306 / 566
お盆
おかえりなさい、じゅうろく
しおりを挟む
夕飯の後、俺は雪兎に電話をかけた。今日は叔父の家に泊まるという報告と、明日も泊まっていいかという質問をした。
『えー……ポチ明日帰ってくるんじゃなかったの?』
「すいません、従弟にすごく懐かれてて……一日で帰るのは、その、忍びないというか」
『従弟……何歳?』
「へっ? 多分……えっと、十二? だったかと」
ダイニングを覗き、まだ食事中の従弟を眺める。食べるのが遅い彼はとても小柄で、十二歳には見えない。
『ふーん……ポチはちっちゃい子好きだねぇ、僕よりちっちゃい子見つけたらそっち行くんだ』
「何言ってんですか……」
『明日泊まる許可なんて出さないよ、帰ってきて』
「分かりました、遠いので明日までに帰れるかは分かりませんが……明日、帰り始めはします」
『ふん……食い下がらないんだね、血縁より主人を取るんだ、忠犬だね、全く素晴らしいよ』
雪兎の命令に逆らわなかったのに何故か嫌味を言われてしまった。逆らう素振りを見せた方がよかったのか? 親戚想いな姿を見たかったとか? そんなの分からない。
「はぁ……」
明日には従弟を置いて帰らなければならないし、雪兎の好感度は下がったし、いいことがない。ため息をついてダイニングへ戻る。
「國行……美味いか?」
コクリと頷いた従弟の頭を撫でる。どこか嬉しそうだった彼の表情は、ダイニングに入ってきた叔父を見て曇った。
「おい、真尋。俺の飯は?」
「ないけど」
「はぁ!? お前が飯作るって言うから買い物行かなかったんだぞ!」
「お前の飯作るなんて一言も言ってねぇよ、うるせぇな」
睨み返すと叔父は舌打ちをして家を出ていった。コンビニにでも行くのだろう。従弟が夕飯を食べ終えたら食器を片付け、風呂の準備をさせた。
「寝間着持ったな? よし、行ってこい」
「……にいちゃんも、入ろ」
「後で入るぞ? ん……? まさか一緒に入れって言ってんのか? んー……まぁ、いいか……分かった。用意するから先行っとけ」
身体に妙な跡もないし、従弟なのだからやましいことでもない。車から着替えを取ってきて浴室へ向かった。
「タオル巻いた方がいいかな……」
親戚だし、同性だし、必要ないか? むしろ隠した方が問題では? ぐるぐると考えた後、以前は特に何も巻いていなかったなと思い出して全裸で浴室の扉を開けた。
「おまたせ」
軽く身体を流してから湯船に浸かる。浸かって待っていた従弟は足の上に乗せた。
「なぁ國行、この怪我どうしたんだ?」
「……………………こけた」
背中、胸、腹、あらゆるところにアザがある。服に隠れる場所ばかりだ。
「親父か? それとも同級生? 先生か?」
「…………こけた」
「正直に言え」
「…………………………こけた」
ため息をつくと従弟はビクッと身体を跳ねさせ、自分を抱き締めるようにした。舌打ちをしてみると更に怯えた。なるほど、他人の機嫌を伺う癖がついている。暴力は日常的なものだな。
「風呂を出たらまず親父をボコボコにする。次の登校日はいつだ? また来てやるよ、学校乗り込んで片っ端から殴ってやる」
「……っ!? や、やめて……にいちゃん」
「お前が言えないなら片っ端からやるしかないだろ」
「………………おとーさん、おとーさんに……殴られた」
「同級生は?」
「……物盗ったり、突き飛ばしてきたり……だけだから、アザは……違う」
「ん、ありがとう。よく言ってくれた。後はお兄ちゃんに任せな。全員お前に逆らえなくしてやるよ」
その後は至って普通の時間を過ごした。従弟の髪を洗ってやったり、背中を流してもらったりした。風呂を出た後は一緒に歯磨きをして、添い寝して寝かしつけてやった。
「おやすみ、國行……」
熟睡を確認したら従弟の部屋を出て、空になったコンビニ弁当を目の前にタバコを吸っている叔父の元へ。
「お……真尋、なんだ?」
「國行と一緒に風呂入ったんだけどさ、めちゃくちゃ怪我してたんだよな」
「そ、そうか……まぁ、男子小学生だしな。外で遊んでりゃそんなことも」
目を逸らした叔父の髪を掴み、顔を上げさせる。
「お前だろ?」
「は……!? ちっ、違う! 國行がそう言ったのか!?」
「いや、國行はこけたって言ってたよ。まぁでも、お前だろうなーと思ってさ」
正直に従弟が言ったと言えば彼が逆恨みされてしまう。この程度の嘘で誤魔化せるかは怪しいが、一応真実を隠した。
「違う! 俺がやったって証拠でもあるのか!?」
「お前がやってねぇって証拠はあるのか? あるなら出せよ、ないならお前だ」
「んなめちゃくちゃな……!」
「いいか? 國行がドジで転びやすいなら受け身の取り方教えてやれ、転んで身体中にアザ作るなんておかしいだろ。國行が他の誰かに虐められてるなら何とかしろ。俺はまた近いうちに様子を見に来るぞ、その時に國行に怪我が増えてたら……分かるな?」
弁当を食べるのに使ったらしき割り箸を叔父の鼻に突っ込む。
「痛っ、痛いっ……!」
「増えた怪我の数だけ、その鼻狙って殴ってやる」
「そ、そんなことされたら……」
「鼻の穴が増えかねないな。まぁ……身の振り方よく考えろよ」
今日のところは見逃してやると囁き、従弟の部屋に戻った。硬い床に寝そべり、薄っぺらい布団で眠る従弟の背を優しく叩く。
「おやすみ……」
秘書として働き始めたら給料をもらえるのだろうか? もし自由に出来る金が手に入るのなら、全て従弟につぎ込もう。
『えー……ポチ明日帰ってくるんじゃなかったの?』
「すいません、従弟にすごく懐かれてて……一日で帰るのは、その、忍びないというか」
『従弟……何歳?』
「へっ? 多分……えっと、十二? だったかと」
ダイニングを覗き、まだ食事中の従弟を眺める。食べるのが遅い彼はとても小柄で、十二歳には見えない。
『ふーん……ポチはちっちゃい子好きだねぇ、僕よりちっちゃい子見つけたらそっち行くんだ』
「何言ってんですか……」
『明日泊まる許可なんて出さないよ、帰ってきて』
「分かりました、遠いので明日までに帰れるかは分かりませんが……明日、帰り始めはします」
『ふん……食い下がらないんだね、血縁より主人を取るんだ、忠犬だね、全く素晴らしいよ』
雪兎の命令に逆らわなかったのに何故か嫌味を言われてしまった。逆らう素振りを見せた方がよかったのか? 親戚想いな姿を見たかったとか? そんなの分からない。
「はぁ……」
明日には従弟を置いて帰らなければならないし、雪兎の好感度は下がったし、いいことがない。ため息をついてダイニングへ戻る。
「國行……美味いか?」
コクリと頷いた従弟の頭を撫でる。どこか嬉しそうだった彼の表情は、ダイニングに入ってきた叔父を見て曇った。
「おい、真尋。俺の飯は?」
「ないけど」
「はぁ!? お前が飯作るって言うから買い物行かなかったんだぞ!」
「お前の飯作るなんて一言も言ってねぇよ、うるせぇな」
睨み返すと叔父は舌打ちをして家を出ていった。コンビニにでも行くのだろう。従弟が夕飯を食べ終えたら食器を片付け、風呂の準備をさせた。
「寝間着持ったな? よし、行ってこい」
「……にいちゃんも、入ろ」
「後で入るぞ? ん……? まさか一緒に入れって言ってんのか? んー……まぁ、いいか……分かった。用意するから先行っとけ」
身体に妙な跡もないし、従弟なのだからやましいことでもない。車から着替えを取ってきて浴室へ向かった。
「タオル巻いた方がいいかな……」
親戚だし、同性だし、必要ないか? むしろ隠した方が問題では? ぐるぐると考えた後、以前は特に何も巻いていなかったなと思い出して全裸で浴室の扉を開けた。
「おまたせ」
軽く身体を流してから湯船に浸かる。浸かって待っていた従弟は足の上に乗せた。
「なぁ國行、この怪我どうしたんだ?」
「……………………こけた」
背中、胸、腹、あらゆるところにアザがある。服に隠れる場所ばかりだ。
「親父か? それとも同級生? 先生か?」
「…………こけた」
「正直に言え」
「…………………………こけた」
ため息をつくと従弟はビクッと身体を跳ねさせ、自分を抱き締めるようにした。舌打ちをしてみると更に怯えた。なるほど、他人の機嫌を伺う癖がついている。暴力は日常的なものだな。
「風呂を出たらまず親父をボコボコにする。次の登校日はいつだ? また来てやるよ、学校乗り込んで片っ端から殴ってやる」
「……っ!? や、やめて……にいちゃん」
「お前が言えないなら片っ端からやるしかないだろ」
「………………おとーさん、おとーさんに……殴られた」
「同級生は?」
「……物盗ったり、突き飛ばしてきたり……だけだから、アザは……違う」
「ん、ありがとう。よく言ってくれた。後はお兄ちゃんに任せな。全員お前に逆らえなくしてやるよ」
その後は至って普通の時間を過ごした。従弟の髪を洗ってやったり、背中を流してもらったりした。風呂を出た後は一緒に歯磨きをして、添い寝して寝かしつけてやった。
「おやすみ、國行……」
熟睡を確認したら従弟の部屋を出て、空になったコンビニ弁当を目の前にタバコを吸っている叔父の元へ。
「お……真尋、なんだ?」
「國行と一緒に風呂入ったんだけどさ、めちゃくちゃ怪我してたんだよな」
「そ、そうか……まぁ、男子小学生だしな。外で遊んでりゃそんなことも」
目を逸らした叔父の髪を掴み、顔を上げさせる。
「お前だろ?」
「は……!? ちっ、違う! 國行がそう言ったのか!?」
「いや、國行はこけたって言ってたよ。まぁでも、お前だろうなーと思ってさ」
正直に従弟が言ったと言えば彼が逆恨みされてしまう。この程度の嘘で誤魔化せるかは怪しいが、一応真実を隠した。
「違う! 俺がやったって証拠でもあるのか!?」
「お前がやってねぇって証拠はあるのか? あるなら出せよ、ないならお前だ」
「んなめちゃくちゃな……!」
「いいか? 國行がドジで転びやすいなら受け身の取り方教えてやれ、転んで身体中にアザ作るなんておかしいだろ。國行が他の誰かに虐められてるなら何とかしろ。俺はまた近いうちに様子を見に来るぞ、その時に國行に怪我が増えてたら……分かるな?」
弁当を食べるのに使ったらしき割り箸を叔父の鼻に突っ込む。
「痛っ、痛いっ……!」
「増えた怪我の数だけ、その鼻狙って殴ってやる」
「そ、そんなことされたら……」
「鼻の穴が増えかねないな。まぁ……身の振り方よく考えろよ」
今日のところは見逃してやると囁き、従弟の部屋に戻った。硬い床に寝そべり、薄っぺらい布団で眠る従弟の背を優しく叩く。
「おやすみ……」
秘書として働き始めたら給料をもらえるのだろうか? もし自由に出来る金が手に入るのなら、全て従弟につぎ込もう。
0
あなたにおすすめの小説
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる