ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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使用人体験

てんらんかい、はち

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祖父を抱きかかえ、キッチンに立つ。祖父の食事を作る涼斗の手元を祖父はじっと見つめている。

「肉じゃがですか?」

「はい」

「糸こんないんですね」

「凪さんが嫌がるんですよ」

彼は青いビニール手袋をはめている、祖父の希望だ。

「……人の体温は平気になったんでしたっけ?」

「まさか。家族のは元からマシだった」

家族と認められている嬉しさから腕に込める力が強くなると祖父に睨まれた。料理が完成するまで祖父に見せ続け、祖父が納得したら先に椅子に座らせて配膳を手伝った。

「おい、この椅子……」

「普段は鞄置きにしている物なので、誰も座っていませんよ」

「……そうか」

「なんで二人暮らしなのに四人テーブル買ったんですか?」

「凪さんが木目が気に入ったとかで勝手に買ってきたんですよ」

はぁ、と深いため息をつく涼斗、隠し切れない人妻感。四人同時にいただきますと言い、少々グロテスクな映画を横目に優しい家庭の味を楽しむ。

「美味しい……! すごく美味しいです、涼斗さん」

「ありがとうございます」

「ねぇ……まさか君達全員グロいの見ながら平気で食べられるタイプ?」

スピーカーから断末魔、液晶には血飛沫。正面には肉じゃが、口内にはニンジン。

「俺は平気だ」

「潔癖症のくせに……!」

「画面から血が飛ぶなら嫌だが、そんな機能はないからな」

4Dはダメ、と。

「俺も別に平気かな……」

「君は屠殺見ながら焼肉出来そうな顔してるもんね!」

詳しい意図は分からないがバカにされている気はする。

「俺の涼斗さん、繊細な涼斗さんはどうですか?」

「お、俺のなんて、そんな……僕は残虐な映画を見る時は嫌いな人達を思い浮かべてますから、お箸が進みます……!」

「一番ヤバいのが一番傍にいた気分、どうだ?」

「……流石、涼斗さん。無害なストレス発散」

そう呟く叔父の顔は暗い、肉じゃがもあまり減っていない。俺がそれに気付いた直後、涼斗も気付いた。

「凪さん、全然減ってませんね……口に合いませんでしたか?」

「いえ、いつも通り美味しいです」

「……じゃあ何で食べないんですか? まさか誰かの家に行って食べさせてもらったとか? それともさっきのお菓子ですか?」

「いや……俺、グロいの見ながらはちょっと」

気にするタイプとは意外だ。目を見開いていたから祖父もおそらく同じ気持ちだろう。

「消しましたよ、食べてください」

涼斗は俺達に何も言わせずテレビの電源を切り、叔父の器から肉を取って口元に持っていった。

「い、いや……そんなすぐに……って言うか肉って」

「食べてくれないんですか?」

「……たべ、ます」

涼斗の箸から肉を食わされた叔父の目には涙が浮かんでいる。雪風に似ているから胸が痛むのがムカつく。

「美味しいですか?」

「おいしいです……」

「もっともっと食べてください、僕の分もあげちゃいますねっ」

「え……」

「……いらないんですか? やっぱり美味しくないんですか?」

叔父も結構苦労しているんだな。同情という名の嘲笑をしつつ、テレビの電源を付けて別の映画をかける。

「何かけたんだ?」

「うちの使用人みたいなカッコした人達が宇宙人倒すやつです」

「あぁ……アレか、悪くないな」

祖父の「悪くない」は「褒めて遣わす」くらいの意味だ、喜んでおこう。

「一作目はゴキブリ宇宙人じゃないか! なんで飯時にそんなものばっかり!」

「凪さん、あーん」

また突っかかってきた叔父の口にじゃがいもがねじ込まれる。

「……美味しいです。ねぇ聞いてるのこの犬っ……な、なんですか涼斗さん」

「……なんで雪也くんの方ばかり見てるんですか」

感想を言って俺に向き直った叔父の胸ぐらを掴んだ涼斗の表情は前髪が邪魔で分からないが、叔父のように近くからなら隙間から見えたりするんだろうか。

「そういえば宇宙人って実在するんですか?」

「知らん」

「えっ、で、でも幽霊は実在するんですよね?」

「宇宙人は管轄外だ。宇宙人の幽霊なら管轄内だが……あいにくそんな奇天烈なモノには会ってない」

長年の謎が解けなかったことを残念に思いつつも、ロマンが守られたような気もする。
涼斗を見つめて一口ごとに「美味しい」と呟きながら笑顔で食事中の叔父から目を逸らし、映画を楽しんだ。
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