんくらいのもんだよな、まともなのって」
「暴飲の魔王と暴食の魔王のとこも割とまともだよ」
「……俺の父親は元人間らしいからな」
人間に何があったらショゴスに成り果てるんだろう。魔神王が元人間というのもよく分からない話だが。
「俺ぁたとえ他のとこに生まれてネメスィともサクとも出会ってなかったとしても、この島に住みたいって思うね、絶対!」
「ありがとう、カタラ。みんなにそう思ってもらえるようなところにしていきたいよ」
城下町に移り住んでくれたオーガ達は狩りや釣りで自給自足の暮らしを続けている。これではただの引っ越しだ。
「貨幣をもっとこう……うーん、急に言っても無理か……まず教育を、いやそんな人材居ないし……どこかから移住してもらわないと…………頭痛くなってきた」
「サク、あまり考え過ぎるな。腹の子に悪い」
「てめぇ孕ませたからって調子に乗りやがって普段より声がでけぇじゃねぇか」
確かになんかやけに「腹の子」だけ声を張っていたような……
「誰の種だろうと家族であることには変わりない。サク、せめて新しい家族が産まれるまでは思い悩むのはやめて穏やかに過ごせ。栄養をしっかり取ってな」
「ありがとうアルマ。うん……ゆっくりしていくよ、時間だけはあるんだから」
未だに信じられない話だが、インキュバスは老いず、魔王となった俺は魔力切れで死ぬこともない。無限の時を過ごすのは恐ろしくもあるが、愛おしい彼らと共にならきっと何もかも上手くいく。
「大好きだよ、旦那様」
「サク……あぁ……」
「腹の子の父親は俺だ」
「ふふっ、ネメスィも大好きだってば」
俺を孕ませたのがそんなに嬉しいのだろうか? 何となく腹をさすってみたけれど、まだ卵らしきものはない。なのに視線は卵料理に向き、それを食べる彼らの姿からは目を逸らしてしまう。紛い物の母性本能は厄介だ。
「俺は酒を取ってくる」
「行ってらっしゃい」
部屋から共にやってきたネメスィは酒の貯蔵室に向かうそうなので腕から手を離し、見送った。
「サクぅ、俺にも行ってらっしゃいくれよ。チーズ取ってくるからさ」
「あはは、カタラも行ってらっしゃい」
ネメスィと共に倉庫へ向かうらしいカタラのことも見送り、再度朝食を眺める。
「卵……」
鳥の卵を焼いたものに視線が止まる。何となく腹をさすり、複雑な気持ちになった。
「おはよう、サク。羽を垂らしてどうしたんだ?」
二メートル半を優に超える巨体が視界のほとんどを埋める。朝食にはベーコンのような肉の薄切りが使われている、肉担当のアルマは今の今まで例の部屋で肉の処理をしていたのだろう。
「んー……別に」
大きな手に頬を撫でられると、目玉焼きらしきものを見て垂れていた羽が持ち上がり、ぱたぱたと揺れた。俺が自分の意思で制御している訳ではない羽の動きをじっと見られるのは気恥ずかしい。
「…………可愛いなぁ」
俺に伝えるのを目的としていない、ため息と共に漏れたアルマの言葉に顔が熱くなり、羽が激しく揺れ出す。
「くっ……」
アルマは目を覆って呻いた。
「ちがっ、これはその、暑いから顔に風をっ! ちょっと撫でられたり可愛いって言われたくらいでそんなぁっ、俺そこまでちょろくない!」
赤い顔を羽で隠していると酒蔵からネメスィとカタラが戻ってきた。
「だから、今サクの腹の中には俺の子が……何があったんだ?」
「自慢もいい加減に……何してんだ? サク、旦那も」
アルマは目を覆い、俺は羽で顔を隠している。二人の目にはさぞ奇妙な光景に映っただろう。
「いや、サクが可愛くてな、あまりにも可愛くて……限りなく可愛らしいサクの伴侶になった幸せを噛み締めていたところだ」
「昨日孕ませた」
「……は?」
「喧嘩すんなよ、誰とヤって何を産むかはサク次第だぜ」
顔の熱が引いてきたので羽を頭の横に垂らす。席に着かず睨み合うネメスィとアルマに注意しようか悩んでいると、羽の先をつまんで持ち上げられた。
「ご機嫌ななめかい? サク。遅れてすまないね」
査定士だ。彼の左腕にはシャルが抱きついている。
「おじさん……ゃ、そういう訳じゃないんだけど」
「今日の朝食はおじさんが作ったんですよ、僕も手伝いました!」
「少し零してしまってね、着替えてきたところだよ。みんな、そろそろ食べよう。小競り合いはやめて」
睨み合っていたアルマとネメスィが席に着く。食事が始まり、みんなの美味しそうな顔が見られるのどかな幸せの時間がやってきた。
「この肉、酒に合うな」
ネメスィは表情が変わりにくい。しかし、眉が微かに上がったり、食べる速度が僅かに上がっていたり、よく見ると喜んでいると分かる。
「オーガって酒好き多いらしいけど、旦那はやんねぇの?」
カタラは分かりやすい。好物や特別美味いものを食べると目を見開いたり、んーと声を漏らしたりする。前世テレビで見かけたアイドルの食リポのようで、あざと可愛い。綺麗な顔には合うが、男らしい性格には合わない仕草が何とも萌える。
「酔うと意識がぼんやりして記憶が飛んだりするだろ? 俺は常に正常な目と意識でサクを見続け、それを正確に記憶していきたい」
アルマは俺に牙を見せないように食べているのが愛おしい、巨体に似合わないちびちびした食べ方が大好きだ。
俺が見ていないと豪快に肉に齧り付くのもいい、こうしてテーブルで食事を共にしていると見られないけれど、一人で居るアルマをこっそり見ているとたまにおやつ代わりに燻製肉を齧っているのが見られるのだ。
「そんなこと言って、酔って気遣いを損ねてサクを怖がらせたり痛がらせたりしたくないって怯えているのはみんな分かっているよ?」
査定士は舌が肥えている上に礼儀作法が完璧なので、何を食べても表情をあまり変えない。常に微笑みをたたえている。ネメスィもカタラもアルマも食事の作法というものはあまり知らないようだから、査定士の綺麗な所作には目を奪われる。
「お義兄さんにはオーガの特徴なんてものはほとんど当てはまりませんね」
シャルは俺と同じく普通の食事を何一つ口にしない。だから美味しい顔を見るには行為に及ぶしかないのだが、快楽で前後不覚になってしまうからかあまりよく覚えていない。蕩けた可愛い顔をしていたと思うのだが。
「お前もインキュバスの特徴当てはまんねぇよな」
「あなたも人間の特徴らしいものはあまり見当たりませんよ」
「……ふふ、種族ではなく個人を見るようになると、そう思えてくるものだよ。何もここに変わり者ばかりが集まっている訳ではないだろう」
「いや、アルマは事実オーガらしくない。シャルは突然変異でカタラは精霊に魅入られた特別な子だ。変わり者なんてものじゃない」
アルマにオーガらしさがあまり見られないのは監禁されていて同種と暮らしてかなかったからだろう、何年も檻の中で過ごしてきたことを想像すると涙が滲む。
「そうかなぁ。ところで、他種族から見た人間の特徴ってどんなものなんだい?」
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「うーん……人間の性格…………細かいところに気付くって言うか、痒いところに手が届くって言うか」
「おっさんが夜ねちっこいって話か?」
「……否定はしないよ」
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まだ朝だと言うのに下品な話を求めていたのか、真面目な話だと見ると男達のテンションは一段階下がった。
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「強欲の魔王だっけか、あの人と……ネメスィの親父さんくらいのもんだよな、まともなのって」
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「俺ぁたとえ他のとこに生まれてネメスィともサクとも出会ってなかったとしても、この島に住みたいって思うね、絶対!」
「ありがとう、カタラ。みんなにそう思ってもらえるようなところにしていきたいよ」
城下町に移り住んでくれたオーガ達は狩りや釣りで自給自足の暮らしを続けている。これではただの引っ越しだ。
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「サク、あまり考え過ぎるな。腹の子に悪い」
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確かになんかやけに「腹の子」だけ声を張っていたような……
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「ありがとうアルマ。うん……ゆっくりしていくよ、時間だけはあるんだから」
未だに信じられない話だが、インキュバスは老いず、魔王となった俺は魔力切れで死ぬこともない。無限の時を過ごすのは恐ろしくもあるが、愛おしい彼らと共にならきっと何もかも上手くいく。
「大好きだよ、旦那様」
「サク……あぁ……」
「腹の子の父親は俺だ」
「ふふっ、ネメスィも大好きだってば」
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