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お盆
おかえりなさい、じゅうに
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ここに居たのは一年と少し前だったか、もう二年は経っただろうか、俺の時間の感覚はしっかりとしていない。
「工場って感じの工場っすね、空気悪ぅ……マスクつけます?」
「俺、ここに少しの間住んでたんですけど」
相変わらずの澱んだ空気、腹に響く工場機械の駆動音、不快なはずのそれらに何故か落ち着いてしまう。引き取られた日を思い出すでもなくノスタルジィに浸ってしまう。
「じゃ、俺達は車で待ってるっす」
「はい、ありがとうございます」
形州製鉄所。両親が死んで親戚中をたらい回しにされた俺が最後に行き着いた場所だ。この工場の経営者である形州 真國は俺の父である犬鳴塚 真琴──旧名形州 真琴の兄だ。つまり、俺にとっての実の叔父。
「はいよ…………真尋か。久しぶりだな」
ブザーを押すとガラの悪い大男が現れた、彼が叔父の真國だ。俺が来ることは事前に祖父が連絡してくれているはずなのに、彼は何故か俺を見た瞬間驚いた顔をした。
「ったく、年々あの野郎に似てきやがるなお前、化けて出たのかと思ったぞ」
なるほど、俺が父に似ているからか。筋肉質であることを除けば目元や肌の色、髪質など似ている部分は多い。そういえば叔父は筋肉質だな、これは俺と叔父が同じ特徴を持っているということだろうか? 嫌だな。
「叔父さん、これ」
「ん? なんだ、手土産持ってくるような可愛げが…………お前これその辺で売ってるヤツじゃねぇか」
「地元の銘菓、地元民意外と食べない」
「まぁそうだが」
工場の裏手に隣接している叔父の自宅は、どこにいようと機械の音と振動が響いてくる。あの時はそんなこと気にしていられる心の余裕がなかったけれど、今になってみると住み心地の悪い家だな。
「盆、か……本家の方には行ったのか?」
「昨日、行った」
「いい顔されなかっただろ。ヤツら、お前との面識は法事くらいでしかないが、真琴のイカれっぷりは嫌ってほど味わってるからな。似てるお前を嫌ってる」
「されなかった」
今はどうか知らないが、当時の形州家は悪い意味の体育会系で、細身で絵が趣味の父の立場は悪かった。柔道部主将の叔父に日常的に暴力を振るわれ、両親……俺にとっては祖父母は暴力を振るう叔父ではなく、やられっぱなしでいる父をよくなじったと聞いている。
だから寝ている間に刺してやった。県大会前を狙って、必死に貯めた金で買ったナイフで腕を滅多刺しにしてやった。酔った父がそう話していたのをよく覚えている。
「そのイカれ具合はお前が継いでやがるんだよな。覚えてるか? 初対面の時、お前俺の頭花瓶で殴りがっただろ」
それは子供を──俺の従弟を虐めていたからだ。
「引き取ってやった後もそうだ、ピクリとも動かねぇと思ったら急に俺の指に噛みつきやがって。五針も縫ったんだぞ」
それは俺に食事を持ってきてくれた従弟を虐めたからだ。
「外に出たと思ったら記者殴って書類送検……真琴そっくりだ」
それは嫌なことを言われたからだ。
「俺の息子……國行は何故か知らねぇが俺より真琴に似てるしな。ヒョロくて色黒で目付きクソ悪ぃ。お前らのその目はなんなんだよ気色悪い、虹彩真っ白なのか? あぁ?」
そういえば従弟はどこだろう、八月の今は夏休み中だろうし、家に居ると思うのだが。
「國行、どこ?」
「あ……? 学校だ。登校日なんだよ、プールか何かで」
「そう」
「お前……なんかさっきからカタコトじゃねぇか? まぁ、一言も話せなかった前に比べりゃ随分マシだが、もうそろ二年経つのにまだそんなのなのか」
あぁ、喋るのに集中していなかったな。カタコトになっていたとは驚きだ。
「あの金持ちさんとこでどんな暮らししてんだよ、甘やかされてんのか? それともいいように使われてるのかよ。あんだけ多額の寄付寄越してまでお前引き取ったんだから、絶対何かあると思うんだよな~……それさえ掴めりゃゆすれるんだが」
「別に何もない」
相変わらず下品な男だ。叔父を見ているのが嫌になった俺の視線は机の上に移り、叔父が吸ったのだろう煙草が溜まった灰皿を見つけた。ガラス製に見える。
「そう言うなよ。ゆすった金は山分けするからさ、教えてくれよ、あの金持ちさんがお前を欲しがった理由。真琴の知り合いとかいうつまんねぇオチじゃねぇよな?」
若神子家を恐喝なんてすれば消されてしまうだろう。いや、俺の親戚だからと甘くなって金を渡して黙らせるかもしれない。そんな気遣いをさせるのも、ギャンブル狂のクズに無駄金を渡させるのも、申し訳ない。
「真尋?」
俺がどうにかしよう。
「お、おい待てっ……! 何をっ……」
ゴッ、と灰皿と叔父の頭がぶつかる鈍い音が鳴り、俺は冷静さを取り戻した。
「あ……やばい、よく考えたら殺人もみ消す方が迷惑かけることになるか。叔父さん死なないで」
「ぁ、うぅ……いでぇ」
「なんだ生きてたか……ゃ、生きててよかった。俺どうかしてたよ、ちょっと外の空気吸ってくる、ついでに國行に会えないかなぁ……」
従弟はまだ小学生のはずだ。小学校までの道をスマホで調べて逆走してみよう。さて、あの子は俺のことを覚えているかな?
「工場って感じの工場っすね、空気悪ぅ……マスクつけます?」
「俺、ここに少しの間住んでたんですけど」
相変わらずの澱んだ空気、腹に響く工場機械の駆動音、不快なはずのそれらに何故か落ち着いてしまう。引き取られた日を思い出すでもなくノスタルジィに浸ってしまう。
「じゃ、俺達は車で待ってるっす」
「はい、ありがとうございます」
形州製鉄所。両親が死んで親戚中をたらい回しにされた俺が最後に行き着いた場所だ。この工場の経営者である形州 真國は俺の父である犬鳴塚 真琴──旧名形州 真琴の兄だ。つまり、俺にとっての実の叔父。
「はいよ…………真尋か。久しぶりだな」
ブザーを押すとガラの悪い大男が現れた、彼が叔父の真國だ。俺が来ることは事前に祖父が連絡してくれているはずなのに、彼は何故か俺を見た瞬間驚いた顔をした。
「ったく、年々あの野郎に似てきやがるなお前、化けて出たのかと思ったぞ」
なるほど、俺が父に似ているからか。筋肉質であることを除けば目元や肌の色、髪質など似ている部分は多い。そういえば叔父は筋肉質だな、これは俺と叔父が同じ特徴を持っているということだろうか? 嫌だな。
「叔父さん、これ」
「ん? なんだ、手土産持ってくるような可愛げが…………お前これその辺で売ってるヤツじゃねぇか」
「地元の銘菓、地元民意外と食べない」
「まぁそうだが」
工場の裏手に隣接している叔父の自宅は、どこにいようと機械の音と振動が響いてくる。あの時はそんなこと気にしていられる心の余裕がなかったけれど、今になってみると住み心地の悪い家だな。
「盆、か……本家の方には行ったのか?」
「昨日、行った」
「いい顔されなかっただろ。ヤツら、お前との面識は法事くらいでしかないが、真琴のイカれっぷりは嫌ってほど味わってるからな。似てるお前を嫌ってる」
「されなかった」
今はどうか知らないが、当時の形州家は悪い意味の体育会系で、細身で絵が趣味の父の立場は悪かった。柔道部主将の叔父に日常的に暴力を振るわれ、両親……俺にとっては祖父母は暴力を振るう叔父ではなく、やられっぱなしでいる父をよくなじったと聞いている。
だから寝ている間に刺してやった。県大会前を狙って、必死に貯めた金で買ったナイフで腕を滅多刺しにしてやった。酔った父がそう話していたのをよく覚えている。
「そのイカれ具合はお前が継いでやがるんだよな。覚えてるか? 初対面の時、お前俺の頭花瓶で殴りがっただろ」
それは子供を──俺の従弟を虐めていたからだ。
「引き取ってやった後もそうだ、ピクリとも動かねぇと思ったら急に俺の指に噛みつきやがって。五針も縫ったんだぞ」
それは俺に食事を持ってきてくれた従弟を虐めたからだ。
「外に出たと思ったら記者殴って書類送検……真琴そっくりだ」
それは嫌なことを言われたからだ。
「俺の息子……國行は何故か知らねぇが俺より真琴に似てるしな。ヒョロくて色黒で目付きクソ悪ぃ。お前らのその目はなんなんだよ気色悪い、虹彩真っ白なのか? あぁ?」
そういえば従弟はどこだろう、八月の今は夏休み中だろうし、家に居ると思うのだが。
「國行、どこ?」
「あ……? 学校だ。登校日なんだよ、プールか何かで」
「そう」
「お前……なんかさっきからカタコトじゃねぇか? まぁ、一言も話せなかった前に比べりゃ随分マシだが、もうそろ二年経つのにまだそんなのなのか」
あぁ、喋るのに集中していなかったな。カタコトになっていたとは驚きだ。
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「別に何もない」
相変わらず下品な男だ。叔父を見ているのが嫌になった俺の視線は机の上に移り、叔父が吸ったのだろう煙草が溜まった灰皿を見つけた。ガラス製に見える。
「そう言うなよ。ゆすった金は山分けするからさ、教えてくれよ、あの金持ちさんがお前を欲しがった理由。真琴の知り合いとかいうつまんねぇオチじゃねぇよな?」
若神子家を恐喝なんてすれば消されてしまうだろう。いや、俺の親戚だからと甘くなって金を渡して黙らせるかもしれない。そんな気遣いをさせるのも、ギャンブル狂のクズに無駄金を渡させるのも、申し訳ない。
「真尋?」
俺がどうにかしよう。
「お、おい待てっ……! 何をっ……」
ゴッ、と灰皿と叔父の頭がぶつかる鈍い音が鳴り、俺は冷静さを取り戻した。
「あ……やばい、よく考えたら殺人もみ消す方が迷惑かけることになるか。叔父さん死なないで」
「ぁ、うぅ……いでぇ」
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