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返ってきた包丁

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腹の傷が痛むので抱きついてきそうなアキとセイカの元には行かず、俺は部屋で漫画を読んで休んでいた。何度も読み返した漫画の展開が佳境に入ってきたその時、インターホンが鳴った。何度も何度もピンポンピンポン。

「誰だよもう……はいはい鳴雷ですよ、何の御用で……どぅわぁ巨人!」

「…………形州だ」

形州だ。レイの元カレの形州だ、なんてタイミングで来るんだ、っていうか何の用だ。

「な、な、何の用だ! 今日はレイは居ないぞマジで居ないぞ! 俺は今怪我人だし! 怪我したとこだから今腹殴ったらもう傷開いてぶっしゃあだからな血が!」

「……なんで弱点を教えてくれるんだ?」

「え、お、お前……怪我人躊躇なく殴るタイプ……?」

「…………理由があれば」

「怪我してないでぇーす嘘でぇーすお腹ピンピンでぇーす!」

形州は無表情のまま左手に持っていた紙袋を差し出した。恐る恐る受け取って中身を見てみると、紫色のパーカーなどが入っていた。

「……家に置いてあったレイの荷物だ。届けに行ったら捨てろと怒鳴られてな……お前からなら受け取るだろう」

「そ、そう……ご丁寧にどうも。でももうレイに近付くなよ、お兄さんにチクるからな」

大きな手に肩をガッシリと掴まれる。

「ひっ……!?」

「……やめてくれ」

「えっ?」

「……兄ちゃんには、言わないでくれ。嫌われたくない……頼む」

極端に小さな黒目に俺はコクコクと首を激しく縦に振った。怖くて言葉が出なかった。

「……あぁ、後……お前が持ってた包丁や、あの白いのが投げ捨てたサングラスとかも一応入ってる。サングラスはレンズに傷が入っていたが」

俺の肩をパッと離し、落ち着いた様子で話した。何なんだよコイツ……意外と律儀なのか?

「そ、そっか、ありがとう……包丁はマジで、取り返したかったから……」

「…………捨て置こうかと思ったんだが、高そうだったから拾った。高そうだったから……兄ちゃんに贈るか、売るかしようと思ったんだが……高そうだったから、返す」

高級品拾うと怖くなるタイプの人間か。割と庶民の感覚してるんだなコイツ。

「…………」

「こ、これだけだよな? 用事……帰れよ」

「………………炎天下の中、バイクを飛ばしてきた」

「そ、そっか、お疲れ様」

「……水、くれ」

「飲んだら帰れよ……? そ、そこから動くなよ!」

俺は形州を扉の前で待たせて、コップに水道水を汲んで氷を入れ、持って行ってやった。腹が痛いのになんでこんなに歩き回らなきゃならないんだ。

「…………ふぅ」

「帰れよ……」

「……氷入りとは、気が利く」

「帰れよぉ!」

「………………汁田先生の新刊読んだか? ネコが金髪で俺はすごい好みだったんだが」

「か、え、れぇ! 買った! 読んだ! 良かった! 帰れ! 俺を腐友認定するのはやめろぉ!」

コップを奪い取り、扉を閉める。しばらくドアノブをガチャガチャ揺らされたり扉を叩かれたりしたが、諦めたらしくバイクのエンジン音が遠ざかっていった。

「はぁ……何なんだ、アイツ」

大声を出したせいか腹が痛い、包帯で蒸れて汗をかいたのか傷に塩水が染みるような痛みが増えた。

「よく元セフレの今カレと用事以上のこと話す気になるよ……」

まぁ、流石にもう二度と会うことはないだろう。



部屋に帰り、漫画を読んで過ごした。腹が減ったので昼食にインスタントラーメンを食べようと湯を沸かしているとダイニングの窓が開き、アキとセイカが入ってきた。

「あれ、鳴雷」

《兄貴! んだよ帰ってたのかよ、こっち来るかメッセ寄越すかしろよなー》

「あぁ、ただいま二人とも。お前らも今からお昼か?」

「うん、鳴雷何食べるの?」

「インスタントラーメンしようかと思って」

「……そっか」

セイカの視線が一瞬コンロに置かれたままの片手鍋に向き、表情が曇った。

「二人もラーメンにするか? これお湯入れるだけだからすぐだし、今ポットでお湯沸かしてるから」

「……鍋使わないの?」

「うん、これはお湯だけでいいやつ」

「そんなのあるんだ……じゃあ、それ」

「シーフードと醤油どっちがいい?」

なんて言っても、どちらも食べた経験のないセイカは困った顔をするばかりで決められない。

《俺なんかよく分かんねぇ肉入ってる方》

「秋風、肉入ってる方がいいって」

「謎肉か? それ入ってるのは醤油のほうだぞ」

「謎……? じゃあ俺シーフードで」

数分後、俺達はダイニングの机でインスタントラーメンを啜った。いや、啜っていたのは俺だけだ。二人とも箸でちびちび巻き取りながら食べている。

(二人とも啜れないんですかな? かわゆい)

スープまできっちり飲み切った俺にならって、セイカもアキもスープを飲み干した。飲まなくてもいいと事前に言ってやればよかったかなと後悔しつつ、綺麗な空容器を重ねて捨てた。

「鳴雷、今日紅葉んとこ行くって言ってたけど……」

「もう行ってきたよ」

「何もしなかったのか?」

「……まぁ、しなかった……な。ほら、俺死体見つけただろ? アレ、昔あの辺りで死んだ年積家の人だったらしくて……そのことについて、まぁお礼って言うか……そんな感じのことだけだったから」

「あぁ……じゃあアイツらじゃなくて、その親とかそういう感じ」

「そうそう」

セイカはふぅんと興味なさげに返事をし、背後から抱き締めてきたアキに身を任せてお姫様抱っこをされた。

「慣れてるなぁ、どっちも」

「にーにぃ、遊ぶするです?」

「うーん……今ちょっとお腹痛くてな、プールとか激しい運動は無理かな」

「腹? 大丈夫か?」

「うん、大したことはないから……」

僅かな曲げ伸ばしで痛む腹の傷には、プールもサウナもスポーツ系のゲームも適さない。アキが手と目だけを使用するゲームで俺を許してくれればいいのだが、そういう訳にもいかない。

《セックスも無理?》

「…………その、セックス……も、無理かって」

「めちゃくちゃシたいけどなぁ~……厳しいかも」

せめて瘡蓋が完成するまでは身体を丸めたり反ったりしたくないし、振動も与えたくない。

「残念、するです。お大事に~……? です、にーに」

「あぁ、ありがとうなぁアキ」

「にーにえっちする出来ないするです、ので、すぇかーちか、するです。ばいばいにーにぃ」

「……は? ちょっ、下ろせお前!」

「待ってぇ! 見学させてぇ!」

「止めろよ変態!」

セイカをお姫様抱っこで部屋へと運ぶアキの後を追い、俺も彼の部屋へと駆け込んだ。ベッドへ下ろされ、義足を外され、アキに覆い被さられたセイカは俺と彼を交互に見ている。

「この変態兄弟っ……!」

ベッドの横に腰を下ろし、リラックスした姿勢でペッテイングを眺めようとする俺をセイカは強く罵倒した。
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