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おかあさん、誰? (〃)

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荒凪をお姫様抱っこで運搬。ダイニングテーブルの真ん中には大皿に盛られた大量のおにぎり。

「あら、勘がいいわね。そろそろ呼ぼうかと思ってたのよ」

大きなソーセージが人数分並べられた皿が盛られたおにぎりの隣に置かれる。

「なんか……いつもと違うね?」

「あのバカが来てたから手の込んだもの作る暇がなくてね。荒凪くん食器持てないみたいだし、おにぎりにしようと思って握りながら話してたのよ」

ソーセージには棒が刺さっている、箸やスプーンは必要なさそうだ。

「中何か入ってるの? タラコ漏れてるヤツあるけど……どれが何?」

「分かんないわよ。店じゃあるまいし種類ごとに並べたりしてないわ。アンタらが嫌いな物は入れてないから適当に食べなさい」

早速おにぎりを一つ取り、齧る。唐揚げ入りだ。

「荒凪くん、食べていいんだよ」

セイカもアキも各々手を伸ばしておにぎりを取っていたが、荒凪が全く動いていなかったので俺が一つ取ってやった。

「…………」

荒凪はこくりと頷いておにぎりを受け取り、かぶりついた。

「知らない子ね、水月くんの友達?」

義母がおにぎりを頬張りながら荒凪を見て言う。

「私の上司の親戚の子、都合が悪くて面倒見れないらしくて預かってるのよ」

「へぇー……夏休みなら分かるんだけど、夏休み明けにって変ね」

「色々あるのよ。葉子はあんまり話しかけないであげてね」

「え? なんで?」

「色々難しい子なのよ」

妖怪だの怪異だのという話が出来ないのは分かるが、それで押し切れるのか?

「分かった。別に興味ないし……そっとしとく」

押し切れたわ。

「あのインナーカラー、綺麗ね。そのくらい話してもいいでしょ? 唯乃となら」

「荒凪くんにじゃないならいいわよ」

「不思議な色~、海みたいね。インナーカラーってちょっと憧れあるかも」

深い海のような静かな青、水中から見る陽光のような神聖さ、海面の飛沫のような煌めき、全てを宿した不思議な髪。色が一定ではないのは見る角度によって違うからだろうか、髪の内側に海を映しているなんて言われても納得は出来る。

「…………み、つき?」

髪をひと房持ち上げてインナーカラーを眺めていた俺を、いい加減に不審に思ったのか荒凪がこちらを向いた。その頬や顎は米粒だらけだ、見れば指にもついている。

「ふふっ……どうすればそんなにご飯粒ついちゃうの。海苔のところ持つんだよ? そうすれば少なくとも手は汚れないと思うんだけどなぁ」

米粒を全て取ってやったら、二つ目を渡す。まだ身体が上手く動かせないだけとはいえ、無表情で大人しい彼が大口を開けておにぎりに食らいつくのは何だか面白い。

「ん……」

荒凪は俺のアドバイス通り海苔の部分を持ってはいたが、かぶりつくと形が崩れ、おにぎりが半分に割れた。なるほど、海苔一枚を真ん中に巻いてあるだけだから割れてしまうと両側を支えるために米の部分を持たなければならないんだな、それで指まで米粒まみれだったのか。

(中身入りのおにぎりですから割れやすいのは分かるんですが……割れませんよな、全然。わたくしのだけでなく、セイカ様も秋きゅんも鈍臭い葉子さんも割ってませんぞ)

一口齧っただけでおにぎりの形を崩してしまうのは、不器用だとかそういう問題なのだろうか。

「…………?」

荒凪は俺達のように食べられないのを不思議がりながら、手のひらについた米粒をぺろぺろ舐めた。これは育て甲斐がありそうだ。



昼食を終え、皿を洗う。大皿二つだけだから今回は楽だ。

「……みつきー?」

よたよたと荒凪がキッチンにやってきた。秘書が帰った時、玄関まで追っていたのを思い出し、まるで母親を追いかける子供のようだと笑みが零れた。

「すぐ終わるから待ってて。歩き回っちゃ足痛いだろ? 座ってなよ」

荒凪はダイニングに戻らず、じっと俺を見つめている。好感度はかなり高そうだ、口説くのもそれほど難しくないかもしれない。

「よし、終わった。おまたせ荒凪くん。アキの部屋戻ろっか」

かけてあるタオルに手を伸ばす。荒凪が俺の手を握る。

「あっ、まだ手濡れてる……」

言い終わるが早いか荒凪の手に水掻きが生え、爪が伸びてくる。慌てて顔を上げるも、彼の肌は人らしい赤みが差したもので、耳も人間のもののまま、ヒレなどは生えていない。

「……濡れたとこだけ人魚に戻るんだね。こんなちょっとの水分でこの範囲かぁ、気を付けないと」

タオルを取り、荒凪の手を拭くと水掻きは消えていた。長く黒く鋭い爪がボロリと落ち、桜貝のような人間の爪がその下から出てきた。

「鱗とか爪とか入れておく袋作っておいた方がよさそうだね。結構鋭いしビニール一枚じゃ不安だな……」

「みつき」

「ん、大丈夫だよ。行こうか」

とりあえずビニール袋に爪を入れ、俺も手を拭いて荒凪の手を取る。

「……だ、れ?」

「ん?」

荒凪のもう片方の手は母と義母を指している。人を指差すのはよくないと手を下ろさせ、簡単に回答する。

「俺のお母さんとアキのお母さんだよ」

「おかーさん……?」

「そうそう。さ、部屋に戻ろう」

アキとセイカはとっくに部屋に戻っている。荒凪の手を引き、二人を追った。

「……そういえば、荒凪くんのお母さんは?」

「おかーさん……」

荒凪は確か、水槽で目覚める以前の記憶がないんだっけ? その水槽というのは競売の際に使われた物だろうか。

「妖怪に親なんか居るのか?」

ノートパソコンを立ち上げながらセイカは視線も寄越さずそう言った。

「何の話題か知らないけど」

「荒凪くん、ほとんど記憶ないって言ってただろ? 生まれた時のことが分かれば荒凪くんが本当に人魚かどうかの手がかりになるかもじゃん。だから聞いてみた」

「ふーん……荒凪の顔見るに、ハズレだったみたいだな」

「荒凪くんは常にこういう顔だよ」

丸い目を見開いて、真っ直ぐ前を見つめている。話を聞いていないようにも、言葉を理解していないようにも見える絶妙な無表情だ。

「年積……ぁー、ややこしいな……下の名前で呼ぶぞ? いいな? よし。サキヒコは親居るよな、死んだ人間ってだけだし。分野は?」

「強いて言うなら彫った人間じゃな、付喪神としての意識が芽生えるのは制作から百年くらい経った後じゃから、顔も知らんが」

「……狛犬とかってどこも似たような感じだよな、工場生産品じゃねぇのか」

「そうなるとワシの親は工場長になるのか、機械になるのか、職員の誰かなのか……」

「狛犬ならともかく狛狐ってちょっとマイナーだし、何百年も前に工場立ってるとは思えないけどなぁ」

「ま、何にしろ分野には制作者が居るってことだな。荒凪だが……水槽内に自然発生するなんていくら何でも納得出来ない、マジで記憶喪失してて、親人魚が居るか制作者が居るかどっちかって話だな」

「だよねぇ、荒凪くん覚えてない?」

荒凪は首を横に振った。秘書の調査を待つしかないのだろうか、俺ももう少し手柄を立てて彼の期待に大きく応えてみたいものだ。
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