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穢れの塊 (水月+リュウ・ハル・シュカ・カンナ・セイカ・荒凪)

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リュウは荒凪を見て逃げた。俺がサキヒコに取り殺されそうになった時は一生懸命になって助けてくれたリュウが、一人で逃げたのだ。これはよっぽどのことだ。

「何を感じた……」

「あぁ、聞かせてくれ」

「……その前に、水月はアレを何やと思とるん」

普段なら荒凪を「アレ」呼ばわりしたことに怒っただろう。だが、俺は事務的に説明した。母の上司から託された妖怪だと、人魚と聞いていると、けれどどうやら人魚ではなさそうなことも、全て話した。

「血は……塩化ナトリウムって感じだ、皮膚がちょっと溶けてぬるぬるする」

「…………水酸化ナトリウムちゃうか」

「……それ」

荒凪の血に触れたらどうなるのか、荒凪の様子がおかしくなる弟や家族というキーワード、そして増える腕や虹彩についても、とにかく全て話した。

「荒凪くんが危険な何かだってのは俺も分かってる。でも、あの子自身はいい子なんだ。さっきも話したけどさ……俺を水中に引きずり込んだ時、泡を俺にまとわせて息が出来るようにしてくれたんだ。荒凪くん自身はエラがある、あの泡の術って言うのか技って言うのか……とにかくあの泡は、荒凪くん自身にはいらない。人間と仲良くするための技術なんだ、そんなことが出来る子が一から十まで全部危険だとは思いたくない」

「…………さよか」

「滑稽に思えるか? 一理あると思ってくれるか? リュウ、お前はどう感じた、荒凪くんはどうしようもない化け物か? 共存可能な怪物か?」

「………………どっちゃでもあらへん。妖怪やとか、UMAやとか、そんなんやあらへん」

リュウは自身の膝に顔をうずめた。

「……塊や」

「塊? 何の?」

「よぉないもん……澱みやとか、呪いやとか、穢れやとか……人によって言い方は変わるわいな」

「サキヒコくんは憎悪を感じるって」

「そーなん……まぁ、どっちゃにしろ人魚みたいなファンシーなもんやあれへんっちゅうこっちゃな。ここの神さんもアレが近くに居るん嫌がっとるわ……残滓びっしりの、自分のこともな」

「その……何、穢れの塊? ってどういうことなんだ? 幽霊とかとは違うのか? それが妖怪ってことなんじゃないのか?」

「んー……俺別に霊や妖に詳しい訳やないんよ、霊視も出来んし……ただよぉない場所や物体見分けられるだけやねん、対処法も近寄らんようにすることしか出来ひん」

「さっきも言ったように、血に触ったり弟とか家族の話して様子が変にならなければ安全なんだよ、荒凪くん。こんな寂しいとこに居たってしょうがないし、一緒にお祭り回ろう?」

「…………」

「分かった、荒凪くんにはこれ以上お前を紹介しないし、立ち位置とかも離すよ。それじゃダメかな?」

塩の円を崩さないように気を付けつつ、リュウの肩を抱く。俯いたままの彼の頭に口付け、金色の髪の柔らかさを顔で堪能する。

「ん……」

「コンちゃんも一緒に居るんだ、もし何かあればコンちゃんが何とかしてくれるよ。一応神様だし、安心だろ?」

「んー……」

「……嫌、かな。やっぱり」

「…………んーん、ええわ……頑張ってみる。離しといてくれんねんやんな、水月……頼むわ」

立ち上がり、円を描いた塩を片付けるとリュウは力なく微笑んで俺を見上げた。相当無理をしているように見える、そんなに荒凪が怖いのか?

「行こう」

「……ん。水月ぃ……放さんでな」

「ん? うん」

繋いだ手を強く握り直すとリュウは安心したような笑みを零した。普段に比べ弱々しいリュウに興奮を覚えつつ、彼の手を引いて彼氏達の元へと戻った。

「……! りゅー! りゅー、おひたしー、ぶり? です」

リュウを見つけたアキは焼き鳥を持ったまま、満面の笑顔で彼に抱きついた。

「和食ですね」

「お久しぶりですって言いたいんだと思うけど~」

「駅で一瞬会ったばっかりなのに」

口にねじ込まれた焼き鳥を食べながらもリュウの視線は荒凪に向いている。

「りゅー、どこ行ってた?」

荒凪が人懐っこく尋ねる。けれど上手く操れない表情は変わらないままだし、声色の調節も出来ていないから責めているようにも感じられる。

「そうだよりゅ~! どこ行ってたの、駅で待ち合わせって言ったじゃん!」

「すまん……」

「……ほんとにどうしたの? なんか元気なくない?」

「ん、大丈夫やよ」

「大人しくて気持ち悪いですね」

戻ってすぐに俺の腕に抱きついたカンナが離れ、リュウの隣に並ぶ。不安そうにリュウの顔を覗き込み、彼の腕を抱いた。

「ん、なにぃしぐ、大丈夫やで?」

ふるふると首を横に振り、リュウの腕を強く抱き締める。みんな普段と様子の違うリュウを心配しているようだ。

「ねっねっ、そろそろデザート系食べたいんだけどぉ~……りゅー、まだご飯系がいい?」

「せやなぁ」

「先に来てたくせに食べてないんですか?」

「そういえば、しゅー意外と食べてないよね~……いつも三人分食べるのに、今日一人分も食べてなくない? みっつんの一口取ったりばっかじゃん」

「……祭りのって妙に高いじゃないですか。いいんですよ帰ったら野菜炒め作るので」

気持ちは分かる。俺はアキ達に楽しんで欲しいからと財布の紐を緩めてはいるが、この量とこの味でこの値段かぁ……とついつい思ってしまう。イベント価格なのだと理解は出来るが、納得は難しい。

「分かれてる訳じゃないし、どうせ各々並ぶだろ? 気にしなくていいよ。リュウ、欲しいのあったら言いな。俺一緒に並んでやるから」

「……ええのん? おおきに」

「ねー誰かクレープ買いに行こ~」

「アキがクレープ好きじゃなかったか? セイカ」

「秋風が好きって言ってたのはクレープじゃなくてブルヌィだけど……まぁ、クレープも好きだと思う」

「アキと一緒に行ってやってくれ。荒凪くんも連れてな」

クレープ屋台に並ぶハル達と一時的に少しだけ離れ、隣にあった焼きとうもろこしの夜店に並ぶ。

「あ、若。お疲れ様です。フタさんとこはもう行きました? りんご飴なんですけど」

「まだです。デザート系はもう少しお腹膨れてからにしようかなって」

「……若て呼ばれてるん?」

「あぁ……ちょっと恥ずかしい。まぁお嬢よりはマシだけど」

陰キャ精神が変わっていない俺にとって、業務外の会話そのものがストレスなのに、顔を覚えられ妙な敬称で丁重に扱われるのは……その、困る。精神的なストレス以外の具体的なデメリットは思い付かないけれど。

「んっ……うま! やっぱりとうもろこしは醤油かけて焼くんが一番うまいなぁ」

俺が一人で頼んだところで若呼びはやめてもらえないだろう。まずは穂張兄弟に相談してみようかな。
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