ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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使用人体験

てんらんかい、よん

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電車が来るまで後一時間と少し。家を出る前に電車の時刻表を確認しておけばよかったのになと後悔もしつつ、祖父とゆっくり会話出来る機会を単純に喜んだ。

「まず……ぁー、幽霊だの妖怪だのは実在する。今からそれを証明してやるよ」

「証明……?」

祖父が冗談を言っているとも思えず、実在しないと考える人間が多い幽霊の存在を肯定する彼の言葉を鵜呑みにしてしまいながらも、証明という言葉には疑問が残った。

「あぁ、ちょっと頭……額、合わせろ」

言われるがままに祖父の額に額を触れさせ、彼が肩を押すのに合わせて離れた。

「線路の方見てみろ」

「線路……? えっ」

一時間後まで電車が来ることのない、今は安全な線路の上に黒いモヤが見える。

「見たのに気付かれた、こっち来るぞ」

「えっ、ちょ、えっ、アレなんですか」

黒いモヤがプラットホームに這い上がり、近寄ってくる。次第にそれの形がハッキリと見えてくる、血まみれの人間だと分かる。

「ひっ……!?」

生きているとは思えないその姿に怯えて立ち上がる。

「落ち着け、今祓って……」

「それ以上おじい様に近寄んなぁっ!」

恐怖に任せてそれの顎を爪先で蹴り上げた。しかし手応えがない、距離とタイミング的に空振りなんてありえないのに──かかと落としに繋げるかと迷った瞬間、黒いモヤはゆらりと消えた。

「消えた……? おじい様、今の……」

「幽霊」

あっけらかんとして答えられた。その態度のせいで言葉の説得力が減っている。

「えぇ……? 確かに手応えありませんでしたけど」

「なんだよ、見せてやったのに信用しないのか? 俺はお前の対応が信じられない……祓うとこ見せたかったんだがな」

「なんかすいません」

「構わない。むしろ気分はいい」

影も残さず消えてしまったせいで白昼夢のような気さえしてきたが、祖父を疑うなんて出来ないので俺はとりあえず信用しているていを取った。

「あの……蹴った感じなかったんですけど、効いたんですか?」

「幽霊に単純な物理攻撃は効かない、だが驚きはする。ほら……カメラに向かってボールが飛んでくる映像なんか見たらビクッとしちまうだろ? それに急に殴り掛かるような精神性の人間なんて、幽霊も相手したくねぇから引くんだよ」

「はぁ……それで、若神子家と何の関係が?」

「製薬はあくまで表家業。俺達一族の本業は退魔だ。人に害を与える怪異への対処が仕事なんだ」

突然のぶっ飛んだ話についていけない俺を置いて祖父は話を続ける。

「実際のところ若神子家のルーツは俺にも分からないが、神の末席にして人間の上席みたいな感じだ。彼岸のモノが此岸のモノに関わらないよう、並の霊能力者が太刀打ち出来ないモノを鎮める役割を負ってるらしい」

「…………はぁ」

「退魔業にはもみ消しが必須。製薬で儲けてるとはいえ権力者とのコネは必要だ、その権力者がスポンサー。連中の言うことにはある程度従ってるフリしとかなきゃならねぇ、こっちも退魔してやるってカードがあるからほぼ対等だがな」

「なる……ほど……?」

「……ま、雪兎の補佐につけば分かるだろ。詳しいことはまたその時にな」

色々と聞きたいことはあるが、何を聞きたいのか自分でもよく分からない。整理がついてからでなければ質問も出来ない。

「…………人間、なんですよね」

「人間の定義によるな。精神面は人間に近いが、染色体の数は違うし、老化もしない。最大の特徴は……俗に言う超能力を持ってることかな」

「超能力! すごい……どんなですか?」

「お前そこに食いつくのか……変な奴だな。俺のはしょぼいぞ、記憶を読めるだけだ」

「サイコメトリー的な!?」

「人間限定だ、つまんねぇだろ」

つまらなくない、とても興味深い。俺は異能力バトルものの漫画だとかが好きなんだ。

「え、じゃあ俺の記憶とか読めるんですか?」

「ヤりまくってる奴の記憶は見たくねぇ」

俺しか知らないはずのことが言えたら祖父の力は本物だと証明されるが、嫌がられるとどうしても疑ってしまう。

「本当に記憶読めるんですか?」

「読める」

「じゃあ何か言い当ててみてくださいよ」

祖父は舌打ちをして眉間に皺を寄せ、せっかくの美顔を苦虫を噛み潰したように歪めた。

「……二週間くらい前か。自分の精液頭から被って胸揉んだな」

「あ……ぁー、やりましたね。すごい……本物の超能力者なんですねおじい様、おじい様? どうされました?」

「吐きそう……」

「えっ、まさか能力を使った反動的な……!?」

「お前が気持ち悪くて吐きそうなんだよ死ね! 寄るな! クソッ……! だから見たくねぇっつったんだ!」

あまり離れるわけにもいかないが、本当に不快そうにしている祖父の隣に座っているのもはばかられ、とりあえず人一人分離れた。

「そんな特殊プレイのところじゃなく昔の思い出とか言い当ててくれればよかったのに……おじい様はさぞ不愉快でしょうけど、俺も恥ずかしいですよ」

「強烈な思い出ほど見えやすいんだよ、全てお前のせいだ」

「まぁ確かに、あのプレイが直近では一番強烈かもしれません……」

「死ね!」

俺が悪いのだが、何を言っても暴言で返されそうだ。最低でも電車が来るまでは黙っていた方がいいだろう。
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