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おまけ

おまけ 予言の恋人

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※リュウ視点。リュウの昔のお話です。




パチパチ、パチパチ……ジャッ、ヂーッ、パチパチ……


祖父が弾く算盤の音が物心つく前から好きやった。じーじぃパチパチせんのん? ってよぉ聞ぃとったらしい。自然と俺も算盤習うて、順調に段位上げて、算盤要らんくなった。頭ん中に算盤が出来上がっとった。そんなんやから小学校の算数なんかやる必要ほぼあれへんかった。算数得意なんちゃうかー言うておかんとおとんが調子乗って本色々買うてくれた、俺が習とったんは四則演算だけやったのに。

せやけど俺はどうやらほんまに数学が得意な人間らしかった、算盤やっとるだけやったら分からへん代数やらグラフやら図形やら、そんなんも得意やった。参考書ちょい読むだけで理解出来とった。小学校低学年の頃には高校数学も楽勝で解けとって、親類には神童やなんやてえらい担ぎ上げられたわ。

「昨日買ったった問題集もう解いてしもたん? 早いな~。合うとんのかなんやよぉ分からんけど。お母さん数字いっぱい並んどんのん見ると頭痛なんのよ」

「暇~」

「暇や言うたってアンタ……ぁ、せや、ゲーム買うたろか。勉強頑張ってえらいもんなぁ」

「えー、要らん。興味ないわ。問題集買うてぇや、もっとムズいのん」

「変わった子ぉやなぁ……」

同級生が漫画やゲームを買ってもらえないと嘆く中、俺は問題集をもっと買ってくれと駄々をこねていた。次の問題集を買ってもらうまでの間は車道を眺めた。流れていくナンバー、四桁の数字を因数分解して暇を潰した。

「ん……? おぉ! 素数や! おかーん! 9973おった~!」

そんな報告を母にして、首を傾げられるんが日常やった。数学の才能はあったんや、せやけど天正家の男児としてあった方がええ才能はそない大したことなかった。

「……今神さん何言うてはった?」

「今日どっかの釣り堀行ったらでっかい魚釣れる、せやけどなんや喧嘩んなる」

「うーん……お父さんには北の釣り堀に行ったら釣り堀のヌシのサバが釣れよんで。せやけど煮るんか焼くんかで嫁さんと喧嘩なんで。って聞こえたで」

「……そない変わらんやん」

「変わんねんそれが」

天正家の男児としてあった方がええとされとる才能、神さんの声を聴く才能。俺はそれが微妙やった。全体のシルエットしか分かれへんっちゅうか、雑~な感じにしか聞かれへんっちゅうか……とにかくそこそこやってん。

「じーじぃ、どないかなれへん?」

「こればっかりはどないもなれへんなぁ。まぁ、センのおとん次男やねんから、センが継ぐようなことなれへんわ。そない気にしぃな」

セン、言うんは俺んことや。龍潜ゆう名前やからな。祖父は龍然、親父は龍玄やから、リュウじゃ誰か分からん。外ではリュウてあだ名やけど家ではセンてあだ名やねん。

「叔父はん子供出来へんかったら俺なるやん」

「ははっ、せやねぇ。せやけどそないなこと言うたりな」

小学校の間は得意の算数だけやなく、国社理も全部人より出来た。せやから不得意なことがあるんは悔しくて、毎日祖父の神社に通うた。

「…………そんなぁ、言うことなくなったやなんて言わんといてぇやぁ。なんや言うて、ちゃんと聞けるよぉなりたいねん」

祖父も親父も姿は見えん、そもそも姿なんやあるんかも分からん神さんに向かって随分ワガママ言うた。

「セン、もう神さんが来んな言うてはったで」

ある日、祖父にそう言われた。

「相手すんの疲れたて。可愛いけど程があるて。しばらく来んといて言われたわ」

「そんなぁ!」

俺は納得が出来んくて、直接文句言うたろ思て神社に行こ思た。せやけどその日は土砂降りやったからやめといた。学校の帰りに行こ思てたら不審者が出たとかで集団下校になって行かれへんかった。次の日行こ思とったけど酷い熱出して二、三日寝込んだ。ようやく治った思たら何かに躓いてコケて靭帯ヤった。

「…………本気やん」

神さんの本気を見た俺はそれから言い付け守って行かんといた。しばらくしたらまた来てもええって言ってもらえた。

「鬱陶しかったん? ワガママ言うたんは悪かった思とるけど……やり過ぎちゃう!? めっちゃしんどかってんで熱ぅ! めっさ痛かってんで足ぃ!」

文句は言うといた。せやけど、神さんの声を聞く力を鍛えるんはやめた。嫌がられとるし、才能やから鍛えるとかそないあれへんてみんなに言われてしもたし。

「おかん! 地震! 地震来んで! 起き!」

「はぁ……?」

才能ない言うても詳細なニュアンス分からん言うだけで、地震が来るやとかそないなことはちゃんと聞き取れるから、そない不便はなかった。平均値と中央値の違いもよぉ分かっとらへん親父に負けとんのがなんや悔しかっただけや。


髪染めて、ちょい乱暴で、高校では問題児やらせてもろとる俺やけども昔はそないなことなかった。優等生やってんで。クラス委員長なんかもやっとったんや。ちょっと荒れとる学校やったけども。

「プリント、宿泊研修のん。出てへんから出してて先生言うてはったんやけども、今持ってへん?」

先生からプリント集め頼まれるくらい信頼されとった。

「……あぁ?」

そん時話しかけた相手は今の俺とはちゃう、ほんまもんの不良やった。

「せやから、プリント。宿泊研修のん。あぁとちゃうねん、出さなあかんねん。自分が出さんとレクリエーション決まれへんねんて」

ちょうど機嫌が悪かったみたいで、学校やら先生やらに反抗しとったそいつは、先生に従順に鬱陶しいこと言いに来た俺が相当気に入らんかったみたいで、殴られてしもうた。人から暴力受けたんはそれが初めてやった。病気やらコケたんやら以外で痛みを感じたんはそれが初めてやった。

大騒ぎなった。先生は頼んでごめん言うてくれたし、おかんとおとんはめっちゃ心配して転校するかなんて話にまでなった。

「もしもしー……じーじぃどないしたん?」

『セン!? 今すぐ神社来ぃ! 元気な顔見せぇ! 神さんキレとる! 祟られてまうでその子!』

俺は周りにめっちゃ可愛がられとった、人間だけやのうて神さんにまで。俺は神さん何とかなだめたけど、相手の子ぉは蜂に刺されたとか言うて目ぇ腫らしとった。神さんは関係あったんやろか……偶然や思いたいわ。


俺は昔から大事にされとって、勉強も運動もそれなりに出来て、神さんの言葉が微妙に分からん言うてもそこそこは分かっとったし……まぁつまりは、それまで生活に張り合いがなかってん。悔しいとか、嫌やとか、強く思うことがまずなかってん。心が強く反応することがあれへんかった。せやからやろうな、殴られた瞬間のあの感覚、痛みと驚きと恐怖で心臓が跳ね上がって、身体中の産毛まで全部逆立って、脳に酸素が回らんようになって足に力が入らんくなるあの感覚! あの感覚を、もう一度味わいたくなってしもた。

「…………なぁ」

「……ぁあ?」

俺は自分に正直やった。前に殴られた相手に喧嘩売ってん。どうやったら殴ってもらえるんかよぉ分からんかったから、自分から殴ってみた。そしたら相手も殴ってきて、前よりボコボコにされた。

痛かった。怖かった。なんでこんなことしたんやろと後悔した。せやけどそのたくさんの後悔ん中に、ほんの一滴だけ、肯定があった。画家が傑作を生み出すみたいに、数学者が不可能言われた公式を解くみたいに、俺の生きる道はこれやと悟ったんや。

それから俺は不良の真似事を始めたんや、殴りかかって殴られたし、人の煽り方もすぐ習得した。今までの味気のあれへん人生が、痛みと血で塗り潰されて、生きとるって感じがしたんや。

みんなが可愛がっとる俺が、愛されとる俺が、毎日ボコボコにされとったらみんな心配するし嫌がる。それはよぉないことや。興奮が止まらんかった、背徳感えげつなかった、大切にされた人間は自分も大切にせんと大切にしてくれとる人らが悲しむのに、人に迷惑かけるんはあかんことやのに、あかんことしとるって思たらやめれんくなってった。

俺の被虐欲は留まることを知らんかった。殴られるだけじゃ満足出来んかった。もっと、こう……取り返しのつかん怪我がしとぉなった。肉から骨からぐっちゃぐちゃんなって、その部位が二度と使えんようになるような痛い目見たい。事故は嫌や、誰かの意思でそうされたい。

精通して、色々とそういうことへの理解が深まってきたら、今度はレイプ願望湧いて来よった。どっかその辺の路地裏で襲われて、抵抗して二度と見られんような顔なって、指なんか全部折られて、犯されて、微妙や言うてゴミ捨て場にでも放られて──

「変態、やなぁ。相当……なぁ?」

よぉ神社の隅っこで自分の異常性を嘆いとった。

「なんでまともな人間に育てへんかったんやろな、おとんもおかんも可哀想やん。こないに可愛がっとる一人息子が変態て。へへっ……」

夢に描くような酷い目に遭うんなんて相当難しいことや、どうせ満たされへんねんやったら普通の趣味持ちたかったわ。

「……なぁ神さん、分からん? 俺が……俺の夢の死に方出来る方法。なんや予知みたいなんようしやるやん神さん。ボコボコにされてぇ、オナホみたいに使われてぇ、マワされてぇ、ケツ壊されてぇ、もう締り緩いわ要らんわ言うて、遊びに使おー言うて拷問みたいなん受けて、殺されて……その辺捨てられて。そんなん、分からん?」

代々神主を務めとる家の末代は、神さんにとっちゃあ可愛ええ子や。それまで何も欲しがらんと数学の勉強ばっかりしとった俺のお願い事は叶えてやりたい思たんか、神さんは頑張ってみる言うてくれたわ。

ほいで、進路を考えなあかん時期になった頃や、下校中の俺の顔にチラシがぶつかった。

「へぶっ……な、なんや? チラシ……十二薔薇? そにばら読むんか、変わった読み方やの…………東京の高校やないの、なんでこないなもん……んっ?」

呼ばれた気ぃがして、神社に走った。

「なぁ、この学校……神さんが考えてくれたんやんなっ? ここ行ったらええのん? ここ行ったら俺、ボロ雑巾みたいにして殺されてしまえるんっ?」

チラシを広げて境内で一人喚いた。どっかで誰かが見とったら相当変な子ぉに見えたやろうな。

「うん……うん…………え、死なれへんのん?」

神さんはどうやら可愛い俺をそないな死に方させとぉはなかったみたいや。

「気ぃ変わる? 変われへんよ、ようやっと見つけた夢やのに……変わるん? 変わる出会いがある? ほんまに? んー……まぁ気ぃ変わるんやったら、気ぃ変わってもええけど……別ん幸せ見つけられんのやったらおとんおかんにもそない迷惑かけへんやろし。説得してみるわ!」

俺は帰って早速おかんに東京の高校行きたい言うた。当たり前やけど反対された。俺は一人暮らしでも何でもするつもりやったけど、仕事から帰ったおとんは仕事の都合で東京行かなあかんようなったて言うてきて、話はあっさりまとまった。神さんの力やったんやろうか、偶然やったんやろうか……

「楽しみやわぁ、東京言うたら犯罪の都や。歌舞伎町行くで~。ボロ雑巾されんで~……って、気ぃ変わるんやったっけ。何やろ……めっちゃおもろい遊びあんのかなぁ、めっちゃ可愛い彼女とか出来るんかなぁ……ゃ、十二薔薇、男子校やしな」

じゃあ彼氏? 恋人というのはええ予想かもしれん。ろくに恋愛もセックスも知らんまま、痛い目見ぃたいだのレイプされて殺されたいだの言っとるんやから。本当に幸せな恋愛が、気持ちいい普通のセックスが出来たら、被虐欲はのぉなるんかもしれん。



大阪に居られる最後の日、俺は神社の境内に居った。

「あ……この髪? うん……東京行って舐められんように、金色にしてみてん。おとんは怒っとったけど、親からもろた大事な髪どこに失くしてん言い返したったらしょげて怒る気ぃ失くしよったわ。へへっ」

その夜はよぉ風が吹いた。木の葉がよぉ散って、俺の頭やらほっぺたやら撫でよった。

「……こんな生意気な髪しとったら生意気や言うてシメてくれるもんも居るかもしれんしな。不良みたいに振る舞ったるわ! へへっ、気ぃ変わるらしいけど、どう気ぃ変わるんか分からんからな」

ピアスもつけようか迷ったけど、自分で自分に痛みを与えるんはなんや違う気ぃしたから、イヤーカフにしといた。

「え……? あぁ、出会い? 何……? 背ぇ高い……? 男……んん? すまん、細かいニュアンス分からんのよ俺……どんなヤツと出会うん? どんな関係になるん? うん……う、うん? とにかく俺より背ぇ高い男やねんな? うん……分かったわ、後は出会ってからのお楽しみやな。背ぇ高い男見つけたら絡んでみるわ!」

そうして俺は引っ越した。東京は何もかもが違ったわ。

「カール売ってへんやんなんでぇ!?」

「ぼんちないやん! 歌舞伎……? あっ、ちっこいけど似た感じやん……ぼんちはこれでええわ」

「おいなりさんなんか違うぅ!」

「お好み焼きピザ切りにされてもうた……嘘やろ」

主に、食が。

「なぁおとん、神さんと話されへんねんけど……」

「そらせやわ。あの神社特別やねん、昔っからの付き合いやから、天正の血ぃ引いとるからあんだけ話せんねん」

「挨拶はしといたけど、大丈夫なんよね?」

「大丈夫や思うで、歓迎されとる気ぃはしたやろ?」

会話が出来るんは祖父が神主やっとるあの神社だけで、他の神社の神さんとは会話までは出来んかった。

「しっかし東京のもんて何か……出汁の味せんなぁ」

「食文化の違いやね、慣れなしゃーない」

十二薔薇高校への入学式の夜は眠られへんかった。とうとう出会えるんや、俺の気ぃ変えてくれる男に! 登校中から俺はキョロキョロしとった、山ほど居る俺より背の高い男にちょっと近寄るとかもした。

学校着いて、誰やろな、先輩かな、先生かもしれんな、なんて思て探し回って、階段駆け上って……ぶつかった。

「とっとと離せやクソがっ!」

運命の人探しに急いどった俺はぶつかった相手に謝らんと、顔も確認せんと、そいつを蹴って先を急いだ。クラスに行かんとウロウロ探し回って、先生にえらい怒られた。すっかり不良キャラが定着してもうてクラスメイトにはビビられとったわ。せやけどそんな中で唯一俺に構うてきたヤツが居った。

生徒手帳やらに使う写真を撮る時に、ピアス外せ言われて先生と口論になって……クラスメイトの一人が先生止めて、そっとイヤーカフ外したんや。

「んっ……」

そいつの顔見てビビっと来たわ。神さん言うとったんコイツや分かった。心臓鷲掴みにされたんか思た。混乱してしもうた俺は、運命の人に会うた時にどないするか色々考えとったのに、どれも使わんとそいつを蹴って逃げてもうた。

それから、それから……そいつを怒らせようと色々やって……トイレでオナっとったそいつ見つけて、無理矢理しゃぶらされて興奮して、Mなん見抜かれて虐められて、幸せにしとって……せやけどそいつは、水月は本物のSやなくて、俺の願い叶えたろ思て頑張ってくれとっただけで……それ知った時、めちゃくちゃキュンとしてん。

だって、虐めたい訳やないのに、俺が虐められたがっとるから、無理して虐めてんねんで? めっちゃ健気やん、めっちゃ俺のこと好きやん、そんなんズルいわ、可愛いやん、惚れ直してまうやん。

優しくされんのも好きんなってもうた。髪掴んで乱暴にして欲しかったんに、髪撫でられると嬉しくなるようなってしもた。抱き締められんの好きになってもうた。痛いことされんのは変わらず好きやったけど、俺んことどうでもいいような邪険な態度取られたらめっさ傷つくようなってしもた。ゴミみたいに捨てられてみたかったんに、それが夢やったはずやのに、いつの間にか俺ん中で大したことないもんになってった。俺ん中の全部が変わっていったんや。

「水月……」

「ん?」

神さんはすごい。一億何千万人の日本人口の中からたった一人、俺の心掴んで夢や願いを変えてしまう男を見つけてくれた。

「どうしたんだよ、リュウ」

全部、全部、全部、こん時のためにあったんや、水月に会うために俺は存在しとったんや。

「……泣きそうな顔して、本当にどうしたんだ?」

優しゅう抱き締められて、頭撫でられて、そんなんされとぉなかったのに、ボロ雑巾みたいなるまで乱暴にして欲しかったんに……今はもう嬉しくてしゃあない、すっかり気ぃ変わってもうとった。

「水月ぃ……」

「ん?」

水月の腕ん中大好きや、水月の声聞くと温まる、水月に撫でられたとっから幸せが広がるんや。

「……大好きやで。心ん底から愛しとる。俺んことめちゃくちゃにしてくれてええから……捨てんといてな、絶対に」

歓喜の奇声上げて俺んこと抱き締めて、どもりながら俺への愛語って、キスして……あぁ、水月……水月めっちゃ俺んこと好きやん、ほんま可愛ええわぁ……好きやわぁ、ずっとずーっと一緒に、老衰するまで一緒に居たいわぁ。
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