冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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芽生えた自我

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メモに書いた住所をスマホに入力し、マップアプリに導かれるまま足を動かした。小さな平屋のインターホンを鳴らすと、くもりガラスの引き戸が開かれた。

「……ほむらくん?」

「なる、かみさん……? ほ、本当に……ほんと、に……来て…………」

「セイカは?」

何度も頷いたホムラは何も言わずに廊下を小走りで進んだ。彼の後を追うと、勉強机が二つ置かれた狭い部屋に着いた。

「……セイカっ!」

部屋の隅、薄っぺらい布団の上にセイカは居た。俺の服を着て、俺が贈ったテディベアを抱き締めていた。

「セイカ、セイカ大丈夫か? セイカ!」

「…………」

「ほむらくんっ、セイカに外傷とかは……ほむらくん?」

部屋の扉の脇に立っていたはずのホムラが居ない。苛立ちながらもセイカに傷がないか確認しようと、邪魔なテディベアを引っ張ったが、セイカはそれを離そうとしない。

「……っ、セイカ! 俺だ、セイカ、分かるか? 鳴雷だ! 鳴雷!」

曇った瞳が開き、俺を見つけた。けれど表情が少し緩んだだけで、テディベアを掴む手の力はむしろ強まった。

「鳴雷さん……」

扉がキィと音を立てた。振り向けば何故か俺の靴を持っているホムラが立っていた。

「ほむらっ! どこ行ってた! あぁもういい、セイカ怪我はしてないよな? 飯もらってないだけだよな?」

「頭と背中を少し叩かれただけだったはずです」

「はぁ!?」

「……っ、ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい」

ビクッと身体を跳ねさせて俺の靴を落とし、頭を両腕で守る。そんな痛ましい仕草を見せたホムラの袖口から手首にある赤黒いアザが見えた。

「なんなんだよこの家っ……ほむらくん、ほむらくん落ち着いて。俺何もしないから」

ガタガタと震えるホムラの肩に手を置いた俺は、心のどこかで人間はここまで激しく震動出来るものなのかと呑気に感心していた。

「……落ち着いて。俺は、君に、何もしない。ほら、痛くないだろ? な?」

触れる度にビクビクと怯えていたが、逃げはしなかったのでしつこく肩や頭を撫でた。触れない方がいいのではと思ってはいたが、セイカのためにも早く落ち着いて欲しかった。

「…………大丈夫か?」

まだ呼吸は浅く荒いが、震えは落ち着いてきた。

「へい、き……だったんです。僕、何されても……兄様が何されてるの見てもっ……でも、でもっ、兄様が本当に死んじゃうんじゃないかって、そ……思ってから、急に……い、痛くて、怖くて」

「……ありがとうな。君のおかげでお兄ちゃん助かるよ。だから大丈夫」

こくこくと頷きながら泣きじゃくるホムラの頭を軽く撫で、彼から離れてセイカを抱き起こした。枕には茶色っぽいシミがある。

「血……?」

どうやら頭皮に傷があるようだが、髪に隠れてよく見えない。大した傷ではなさそうだが、頭を殴られたのなら脳が心配だ。

「背中は……」

うつ伏せにさせて服を捲り上げて確認したところ、所々にアザや引っ掻き傷のようなものがあった。

「……なぁ、叩かれてたって……手でか? 何か道具あったのか?」

「えっと……兄様は退院初日にベルトだけだったかと」

「べっ…………ぁー、君は?」

「僕ですか? 僕は今週は叩かれていません」

「……その傷はいつの?」

右手首のアザを指すとホムラは袖口をぐいっと引っ張って隠そうとした。それは条件反射的な行動だったようで、アザの詳細は普通に話してくれた。

「これは三日前、夕飯の最中に箸を落としてしまった時のものです。机の縁に叩き付けられたもので、叩かれたものではありません」

「…………そう」

セイカはホムラのことを「完璧な子」だの「お母さんにはホムラだけでいい」だのと話していた。彼は虐待を受けていない側だと思っていた。違った。セイカよりも上手くやれていただけだ、イジメで人生設計を崩した兄を手本に、心を殺して過ごしていただけだ。

「………………君はさ、俺に何をして欲しくて俺を呼んだの?」

「え……? あ、兄様を……死なせたくなくて」

「どうして欲しいの?」

「…………何か、食べ物をください。僕には食べ物を手に入れることは出来ません。兄様は中学生の頃、昼食や学用品のためのお金を頂いていたようですが、僕は……何故か、ダメで……必要な物は母様に頼まなければならなくて」

「……コンビニにでも行ってパンでも買ってくれば、それで俺はお役御免?」

「は、はい……兄様、お腹を好かせていると思うので、食べ物を……どうか」

「…………そんなことしてどうなるんだよ」

テディベアを抱き締めたまま俺を見つめて微笑んでいるセイカは多分、本当に俺が今ここに居るとは認識していない。最初に見舞いに行った時と同じように、幻覚とでも思っているのだろう。

「セイカは連れて帰る」

「えっ……そ、そんなっ、そんなこと」

分かっている。野良猫を拾うのとは訳が違う。人間一人を勝手に連れ出して自宅に持って帰るなんて、きっと犯罪行為だ。でも──

「──他にどうしろって言うんだよ! 飯だけ買ってきてどうするんだよ、明日は? 明後日は? ずっと届けろって!? 高校生の財力で人一人食わせるなんて無理がある! セイカはまだ通院が必要なんだぞ! 病院にも連れてかない、いつぶん殴られ過ぎて死ぬかも分からないこんな家に俺のセイカを置いておけるか! それともなんだ、お前らの母親帰ってくるまで待って説教でもしろってか? 心入れ替えて良い母親になってめでたしめでたしってな、そうなりゃそれが一番いいよな! 俺が見つかった時点で俺は追い出されてお前らは俺を入れたことを責められるだけだろうけどよ!」

「な、鳴雷さん……」

「…………俺はなぁ、もしこの家で惨殺事件が起こったって明日報道されたとしても驚かないぞ。めちゃくちゃイラついてる、すっごく憎んでるんだよ、俺のセイカをよくもこんな……あぁ、大丈夫、大丈夫、大丈夫……俺は、大丈夫。セイカのために……そう、大丈夫」

流石に殺人までは犯さないにしても、今セイカの母親に鉢合わせたら殴るくらいはしてしまいそうだ。そうやって俺が警察沙汰になっている間、セイカに会えない間、セイカはどうなる? 暴力はセイカのためにならない。

「セイカ……」

今ここで通報しようか? 上手くいくのか? この場合、警察は何をしてくれる? 様子見にならないか? 注意で終わらないか? ご家族でよく話し合って……程度じゃないか? でも、俺がしていいのは警察に知らせることくらいじゃないか?

「……分かった。連れて帰るのはやめるよ、流石にヤバいよな」

言いながら俺は警察に連絡するためスマホをポケットから出し──玄関から物音がする。

「母様が帰ってきました……! 鳴雷さん、窓から外へ」

ホムラは部屋の窓を開けて俺の靴を外へ投げた。なるほど、このための靴か。上手いな。よし、一旦外へ出てから通報を……

「な、る……かみ? 鳴雷……? 行かないでっ……」

「…………っ!」

「鳴雷さん? 早く外へ……!」

ハッキリとした意識で言った訳でもないだろう言葉に取り乱した俺は、冷静さを失ってセイカを抱き上げた。そこに法や倫理などなかった。
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