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お盆
おかえりなさい、なな
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四つん這いで庭園を走り抜けて邸宅の玄関口に座り込む。手も膝も泥や短い草でドロドロに汚れている、こんな状態で邸内に入るわけにはいかないだろう。
「うー……全身ぐしょ濡れ。しゅーくんにもらった絵も濡れちゃった」
「どうするんですユキ様、こんなドロッドロで中なんて入れませんよ」
御曹司の雪兎ならまだしも、ペットの俺が泥まみれで邸内を歩き回れば使用人に嫌われること間違いなしだ。別に嫌われたくないとは思っていないけれど、家を汚すことには単純に抵抗がある。
「僕もぐしょ濡れだよ……怒られないかなぁ」
「ユキ様はお坊ちゃまなんですし、怒られるとかないんじゃないですか?」
「側仕えの人にはよく怒られるよ、ポチだって僕が怒られるとこ見たことあるでしょ」
「あぁ……あの、サングラスにスーツの人」
「みんなそうだよ」
怒られるかもしれないと憂鬱になる俺達はまるで同い年の悪ガキコンビだ。
「とりあえず中に……ポチ、ドア開けてよ」
「俺手ドロッドロですよ、触らない方がいいんじゃないですかね」
「……分かったよ」
雪兎は恐る恐る扉を開け、中を覗いた。目につくところに使用人は居なかったようで、扉を大きく開いて俺を中に招いた。
「……こっそり部屋行っちゃう?」
「後から足跡とか見つかったらより怒られそうですけど、大丈夫ですかね」
「……もう電話かけるよ、ちょっと待ってて」
雪兎はポケットからスマホを取り出した。防水機能は付いているから動きはするが、濡れた画面を濡れた指で操作するのは普段のようにはいかないようで、反応の悪さに苛立っていた。
「…………あっ、もしもし? 僕だよ。今玄関に居るんだけど……そう、雨降ってるでしょ? 庭散歩してたら急に降ってきてさぁ、ぐしょ濡れなんだけど……ポチは泥まみれ。うん、来てくれる? ありがと、お願いね」
ほどなくして使用人がバスタオルを持って走ってきた。使用人達の見分けがつかない俺には彼が知り合いかどうか分からない。
「お待たせしました跡継ぎ様。あぁこれは酷い……さ、早く浴場へ。ポチ様も」
「あの、俺雪兎と違って泥なんですけど……」
「お気になさらず。ささ、風邪を引いてはいけませんのでお早く」
躊躇いつつも泥まみれの身体をバスタオルで包み、一階の大浴場へ。いつも雪兎の自室に隣接したシャワールームで済ませているから新鮮だ。
「……怒られませんでしたね」
「まぁ……雨に降られたのは僕達のせいじゃないし」
「この家って山奥に建ってましたよね? 土砂崩れとか心配なんですけど」
「んー……平気だと思うよ、よく分かんないけどそういうのは大丈夫っておじいちゃん言ってた。気になるなら聞いてみれば?」
「そうします」
祖父がそう言っていたなら大丈夫か……なんて判断、俺はしない。雪兎の身の安全に関わることなら納得出来る理由を教えてもらうまで屁理屈をこねるつもりだ。
「服、これ……洗濯機に放り込むわけにはいきませんよね、風呂で洗ってからかな……」
「こちらで洗いますので、籠に入れておいてくだされば十分です」
「わっ……ぁ、は、はい……よろしくお願いします。すいません……」
脱衣所の扉の前で待っていたのだろうか。独り言に返事をされた驚きは大きく、浴場に入った今も心臓がバクバクと激しく脈打っている。
「おっきいお風呂久しぶりだなー、たまに入ると楽しいよね。あ、そうだ、ジャグジーにしようよ」
はしゃぐ裸の雪兎を見ていると心臓の鼓動が収まらない、けれど芸術品の如き肢体から目を離すことは出来なかった。
「うー……全身ぐしょ濡れ。しゅーくんにもらった絵も濡れちゃった」
「どうするんですユキ様、こんなドロッドロで中なんて入れませんよ」
御曹司の雪兎ならまだしも、ペットの俺が泥まみれで邸内を歩き回れば使用人に嫌われること間違いなしだ。別に嫌われたくないとは思っていないけれど、家を汚すことには単純に抵抗がある。
「僕もぐしょ濡れだよ……怒られないかなぁ」
「ユキ様はお坊ちゃまなんですし、怒られるとかないんじゃないですか?」
「側仕えの人にはよく怒られるよ、ポチだって僕が怒られるとこ見たことあるでしょ」
「あぁ……あの、サングラスにスーツの人」
「みんなそうだよ」
怒られるかもしれないと憂鬱になる俺達はまるで同い年の悪ガキコンビだ。
「とりあえず中に……ポチ、ドア開けてよ」
「俺手ドロッドロですよ、触らない方がいいんじゃないですかね」
「……分かったよ」
雪兎は恐る恐る扉を開け、中を覗いた。目につくところに使用人は居なかったようで、扉を大きく開いて俺を中に招いた。
「……こっそり部屋行っちゃう?」
「後から足跡とか見つかったらより怒られそうですけど、大丈夫ですかね」
「……もう電話かけるよ、ちょっと待ってて」
雪兎はポケットからスマホを取り出した。防水機能は付いているから動きはするが、濡れた画面を濡れた指で操作するのは普段のようにはいかないようで、反応の悪さに苛立っていた。
「…………あっ、もしもし? 僕だよ。今玄関に居るんだけど……そう、雨降ってるでしょ? 庭散歩してたら急に降ってきてさぁ、ぐしょ濡れなんだけど……ポチは泥まみれ。うん、来てくれる? ありがと、お願いね」
ほどなくして使用人がバスタオルを持って走ってきた。使用人達の見分けがつかない俺には彼が知り合いかどうか分からない。
「お待たせしました跡継ぎ様。あぁこれは酷い……さ、早く浴場へ。ポチ様も」
「あの、俺雪兎と違って泥なんですけど……」
「お気になさらず。ささ、風邪を引いてはいけませんのでお早く」
躊躇いつつも泥まみれの身体をバスタオルで包み、一階の大浴場へ。いつも雪兎の自室に隣接したシャワールームで済ませているから新鮮だ。
「……怒られませんでしたね」
「まぁ……雨に降られたのは僕達のせいじゃないし」
「この家って山奥に建ってましたよね? 土砂崩れとか心配なんですけど」
「んー……平気だと思うよ、よく分かんないけどそういうのは大丈夫っておじいちゃん言ってた。気になるなら聞いてみれば?」
「そうします」
祖父がそう言っていたなら大丈夫か……なんて判断、俺はしない。雪兎の身の安全に関わることなら納得出来る理由を教えてもらうまで屁理屈をこねるつもりだ。
「服、これ……洗濯機に放り込むわけにはいきませんよね、風呂で洗ってからかな……」
「こちらで洗いますので、籠に入れておいてくだされば十分です」
「わっ……ぁ、は、はい……よろしくお願いします。すいません……」
脱衣所の扉の前で待っていたのだろうか。独り言に返事をされた驚きは大きく、浴場に入った今も心臓がバクバクと激しく脈打っている。
「おっきいお風呂久しぶりだなー、たまに入ると楽しいよね。あ、そうだ、ジャグジーにしようよ」
はしゃぐ裸の雪兎を見ていると心臓の鼓動が収まらない、けれど芸術品の如き肢体から目を離すことは出来なかった。
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